新たなゲート駆動手法により、大電力アンプの高速オン/オフを実現

質問:

200 ナノ秒以内でオン/オフすることが可能な大電力ア ンプは実現できるでしょうか。

RAQ: Issue 148

回答:

パルス・レーダーのアプリケーションでは、送信動作から受信動作へ遷移する際、大電力アンプ(HPA: High PowerAmplifier)を高速にターンオン、ターンオフする必要があります。一般に、遷移時間の目標は 1 マイクロ秒未満といった値に設定されます。従来、この目標はドレインを制御することによって実現されてきました。ドレインの制御による大電流のスイッチングには、28 V ~ 50 Vの電圧が必要になります。この制御は既知の手法によって実現できます。ただし、実装面積が大きくなるとともに回路がより複雑になります。最新のフェーズド・アレイ・アンテナを開発するケースでは、SWaP(サイズ、重量、消費電力)を最小限に抑えることが要求されます。この目標を達成しつつ、HPA のスイッチングをドレイン制御で実現することに伴う複雑さを排除することが求められています。

本稿では、HPA の高速ターンオン/オフを実現するための別の方法を紹介します。ドレイン制御によってスイッチングを実現する回路を排除し、ゲートをパルスで駆動するシンプルかつユニークな回路です。スイッチングに要する時間は 200 ナノ秒未満に抑えられるので、1 マイクロ秒という目標に対して十分なマージンを確保できます。また、その回路は 3 つの付加機能も備えています。1つは、デバイス間のばらつきに対処するためのバイアスのプログラム機能です。もう 1 つは、ゲート電圧の予期せぬ上昇から HPA を保護するゲート・クランプ機能です。最後の 1 つは、パルスの立上がり時間を最適化するためにオーバーシュートを補償する機能です。

一般的なドレイン制御回路

図 1 に、ドレインの制御によって HPA をターンオン/オフする回路を示しました。HPA には直列に接続されたFET を介して高い電圧が印加されます。制御用の回路では、その FET をオンにするために、論理レベルのパルスをより高い電圧に変換します。

この構成が複雑になる原因としては、以下のような事柄が挙げられます。

  • 大電流のスイッチングにあたっては、バルク・コンデンサから HPA のドレイン・ピンまでのパスにおいてインダクタンスを小さく抑える必要があります。
  • ターンオフが行われる際、ドレインの容量には電荷が保持されるので、別の放電パスが必要になります。これは図 1 に Q2 として示した FET を追加することで実現します。それに伴い、制御回路には、Q1 と Q2が同時にイネーブルにならないようにするという制約が加わります。
  • 多くの場合、直列に接続される FET としては N チャンネルのデバイスが使用されます。このことから、ターンオンを実現するために、HPA のドレイン電圧より高い電圧を生成する制御回路が必要になります。

この制御回路の設計手法はすでに確立されています。しかし、フェーズド・アレイ・システムでは、さらなる集積度の向上と SWaP の削減が求められます。また、複雑さの排除も必要です。ドレイン制御回路の全体を不要にすることが求められていると言うこともできます。

Figure 1
図 1. H PA のオン/オフに使用されてきたドレイン制御回路

従来の課題を解決するゲート駆動回路

ゲート駆動回路の目的は、ロジック信号を、GaN ベースの HPA のゲートを制御するための適切な信号に変換することです。適切なバイアス電流を設定するためには負の電圧が必要になり、さらに低い負の電圧によってデバイスをターンオフさせます。つまり、その回路では、受け取った正のロジック入力を、2 つの負電圧から成るパルスに変換する必要があります。また、その回路では、急峻な立上がり時間と最小限のオーバーシュートによって、ゲート容量に対応しなければなりません。

ゲート用のバイアス設定については 2 つの懸念があります。1 つは、バイアス電圧のわずかな増加によって HPAの電流が大幅に増加する可能性があることです。このことから、ゲート制御用の回路には、高い安定性が求められます。加えて、損傷を防ぐためにクランプ機構を設けることが必要になります。もう 1 つの懸念は、望ましいドレイン電流を設定するために必要なバイアス電圧に、ばらつきが生じることです。このばらつきに対応するために、ゲートのバイアスをプログラムできるようにするための機能をシステム内に追加することが必要になります。

Figure 2
図 2 . HPA 用のゲート駆動回路。図 1 の手法が抱える課題を解決します。

図 2 に示した回路では、上述したすべての事柄への対応が図られています。オペアンプ U1 は、負の単一電源を使用します。高精度の D/A コンバータ(DAC)である「LT2666」は、U1 の非反転入力ピンに印加するリファレンス電圧を設定するために使用しています。ロジック入力がハイの時、オペアンプの出力は負の電源レールにクランプされます。入力がローになると、オペアンプの出力は、抵抗値と DAC の設定によって決まる小さな負の値に近づきます。U1 を負電源で動作させているのは、ロジック入力がロー(グラウンドのレベル)になった時に HPAをターンオンするためです。このようにした理由は、ロー・レベルではハイ・レベルよりも電圧値のばらつきが小さく抑えられるからです。レール to レールのオペアンプとしては、高いスルー・レートとアプリケーションに対して適切な出力電流値を達成できるものを選択します。

各部品の値の決定には、次のような事柄がかかわります。

  • 抵抗 R1、R2 によって、オペアンプのゲインを設定します。
  • DAC の設定と抵抗 R3、R4 によって、オペアンプの非反転入力ピンに入力するリファレンス電圧が決まります。コンデンサ C1 と R3 の値は、それらによって構成されるローパス・フィルタのノイズの条件に応じて決められます。
  • 抵抗 R5、R6 によって、重要なクランプ機能が実現されます。オペアンプ U1 の電源ピンはグラウンドに接続されており、それが U1 の出力の最大値になります。R5 と R6 は、-5 V の電源電圧を分圧する役割を果たします。
  • R5 は好ましくない影響が生じる原因になります。その影響とは、ゲートの容量と組み合わせられることによって、パルスに対する応答が遅くなることです。これについては、コンデンサ C3 を加えて急峻なパルスを得ることで補償します。
  • コンデンサ C2 の値は小さく設定します。オペアンプの出力パルスの立上がりエッジに生じるオーバーシュートを制限したいからです。

評価結果

図 3 に示したのは、図 2 の回路を評価するためのシステム構成です。高精度の DAC、オペアンプ、HPA の各評価用ボードを組み合わせています。パルス・ジェネレータは、1.8 V のロジック信号を生成するために使用します。また、シグナル・ジェネレータは常に動作させておきます。この状態で HPA をターンオン/オフし、RF 信号の測定を行います。そのために、その RF 周波数よりも広い入力帯域幅を備えるオシロスコープを使用します。

Figure 3
図 3 . 評価用のシステム構成

表 1 に、評価に使用した部品の値/ 品番をまとめました。

表 1. 使用した部品の値/品番
部品 値/品番
U1 LT1803
R1 1
R2 2.7
R3 1
R4 5
R5 2.2
R6 3
C1 0.47 µF
C2 10 pF
C3 180 pF
DAC LTC2666
HPA HMC1114

ターンオンにかかる時間を測定した結果を図 4 に示しました。時間軸の 1 目盛りは 500 ナノ秒です。つまり、RF信号の立上がり時間は、200 ナノ秒未満に抑えられています。ゲートに印加されるパルスが立上がり始める位置から、RF 信号の立上がりエッジにおける最後の位置までの時間(ターンオン時間)は約 300 ナノ秒です。つまり、送信から受信への遷移時間を 1 マイクロ秒に抑えたいシステムにおいて、十分なマージンが確保できるということです。

Figure 4
図 4 . H PA のターンオン時間の測定結果
Figure 5
図 5 . H PA のターンオフ時間の測定結果

一方、図 5 に示したのは、ターンオフ時間の測定結果です。時間軸の 1 目盛りは図 4 と同じく 500 ナノ秒です。立下がり時間は立上がり時間よりもさらに短くなります。こちらも 200 ナノ秒を十分に下回っています。送信から受信への遷移時間として 1 マイクロ秒を割り当てているシステムにおいて、かなり大きなマージンが得られます。

レイアウトの例

図 6 に、典型的なレイアウトの例を示しました。オペアンプのゲートにパルスを印加する回路は、HPA の入力につながる RF パスの隣に配置しています。高精度の DACは示していませんが、制御部に配置し、複数の送信チャンネルに入力信号を供給することになるはずです。このレイアウトを見ると、必要なスペースは最小限に抑えられていることがわかります。つまり、図 2 の回路は実用的なレベルのスペース/コストでプリント基板上の RF 送信回路の部分に加えられるということです。

Figure 6
図 6 . レイアウトの例

まとめ

本稿では、HPA を高速にターンオン/オフするための回路を紹介しました。HPA のゲートにパルスを印加することでそれを実現します。併せて、その評価結果も示しました。

この回路には次のような特徴があります。

  • 200 ナノ秒未満の遷移時間
  • あらゆるロジック入力形式に対応可能
  • デバイス間のばらつきに対応するためにバイアスをプログラムすることが可能
  • 最大ゲート電圧にクランプする保護機構
  • 立上がり時間/オーバーシュートの補償機構
  • 高密度のフェーズド・アレイ・アプリケーションに対応可能なサイズ

高度な電子システムでは、集積化が進んでいることもあり、実装面積の削減が継続的に求められます。本稿で紹介した回路(ないしは、これを少し改変したもの)は、HPAの高速オン/オフに広く採用されていくと考えられます。特に、遷移時間の短縮が求められるフェーズド・アレイ・アプリケーションでは、この種の回路が普及することになるでしょう。

著者

Peter Delos

Peter Delos

Peter Delosは、アナログ・デバイセズの航空宇宙および防衛グループのテクニカル・リードで、ノースカロライナ州グリーンズボロで勤務しています。1990年にバージニア工科大学でB.S.E.E.の学位を、2004年にNJITでM.S.E.E.の学位を取得しました。30年以上の業界経験を有し、その大部分をアーキテクチャ・レベル、PWBレベル、ICレベルの先進的なRF/アナログ・システム設計者として勤めました。現在は、フェーズド・アレイ・アプリケーション用に、高性能レシーバ、波形発生器、シンセサイザなどの設計の小型化を担当しています。

Jarrett Liner

Jarrett Liner

Jarrett Liner は、アナログ・デバイセズの航空宇宙/防衛グループに所属する RF システム・アプリケーション・エンジニアです。ノースカロライナ州グリーンズボロで勤務しています。RF に対応するシステムとコンポーネントの設計について豊富な経験を有しています。以前は、アプリケーション・エンジニアとして航空宇宙/防衛分野向けに GaN on SiC のアンプを担当していました。RF IC、WLAN 向けパワー・アンプ、フロントエンド・モジュールの設計とテストには 13 年間携わっています。また、エレクトロニクス技術者として米海軍で 6 年間働いていました。ノースカロライナ州グリーンズボロにあるノースカロライナ農業工科州立大学で 2004 年に電気工学の学士号を取得しています。研究所で回路ソリューションのシミュレーションやデータ収集を行っている以外は、マウンテンバイクに乗ったり、ジムでサイクル・クラスの指導を担当したり、ランニングしたり、庭で 4 人の子供たちを追いかけたり、といった具合に過ごしています。