非線形回路ハンドブック
この技術書は、Analog Devices社の"Non-Linear Circuit Handbook"を和訳したものです。トータルのページ数を見ていただいても分かるとおり、かなりボリュームのある書籍です。出版は1974年ですから、今から半世紀近くも前のことになります。日進月歩の半導体電子素子の世界で、この本の内容が役に立つのかという懸念があることは当然だと思います。今あえてこの本の和訳を公開する意味を、少し説明したいと思います。
この本の中では、アナログ回路の対数回路や乗算器、三角関数回路などの基本的な動作解析や構成方法などを詳しく解説しています。これらの計算は、今ならばAD変換後にデジタル処理(計算)で行うやり方が一般的でしょう。必要ならその結果をDAコンバータを通してアナログ信号に戻すことも容易です。しかしそのデータ・コンバータや、より高速なアナログ信号回路、例えばミキサーや変調回路、パワー・ディテクタなどの内部では、さまざまな非線形アナログ回路が使われているのです。50年以上前に考案された半導体の非線形特性を利用した回路は、最新の信号処理用の集積回路の中に隠れて、数多く使われているのです。ギルバート・セル(Gilbert Cell)のように、アナログ半導体回路には今でも不可欠の回路も数多くあります。もちろん半導体のプロセス技術の飛躍的な進歩により、回路性能も向上し、また前には考案しても実現できなかった素子でも、新しいプロセスと組み合わせることにより実現できたものが数多くあります。これらの回路セルの詳細を理解することは、それらを応用した新しい集積素子実現のもとになるものと信じます。

次に今でもデジタル回路では代替できないことも、アナログ回路では巧妙にやってのける場合があります。GHz帯の積分や二乗和平均などは、デジタル計算では追いつかなくても高速アナログ回路にとっては得意の分野です。この本の中で、多くの非線形回路セルの応用が解説されています。
そして、この本の特徴として、トランジスタやダイオードなどの物理特性から、それらを利用して非線形回路セルを実現するまでの詳しい考え方が説明されていることがあげられます。実際の集積回路の中でも実用化されているものです。このような内容の書籍は、比較的数少なく、多くの方の知的欲求に応えられるものと考えます。
これらの理由から、本書の和訳を公開し、多くの方に読んでいただくことは意味があると考えております。その中から、新しい回路アイデアが生まれたり、今まで不明だった点が一つでもクリアになったとすれば幸いです。
最後に、本書の中、特に4章では多くの製品モデルが紹介されておりますが、それらの多くはすでに生産終了、あるいは他社への委譲がなされております。代替品等につきましては、弊社の販売代理店にお問い合わせください。
第一章 基本動作
この章では、歴史的および概念的な観点から非線形性の背景を簡単に述べるとともに、有用な非線形現象の主な特徴について、その概要を示します。
内容
線形性と非線形性、 非線形デバイスとアナログ・コンピューティング、 便利な非線形演算処理のリスト、 乗算、 除算と比率、 二乗、 平方根、 対数回路、 逆対数回路、 「理想ダイオード」演算回路、 制御スイッチ、 コンパレータ、 任意指数、 真の二乗平均平方根、 対数比、 逆双曲線正弦関数(SINH-1)または「AC 対数」、 ベクトル和(大きさ)、 三角関数、 絶対値、 境界、 不感帯、 跳躍関数とウィンドウ関数、 ヒステリシス、 まとめ
第二章 非線形デバイスの応用
2-1 関数フィッティング
関数フィッティングとは何か、なぜアナログ関数フィッティングなのか、有理関数、スケール・ファクタ、 逆関数、陰解法、任意関数のフィッティング、平滑近似、多項式とべき級数、区分線形関数フィッティング(概要説明)、加算アンプ構成に関する用語、現実的な問題、付録: 理想的なデバイスによる sin x のアナログ近似
2-2 時間関数の生成
ファンクション・ジェネレータは多面的: 周期性、速度、整形、制御パラメータ、パラメータ変化の形態、パラメータの精度等級、独立性、周波数決定要素、基本的な三角波/矩形波ジェネレータ、ヒステリシス・コンパレータとしてのオペアンプ、実際の発振器回路、ワンショット、サイン波発振器、実際の 2 相サイン波発振器、掃引回路、アナログ回路とデジタル回路の結合、電圧/周波数変換
2-3 計測器とデータ・アクイジション
アナログ・データ削減、線形化、線形化の例: ホイートストン・ブリッジ、熱電対、振幅圧縮、計測基準の抽出、平均と平均絶対値、二乗平均平方根、ピークと谷、電力計測、ベクトル和、比と対数比、dB
2-4 通信と信号処理
自動ゲイン制御、圧縮と展開、信号生成、変調、 周波数逓倍と n タプリング、復調、フェーズ・ロック・ループ(PLL)、電圧制御フィルタ、スペクトラム・アナライザ、ミュージック・シンセサイザ
2-5 計算と制御
フィルタなし 3 相電源、比例計測: 光の透過率、指数減衰時定数、ガス流量の計算、逆対数を使用した酸素濃度、トランジェントのないレンジング・ピコアンメータ、相関と畳込み、アラーム回路、分類、中央値回路、三角関数と組み合わせ、アダプティブ・コントロール、線形化
第三章 非線形回路を理解する
3-1 対数回路
トランスダイオード構成、その他の誤差源、クローズドループ安定性、実用回路、逆関数動作、対数モジュール、名称と特性、対数デバイスの仕様設定、対数および逆対数デバイス、動的誤差、対数デバイスのテスト、付録: 代表的対数/逆対数モジュールの詳細仕様
3-2 乗算器
乗算の手法、乗算の特性、実際のアナログ乗算器の誤差、トランスコンダクタンス乗算器、2 象限乗算器、4 象限乗算器、4 象限トランスコンダクタンス乗算器の性能、トランスコンダクタンス乗算器の精度に影響を与える要素、非線形誤差、トランスコンダクタンス乗算器の動特性、トランスコンダクタンス乗算器の線形化、対数/逆対数乗算器、パルス変調乗算器、乗算器の仕様、乗算器パラメータのチェックリスト、テスト装置、テスト回路
3-3 除算器
はじめに、アナログ除算器の誤差、除算器回路、逆乗算器、可変トランスコンダクタンス除算器、対数/逆対数除算器、除算器の仕様、仕様の解説、アナログ除算器のテストと調整、除算器用テスト装置、テスト回路
3-4 非線形
似て非なる物、乗算器の設計、回路の比較、設計に関する検討、仕様と特性、非線形 IC と IC オペアンプ、テストと選択、ダイナミック・トリミング、応用: 最良の結果を得る IC の実用的使用法: ヒント、欠点、落とし穴、近い将来 - そしてその後
3-5 不連続近似
ブレークポイント、実用回路、電流スイッチング、速度の向上、絶対値回路、極性検出、符号絶対値-バイポーラ変換、デジタル手法に関する注意
3-6 多機能デバイス: べき乗と根
はじめに、回路説明、べき乗とべき乗根、仕様、多機能回路のテスト
3-7 二乗平均平方根
はじめに、RMS の全体像、RMS-DC コンバータ回路: サーマル法、直接計算法、陰的計算法、仕様、テスト、付録: リップルの低減、任意の時間間隔での平均化
第四章 設計者のための技術情報
4-1 対数回路アプリケーション
目的に合った対数デバイスの選択: 基本対数素子、対数トランスコンダクタ、フル機能のログ・アンプ、 ステップ応答、対数デバイスの仕様、対数デバイス用語の解説、パラメータ調整、アプリケーション: データ圧縮、光電子増倍管
4-2 対数比アプリケーション
電圧と電流: 入力負荷の影響、応答と安定性、アプリケーションに関する検討: オペアンプの選択、 ダイナミック・レンジ、極性、温度範囲、対数適合度; 対数比構成の例、対数比モジュール、アプローチの選択、設計例:光度計アプリケーション、対数比デバイス仕様
4-3 逆対数アプリケーション
逆対数と指数関数、用途、使用可能なオプション、その他の底、誤差、アプリケーション例: 酸素検知器の線形化
4-4 乗算と二乗
選択のガイドライン、ユーザーのための注意点: 低レベルにおける線形性の改善、同相ノイズ除去、平衡変調器アプリケーション、二乗演算器の使用に関する注意、線形振幅応答の周波数逓倍器