RTDモジュールを過電圧から守る

質問:

過電圧保護機能を備える完全なRTDモジュールを設計したいのですが、どのようにすればよいでしょうか?

RAQ Issue: 157

回答:

RTD(測温抵抗体)センサーを使用すれば、ノイズと干渉の影響を抑えて、卓越した安定性と精度で温度を測定することができます。RTDセンサーには2線式、3線式、4線式というバリエーションがありますが、いずれも出力電圧を生成するための励起電流を必要とします。アナログ・デバイセズの「AD7124-4」と「AD7124-8」は、分解能が24ビットのシグマ・デルタ型A/Dコンバータ(ΣΔ ADC)であり、信頼性の高いRTDモジュール(RTDセンサーを採用した温度測定モジュール)を構成するにあたって最適な製品です。いずれの製品も、整合性のとれた2つの電流源、PGA、リファレンス・バッファを備えています。また、診断機能を内蔵していることも特徴の1つです。

産業分野では、誤った操作、不注意な接続、露出した配線によって、過電圧が発生することがあります。そうした過電圧は電子デバイスに損傷を与え、望ましくない結果を招く原因になります。過電圧保護の機能は、RTDモジュールにおいても重要な要件になります。特に、モジュールの主要な構成要素であるADCの保護には、十分に配慮しなければなりません。実際の運用環境では、過渡的な過電圧だけでなく、継続的な過電圧に対する保護機能について考慮する必要もあります。

本稿では、多線式のRTDモジュールを対象とした過電圧保護のソリューションをいくつか順に示していきます。それらのソリューションは、AD7124が備える過電圧保護機構、過電圧の保護/検出に対応するマルチプレクサやチャンネル保護器で構成されます。そうした手法について理解し、適切なデバイスを選択するために、ぜひ本稿をご活用ください。

過電圧保護を実現する方法としては、以下の3つが挙げられます。

  •  AD7124の保護は、そのピンに直列抵抗を付加することで、容易に実現できます。保護すべきピンとしては、アナログ入力ピンや励起電流の出力ピンがあります。但し、抵抗を付加することによって、コンプライアンス電圧は低下します。
  • 電流源は、ディスクリート部品を使うことで保護できます。この方法を使えば、高い過電圧に対する保護と高いコンプライアンス電圧を達成できます。但し、スイッチとマルチプレクサは外部にさらされたままになります。
  • アナログ・デバイセズは、過電圧の検出/保護機能を備えるアナログ・スイッチ/マルチプレクサやチャンネル保護器を製品化しています( 「ADG52xxF」と「ADG54xxF」)。それらの製品を使えば、RTDモジュールの保護と、異なる結線方式のRTDセンサーの切り替えを実現できます。各製品は、通電時と非通電時の両方において、±55Vの電圧に対する保護を実現します。また、ラッチアップ耐性も備える故障検出機能を利用できます。更に、高密度のパッケージを採用しているので、従来のソリューションよりも実装面積を大きく削減することが可能です。

AD7124をベースとするRTDモジュール

RTDモジュールでは、レシオメトリックな測定が広く使われています。励起電流源の誤差とドリフトを除去することができるからです。図1に示したのは、AD7124-8をベースとした4線式RTDモジュールの概念図です。

図1 . AD7124-8 をベースとする4 線式RTDモジュール( レシオメトリックな測定が可能)
図1 . AD7124-8 をベースとする4 線式RTDモジュール( レシオメトリックな測定が可能)

AIN0ピンは、励起電流の供給に使用します。AD7124は、リファレンス・バッファとPGAを内蔵しています。REFIN(リファレンス入力ピン)とAIN(アナログ入力ピン)は入力インピーダンスが高く、RTDセンサーとリファレンス抵抗には、同じ値の電流が流れます。ADCは、リファレンス電圧(VREF)に対する入力電圧(VRTD)の比をデジタル値に変換します。その結果は、RRTDとRREFの比と同じになります。RREFとして精度と安定性に優れたリファレンス抵抗を使えば、RREFの値とADCによる変換結果から、RRTDの値を計算できます。

4線式RTDの構成を採用すると、高い精度と信頼性が得られます。リード線の寄生抵抗に起因する誤差を除去することも可能です。その代わり、3線式や2線式の構成よりもコストが高くなります。図2は、AD7124をベースとする3線式RTDモジュールの概念図です。図1と比較すると、性能と引き換えにコストが抑えられます。

図2 . AD7124-8をベースとする3 線式RTDモジュール( レシオメトリックな測定が可能)
図2 . AD7124-8 をベースとする3 線式RTDモジュール( レシオメトリックな測定が可能)

3線式のRTDによる測定では、AD7124-8が備える整合性のとれた2つの電流源が有効に機能します。VREFとVRTDは、以下の2つの式で表すことができます。

数式1

AD7124 が備える2 つの電流源は、整合性が高いため、IEXC0とIEXC1はほぼ等しくなります。また、リード抵抗RL1とRL2の値はほぼ同じです。したがって上記の式は、次のように簡素化することができます。

数式2

これらの式から、ADCによって得られるコードは次のように表されます。

数式3

この式に、A/D変換の結果とリファレンス抵抗の値を代入すれば、RTDセンサーの抵抗値を計算することができます。詳細については、「CN-0383」をご覧ください。

2線式RTDを使用する場合、リード抵抗に起因する誤差は除去できません。ただ、3線式のRTDを使う場合よりも、コストは更に低減できます。AD7124-8を使えば、図3のようにして2線式RTDモジュールを構成することができます。

図3 . AD7124-8 をベースとする2 線式RTDモジュール( レシオメトリックな測定が可能)
図3 . AD7124-8 をベースとする2 線式RTDモジュール( レシオメトリックな測定が可能)

現実の産業環境で運用されるRTDモジュールには、同じポートを使って、種類の異なる多くのRTDセンサーに対応することが求められます。そのような構造を採用すれば、RTDセンサーのコストと性能のバランスをとることが容易になるからです。各結線方式のRTDセンサーに対して、RTDモジュールのインターフェースを簡素化して示すと図4のようになります。

図4 . 異なる結線方式のRTDセンサーに対するA D C のインターフェース
図4 . 異なる結線方式のRTDセンサーに対するADC のインターフェース

上記の要件を満たすには、異なる結線方式のRTDセンサーに対し、ファームウェアによってRTDモジュールとの接続を簡単に切り替えられるようにする必要があります。図5に示したのが、この要件に対応するRTDモジュールのブロック図です。1個のAD7124-8と複数のスイッチによって、異なる結線方式のRTDセンサーに対応できるように構成しています。AD7124-8は、2線式/3線式/4線式のRTDによる4チャンネルの測定をサポートします。

図5 . AD7124-8 をベースとするRTDモジュール。異なる結線方式のRTDセンサーに対応することが可能です。
図5 . AD7124-8 をベースとするRTDモジュール。異なる結線方式のRTDセンサーに対応することが可能です。

各方式のRTDセンサーに対応するためには、構成を変更する必要があります。これは、コントローラを使用することによって、簡単に実現できます。表1に、各方式に対応するためのスイッチと電流源の設定についてまとめました。

表1. 各結線方式のRTDセンサーに対応するためのスイッチと電流源の設定

  S1 S2 S3 IETX1 IETX2
2線式RTD クローズ クローズ オープン イネーブル ディスエーブル
3線式RTD クローズ オープン クローズ イネーブル イネーブル
4線式RTD オープン オープン オープン イネーブル ディスエーブル

ノイズ性能は、抵抗とコンデンサの値を計算によって適切に設定することで最適化できます。その手順については、「RTDによる温度測定用アナログ・フロントエンドの設計」を参照してください。現実の環境において、ノイズ性能の最適化と過電圧保護が必要になる場合には、追加の要件が加わって、多くの煩雑な作業が発生します。

まず、AD7124の一部のアナログ・ピンは、外部環境に直接さらされている状態にあります。25°CにおけるAD7124の絶対最大定格から、AVSSを基準とするアナログ入力電圧は、-0.3V~AVDD+0.3Vの範囲内になければなりません。つまり、このモジュールは高い過電圧が生じた場合には、安全性が確保されません。また、3個のスイッチについても、高電圧に耐えられるものを選択する必要があります。

電流制限抵抗を追加する

AD7124は、すべてのピンに電流制限抵抗を加えることで、過電圧から簡単に保護することができます。

図6 . AD7124-8 のアナログ・ピンの内部構造
図6 . AD7124-8 のアナログ・ピンの内部構造

図6に、AD7124のアナログ・ピンの内部構造を示しました。すべてのアナログ・ピンには、クランプ用のダイオードが2個付加されています。これらのダイオードを利用することにより、余分なリーク電流を生じさせることなく、保護用の回路を直接実装できます。

図7に示したのが、保護用の回路図です。R1~R4がそれぞれAIN1、AIN2、REF+、REF-の各ピンに付加されています。各抵抗は、ノイズの除去を目的とした回路の構成要素なのですが、同時に電流制限の役割も果たします。これらに加え、AIN0とAIN3の各ピンに電流制限用の抵抗を付加することで、外部にさらされているすべてのアナログ・ピンが保護されることになります。

図7 . ADC用の保護回路。アナログ入力ピンに電流制限用の抵抗を付加しています。
図7 . ADC用の保護回路。アナログ入力ピンに電流制限用の抵抗を付加しています。

これらの抵抗と内部のクランプ用ダイオードにより、正/負の過電圧に対する保護を実現できます。正/負いずれかの過電圧が加わると、抵抗とクランプ用ダイオードを通って、AVDDまたはAVSSに電流が流れます。AD7124の絶対最大定格から、その電流値は10mA未満に抑えなければなりません。例えばRLimit(RLimit1とRLimit2)を3kΩに設定した場合、このモジュールは±30Vの継続的な過電圧に対応できるということになります。

但し、このRTDモジュールが通常動作しているときには、RLimitが存在することで電圧降下が生じます。励起電流を500µAとすると、RLimitによる電圧降下は1.5Vとなります。このことから、センサーの抵抗値とRREFの値が制限されます。RLimitの値を大きくすれば保護機能は強化されますが、他の抵抗値の許容範囲が狭くなります。この保護方法では、過電圧保護の要件が厳しいほど、コンプライアンス電圧が低下します。また、RREFとRReturnで消費される電力に対処しようとすると、これら2つの抵抗に関する電圧耐性は直接的に低下します。

AD7124-8のアナログ・ピンだけでなく、スイッチも過電圧にさらされる可能性があります。したがって、±30Vといった電圧に耐えられるスイッチを選択しなければなりません。ここ数年の間に、このような用途にはフォトMOSやリレーが使われるようになりました。ただ、それらの部品は高額でパッケージも大きいことから、適用分野は限られています。

ディスクリートのトランジスタで電流源を保護

電流制限用の抵抗を使う方法の最大の欠点は、SOURCE+のコンプライアンス電圧が低下することです。それに対し、ディスクリートのトランジスタやダイオードを使用すれば、過電圧保護を実現しつつ、SOURCE+ピンの最大許容電圧を高い値に維持できます。図8にその方法を示しました。

図8 . ディスクリートのトランジスタとダイオードによる過電圧保護
図8 . ディスクリートのトランジスタとダイオードによる過電圧保護

この構成であれば、通常動作時におけるRTDセンサーへの励起電流の流れを維持しつつ、過電圧による故障を防ぐことができます。また、アナログ入力ピンにコンプライアンス電圧の制約は生じません。他のアナログ入力ピンは、電流制限抵抗を使うことで保護することが可能です。

大きな正の電圧がRTDセンサーに加わった場合、D1がその電圧から電流源を保護します。大きな負の電圧が加わった場合には、Q1のコレクタ‐ベース間のPN接合が逆方向にバイアスされます。そのPN接合とRB1で生じる大きな電圧降下により、AIN0の損傷が防止されます。

通常動作時には、ダイオードD2が逆バイアスされるので、電流量がごくわずかに抑えられます。また、Q1のエミッタからベースにはほとんど電流は流れないため、RB1による電圧降下は無視できます。この方法であれば、電流制限用の抵抗を使う場合よりも、コンプライアンス電圧を高く維持できます。しかも、はるかに高い過電圧に耐えることが可能です。

アナログ・スイッチ/マルチプレクサと過電圧保護機能の併用

高精度のRTDモジュールをディスクリート部品で保護する方法には、明確な欠点があります。それは、適切な部品の選択が容易ではないこと、それらの部品を追加することで保護回路が複雑になること、プリント基板上での実装面積が大きくなることです。

AD7124のアナログ入力ピンでは、リーク電流が非常に少なく抑えられています。それでも、R1やR2といった大きな抵抗を直列に接続すると、かなりの誤差が生じます。また、これらの抵抗の熱ノイズによって、モジュールとしての分解能が低下します。実際の設計では、RTDモジュールに複数のチャンネルを設け、チャンネル間で電流源を切り替えて使用するということが行われます。抵抗値が大きいと、アナログ入力部に構成されるRC回路のセトリング時間が長くなります。C1、C2、C3などのコンデンサの充電に費やす時間が長くなるということです。また、保護機能と精度のバランスをとるのが難しくなります。更に、スイッチも過電圧から保護しなければなりません。

このようなケースでは、過電圧保護機能と、アナログ・スイッチ/マルチプレクサを併用するとよいでしょう。それにより、スイッチとしての機能と回路の保護の両方を実現することができます。図9に示したのがその例です。

図9 . 過電圧保護機能とアナログ・スイッチ/ マルチプレクサを併用した回路
図9 . 過電圧保護機能とアナログ・スイッチ/マルチプレクサを併用した回路

図9の回路では、3つのSPDT スイッチを内蔵する「ADG5243F」が、AD7124の前段に配置されています。また、チャンネル保護器「ADG5462F」が内蔵する2つの可変抵抗を、AIN1とAIN2の前段に配置しています。ADG5243FとADG5462Fを使用すれば、それらの内蔵部品を使って、過電圧の検出/保護の機能をユーザが定義することができます。

これらの製品の特徴を以下に列挙します。

  • ソース・ピンは、2次電源レールより大きい±55Vの電圧から保護できます。
  • ソース・ピンは、非通電時にも±55Vの電圧から保護できます。
  • 過電圧を検出した際には、デジタル出力によって、スイッチの動作状態が示されます。
  • トレンチ・アイソレーションによってラッチアップ耐性が実現されます。
  • わずかなチャージ・インジェクションやオン容量に対して最適化されています。
  • ADG5243Fは、±5V~±22Vの両電源または8V~44Vの単電源で動作します。

これらの製品は、ラッチアップを防止でき、リーク電流が少なく、オン抵抗の平坦性が業界最高レベルにあるという特徴も備えています。リーク電流が少なく導通抵抗が小さいため、RTDモジュールの精度とノイズ性能の確保に貢献できます。

RTDモジュールのインターフェース回路に正/負の過電圧を印加すると、ドレイン・ピンの電圧がPOSFV+VTまたはNEGFV-VTにクランプされます。POSFVが4.5V、NEGFVがAGNDに設定されている場合、AD7124の保護に必要な一連の抵抗は、かなり簡単に選択できます。非通電時に過電圧が生じると、スイッチがハイ・インピーダンスの状態になって、部品の損傷が防止されます。

また、これらの製品が備える過電圧検出機能は、システムの診断に活用することができます。ADG5243FとADG5462Fのソース入力の電圧は、連続的に監視されます。デジタル出力ピンであるFFは、スイッチの状態を表します(アクティブ・ロー)。いずれかのソース入力ピンに問題が生じている場合には、そのことがFFピンの電圧によって示されます。AD7124は、システムの安全性を維持するための強力な診断機能を数多く備えています。プロセッサによって各製品の診断機能を組み合わせることにより、格段に堅牢なシステムを構築することができます。

まとめ

AD7124の機能ブロックと診断機能を活用することにより、RTDモジュールの精度と堅牢性を高めることができます。本稿では、RTDモジュールの過電圧保護を実現する3つの方法を比較しました。その結果、過電圧保護機能とアナログ・スイッチ/マルチプレクサを併用する方法には、以下のような利点があることがわかりました。

  • より高い過電圧に耐えられるRTDモジュールを構成できます。
  • リーク電流は少なく、ノイズは小さく、セトリング時間は短くなります。
  • 従来から使われているフォトMOSやリレーをアナログ・スイッチ/マルチプレクサで置き換えることにより、実装面積とコストを削減することができます。
  • 診断機能を活用することにより、システムの堅牢性が高まります。
  • 容易に使用できます。

著者

Yao Zhao

Yao Zhao

Yao Zhaoは、アナログ・デバイセズ 中国デザイン・センター(北京)に製品アプリケーション・エンジニアとして勤務しています。中国全土を対象とし、高精度のΣΔ ADC製品の技術サポートを担当しています。趣味は、Jim Williamsの作品を楽しむことです。