非線形回路ハンドブック
第三章 非線形回路を理解する
乗算器の仕様と特性
乗算器の仕様と、それら仕様の乗算器回路設計への依存度を理解する最良の方法は、恐らく、乗算器のデータシートに示されている仕様を充分読み直すことです。以下に示す比較表には、この章に述べた 3 つの方式、つまり、トランスコンダクタンス方式(432、429)、パルス変調方式(427)、および対数/逆対数方式(434)を使ったモジュラー型乗算器の仕様が示されています。
432 は低価格の 4 象限トランスコンダクタンス乗算器です。誤差は 1 % ~ 2 % で十分な帯域幅を有し、サイズは小型です。これは、外部トリムを使用する集積回路の AD533 に相当し、トリム回路を内蔵した AD532 より少し多めに電力を消費します。
429 は高速(10 MHz)の 4 象限トランスコンダクタンス乗算器で、誤差が小さく(0.5 %)非線形性も低く抑えられています。妥協を排したディスクリート設計で、乗算器セクションにモノリシック・デュアル・トランジスタと高速ディスクリート部品の出力アンプを使用しています。
427 は高精度(0.25 % 誤差)のパルス変調 4 象限乗算器です。
高周波キャリア(3 MHz)を使用すると 100 kHz の信号帯域幅が可能ですが、これは、通常のパルス変調乗算器の帯域幅より 100 ~ 1000 倍上回ります。
434 は高精度(誤差 0.25 %)と多機能性を兼ね備えた 1 象限対数/逆対数乗算器で、乗算と除算を同時に行うことができます。
仕様(246 ~ 247ページ)
比較仕様表*の最初の 4 行には、読者が各自の用途に最適な乗算器を即座に見つけられるように、乗算器ごとに顕著な特長がまとめられています。乗算器の選択については、4-4 項の「設計者のための補助資料」に詳しい解説が示されているので、ここでは省略します。
乗算器の特性(MULTIPLICATION CHARACTERISTICS)
仕様のこのブロックには、以下に続く仕様部分に詳細に示されているすべての誤差源(オフセット、スケール・ファクタ、非線形性、フィードスルー)から生じる全体の静的誤差が示されています。
出力関数(Output Function): 2 つの入力電圧 Vx、Vy、出力電圧 EO、およびスケール定数 Vr の間の理想的な関数関係を定義します。すべての誤差は、この伝達関数からの偏差として定義され、フルスケール(10 V)のパーセンテージとして規定されています。代表的な伝達関数を下に示します。
Vx = Vy = 10 V の場合は次のようになります。
* この表は一部を省略した一例で、対照的なモジュラー型乗算器が含まれています。記載されている情報は 1973 年夏時点の情報です。これらのタイプや各クラス内のその他多数のタイプ、およびその他多数の IC タイプの詳細情報については、アナログ・デバイセズ製品ガイドの最新版、またはその補遺を参照することをお勧めします。
乗算器/除算器(ディスクリート)
仕様の概要(別途指定のない限り 25 °C、±15 VDCでの代表値)
注記:
1 各乗算器の高性能(K バージョン)モデルの仕様が J または A バージョンと異なる場合、カッコは K バージョンの仕様値を示します。例えば、0.25 % 精度の製品が必要な場合はモデル 427J を、精度 0.2 % の製品が必要な場合はモデル 427K をご注文ください。
2 434 は 1 象限デバイスです。仕様は 0 ~ +10 V の入力に対してだけが示されています。
3 帯域幅は入力のレベルに依存します。仕様は 10 V に対する値です。
* 1973 年夏。ここに示す価格は相対的コストの目安とするためのもので、営業を目的としたものではありません。価格は変更されることがあるので、詳しい情報が必要な場合は最新の製品ガイドまたはプライス・リストを参照するか、最寄りの営業所へお問い合わせください。3-3 項の表 2 も合わせて参照してください。
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現在のところ、1/10/V のスケール・ファクタ(1/Vr)がほぼ共通の値として定着していますが、1/V、1/5/V、1/100/V など他の値も使われてきました。スケール・ファクタは調整も可能です(あるいは、434 対数/逆対数乗算器の仕様に示すように、広い範囲にわたって可変とすることさえできます)。スケール・ファクタが調整可能または可変の場合、乗算器の仕様は通常 1/10/V のスケール・ファクタで与えられ、これらのリミットからのずれは、スケール・ファクタの関数として詳述されています。
実際の誤差(V)とパーセンテージ誤差(10 V F.S.)の関係は以下の通りです。
誤差、内部トリム(Error, Internal Trim): 外部的な調整をまったく行わない場合の、25 °C における乗算器入力レンジ内の任意の DC 入力電圧値ペアに対する、乗算器の実際の出力値と理想出力値の最大差。誤差は(80)に示すようにフルスケールのパーセンテージとして表されるので、1 % の誤差は 0.01•10 V = 100 mV です。
非線形性の項で詳しく述べたように、ほとんどの場合、最大誤差はフルスケール入力(±10 V)で生じます。誤差には、オフセット誤差、フィードスルー誤差、非線形性誤差、およびスケール・ファクタ誤差が含まれます。この仕様は、乗算器の「精度」の特性を定めます。
実際には、測定は 4 つの象限の「エンドポイント」で行います。つまり、(Vx, Vy)=(+10 V, +10 V)、(-10 V, +10 V)、(-10 V, -10 V)、(+10 V, -10 V)の各点です。
432J の最大誤差は ±2 % で、これはフルスケール出力が ±9.8 V ~ 10.2 V の範囲であることを示唆しています。427K の最大誤差は 432 の 1/10、つまり ±0.2 %(±20 mV)です(トリムなし)。
誤差、外部トリム(Error, External Trim): 外付けのポテンショメータまたは分圧器を使って、X と Y のフィードスルーと出力オフセットをゼロにした後に残る誤差。
これは、それ以上減らすことのできない誤差成分の目安となる値で、非線形性誤差とほぼ等しい値です(スケール・ファクタと非線形性の項も合わせて参照)。
精度と温度の関係(Accuracy vs. Temperature)(誤差と温度の関係): 上で定義した誤差が温度とともに変化する率。これは、摂氏 1 度あたりの変化をフルスケール(10 V)のパーセンテージで表した値です。この係数には、出力オフセット・ドリフト、フィードスルー・ドリフト、およびスケール・ファクタ・ドリフトの影響が含まれるので、以下のように温度範囲での最大誤差を予測するために使用できます(例えば TH > 25 °C)。
例えば、429B の誤差は 25 °C で最大 0.5 %、誤差ドリフトは ±0.04 %/ °C(最大値)です。70 °C での最大誤差は以下のように計算します。
このようにして計算された誤差はフルスケール出力時、またはその付近での誤差を表します。この付近では、スケール・ファクタ・ドリフトによる誤差が支配的になります。両方の入力がフルスケールの 1/3 未満の場合(フルスケールの 1/10の出力)は、出力オフセット・ドリフトが支配的になるので、ドリフトはかなり小さくなります。
精度と電源の関係(Accuracy vs. Supply)(誤差と電源の関係): 電源電圧の変化が乗算器出力電圧に与える影響の度合いを %(フルスケール)/ %(電源電圧変化)で表した値。この値には、スケール・ファクタ、フィードスルー、およびオフセットに対する DC での電源電圧の影響が含まれます。
例: 432 の場合、この誤差の仕様値は ±0.1 %/ %∆VS で指定されています。
0.1 %(フルスケール)= 10 mV
1 %∆VS = 150 mV
したがって、432J の出力は次のように変化します。
電源電圧変動除去比のもう 1 つの見方は、乗算器の内部リファレンス回路が電源電圧の変化を減衰させる点を認識することです。電源電圧変動除去比(PSRR)の値は、432 の 15:1(PSR ≈ 23dB)から 427K の 75:1(≈ 38dB)まで、さまざまです。一般的には、乗算器の精度が上がるほど電源電圧の変動の影響を受けにくくなります。
仕様値までのウォームアップ時間(Warmup Time to Specifications): 乗算器の DC 電源を入れてから、誤差が規定されたリミット値内に収まると見込まれるまでに経過する時間。この時間には乗算器が完全に安定するまでに要する時間は含まれず、ウォームアップ時の出力変動が仕様に規定する誤差と比較して小さくなるまで、どれだけの時間を要するかを示します。
一般に、ほとんどのモジュラー型乗算器の内部温度上昇値は数 °C に過ぎないので、これらの乗算器は電源投入後数ミリ秒以内に定格仕様値で動作します。また、設計とパッケージングに関しても、温度係数と内部温度勾配を最小限に抑えるように、細心の注意が払われています。
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この技術書は、Analog Devices社の"Non-Linear Circuit Handbook"を和訳したものです。
非線形アナログ回路の原理、性能、仕様、テスト、応用に関する情報が1冊にまとまっています。50年以上前に考案された半導体の非線形特性を利用した回路は、最新の信号処理用の集積回路の中に隠れて、数多く使われています。
非線形回路の詳細を理解することで、それらを応用した新しい集積素子実現のもとになることを願っています。