RTDをベースとする温度測定ソリューション、測定精度とEMC性能は両立できるのか?

はじめに

高いEMC(Electromagnetic Compatibility:電磁両立性)性能を備える高精度の温度測定システムを設計するにはどうすればよいのでしょうか。このように思い悩んだ経験をお持ちの方は少なくないでしょう。本稿では、まず、高精度の温度測定システムを設計する際に検討すべき事柄について説明します。その上で、測定精度を維持しつつシステムのEMC性能を高める方法を紹介します。更に、RTD(測温抵抗体)をベースとする温度測定システムを例にとり、様々なテストの結果やデータの分析結果を示しながら、その構想段階から、プロトタイプ開発、製品の市場投入までの移行を容易化するにはどのようにすればよいのか解説します。

高精度の温度測定、EMCの障壁

温度の測定は、アナログの領域で最も一般的に行われる検出処理の1つです。周囲の温度を検知するための測定技術はいくつも存在します。例えば、サーミスタは温度測定に使用されるデバイスの1つです。小型でシンプルな2線式の素子であり、高速な応答が得られるという長所も備えています。しかし、特性が非線形であり、対応可能な温度範囲が限られているという欠点もあります。このことから、実現できる精度には限りがあり、用途も限定されています。一方、RTDを使用する方法は最も安定性に優れ、最も正確に温度を測定できる手法だと言えます。但し、RTDをベースとする温度測定システムの設計は容易ではありません。例えば、外部からのスティミュラスの供給、複雑な回路、キャリブレーションの処理などが必要になるからです。温度測定システムを開発した経験がない方は、そうした事実を知っただけで気持ちがくじけてしまうかもしれません。熱電対(TC:Thermocouple)も、様々な温度範囲に対応可能で、堅牢性が高く低コストなソリューションです。しかし、完全なシステムを構築するには、冷接点補償(CJC:Cold Junction Compensation)が必要になります。サーミスタ、RTD、TCとは少しタイプが異なるものとしては、新たに開発されたデジタル温度センサー(IC温度センサー)が挙げられます。これを使用すれば、キャリブレーション済みの温度のデータを、デジタル・インターフェースを介して直接提供することが可能になります。いずれにせよ、高精度の温度測定を行うには、非常に正確な温度センサーと高精度のシグナル・チェーンで構成された温度測定システムが必要です。TC、RTD、デジタル温度センサーは、最高水準の精度を備えています。高精度なシグナル・チェーン向けには、センサーからの信号を収集して絶対温度に変換するために使用可能なレベルの製品がいくつも提供されています。例えば、産業分野を対象としたアナログ・デバイセズの製品は、0.1°Cの精度を目標として開発されています。この測定精度に、センサーの誤差は含まれていません。表1は、各種温度センサーの特徴をまとめたものです。

表1. 様々な種類の温度センサー
温度センサーの種類 長所 短所
サーミスタ シンプルな2線式の素子。応答が高速で、サイズが小さい 特性が非線形で、温度範囲が限られている。RTDやTCほどの堅牢性はない。スティミュラスが必要で、自己発熱によって精度が低下する
RTD 安定性と精度が最も高い。堅牢性に優れ、接続や実装が容易 外部からのスティミュラスが必要。特性が非線形で、自己発熱によって精度が低下する
熱電対(TC) 堅牢性が高く、安価。自己給電で動作する。様々な温度範囲(J、K、T、E、R、S、B、N)に対応し、距離が離れているケースにも対応できる 特性が非線形。CJCが必要。出力が小さいので、低ノイズ/低ドリフトの電子部品が必要になる。精度は1%~3%
IC温度センサー 完全なキャリブレーションが可能。特性が線形で、安定性が高い。アナログ出力にもデジタル出力にも対応 対応温度範囲が限られる

工場や鉄道といった過酷な環境で使用するデジタル温度測定システムを構築したいケースは少なくないでしょう。そのような場合に、必要な精度を達成できるように設計を行うのは容易ではありません。また、システムの安定性を維持する上では、EMC性能が重要な要素になります。システムのEMC性能を高めるには、より多くの回路とディスクリート部品を追加しなければなりません。しかし、そうしたEMC対策用の部品を追加するということは、誤差源が増加するということを意味します。したがって、高い検出精度と高いEMC性能を備える温度測定システムを設計するのは、非常に難易度の高い作業になります。温度測定システムのEMC性能により、そのシステムが稼働する予定の電磁環境において、正常な動作が得られるか否かが決まります。

アナログ・デバイセズは、温度測定の用途に向けて様々なソリューションを提供しています。例えば、高精度のA/Dコンバータ(ADC)やアナログ・フロント・エンド(AFE)、IC温度センサーといった製品です。特に、AFEのソリューションとしては、複数種のセンサーに対応可能な高精度のデジタル温度測定用製品を提供しています。この種の製品は、TC、RTD、サーミスタを用いた直接的な温度測定や、カスタムのセンサー・アプリケーションなどをサポートします。また、そうした製品が備える特殊な構成を採用すれば、EMC対策部品を追加しても高い測定精度を維持することが可能です。図1に示したのは、典型的なレシオメトリック温度測定用の回路です。図中には、温度の算出に使用する式も示しています。

図1. 典型的なレシオメトリック温度測定用の回路
図1. 典型的なレシオメトリック温度測定用の回路

以下では、システム設計者が最大限のEMC性能を達成できるように支援する温度測定用のソリューションについて説明します。

RTDによる温度測定用のソリューション

ここからは、基本的にはRTDをベースとする温度測定システム(以下、RTDシステム)について考えることにします。また、温度測定用のAFEとしては「LTC2983」を例にとります。LTC2983からは、SPI(Serial Peripheral Interface)を介し、キャリブレーション済みの温度データがシステム・コントローラに対して直接送出されます。温度測定の精度は0.1°C、分解能は0.001°Cです。4線式のRTDを接続する場合、励起電流のローテーション機能を使えば、熱電対の寄生効果の影響を自動的に排除しつつ、信号経路の回路で生じるリーク電流の影響を抑制することができます。そのため、LTC2983を採用すれば、マルチチャンネルの高精度な温度測定システムの設計作業を迅速に進めることが可能になります。複雑な回路を設計することなく、高いEMC性能が得られるので、お客様もそのお客様も自信を持って開発を進めることができます。図2は、LTC2983をベースとするRTDシステムのブロック図です。EMC対策回路も付加されています。

図2. LTC2983を使用して構成したRTDシステム。EMC対策用の回路も付加しています。
図2. LTC2983を使用して構成したRTDシステム。EMC対策用の回路も付加しています。

RTDは、間違いなく高精度な温度測定に対する最も優れた選択肢です。温度測定の範囲は-200°C~800°Cです。RTDで最も一般的なのは100Ωと1000Ωの白金(プラチナ)製のものですが(それぞれPt100、Pt1000)、ニッケルや銅で実現することもできます。

最もシンプルな構成は、2線式のRTDシステムです。ただ、その構成では、リード抵抗が原因で温度の測定誤差が増加します。3線式の構成では、2つのマッチングした電流源によってRTDに電流を印加することにより、リード抵抗による誤差を除去することができます。但し、その場合もリード抵抗の値は一致していなければなりません。4線式の構成(ケルビン接続)では、高インピーダンスのケルビン検出を使用してセンサーの示す値を直接測定します。この構成であれば、リード抵抗の値が一致していない場合でも、その影響を除去することが可能です。但し、遠く離れた場所の温度を測定する場合には、より長いケーブルが必要になります。このことが原因で、4線式の構成ではコストが主な制約事項になります。図3は、RTDを使用する場合の各配線について示したものです1。本稿では、実際のユース・ケースを考慮し、3線式の構成を前提としてRTDシステムのEMC性能について検討します。

 

図3. RTDの配線方法。(a)は2線式、(b)は3線式、(c)は4線式の構成を表しています。
図3. RTDの配線方法。(a)は2線式、(b)は3線式、(c)は4線式の構成を表しています。

 

なお、2線式/3線式のRTDを使う場合でも、プリント基板上でケルビン接続を適用することは可能です。デバイスのアナログ入力ピンを保護するために、電流制限抵抗とRCフィルタを信号のリンクに追加しなければならないケースがあります。その場合には、追加する抵抗が原因でシステムに大きなオフセットが発生します。このオフセットは、例えば2線式用の保護回路を4線式のケルビン接続に置き換えることで除去することができます。励起電流が電流制限抵抗とRCフィルタに流れず、保護抵抗による誤差を無視できるレベルに抑えられるからです(図4)。詳細については、「LTC2986」のデータシートをご覧ください。

図4. 追加の抵抗によって生じる誤差の除去。4線式の構成によって実現します。
図4. 追加の抵抗によって生じる誤差の除去。4線式の構成によって実現します。

温度測定システムが抱える堅牢性の問題

温度測定用の多くのICと同様に、LTC2983は2kVを超えるHBM(Human Body Model)のESD(Electro-Static Discharge)に耐えることができます。しかし、産業用オートメーションや鉄道といった電磁波の面で過酷な環境で使われる電子デバイスには、それよりも高い干渉レベルや複雑なEMC現象に耐えることが求められます。ESDに加え、EFT(Electrical Fast Transients)、RS(Radiated Susceptibility)、CS(Conducted Susceptibility)、サージなどにも耐えなければならないということです。

温度測定システムでは、下流のデバイスが破損するリスクを抑え、全体の堅牢性を高めなければなりません。そのためには、ディスクリートの対策部品を追加する必要があります。

EMC性能に関わる要素は、ノイズ源、結合パス、レシーバーの3つです。温度測定システムの場合、図5に示すようにノイズ源は周辺環境に存在します。結合パスとして働くのはセンサーのケーブルです。そして本稿の例の場合、レシーバーはLTC2983です。産業用オートメーションや鉄道の分野では、センサーに長いケーブルを接続してリモートで温度測定を行います。ケーブルの長さは数mから数十mに及ぶこともあります。ケーブルが長いということは、結合パスが大きいということを意味します。そのため、温度測定システムが直面するEMI(電磁干渉)の問題は、より深刻なものになります。

図5. 温度測定システムのEMC性能に関わる3つの要素
図5. 温度測定システムのEMC性能に関わる3つの要素 

TVSによるシステム・レベルの保護

過電圧に対する保護素子としては、TVS(Transient Voltage Suppressor:過渡電圧サプレッサ)や電流制限抵抗が一般的に使われています。適切なTVS製品や抵抗を選択することにより、システムの堅牢性を高めるだけでなく、高い測定性能を維持することが可能になります。表2は、TVSの主要なパラメータについてまとめたものです。TVS製品を選択する際には、ピーク逆動作電圧、ブレークダウン電圧、最大クランピング電圧、最大逆リーク電流に注目する必要があります。システムを適切に動作させるためには、センサーの最大信号よりもピーク逆動作電圧が高くなるようにしなければなりません。ブレークダウン電圧は、保護の対象外になる電圧範囲を狭めるために、信号電圧よりもあまり高くなりすぎないようにします。最大クランピング電圧は、そのTVSによって抑制できる干渉信号の最大電圧に相当します。逆リーク電流は、システムの測定誤差に大きく寄与するので、できるだけ値の小さい製品を選択する必要があります。

表2. TVSの主要なパラメータ
パラメータ 説明
ピーク逆動作電圧 この電圧を下回ると、意味のある導通は生じない
ブレークダウン電圧 規定された導通が始まる電圧
最大クランピング電圧 規定された最大電流を流したときにデバイスに印加される最大電圧
最大逆リーク電流 導通が始まる前に、TVSに最大電圧が印加されたときに流れるリーク電流

通常の動作条件の下で、TVSはグラウンドに対して高いインピーダンスを持ちます。TVSのブレークダウン電圧よりも高いトランジェント電圧がシステムの入力部に印加された場合、その電圧はTVSのブレークダウンによってクランプされます。つまり、グラウンドへの低インピーダンスのパスが形成されて、トランジェント電流は入力からグラウンドへと迂回していきます。

図2では、3線式のPt1000に対して保護用の回路を適用しています。3線式のPt1000は、隣接する3つのチャンネルによってLTC2983に接続されています。各チャンネルは、TVS製品である「SMAJ5.0A」(Littelfuse製)と100Ωの電流制限抵抗によって保護されています。電流制限抵抗とその下流に付加されたコンデンサは、できるだけ多くのRF成分を入力ラインから除去するためのローパス・フィルタとして機能します。それらにより、各入力ラインとグラウンドの間のAC信号のバランスを維持します。同時に、測定帯域幅の全体にわたって十分に高い入力インピーダンスを維持し、信号源に負荷がかからないようにします2。差動モード・フィルタの-3dB帯域幅は7.9kHzであり、コモンモード・フィルタの-3dB帯域幅は1.6MHzとなります。

筆者らは、IEC 61000-4-2、IEC 61000-4-3、IEC 61000-4-4、IEC 61000-4-5、IEC 61000-4-6の各規格に基づき、このRTDシステムの試験を実施しました。多くの場合、RTDシステムは、これらの規格で定められた条件の下で正常に動作し、正確な温度測定が行えるように設計しなければならないでしょう。試験に使用したセンサーは、クラスBの3線式Pt1000です。それらを、長さが約10mのシールド・ワイヤと共に使用しました。

表3に、IEC 61000-4-xで定められた試験の結果をまとめました。イミュニティ試験の項目、試験(保護)のレベルと、それらによってシステムに乱れが生じた場合の温度変動範囲を示しています。図6に示したのは、試験の結果として得られた温度のデータをプロットしたものです。これらの結果は、表3の最大温度変動に対応しています。

表3. IEC 61000-4-xで定められた試験の結果
規格が対象とするトランジェント 保護のレベル 最大温度変動〔°C〕
RS 10V/m、80MHz~約1GHz/1.4GHz~約2GHz <0.5 
CS 10V、0.15MHz~約80MHz <0.2
ESD 接触放電:±8kV、気中放電:±15kV <0.15
EFT ±4kV、5kHz <0.15
サージ ±4kV、1.2 /50(8/20)マイクロ秒 <0.2

保護回路を適用した場合の温度の測定精度

TVSと電流制限抵抗を適用すれば、温度測定システムのEMC性能が高まります。TVSについては、クランプ電圧が低いほど、敏感な回路の保護に適しています。しかし、その場合、耐性と引き換えにシステムにより大きな誤差が追加されることになります。これを防ぐには、ブレークダウン電圧が高いTVSを選択する必要があります。ブレークダウン電圧が高いほど、通常の動作電圧におけるリーク電流が少なくなるからです。TVSのリーク電流が少ないほど、システムに追加される誤差は小さくなります。

図6. 試験の結果として得られた出力温度の詳細データ
図6. 試験の結果として得られた出力温度の詳細データ
表4. SMAJ5.0Aの電気的特性
表4. SMAJ5.0Aの電気的特性

上記のような考察に基づき、本稿の例では、TVSとしてSMAJ5.0Aを適用し、100Ωの電流制限抵抗(精度は±0.1%)を併用するという設計を採用しました。それにより、システムを保護しつつ、測定誤差が顕著に大きくなるのを防ぐことができます。SMAJ5.0Aは、ほとんどの電子部品の販売業者から入手できます。その電気的特性は表4に示したようになっています。

続いて、高い測定精度を達成するために、Pt1000の代わりに高精度な抵抗マトリクス回路を使用して温度変化のシミュレーションを実施しました。その抵抗マトリクス回路については、マルチメータ「3458A」(Keysight Technologies製)を使ってキャリブレーションを行いました。

リード抵抗のマッチングをとって誤差を除去する方法を採用すると、複雑さが増します。そのため、ここでは4線式の構成を使用してシステムの測定精度を評価しました。この方法であれば、センサーの誤差を除去するのは容易です。

システムの誤差をより正確に計算するには、LTC2983と同じ基準を使用して抵抗値を温度に変換する必要があります。センサーのメーカーは、温度についてのルックアップ・テーブルを提供しています。それを使用するのが最も正確な変換方法です。しかし、個々の温度データをプロセッサのメモリに書き込むのは、賢明な方法だとは言えません。そこで、以下に示す各式を使用して温度を計算することにします3

まず、T>0°Cである場合のRTDの抵抗値は、以下の式で表されます。

数式 1

上記の抵抗値に対応する温度は、次の式によって計算できます。

数式 2

一方、T≦0°Cの場合のRTDの抵抗値は、以下のようになります。

数式 3

これに対応する温度は、多項式のフィッティングによって求められます(以下参照)。

数式 4

上記の各変数/定数の意味は、以下のとおりです。

T:RTDの温度(単位は°C)

RRTD(T):RTDの抵抗値(単位はΩ)

R0:0°CにおけるRTDの抵抗値(この例では、R0は1000Ω)

A:3.9083×10-3

B:-5.775×10-7

C:-4.183×10-12

図7を見ると、システム全体の誤差は-134°C~607°Cで±0.4℃以内に収まることがわかります。図9には、RTDによる温度測定において、LTC2983がどの程度の誤差要因になるのかを示しています。つまり、システム全体の誤差に対して同ICがどの程度、寄与するのかということです。図7、図9から、保護用の部品の追加、特にTVSのリーク電流により、システムの誤差は約±0.3°C増加するということがわかります。また、温度が上昇するにつれて、システムの誤差が増大することも見てとれます。そこで重要になるのが、TVSのI-V特性です。

システムの誤差は、以下のようにして計算できます。

数式 5

各変数の意味は以下のとおりです。

Terror:LTC2983をベースとするRTDシステム全体の出力誤差(単位は°C)

Tcal:高精度の抵抗を基にして計算した温度(単位は°C)。この抵抗は、マルチメータ(3458A)を使ってキャリブレーションされている

TLTC2983:LTC2983の出力温度(単位は°C)

また、図8から、システム全体のピークtoピーク・ノイズは±0.01°Cに収まることもわかります。この結果は、データシートに記載された内容とも一致しています。

図7. システム全体の誤差と温度の関係
図7. システム全体の誤差と温度の関係 
図8. システム全体のピークtoピーク・ノイズと温度の関係
図8. システム全体のピークtoピーク・ノイズと温度の関係 
図9. RTDベースの温度測定に対するLTC2983による誤差の寄与分
図9. RTDベースの温度測定に対するLTC2983による誤差の寄与分 
図10. 励起電流のローテーション構成。(a)は順方向に励起電流が流れる場合、(b)は逆方向に励起電流が流れる場合を表しています。
図10. 励起電流のローテーション構成。(a)は順方向に励起電流が流れる場合、(b)は逆方向に励起電流が流れる場合を表しています。 

TVSによる誤差の寄与分、最適な構成

TVSのI-V特性は、各製品のデータシートに掲載されています。しかし、TVSのメーカーのほとんどは、各パラメータの標準値しか示していません。つまり、特定の電圧におけるTVSによる誤差の寄与分を計算するために必要なすべてのI-Vデータは得られないかもしれません。特に重要なリーク電流の誤差も不明である可能性があります。

SMAJ5.0Aのいくつかのサンプルについてテストを実施した結果、1Vの逆電圧という条件下では、リーク電流の値は約1μAとなりました。つまり、同製品のデータシートに記載されている最大逆リーク電流よりもかなり少ないことがわかります。このリーク電流は、システムにかなり大きな誤差を引き起こす原因になり得ます。ただ、LTC2983において励起電流のローテーションという機能をイネーブルにすると、リーク電流による誤差は大幅に低減されます。図10に、励起電流のローテーション構成とTVSのリーク電流の流れを示しました。

Rsenseに流れる電流の値が、RTDに流れる励起電流の値と等しいとすると、RTDの抵抗値であるRTは、次の式で表すことができます4

数式 6

図10(a)に示したように、順方向に励起電流が流れる場合のRTDの抵抗値RRTD1は、以下のようにして計算できます。

数式 7
数式 8
数式 9

各変数の意味は以下のとおりです。

Rsense:検出抵抗の実際の抵抗値

RRTD:測定サイクルにおけるRTDの実際の抵抗値

Vsense1:検出抵抗における電圧の測定値

VRTD1:順方向の励起サイクルにおけるRTDの電圧の測定値。図10(a)に対応する

RRTD1:順方向の励起サイクルにおけるRTDの計算値

一方、図10(b)に示したように、逆方向に励起電流が流れる場合のRTDの抵抗値RRTD2は、以下のようにして計算できます。

数式 10
数式 11
数式 12

各変数の意味は以下のとおりです。

Vsense2:検出抵抗における電圧の測定値

VRTD2:逆方向の励起サイクルにおけるRTDの電圧の測定値。図10(b)に対応する

RRTD2:逆方向の励起サイクルにおけるRTDの計算値

TVSの測定データによると、逆電圧が2Vの場合、最大リーク電流と最小リーク電流の差は平均で約10%でした。4つのTVSの位置とマッチングの度合いによっては、かなり大きいシステマチックな誤差が生じる可能性があります。どのような場合に誤差が最大になるのかを示すために、平均リーク電流をITVSとし、ITVS1 = ITVS2 = 0.9×ITVS、ITVS3 = ITVS4 = 1.1×ITVSであると仮定します。そうすると、RRTD1、RRTD2は、それぞれ以下のように表されます。

数式 13
数式 14

励起電流のローテーション構成を使用しない場合、RRTD1またはRRTD2には、TVSによる誤差の寄与分が最大限に含まれることになります。

数式 14b または 数式 14c は、誤差の係数です。

励起電流のローテーション構成を使用する場合、最終的な計算結果は以下のようになります。

数式 15
数式 16
数式 17
数式 18

ここで、Error(RRTDROT) = min {Error(RRTD1), Error(RRTD2)}の場合、Error(RRTDROT)は、Error(RRTD1)またはError(RRTD2)と等しくなります。式(13)~(18)から、Iexc = 6×ITVSのときに、Error(RRTDROT) = min {Error(RRTD1), Error(RRTD2)}が成立します。その場合、システムの精度はTVSのリーク電流に起因して16.7%低下します。

回路の構成と試験の結果から、Iexc > 6×ITVSであることがわかります。そのため、以下の式が成立します。

数式 18b

各変数の意味は以下のとおりです。

RRTDROT:励起電流のローテーションを使用する場合の最終的なRTDの抵抗値の計算結果

Error(RRTDROT):励起電流のローテーション構成を使用する場合のTVSによる誤差の寄与分(単位は°C)

Error(RRTD1)、Error(RRTD2):それぞれ、ローテーション構成を使用しない場合のTVSによる誤差の寄与分(単位は°C)

上記の計算結果から、励起電流のローテーション構成を使用すると、TVSのリーク電流による誤差の寄与分を低減できることがわかります。また、通常はIexc > 100×ITVSとなります。

図11に、励起電流のローテーションとTVSの組み合わせによって、システムの誤差がどのように変化するのかを示しました。これは、先述した仮定が正しいことを裏付けるものです。ご覧のように、TVSを使用しない場合、システムの精度はローテーション構成を使用してもしなくてもほぼ同等です。しかし、励起電流のローテーション構成を使用すると、熱電対の寄生効果が自動的に除去されます(詳細については、LTC2983のデータシートをご覧ください)。

図11. ローテーション/TVSの組み合わせとシステム全体の誤差の関係
図11. ローテーション/TVSの組み合わせとシステム全体の誤差の関係

まとめ

温度測定システムの設計は、比較的簡単な作業だと捉えている方が多いようです。しかし、多くのシステム設計者にとって、精度と堅牢性に優れる温度測定システムを開発するのは容易なことではありません。インテリジェントなAFEであるLTC2983を採用すれば、設計上の課題を克服し、迅速に製品を市場に投入することが可能になります。以下、本稿の内容をまとめます。

  • LTC2983 をベースとする RTD システムでは、保護用の回路を適用した場合でも、± 0.4°Cという精度が得られます。測定誤差には、LTC2983、TVS /電流制限抵抗、プリント基板に起因する誤差が含まれます。
  • LTC2983 を採用した場合、励起電流のローテーション構成を使用すると、保護用の部品のリーク電流によって生じる誤差を非常に小さく抑えることができます。
  • LTC2983 をベースとする RTD システムは、最も一般的な保護手法を適用した場合でも、優れた EMC 性能を発揮します。これについては、表 3 /図 6 をご覧ください。

本稿では、RTDシステムのいくつかの構成を対象とし、温度の測定精度とEMC性能に関する試験の結果を示しました。TVS製品や電流制限抵抗を適切に選択することにより、設計する製品の要件を満たすことが可能な測定精度とEMC性能を得ることができます。

参考資料

References

1 Logan Cummings「Robust Industrial Sensing with the Temperature-to-Bits Family(温度‐ビット変換用の製品ファミリによる堅牢性の高い産業分野向けセンシング技術)」Journal of Analog Innovation、Vol. 27、Number 1、Linear Technology、2017年4月

2 Colm Slattery、Derrick Hartmann、Li Ke「Simplifying design of industrial process-control systems with PLC evaluation boards(PLCの評価用ボードにより、産業用プロセス制御システムの設計を簡素化する)」EE Times、2009年8月

3CN0383: Completely Integrated 2-Wire, 3-Wire, or 4-Wire RTD Measurement System Using a Low Power, Precision, 24-Bit Σ-Δ ADC(完全集積型の2/3/4線式RTD測定システム、高精度で低消費電力の24ビットΣΔ ADCを活用)」Analog Devices、2020年10月

4  Tom Domanski「Optimize Sense Resistor Cost and Accuracy for RTD Temp Measurement when Using LTC2983 Temp-to-Bits IC(温度‐ビット変換IC「LTC2983」とRTDをベースとする温度測定システムにおいて、検出抵抗のコストと精度を最適化する)」Analog Devices

著者

Jon Geng

Jon Geng

Jon Geng は、アナログ・デバイセズのアプリケーション・エンジニアです。2018年に入社しました。現在は中国中央アプリケーション・センターに所属。スイッチ、MXU、リファレンス、温度センサー、煙検出を担当しています。2015年に河北師範大学で電子工学の学士号を取得。2018年には貴州大学で機械工学の修士号を取得しています。

Ke Li

Li Ke

Li Ke は、アナログ・デバイセズのシステム・アプリケーション・エンジニアです。オートメーション/エネルギー事業部門(アイルランド リムリック)に所属しています。2007年に入社し、高精度コンバータ・グループ(中国 上海)で製品アプリケーション・エンジニアとして業務に従事。それ以前は、R&D技術者として、Agilent Technologiesの化学分析グループに4年間在籍していました。1999年に西安交通大学で電気工学の学士号、2003年に医用生体工学の修士号を取得しています。

Karl Wei

Karl Wei

Karl Wei は、アナログ・デバイセズのセントラル・アプリケーション・エンジニアリング・マネージャです。2000年に入社しました。現在は中国中央アプリケーション・チームに所属。産業アプリケーション向けの高精度シグナル・チェーンを担当しています。以前は、ICのテスト開発やマーケティングに8年間携わっていました。1992年に中国のハルビン工業大学で電気工学の修士号を取得しています。