RFの謎を解き明かす――Sパラメータの定義、種類

質問:

Sパラメータとは何ですか?また、どのような種類のものが存在するのでしょう?

RF Demystified: Scattering Parameters and Their Types

回答:

Sパラメータ(Scattering Parameter)は、RF回路の基本的な特性を表すためのものです。小信号、大信号、パルス、コールド、ミックスドモードといった様々な種類のパラメータが存在します。

はじめに

本稿は、RFが専門というわけではない技術者を対象とし、RFに関する多くの“謎”を解き明かすことを目的としています。以前、公開した「RFの謎を解き明かす――波の反射とは何なのか?」という記事の続編にあたるものです。また、RF対応のシグナル・チェーンに必要な機能を実現するための情報を提供する「周波数生成用のコンポーネントはどう選ぶ?」という記事に続くものでもあります。

Sパラメータは、あらゆるRFコンポーネントについて表現する際に必要になる最も基本的な概念です。本稿では、これについて解説します。Sパラメータについて論じる多くの記事とは異なり、Sパラメータの基本的な定義を示した上で、RF分野で一般的に用いられる主なパラメータについて簡潔に説明することにします。

基本的な定義

Sパラメータは、RFエネルギーがシステムの中でどのように伝搬するのかということを定量化するために使用されます。つまり、システムの基本的な特性に関する情報を含みます。Sパラメータを使用すれば、非常に複雑なRFデバイスでさえも、N個のポートを備えるシンプルな回路として表現することができます。図1に示したのは、2個のポートを備える不平衡回路の例です。この図は、RFアンプ、フィルタ、アッテネータなど、多くの標準的なRFコンポーネントについて表現するために使用できます。

図1. 2個のポートを備える不平衡回路
図1. 2個のポートを備える不平衡回路

図1に描かれている波の量aは、デバイスのポート1とポート2に入射する電圧波の複素振幅を表しています。マッチングのとれた負荷により他方のポートを終端した状態において、一方のポートに、a1またはa2の波の量の刺激(スティミュラス)を加えると、デバイスの順方向および逆方向の応答は、波の量bによって定義することができます。それらの量は、回路のポートから反射した電圧波と回路のポートを通過した電圧波を表します。得られた複素応答と最初の刺激の量の比により、2個のポートを備えるコンポーネントのSパラメータは、以下の式のように定義することができます。

数式 1

回路の固有の応答は、Sパラメータを1つにまとめた散乱行列(S行列)によって表すことができます。S行列は、回路のすべてのポートにおける複素波の量の関係を表します。2個のポートを備える不平衡回路の場合、刺激と応答の関係は、以下のように表されます。

数式 2

このS行列は、N個のポートを備える任意のRFコンポーネントに対して、同じように定義することができます12

Sパラメータの種類

特に明記されていない場合、Sパラメータという語は小信号のSパラメータのことを指します。このパラメータは、小信号の刺激に対するRF回路の応答を表します。すなわち、周波数に対するその反射特性と伝送特性を線形動作モードで定量化したものだと言えます。小信号のSパラメータを使用することにより、特定の周波数における電圧定在波比(VSWR:Voltage Standing Wave Ratio)、リターン損失、挿入損失、ゲインなど、基本的なRF特性を把握することができます。

但し、RFデバイスを通過する信号の電力レベルを連続的に増加させていくと、多くの場合、非線形な効果がより顕著に表れるようになります。その様子は、大信号のSパラメータという別の種類のSパラメータを使用することによって定量化できます。大信号のSパラメータの値は、周波数によって異なるだけでなく、刺激信号の電力レベルによっても異なります。このパラメータは、圧縮パラメータなど、デバイスの非線形性を表すために使用することができます。

小信号のSパラメータの値も大信号のSパラメータの値も、一般的には連続波の刺激信号を使用し、狭帯域の応答を検出することによって測定されます。但し、多くのRFコンポーネントはパルス信号によって動作するように設計されています。そのため、広い周波数領域にわたって応答が生じます。つまり、狭帯域に対する標準的な検出方法によってRFコンポーネントの特性を正確に評価するのは困難です。そこで、パルス・モードにおけるデバイスの特性評価には、一般的にいわゆるパルスSパラメータが使用されます。パルスSパラメータの取得には、パルス応答に対応する特殊な測定方法が用いられます3

Sパラメータの一種に、コールドSパラメータというものがあります。同パラメータはあまり取り上げられることはありませんが、場合によっては考察が重要になることもあります。コールドという語が使われているのは、このSパラメータが、非アクティブなモードにおける能動デバイスを対象として取得されるからです(非アクティブなモードとは、デバイスのすべての能動素子が非アクティブである状態のことを指します。例えば、トランジスタのジャンクションが逆バイアスまたはゼロ・バイアスになっていて、電流が流れていない状態が、これに当たります)。例えば、信号のパスに大きな反射を引き起こすオフの状態のコンポーネントが存在しているといったケースがあります。コールドSパラメータは、そうしたシグナル・チェーンのマッチングを改善したい場合に使用されます。

ここまでは、標準的な例を対象とし、Sパラメータの定義について説明してきました。標準的な例というのは、シングルエンドのコンポーネントにおいて刺激信号と応答信号がグラウンドを基準とする場合です。しかし、差動ポートを備える平衡コンポーネントについては、上記の定義では十分ではありません。平衡回路を対象とする場合、差動モードとコモン・モードの応答を完全に表現することが可能な、より広範にわたる特性評価の方法が必要になります。これについては、ミックスドモードSパラメータを使用することによって対応できます。図2は、ミックスドモードSパラメータについて説明したものです。2個のポートを備える標準的な平衡コンポーネントを表すミックスドモードSパラメータを、1つの拡張S行列として示しています。

図2. 2ポートの平衡回路に対応するミックスドモードS行列
図2. 2ポートの平衡回路に対応するミックスドモードS行列

図2の行列において、ミックスドモードSパラメータの下付き文字には、bモード、aモード、bポート、aポートという命名規則が適用されています。前半の2文字は、応答ポートのモード(bモード)と刺激ポートのモード(aモード)を表します。後半の2文字は、2つのポートのインデックス番号を表します。bポートは応答ポート、aポートは刺激ポートに対応します。この例の場合、ポートのモードはd(差動モード)またはc(コモン・モード)です。しかし、平衡ポートと不平衡ポートの両方を備えるより一般的なコンポーネントの場合、下付き文字sが付いた要素がミックスドモードS行列に追加されることになります。それらは、シングルエンド・ポートに対して取得された量を表します。ミックスドモードSパラメータを使用すれば、リターン損失やゲインといったRFコンポーネントの基本的なパラメータ以外の量も把握できます。すなわち、同相ノイズ除去比(CMRR:Common Mode Rejection Ratio)、振幅のアンバランス、位相のアンバランスなど、差動回路の特性評価に用いられる重要な性能指標の値も表現することが可能です。

まとめ

本稿では、Sパラメータの基本的な定義を明らかにした上で、その主な種類について簡単に説明しました。Sパラメータは、異なる周波数や異なる信号電力レベルにおけるRFコンポーネントの基本的な特性を表すために用いられます。RFアプリケーションを開発する際には、設計上の重要な構造や構成要素となるコンポーネントの特性を表すために、Sパラメータのデータが大いに活用されます。つまり、RF技術者はSパラメータを実測したり、既存のデータを使用したりすることになります。通常、SパラメータのデータはTouchstoneやSnPという呼び名で知られる標準的なテキスト・ファイルに格納されます。特によく使われているRFコンポーネントについては、それらのファイルが無償で提供されていることがほとんどです。

アナログ・デバイセズは、業界で最も多様なRF IC製品のポートフォリオを有しています。それらによって、様々なRFアプリケーションで求められる非常に厳しい要件に対応しています。また、RF技術者を支え、ターゲットとなるアプリケーションの開発プロセスを簡素化するために、RF技術に関連する充実したエコシステムを提供しています。そのエコシステムには、多様なRF製品のSパラメータ、設計ツールシミュレーション用のモデルリファレンス設計ラピッド・プロトタイピング用のプラットフォームディスカッション・フォーラムなどが含まれています。

参考資料

1David Pozar「Microwave Engineering, Fourth Edition(マイクロ波工学 第4版)」Wiley、2011年

2Michael Hiebel「Fundamentals of Vector Network Analysis(ベクトル・ネットワーク解析の基礎)」Rohde & Schwarz、2007年

3Pulsed Measurements Using Narrowband Detection and a Standard PNA Series Network Analyzer(狭帯域検出と標準的なPNAシリーズのネットワーク・アナライザを用いたパルスの測定)」Keysight Technologies、2017年12月

著者

Anton Patyuchenko

Anton Patyuchenko

Anton Patyuchenkoは、アナログ・デバイセズでフィールド・アプリケーション部門を担当するテクニカル・リーダーです。2015年に入社しました。RF分野で15年以上の経験を持つスペシャリストとして、同分野に関連する業務に注力しています。2007年にミュンヘン工科大学でマイクロ波工学の理学修士号を取得。卒業後は、ドイツ宇宙航空センター(DLR)のマイクロ波/レーダー研究所で研究職に就いていました。