車載向けシステムで使用される電源回路は、厳しいEMI(電磁干渉)規格を満たす必要があります。放送用の周波数帯やモバイル・サービス用の周波数帯との干渉を避けなければならないからです。Silent Switcher®/Silent Switcher 2を適用したDC/DCコンバータICを採用すれば、そうした規格を満たすのが容易になります。但し、どのような製品を選択した場合でも、プリント基板のレイアウトは慎重に行わなければなりません。本稿では、4つのスイッチを使用する昇降圧コントローラ(以下、4スイッチのコントローラ)のレイアウト手法を紹介します。2つの具体的な実装例を示し、EMIチャンバを使ってそれらを評価した結果を示します。
4スイッチのコントローラは、昇圧機能と降圧機能を1つのICに統合したものです。入力電圧が出力電圧よりも高い場合には、降圧コンバータとして機能します。入力電圧が出力電圧よりも低ければ、昇圧コンバータとして動作します。入力電圧と出力電圧が同等である場合には、4つのスイッチが同時にスイッチングする可能性があります。
アナログ・デバイセズは、カリフォルニア州サンタクララにEMIチャンバを保有しています。パワー製品を担当する筆者らのチームは、レイアウトの異なるプリント基板を2つ用意し、そのEMIチャンバを使って評価を実施しました。2つのレイアウトのうち1つは、当社独自のデュアル・ホット・ループ(以下、DHL)のレイアウトです。その有効性を確認することが本稿の目的の1つです。もう一方は、新たに考案したシングル・ホット・ループ(以下、SHL)のレイアウトです。この手法を適用すれば、更にEMIを低減することができるはずです。これについて確認することも、目的の1つです。
DHLのレイアウトでは、EMIを抑制するために、ホット・ループのセラミック・コンデンサをパワーMOSFETの周囲に対称的に配置します。当社が考案した位置(インダクタの横とホット・ループの外側)に検出抵抗を配置すれば、ホット・ループの面積を非常に小さく抑えられます。そうすれば、ホット・ループがアンテナとして機能してノイズが放散されるのを防ぐことができます。このような対称性を実現しつつ、スイッチング・ノードを近くのインダクタに接続するにはビアが必要です。しかし、それによってホット・ループの面積が大きくなってしまう可能性があります。筆者らのチームは、CISPR 25に準拠するEMIチャンバを使用し、スイッチング・ノードの露出と面積の大きいホット・ループが、望ましくない伝導性エミッション(CE:Conducted Emissions)の発生につながることを確認しました。この傾向は、エミッションを減衰させるのが最も難しい30MHzよりも上の帯域(FMの周波数帯)で特に顕著でした。
もう1つのレイアウトでは、パワーMOSFETとホット・ループのコンデンサを再配置します。それにより、ホット・ループの面積を更に小さく抑えます。DHLとの対比で、このレイアウトをSHLと呼んでいます。SHLでは、スイッチング損失を低減できます。また、ホット・ループの面積とスイッチング・ノードの露出の最小化によって、30MHzよりも上の帯域のCEを減衰させることが可能です。筆者らは、同じコントローラICとパワー部品を使用し、DHL、SHLの各レイアウト手法を適用したボードのエミッションを比較しました。このような手法により、それぞれのレイアウトの有効性を検証するということです。4スイッチのコントローラとしては「LT8392」を採用しました。同ICの評価用ボード「DC2626A」には、複数のバージョンがあります。ここでは2つのバージョン(rev.2とrev.3)を使用して、EMIチャンバ内で評価を実施しました。
レイアウトの比較
図1に、DHLとSHLの基板レイアウトと組み立て後のボードを示しました。各基板は、最上層(レイヤ1)、レイヤ2、レイヤ3、最下層(レイヤ4)の4層で構成されています。図1には、最上層と最下層のみを示しました。図1(a)に示すように、DHLのレイアウトでは、ホット・ループのコンデンサを中央のMOSFETの左右に配置しています。つまり、左右に全く同じホット・ループが形成されます。スイッチング・ノードSW1、SW2のビアは、最下層(図1(c))とレイヤ3を介して、各ノードをメインのパワー・インダクタに接続するために使用されます。SW1、SW2の銅のノード(最上層)は、インダクタとMOSFETの熱を放散するために面積の大きい領域としてレイアウトされています。但し、広い範囲に露出したSW1、SW2の銅のノードは、エミッションの放射源にもなります。このボードをシャーシ・グラウンドの近くに取り付けると、シャーシとスイッチング・ノードの銅の間に寄生容量が形成されます。それにより、周波数の高いノイズがスイッチング・ノードからシャーシ・グラウンドに伝わり、システム内の他の回路に影響を及ぼします。CISPR 25に準拠するEMIチャンバで言えば、高周波のノイズがEMIの測定装置とLISN(Line Impedance Stabilization Network)のグラウンド・テーブルに伝わることになります。露出したスイッチング・ノードは、アンテナとして機能するので、放射性エミッション(RE:Radiated Emission)も生じます。
一方、SHLの最下層には(図1(d))、スイッチング・ノードの銅の露出はありません。図1(b)に示すように、最上層ではホット・ループのコンデンサがMOSFETの片側だけに配置されます。また、ビアを使用することなく、スイッチング・ノードをインダクタに接続することができます。
SHLのレイアウトでは、上下のMOSFETが整列していません。ホット・ループの面積を最小限に抑えるために、一方を90°回転させて配置しています。図1(e)、同(f)の黄色の枠で囲まれた部分が、それぞれDHLとSHLのレイアウトにおけるホット・ループです。SHLのホット・ループのサイズは、DHLのホット・ループの半分程度になっていることがわかります。
図1(a)を見ると、DHLでは0402サイズのコンデンサがホット・ループで2個使われています。それに対し、SHLではホット・ループのコンデンサとして1210サイズのものをMOSFETのすぐ近くに配置しています。それにより、ホット・ループの面積が最小化されていることに注目してください。
DHLのボードでは、0402サイズのコンデンサのパッドの近くにハンダ・マスクが設けられています。一方、SHLのボードでは、1210サイズのコンデンサの接続性を高めるためにハンダ・マスクが剥がされています。インダクタのパッドの近くに設けられたハンダ・マスクも、同じインダクタをSHLのボードで使用するために除去されています。ホット・ループが小さいほど、ループのトータルのインダクタンスは小さくなります。そのため、LCによるスイッチング・ノードのリンギングとスイッチング電流が抑えられ、スイッチング損失も減少します。また、ループを小さく抑えれば、CEに影響を及ぼすREが低減し、30MHzより上の帯域におけるCEも低下します。
アナログ・デバイセズが提供する4スイッチのコントローラは、制御機構としてピーク降圧/ピーク昇圧の電流モードを備えています。この独自技術により、ホット・ループの最小化が可能になっています。電流検出抵抗は、メインのインダクタに直列に接続します。一方、競合他社のコントローラ製品は、制御機構としてバレー降圧/ピーク昇圧の電流モードを採用しています。その場合、電流検出抵抗は下側のMOSFETのソースとグラウンドの間に配置する必要があります。図2に示したのは、競合他社品で推奨されているレイアウトです。黄色の枠で示したホット・ループの面積は、DHLやSHLのホット・ループよりも大きくなっています。また、電流検出抵抗の寄生インダクタンスにより、ホット・ループのトータルのインダクタンスが増加することになります。
EMI性能の比較
図3に、DHLとSHLのEMI性能を評価した結果を示しました。この評価は、CISPR 25に準拠するEMIチャンバを使用して実施しました。図3には、CISPR 25のクラス5で定められた上限値も示してあります。容易に比較できるように、DHLの結果は青色、SHLの結果は赤色でプロットしています。灰色のプロットは、評価環境のノイズ・フロアを測定した結果です。ここでは、小さなホット・ループの有効性を示すために、DHLの最下層に露出したスイッチング・ノードを銅テープによってシールドしました(図4)。このシールドを施さなければ、DHLのエミッションは図3に示した結果よりもはるかに大きくなります。なお、評価の対象となる電源回路は、入力を13V、出力を12V/8Aに設定し、4スイッチのスイッチング・モードで動作させました。
図3(a)は、電圧法によってCEのピーク値と平均値を測定した結果です。DHLと比較すると、SHLでは30MHz以上の帯域でCEが5dBµVほど低く抑えられています。また、ピーク値と平均値のいずれも、CISPR 25のクラス5で定められた規格を満たしています。一方、DHLの平均値については、黄色の枠で示したように、FM帯とVHF帯(68MHz~約108MHz)において規格値を上回っています。
こうした周波数範囲でエミッションを5dBµV低減するというのは、非常に難しいことです。SHLは、30MHzという減衰が最も困難な周波数領域で有効に機能します。それだけでなく、AM周波数帯(0.53MHz~約1.8MHz)を含む低い周波数帯(2MHz未満)でもエミッションを低く抑えられます。エミッションは小さいに越したことはありません。特にCEは、電気的に接続されたシステム全体に影響を及ぼします。したがって、CEは小さければ小さいほどよいと言えます。
CISPR 25のクラス5では、もう1つの測定方法として電流プローブ法を定めています。電圧法では、コモンモードと差動モードの両方が混合したCEを測定します。それに対し、電流プローブ法では、被測定デバイスから50mmまたは750mm離れた位置でコモンモードのCEを測定します。図3(b)、同(c)は、電流プローブ法によってDHLとSHLのCEを測定した結果です。黄色い枠で示したように、30MHzよりも高い帯域、特にFM周波数帯において、SHLの方がCEを抑えられることがわかります。電圧法でCEを測定した場合とは異なり、AM周波数帯付近の低周波領域では、DHLに対するSHLの優位性はほとんどありません。
図3(d)は、REの評価結果です。ご覧のように、DHLでもSHLでもほぼ同じような結果になります。ただ、DHLでは90MHzの辺りにスパイクが生じています。その部分だけ、SHLと比べてREが5dBµV/mほど大きくなっています。
熱の比較
図5に示したのは、DHLとSHLの熱画像です。入力電圧は9.4V、SSFM(Spread Spectrum Frequency Modulation)機能はオンという条件で取得しました。9.4Vというのは、4スイッチで動作する最小電圧です。2スイッチの純粋な昇圧モードに切り替わり、出力電圧が12Vになる直前の電圧に相当します。これは、最も厳しい評価条件であると言えます。DHLで最も高温になるコンポーネントは、昇圧側の下側のMOSFETです。SHLでも温度はほぼ同等でした。SHLの場合、最下層に、熱を放散できるスイッチング・ノードのビアや銅は存在しません。しかし、ホット・ループが小さいので、スイッチング損失はDHLよりも少なく抑えられます。また、スイッチング・ノードでビアを使用しないことから、MOSFETのドレインのパッドとスイッチング・ノードの銅の接触領域がDHLよりも大きくなります。そのため、最上層における熱の放散性能は高くなります。
まとめ
本稿で示した評価結果から、4スイッチのコントローラにはSHLのレイアウト手法が最適であることがわかりました。このレイアウト手法は、大出力に対応する新たな昇降圧コントローラ向けのものとして推奨されます。スイッチング・ノードの露出とホット・ループの面積が最小化されているので、熱の問題を引き起こすことなく、CEとREの両方を大幅に低減することができます。特に、減衰させるのが最も困難な30MHzより上の帯域でもCEを抑制することが可能です。アナログ・デバイセズは、4スイッチのコントローラとして、「LT8390/LT8390A」、「LT8391/LT8391A」、「LT8392」、「LT8393」、「LT8253」などの製品を提供しています。これらの製品は、制御機能としてピーク降圧/ピーク昇圧の電流モードという独自技術を採用しています。この機能により、競合他社の製品と比べてホット・ループの面積をはるかに小さく抑えられます。すなわち、この制御機能は効率の向上とEMIの低減に貢献します。そのため、アナログ・デバイセズの4スイッチの昇降圧コントローラは、車載アプリケーションをはじめとするEMIに敏感なアプリケーションに最適です。