オーバーサンプリングと、そしてアンダーサンプリング

質問:

最近のA/Dコンバータ(ADC)は、 最大サンプリング周波数よりはるかに 大きい信号帯域幅を備えている 製品が数多く見受けられますが、 それはなぜでしょうか。 サンプリング定理に従えば、信号の 周波数は、サンプリング周波数の 半分までに限られるはずでは? 入力段の帯域幅が小さいほど 消費電力を抑えることができるのではないでしょうか。

RAQ:  Issue 64

回答:

 ここ10年ほどの間に設計されたサンプリングADCにおいては、確かにそうした仕様が一般的になりました。しかし、帯域幅の拡大がADCの消費電力に大きな影響を与えることはほとんどありません。というのも、入力段にスイッチド・キャパシタによるサンプリング回路を使用していることが多いからです。入力バッファ回路を備えたADCでは、アンプの消費電力は帯域幅にほぼ比例しますが、増幅プロセスが進化するにつれ、新型になるほど少ない電力消費でより大きな帯域幅を実現できるようになっています。

サンプリング定理 ¹ によると、いくつかの異なる周波数のコンポーネントで構成される複雑な信号が、信号の最大周波数の2倍を下回るクロック周波数でサンプリングされると、エイリアシングと呼ばれる現象が起きるとされています。エイリアシングを引き起こすような低いクロック周波数でサンプリングすることを、アンダーサンプリングと呼んでいます。

初期のサンプル・データ・システムでは、入力信号はベースバンド信号と同一であることがほとんどで、周波数帯域範囲はDC(ACカップリングされている場合は、DCに近い帯域数値)からカットオフ周波数までであり、カットオフ周波数は、通常ローパスフィルタ(LPF)によって決定していました。こうしたシステムの場合、エイリアシングは正常な動作を妨げ、深刻な問題になりうるものでした。

しかし、信号の総帯域幅がサンプリング周波数の半分以下なら、エイリアシングの問題は生じません。ただし、サンプリング周波数と信号周波数帯域の関係が正しく定義付けられていることが前提となります。現在、多くのサンプル・データ・システムでは、信号の周波数は高いが、信号の存在する帯域幅は比較的狭く(たとえば、デジタル無線の中間周波数(IF)など)、比較的低いクロック周波数で動作させています。こうしたシステムのADCでは、広い信号帯域幅が必要であるものの、最大クロック周波数はそれほど高い必要はありません。

以前のRAQ  ² で解説したように、サンプリング・クロック・レートを上げること、つまりオーバーサンプリングと呼ばれるプロセスによって、サンプル・データ・システムの分解能を改善することが可能です。信号周波数が高い場合でも信号の存在する帯域幅が狭ければ、質問に出てきたようなADCを、信号の存在する帯域幅よりも高いが信号のセンター周波数よりはるかに低いクロック周波数で動作させることで、高性能なシステムを実現することができます。一見すると実現不可能に思われるかもしれませんが、こうしたシステムにおいてはアンダーサンプリングとオーバーサンプリングを同時に行っているのです。

1 この定理の理論的基礎を築いたハリー・ナイキストとクロード・シャノンにちなんで、ナイキストまたはナイキスト・シャノンのサンプリング定理と呼ばれることが多い。
2 RAQ 13「チンプンカンプンと思われるかもしれませんが、ΣΔコンバータはそれほど難しいものではありません」



著者

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James Bryant

James Bryantは、1982年から2009年に定年退職するまで、アナログ・デバイセズの欧州地区アプリケーション・マネージャを務めていました。現在も当社の顧問を務めると共に、様々な記事の執筆に携わっています。リーズ大学で物理学と哲学の学位を取得しただけでなく、C.Eng.、Eur.Eng.、MIEE、FBISの資格を有しています。エンジニアリングに情熱を傾けるかたわら、アマチュア無線家としても活動しています(コールサインはG4CLF)。