安全第一!プラスチック、農薬、医薬品を製造するための塩素、半導体を製造するための水素化リンや水素化ヒ素、商品包装資材を燃やすときに放出されるシアン化水素など、多くの産業用プロセスには有毒な化合物が付き物です。濃度が危険なレベルに達したことを知ることが重要です。
米国では、国立労働安全衛生研究所(NIOSH)と米国産業衛生専門家会議(ACGIH)が、多くの有毒な産業用ガスについて短期と長期の暴露限度を定めています。限界値-時間加重平均(TLV-TWA)は、1日8時間繰り返しさらされても大部分の労働者に悪影響が出ないTWA濃度です。限界値-短期の暴露限度(TLV-STEL)は、短時間に連続的にさらされても大部分の労働者に炎症、損傷、障害が発生しないとされる濃度です。そして、生命または健康に直ちに危険がある濃度(IDLHC)とは、直ちにもしくは後で生命を脅かすか、健康に取り返しのつかない悪影響をもたらすか、本人が自力で逃げる力を妨げるかする限界濃度です。表1は、一部の一般的なガスについての限界値です。
表1. 一般的な産業用有毒ガスに対する暴露限度有毒ガス |
長期の暴露限度 (TLV-TWA)(ppm) |
短期の暴露限度 (TLV-STEL)(ppm) |
生命または健康に直ちに危険な濃度 (IDLHC)(ppm) |
一酸化炭素 |
50 | 200 | 1,200 |
二酸化炭素 |
5,000 | 30,000 | 40,000 |
塩素 | 0.5 | 1 | 10 |
硫化水素 | 10 | 20 | 100 |
電気化学センサーは、有毒ガスの濃度を検出または測定する機器にいくつかの利点を提供します。大部分のセンサーは、特定のガス専用であり、1ppm以下のガス濃度まで実用的な解像度があり、きわめて少量の電流で動作するため、バッテリ駆動の携帯型計測器に適しています。電気化学センサーの1つの重要な特性は、応答が遅いことです。電源を投入してからセンサーが最終的な出力値にセトリングするまでに数分もかかることがあります。中間レンジのガス濃度測定を行うときでも、センサーがその最終的な出力値の90%に到達するまでに25~40秒かかることがあります。
この記事では、電気化学センサーを使用した携帯型一酸化炭素(CO)検出器についてご説明します。COのIDLH濃度はほかの多くの有毒ガスに比べて非常に高いため、取り扱いは比較的安全に行えます。それでもCOには致死性があるため、ここで説明する回路をテストする際には、十分な注意と適切な換気が必要です。

図1は、Alphasense社製のCO-AXセンサーです。表2は、このCO-AXセンサーの仕様の概要です。
表2. CO-AXセンサーの仕様感度 |
55~90nA/ppm(65 typ) |
応答時間 (T90 、0 ~ 400 ppm CO) |
< 30 s |
範囲 (保証性能) |
0 ~ 2,000 ppm |
オーバーガス限度 |
4,000 ppm |
この種のアプリケーションの携帯型計測器では、できるだけ長いバッテリ稼動時間を実現することが最も重要な目標であるため、消費電力を最小にすることが重要です。一般的な低消費電力システムでは、測定回路の電源を投入し測定を行った後、長時間シャットダウンするスタンドバイ時間があります。しかし、このアプリケーションでは電気化学センサーの時定数が長いため、測定回路に絶えず電力を供給する必要があります。幸い応答が遅いため、マイクロパワー・アンプ、高い値の抵抗、低周波フィルタを使用して、ジョンソン・ノイズと1/fノイズを最小限に抑えることができます。さらに、単電源動作によってバイポーラ電源のような無駄な電力消費を避けることができます。
図2は、携帯型ガス検出器の回路です。ADA4505-2デュアル・マイクロパワー・アンプを使用し、ポテンシオスタット構成(U2-A)とトランスインピーダンス構成(U2-B)にしました。このアンプは、消費電力と入力バイアス電流が非常に低いため、ポテンシオスタット部とトランスインピーダンス部のどちらにも最適です。アンプ当たりの消費電流はわずか10μAであり、バッテリ稼働時間を非常に長くすることができます。

3電極の電気化学センサーでは、ターゲット・ガスが膜を通ってセンサー内に拡がり、作用電極(WE)と接触します。ポテンシオスタット回路は、基準電極(RE)の電圧を感知し、RE端子とWE端子の間で定常電圧を維持するために必要な電流を対電極(CE)に供給します。RE端子には電流の出入りがないため、CE端子から出た電流はWE端子に入ります。この電流は、ターゲット・ガスの濃度に正比例します。WE端子を通過する電流は、センサー内で還元が起きたか酸化が起きたかに応じて、正または負となります。一酸化炭素の場合、酸化が起こり、CE端子の電流は負になります(電流はポテンシオスタット・オペアンプの出力に入ります)。抵抗R4は一般に非常に小さいため、WE端子の電圧はVREFにほぼ等しくなります。
WE端子に入る電流によって、U2-Aの出力の電圧はWE端子を基準にして負になります。この電圧は、一酸化炭素センサーでは一般に数百ミリボルトですが、センサーの種類によっては1Vという高い値になることもあります。単電源で動作するため、ADR291マイクロパワー・リファレンス(U1)で回路全体の動作電位をグラウンドより2.5V引き上げます。ADR291の消費電流はわずか12μAであり、A/Dコンバータにリファレンス電圧として使用して回路の出力をデジタル化することもできます。
トランスインピーダンス・アンプの出力電圧は、以下のように簡単に表すことができます。
![]() |
(1) |
ここで、
IWEは、WE端子に入る電流です。
Rfは、トランスインピーダンス抵抗です(図2のU4)。
表2に示すように、センサーの最大応答は90nA/ppmであり、その最大入力範囲は2,000ppmです。これによって最大出力電流は180μAとなり、最大出力電圧は、式2に示すようにトランスインピーダンス抵抗によって決まります。
![]() |
(2) |
電流出力の範囲は、センサーの対象となるガスやセンサーのメーカーによって異なります。固定抵抗の代わりにU4にAD5271プログラマブル・レオスタット(電子式可変抵抗器)を使用すれば、さまざまなガス・センサーに同じアセンブリと部品表を使えます。さらに、マイクロコントローラによってAD5271にガス・センサーごとに適切な抵抗値を設定できるため、製品のセンサーを交換して使うことができます。AD5271の5ppm/℃という温度係数は大多数のディスクリート抵抗よりも優れており、その1μAという電源電流がシステムの電力消費に占める割合はごくわずかです。
5V単電源で動作するとき、式1によれば、トランスインピーダンス・アンプU2-Bの出力で2.5Vの範囲を使用できます。AD5271を12.5kΩに設定すれば、最悪時のセンサー感度で使用できる範囲を利用でき、約10%のオーバーレンジ機能が得られます。
典型的な65nA/ppmのセンサー応答を使用すれば、次のように出力電圧を一酸化炭素のppmに変換することができます。
![]() |
(3) |
差動入力ADCでは、2.5Vのリファレンス出力をADCのAIN-端子に接続するだけで、式3の2.5Vの項を省くことができます。
抵抗R4は、トランスインピーダンス・アンプのノイズ・ゲインを適切なレベルに保ちます。高濃度のガスにさらされるとき、R4の値は、ノイズ・ゲインの大きさとセンサーのセトリング時間誤差との妥協の産物となります。この回路ではR4=33Ωであり、式4に示すように、ノイズ・ゲインは380となります。
![]() |
(4) |
トランスインピーダンス・アンプの入力ノイズにこのゲインを掛けます。ADA4505-2の0.1~10Hzでの入力電圧ノイズは2.95μV p-pであるため、出力でのノイズは次のようになります。
![]() |
(5) |
出力ノイズは、ガス濃度値の1.3ppm p-p以上に相当します。このような低周波ノイズをフィルタで取り除くことは困難です。幸いにも、センサーの応答が非常に遅いため、R5とC6で形成するローパス・フィルタのカットオフ周波数を0.16Hzにすることができます。このフィルタの時定数は1秒であり、センサーの30秒という応答時間に比べて短いものです。
Q1は、PチャンネルJFETです。回路がターンオンすると、VCCがゲートになり、トランジスタはオフになります。システムの電源がオフになると、ゲート電圧は0Vに降下し、JFETがターンオンしてRE端子とWE端子を同じ電位に保ちます。これによって、回路を再度ターンオンしたときのセンサーのターンオン・セトリング時間が大幅に改善します。
回路は2本の単4電池で駆動します。逆電圧保護のためにダイオードを使用すると貴重なエネルギーを浪費するため、この回路ではその代わりにPチャンネルMOSFET(Q2)を使用します。MOSFETは、逆電圧をブロックすることで回路を保護し、正電圧が印加されるとターンオンします。MOSFETのオン抵抗は100mΩ未満であり、ダイオードに比べて電圧降下は非常にわずかです。ADP2503バックブースト・レギュレータを使用すれば、単4電池だけでなく、最大5.5Vの外部電源も使用できます。パワーセーブ・モードの動作で、ADP2503の消費電流はわずか38μAです。L2、C12、C13によって形成されるフィルタは、アナログ電源ラインからスイッチング・ノイズを除去します。外部電源を使用するときは回路を使ってバッテリを切断するのではなく、外部電源コネクタの差し込み時にバッテリを機械的に外すジャックを使用すれば、電力を無駄に消費せずに済みます。
単4電池からの合計消費電流は、標準状態(ガスの検出なし)でおよそ100μA、最悪時の条件(2,000ppmのCOを検出)では428μAです。測定していないときに低消費電力のスタンバイ・モードに入るマイクロコントローラを接続している場合、バッテリ稼動時間を1年以上に延ばすことができます。
参考資料
NIOSH Pocket Guide to Chemical Hazards
http://www.cdc.gov/niosh/npg/