地震センサー・ネットワークの基本を学ぶ

概要

地震は、建造物が密集して立ち並ぶ商業地や住宅地のあらゆる構造物に大きな被害をもたらします。そうした地域の規模が拡大し、より多くの建物が建築されれば、地震を感知するために広範なセンサー・ネットワークを実装しなければならなくなります。その場合、高コストで複雑な従来の計測器を採用するのは、現実的な選択肢とはなりません。そこで注目すべきものになるのが、MEMS(Micro Electro Mechanical System)ベースの加速度センサーと堅牢かつ小型のジオフォン(受振器)です。これらを併用することにより、低コストのIoT(Internet of Things)ソリューションを開発することができます。能動部品やA/Dコンバータ(ADC)といった既存の技術を活用することにより、計測器の最新規格を満たすセンサーを実現できるのです。アナログ・デバイセズは、地震の信号を検知するためのセンサー・ネットワーク(地震センサー・ネットワーク)向けに、シンプルでありながら信頼性の高い計測器ソリューションを提供しています。

はじめに

現在の世界は、相互接続と相互依存の度合いをより強めていく状況にあります。そうしたなか、中規模/大規模の地震が発生すると、経済的な崩壊が生じ、深刻な損失がもたらされるおそれがあります。脆弱な都市の中心部で大規模な地震が発生すれば、その都市の経済、その都市にある企業によるサービスの提供、その企業が世界に参画する能力に影響が及びます1。そのため、地震のリスクは世界的な問題だと認識されています。地震の発生による振動(地震動)の信号を監視する方法を改善することにより、そのリスクを緩和することが急務になっています。

地震の監視を実現するための主要な手段としては、地震センサー・ネットワークを利用する方法が考えられます。すなわち、広域にわたって地震動を検出するためのセンサーを多数配備し、地震動用の計測器を相互接続するということです2。しかし、従来の地震用の計測器を多数設置しようとすると、コストがかさみ、作業が複雑になってしまいます3。それに対し、IoT技術を活用すれば、地震に関する標準的なデータの質を維持しつつ、低コストのソリューションを実現することができます4。本稿では、まず、地震と地震センサーについて物理的な側面から解説します。その上で、地震用の計測器に関する最新の規格と、そうした規格に準拠した計測器よって抽出される特性について説明します。更に、様々な地震センサー・ネットワーク向けに開発されたアナログ・デバイセズのソリューションを紹介し、それらをベースとするシステムの設計について解説を加えます。

地震に関する基礎理論

地震は、プレートの運動と衝突によって引き起こされる現象です。衝突によって生成されたエネルギーは、地震波として地球内部と地表面に沿って複数の方向に伝播します。地震波は、実体波と表面波に分類されます。図1に、各種地震波の形状とそれぞれが地球に及ぼす影響についてまとめました。

図1. 地震波の種類。(a)はP波、(b)はS波、(c)はラブ波、(d)はレイリー波です。
図1. 地震波の種類。(a)はP波、(b)はS波、(c)はラブ波、(d)はレイリー波です5

実体波には、P波とS波の2種類があります。P波は、圧縮と伸長を伴いながら伝播方向に進行します。その伝播特性に基づいて球状に放散していきます。他の波と比べると、波動エネルギーの減衰量は最も大きいのですが、速度は5km/秒~8km/秒と最も高速です。エネルギーが急速に減衰するということは、最も破壊力の低い波だということを意味します。P波は地表面だけでなく、水や液体の中も伝播します。

一方のS波はせん断波とも呼ばれます。観測されるのは、P波の到達直後です。地表面に沿った伝播速度は、P波の約60~70%となります。S波は、伝播方向と地表面という直交する2方向に進行します。P波よりもエネルギーの減衰量が少ないため、破壊力が大きくなります。P波とS波を合わせて、実体波と呼びます。

表面波は実体波よりも10%ほど低速ですが、最も大きな破壊力を持ちます。地震波の伝播速度は、伝播する土壌の性質に応じて大きく異なります6。表面波には、ラブ波とレイリー波があります。ラブ波は、伝播方向とは垂直に、地表面とは平行に進行します。一方のレイリー波は、地表面の近くをさざ波のように伝播します。また、伝播と同方向または逆方向の回転を伴います。その動きに基づき、グラウンド・ロールと呼ばれることもあります。

マグニチュード、震度、スペクトル強度

地震のマグニチュードと震度は混同されがちです。両者に関連性はあるはずですが、地震に関する2つの異なるパラメータだと言えます。

地震の震度

地震の震度は、特定の地域における揺れの大きさを表します。古くから、揺れのパターンや被害の大きさを定量化するための手段として、世界中で使用されています。震度は、計測地点の特性に大きく依存することから、単一の真値というものは存在しません。震度の値は、1~12の値を持つ改正メルカリ震度階級、または1~10の値を持つロッシ・フォレル震度階級(MMI:Modified Mercalli Intensity)に基づきます。世界で最も広く採用されているのはMMIです。表1に、MMIの値とその影響についてまとめました。これは、米地質調査所(USGS:United States Geological Survey)が提供しているものです。

表1. MMIの概要
MMI 影響
I 特に良好な条件下において、ほとんどの人は揺れを感じない。
II 特に建物の上層階において、安静にしている人は揺れを感じる。
III 屋内にいる人(特に上層階にいる多くの人)は揺れを感じる。ただ、多くの人は、揺れの原因が地震であることに気づかない。止まっている車が少し揺れることがある。トラックが通過したときと同じような振動を感じる。期間が推定できる。
IV 日中、屋内にいる多くの人が揺れを感じる。屋外にいる人はほとんど揺れを感じない。夜間は目を覚ます人もいる。皿、窓、ドアが音を立てる。壁がひび割れるような音がする。建物に大型トラックが衝突したような衝撃を受ける。止まっている車がかなり揺れる。
V ほぼすべての人が揺れを感じ、夜間であれば多くの人が目を覚ます。固定していないものが倒れ、皿や窓が割れる。振り子時計が止まる。
VI すべての人が揺れを感じ、多くの人が恐怖を感じる。重い家具が動く。壁土が崩れた事例があるが被害は軽微である
VII 通常の耐震性を有する建物の被害は軽微から中程度である。耐震性の低い建物は大きな被害を受け、煙突が壊れることがある。耐震性の高い建物にはほとんど被害はない。
VIII 通常の耐震性を有する建物は部分的に倒壊し、かなりの被害を受ける。耐震性の低い建物は大きな被害を受け、煙突、積荷、柱、記念碑、壁が壊れて重い家具が転倒する。高い耐震性を有する建物の被害は軽微である。
IX 高い耐震性を有する建物でもかなりの被害を受ける。適切に設計された骨組構造が歪む。頑丈な建物が大きな被害を受けて部分的に倒壊する。建物が基礎からずれる。
X 適切に建造された木造構造物が倒壊する。ほとんどの石造構造や骨組構造は基礎から倒壊する。電車のレールが曲がる。
XI わずかな(石造)構造だけが残る。橋が倒壊する。電車のレールが著しく曲がる。
XII すべてが崩壊する。見通し線やレベルが歪む。物が空中に投げ出される。

震度の判定方法としては、様々なものがあります7。いずれの方法でも、過去の地震から収集されたデータを使用して地震動を予測するための式(GMPE:Ground Motion Prediction Equation)を独自に導出し、強度の値を予測します。導出された式では、地震動のパラメータのうち少なくとも1つ、またはいくつかを組み合わせたものを使用します。具体的には、最大地動変位(PGD:Peak Ground Displacement)、最大地動速度(PGV:Peak Ground Velocity)、最大地動加速度(PGA:Peak Ground Acceleration)を使用します。以前は、主にPGAに基づく式が使われ、PGVとPGDを使うものは少数でした。GMPEでは、複数のデータベースからのデータを使用して相関結果を生成します。ただ、異なるモデルによって得られた値には、かなりのばらつきがあります。例えば、Wald氏のGMPEを使用すると、10cm/[秒]2のPGA値から得られるMMI値は3.2となります。一方、Hershberger氏のGMPEでは、10cm/[秒]2のPGA値はMMI値の4.43に相当します。GMPEの多くはべき乗則に従うので、PGAの値が指数関数的に増加しなければ、MMI値が1つ上の階級に上がることはありません。

以下に示すのは、それぞれWald氏とHershberger氏によって導き出されたGMPEです8

式1

日本の気象庁(JMA:Japan Meteorological Agency)は、震度に関する独自の階級を策定しています9。これは、大きな震動に対応する3軸加速度データを基にして計算されます。具体的には、各軸から得られた加速度(時間信号)の値をフーリエ変換します。各軸の周波数信号には、図2に示すバンドパス・フィルタが適用されます。このフィルタは、時期効果フィルタ、ハイカット・フィルタ、ローカット・フィルタで構成されます。図2には、各サブフィルタの数学的表現も示してあります。

 図2. JMAの震度計算に用いられるバンドパス・フィルタ。加速度センサーからの出力信号に適用します。(a)の式は時期効果フィルタ、(b)の式はハイカット・フィルタ、(c)の式はローカット・フィルタの応答を表します。

図2. JMAの震度計算に用いられるバンドパス・フィルタ。加速度センサーからの出力信号に適用します。(a)の式は時期効果フィルタ、(b)の式はハイカット・フィルタ、(c)の式はローカット・フィルタの応答を表します9

各軸の周波数信号については、フィルタを適用した後に逆フーリエ変換を実施します。それによって得られた3軸の時間領域信号に対し、ベクトル和の大きさを計算します。ここで、累計で0.3秒以上継続した最大加速度の値をa0とします。このa0と、JMAが策定した震度計算用の式(2)を使用することで、震度を計算します。式(2)は、少なくとも0.3秒間続いた最大加速度を使用するという点に注意してください9

式2

上式において、IJMAはJMAの手法による震度の値、a0は0.3秒以上続いた最大加速度の値です。

地震のスペクトル強度

地震の強度は、特定の場所で感じた揺れの大きさを表します。それに対し、スペクトル強度(SI:Spectral Intensity)という指標は、地震によって特定の構造物に加わった破壊的エネルギーの大きさを表します10。SIの値は、速度応答スペクトルと式(3)を使うことで計算できます。

式3

ここで、SIはスペクトル強度、Sv(T,h)は揺れ速度スペクトル(Tは周期、hは周波数範囲)です。この式は、建物の通常の速度期間で揺れ速度応答スペクトルを積分することにより、SIの値を計算するというものです11

通常、非常に強固な構造物では、速度期間が1.5~2.5秒となります。SIの値は、揺れ速度スペクトルの範囲で計算されるので、発生した揺れが地震によるものなのか、他の振動源によるものなのかを簡単に区別することができます。したがって、SI値は、構造物の健全性に対する地震の影響の基準として使用することが可能です。また、JMAの震度と比較すると、SI値の計算はそれほど複雑なものではありません。そのため、低消費電力のアプリケーションには、JMAの震度計算よりも適用しやすいと言えます。

地震のマグニチュード

地震のマグニチュードは、震源地で放出されたエネルギーの量を表します。この値は、計測する場所に依存するものではありません。真値は1つだけで、リヒター・スケールで割り当てられている数値になります。過去に最大値を記録したのは、1960年にチリのバルディビアで起きた地震です。この地震のマグニチュードは9.4~9.6でした。

地震のマグニチュードと震度の相関関係については、まだ完全に定義されていません。両者の関係を明確に定義するには、震源の深さ、震源周辺の地盤組成、震源地と計測器の間の地形の種類、計測器の位置または震源からの距離など、多数の要素を考慮する必要があります。例えば、2017年5月にオレゴン州の沿岸近くを震源とする地震が発生しました。そのマグニチュードは4と判定されました。2017年7月にUSGSが公開したマップ12によると、モンタナ州では5~6の震度が計測されました。それに対し、アイダホ州では2~3の震度しか観測されませんでした。つまり、アイダホ州の方がモンタナ州よりも震源に近いのに、地震の影響が強く感じられたわけではないということです。

地震の検知

地震の検知とは、地震波を計測して解析する一連の処理のことです。地震波は、地震によって生じる動きにだけ依存するわけではありません。歩行のような軽微なものを含め、地面に印加される任意の力によって、地震波に相当する乱れが生じる可能性があります。地震の監視で対象とする地震動は、非常に大きなものです。但し、地震が発生すると、紙ほどの薄さや部屋ほどの高さに対応する地震動が生成される可能性があります。

地震動は、変位、速度、加速度で表すことができます。地動変位は、地面が動いた距離として計測されます。位置の変化は、水平方向の場合も垂直方向の場合もあります。地動速度とは、地面が動いた速度のことです。地動加速度は、時間に対する地動速度の変化量となります。ここで、地動加速度は、地震が発生した際に構造物に印加される応力を判定するための最も重要な要素です。GeoSIGは、マグニチュード、地震動、震度の関係を示すプレゼンテーション資料を公開しています13

地震の検知には、それに特化したデバイスが用いられます。地震を検知するアプリケーションは、使用する周波数範囲に基づいて分類できます。そのため、地震用の計測器は、その用途に対して適切な周波数応答を示すように設計/製造されます。GeoSIGは、様々な地震検知アプリケーションとその対象周波数範囲の関係を表すグラフを公開しています13

最新の地震計と地震センサーの概要

一般に、地震を検知するためのデバイスは地震計と呼ばれます。古くはペンと振り子を使うタイプのものが使われていましたが、現在では電子センサーや電気機械センサーを使うものへと進化しています。より優れたセンサーが設計されるようになったことから、様々な周波数範囲、検知メカニズム、計測される地震動のパラメータに対応する地震計が登場しています。

歪み地震計

旧来の地震計は、地動変位しか記録できませんでした。その後、技術の進化に伴い、地動変位を計測するための様々なメカニズムが生み出されました。そうした計測器の1つが、歪み地震計(歪み計)です。一般に、2つの地点の間の変位を記録して計測するための計測器を歪み地震計と呼びます14。従来の歪み地震計では、棒をボアホールに設置する構造が採用されていました。通常、その棒の材料としては、長さや歪みの変化に非常に敏感な石英などが使用されます。棒の長さは、地震動によって引き起こされた小さな変位に起因して変化します。

もう1つ、体積歪み計と呼ばれるデバイスがあります。これは、液体を充填した円筒形の管をボアホールに設置するというものです15。円筒形の管が変形すると、液体のレベルが変化します。それが電圧‐変位トランスデューサによって、地動変位の値に変換されます。体積歪み計は特殊な材料を必要としないので、従来から現場で広く利用されています。

最近では、レーザー技術も大きく進化しました。それに伴い、レーザー歪み計(レーザー干渉計)も登場しています。一般に、レーザー歪み計では、歪みの計測精度が大幅に高まります。この種の歪み計は、アーム長が不均衡なマイケルソン干渉計と同じ原理を利用します。1点にはセンサー、レーザー源、短いアームが配備され、もう1点には、計測の対象となる距離だけ離して配置された反射鏡が設けられます。このデバイスは、反射鏡の動きに起因する干渉縞の変化を地動変位に変換します。この方法における変位の計測感度と計測精度は、計測する距離に比例します。そのため、レーザー歪み計は、地中深くに設置する必要があります。

歪み計の精度は、最高で1ppbに達します。そのため、歪み計は断層の運動、火山活動による地球の変形、地殻の運動の計測によく用いられます。実際、非常に低い周波数の地震波信号を計測することが可能です。しかし、地盤の移動量は、地面に対するばね上質量の動きに比べると非常に小さいので、歪み計は地震動の検知向けには推奨されません3

慣性地震計

慣性地震計は、慣性の基準(通常は、ばね上質量)に対する地震動のパラメータの値を判定します3。ここで言う地震動のパラメータとは、ばね上質量の線速度と変位のことです。地震動は、線形成分と角度成分から成りますが、地震波の回転効果は無視できることがわかっています。速度と変位の値は、ばね上質量の動きを電気信号に変換するトランスデューサから得られます。動きを制御する機械式サスペンション機構は、ばね上質量にかかる慣性力に依存します。速度と変位用のトランスデューサと機械式サスペンション機構が、慣性地震計の2つの主要な要素です。それら2つについて高精度なものを開発することが、最新の慣性地震計における主要な設計方針となります。

フォースバランス型加速度センサー

機械式サスペンション機構には、感度に対する復元力が小さいことが求められます。小さな加速度センサーでも、ばね上質量に大きな変位を生成できるようにするためです。しかし、強い地震動からの大きな加速度がばね上質量に印加された場合、小さな復元力ではその動きを平衡化できません。そのため、受動的な機械式サスペンション機構は、限られた範囲内の地動加速度に対してのみ高い精度と感度を示します。フォースバランス型加速度センサー(FBA:Force-balanced Accelerometer)は、機械式サスペンション機構に負帰還ループを追加することで、このような制約を取り払ったものです。

FBAでは、電磁トランスデューサによって、ばね上質量の位置に基づく補償力が生成されます。この位置は、変位用のトランスデューサによって電気信号に変換されます。その電気信号を積分器のブロックを通過させると、地動加速度に比例する出力電圧が生成されます。

FBAのダイナミック・レンジは、受動的な機械式サスペンション機構を備える地震計よりもはるかに広くなります。そのため、FBAは強い地震動を伴う地震アプリケーションでよく使用されます。但し、帰還ループに起因する遅延により、FBAの帯域幅は制限されます。

速度広帯域地震計

車両の移動や、採掘などの人為的な外乱によって地震波が発生した場合、周波数の高い地動加速度が生じます。非常に低い周波数では、不平衡なサスペンション機構、地面の傾き、熱の影響が、地動加速度を左右します。そのため、地動加速度を利用する地震計の帯域幅は、特定のバンドパス応答に限定されます。地動加速度のバンドパス応答は、地動速度のハイパス応答と等価です。そこで、地震計の帯域幅を広くしたい場合には、地震の信号を地動速度として記録します。速度広帯域(VBB:Velocity Broadband)地震計は、FBAをベースとしますが、ばね上質量の加速度を帰還成分として引き渡すのではなく、速度と位置を使用します。VBB地震計の応答は、従来の慣性地震計の理論的応答にとても良く似ています。但し、より広範な力に対して感度と精度が低下しないという点で、従来の慣性地震計とは異なります。

ジオフォンとMEMS加速度センサー

地震検出の需要が高まっていることに伴い、地震計や地震センサーのネットワーク/アレイの開発が活発になっています。そうしたシステムは、石油の探査、構造物の健全性の監視といった用途でも利用されるようになっています。地震計の実装、シールド、設置の3つは、いずれの用途にも共通して生じる課題です。これらの課題の直接的な解決策は、デバイスを大量に製造して迅速に配備することです。そのためには、地震計の小型化と低コスト化を達成しなければなりません。現在、地震動の検知を実現でき、FBAやVBBと比べてかなり小型で低コストのセンサー技術は2つ存在します。それがジオフォンとMEMS加速度センサーです。

ジオフォン

ジオフォンは軽量かつ堅牢な地動速度センサーであり、電力を使用することなく動作します。最新のジオフォンは、ケースに磁石を固定し、その周囲をコイルで囲むという構造を採用しています16。コイルはばねに吊るされており、磁石は地震動に連動して動きます。その動きの速度に応じて、誘導性の電圧信号が出力されます。

図3に示したのは、共振周波数が4.5Hzのジオフォンの周波数応答をシミュレーションした結果です。速度に対する周波数応答は、共振周波数よりも高い周波数領域では平坦になります。一方、共振周波数よりも低い周波数領域では減衰します。一般に、小型で低コストのジオフォンの場合、共振周波数は4.5Hzよりも高くなります。

図3. ジオフォンの周波数応答のシミュレーション結果。このジオフォンの共振周波数は4.5Hzで、減衰係数は0.56です。
図3. ジオフォンの周波数応答のシミュレーション結果。このジオフォンの共振周波数は4.5Hzで、減衰係数は0.56です。

ジオフォンの機械的仕様を基にすれば、等価電気モデルを作成することができます。図4に示したのが、そうした等価電気モデルの一例です。このモデルは、共振周波数が4.5Hzのジオフォン「SM-6」(Input/Output製)の機械的パラメータを使用して作成しました17

図4. SM-6の等価電気モデル。SM-6は共振周波数が4.5Hzのジオフォンです。このモデルは、SM-6のデータシートに記載されている機械的パラメータを使用して作成しました。
図4. SM-6の等価電気モデル。SM-6は共振周波数が4.5Hzのジオフォンです。このモデルは、SM-6のデータシートに記載されている機械的パラメータを使用して作成しました17

地震を検知するにあたり、より低い周波数をカバーするためには、帯域幅を拡大する必要があります。そのために使用されるのが周期エクステンダです。低い周波数領域の応答を広げるための手法としては、逆フィルタ、正帰還、負帰還の3つが考えられます18

逆フィルタ

逆フィルタは、共振周波数以下の領域におけるジオフォンのロールオフを補償します。このフィルタは、カットオフ周波数が共振周波数と等しい逆ハイパス・フィルタと、それよりも低いカットオフ周波数を持つローパス・フィルタをカスケード接続することで構成できます。図5に、逆フィルタの周波数応答と、ジオフォンにそれを適用した場合の伝達関数を示しました。この方法には、全体的なS/N比の低下につながる数多くの欠点があります。例えば、逆フィルタによってピンク・ノイズが増幅されることや、低い周波数領域において熱安定性が低下することが欠点として挙げられます。

図5. ジオフォン、逆フィルタの周波数応答と伝達関数。グラフに示したジオフォン(共振周波数は4.5Hz)の周波数応答は、シミュレーションによって得た結果です。
図5. ジオフォン、逆フィルタの周波数応答と伝達関数。グラフに示したジオフォン(共振周波数は4.5Hz)の周波数応答は、シミュレーションによって得た結果です。

正帰還

正帰還は、ばね上質量に力を印加するジオフォンのコイルに外部から電流を供給することで実現します。その電流の信号は、積分フィルタなどの正帰還フィルタを通過したジオフォンの出力信号から得ます。その電流により、低い周波数領域におけるばね上質量の動きを増幅します。ただ、現実の環境では、正帰還フィルタ回路を安定させることが難易度の高い課題になります。

負帰還

正帰還とは逆に、負帰還では、ばね上質量の内部の動きを減衰します。1つの方法は、減衰抵抗の値を小さくすることにより、ジオフォンのコイルに流れる電流を大きく減衰させるというものです。しかし、この方法では、コイルの抵抗成分によって物理的な制限が生じます。減衰抵抗の値を、コイルの抵抗成分の値よりもかなり小さく抑えるためには、負性抵抗を追加します。負性抵抗は、負性インピーダンス変換器(NIC:Negative Impedance Converter)という能動デバイスを使うことで構成できます。具体的には、図6に示すようにオペアンプを使用することで実現可能です。バンドパス・フィルタとゲインの高いフィルタを追加して周波数応答のシェーピングを行うことで、安定化を図ることができます。

図6. オペアンプを使用したNICの基本構造
図6. オペアンプを使用したNICの基本構造

MEMS加速度センサー

MEMS加速度センサーは、単一のICパッケージに収められたモーション・トランスデューサです。一般的には、コンデンサのペアと、中央に金属板を備えるシリコン・マイクロマス(重り)で構成されます19。重りは、シリコンの非常に薄い領域に吊り下げられます。重りの位置が変化すると、デバイスの容量が変化します。それが、ばね上質量の加速度に比例する電圧信号に変換されます。MEMS加速度センサーの動作には電源が必要です。製品によっては、不要なノイズを除去するためのデジタイザを内蔵しています。また、センサーとレコーダのマッチングも必要になります。図7に示すように、MEMS加速度センサーの周波数応答は、カットオフ周波数が共振周波数と等しいローパス・フィルタの周波数応答に似ています。

図7. MEMS加速度センサー(ADXL354)のX軸の周波数応答
図7. MEMS加速度センサー(ADXL354)のX軸の周波数応答20

MEMS加速度センサーは、オフセット・ドリフトの影響を受けるものの、共振周波数までの高い周波数で優れた性能を示します21。一方、ジオフォンはその機械的構造により、低い周波数(但し共振周波数よりは上)で高い性能を発揮します。ジオフォンとMEMS加速度センサーを組み合わせれば、帯域幅を拡大しつつ、小型で低コストの地震計を実装できます。ジオフォンとMEMS加速度センサーの出力は、適切な伝達関数で畳み込むことにより、様々な地震動のパラメータに変換することができます。稿末に示した参考文献21では、ジオフォンとMEMS加速度センサーの一般的な伝達関数にリッカー・ウェーブレット変換を適用する手法により、同じ地動変位に対する両センサーの出力について解説しています。

地震用の計測器に関するガイドライン

地震計のアレイまたは地震センサー・ネットワークを用いた地震の信号解析においては、再現性と均一性を得るために、使用する計測器に関する一連の規格と仕様が必要です。例えば、USGSは、ANSS(Advanced National Seismic System)に配備する計測器の規格を定めています22。以下では、多様なアプリケーションにおいて所望の性能を達成するために必要になる様々な規格について説明します。それらの規格は、USGSが経験則と技術動向に基づいて定めたものです。

データ・アクイジション・システムの規格

USGSは、最新型の地震計をデータ・アクイジション・システム(DAS)に分類しています。従来の地震計とは異なり、標準的なDASは、地震センサー、データ・アクイジション・ユニット、ペリフェラル、通信用のハードウェアで構成されます。デバイスの性能に基づき、クラスA、B、C、Dという4つのカテゴリに分類されます。クラスAはほぼ最先端の地震計に相当します。一方、クラスDは従来型の地震計に相当します。詳細については、稿末の参考文献22をご覧ください。

計測器の帯域幅

地震センサーの帯域幅と周波数応答の仕様は、測定の対象となる速度と加速度によって異なります。計測器のクラスが高いほど、帯域幅は広く、周波数応答は良好になります。広帯域に対応するセンサーはすべてクラスAに分類され、少なくとも0.01Hz~50Hzという広い帯域幅を備えます。また、0.033Hz~50Hzの周波数範囲において、速度に対し、平坦な周波数応答を示します22

クラスAの短周期センサーは、帯域幅が0.2Hz~50Hzと狭く、速度に対して平坦な周波数応答を示すのは、1Hz~35Hzの範囲に限られます22

クラスAの加速度センサーは、0.02Hz~50Hzの範囲で平坦な周波数応答を示します。一方、クラスBの加速度センサーが平坦な周波数応答を示すのは、0.1Hz~35Hzの範囲に限られます22

強震動センサー、弱震動センサー、広帯域センサー

DASで使用されるセンサーは、検出する地震の信号の振幅と周波数範囲によって分類されます。強震動センサーは、振幅の大きい信号を計測するためのものであり、通常は加速度センサーが使用されます。強震動に対応する加速度センサーを使えば、1μg/√Hz未満のシステム・ノイズ・レベルで、最大3.5gに対応する信号を計測できます22

弱震動センサーを使えば、ノイズ・レベルが1ng/√Hz未満で振幅が非常に小さい地震の信号を計測できます22。しかし、小振幅の地震動は広帯域センサーでも計測できるので、弱震動センサーが使われることはほとんどありません。

センサーのダイナミック・レンジとチップレベルの感度

広帯域の速度センサーは、1500Vs/mの感度を備えます。±20Vの最大出力電圧に対し、チップレベルの感度(計測可能な最大速度)は±0.013m/秒です22

短周期センサーは、広帯域センサーよりも狭い周波数範囲で高い感度を示します。一般に、チップレベルの感度は、1Hzの信号周波数において±0.01m/秒です22

クラスAの加速度センサーの場合、チップレベルの感度は±3.5g以上、クラスBの加速度センサーの場合は±2.5gです22

センサーのダイナミック・レンジは、自己ノイズのRMS値に対する計測可能な地震信号の最大RMS値の比で表されます。但し、センサーの自己ノイズのRMS値は、周波数によって異なります。表2~4に、様々な地震センサーのダイナミック・レンジを周波数範囲ごとにまとめました。

表2. 広帯域センサーのダイナミック・レンジ22
周波数範囲〔Hz〕 広帯域センサーのダイナミック・レンジ〔dB〕
0.01~0.05 131
1~10 126
10~15 116
表3. 短周期センサーのダイナミック・レンジ22
周波数範囲〔Hz〕 短周期センサーのダイナミック・レンジ〔dB〕
1~10 138
10~15 128
表4. 加速度センサーのダイナミック・レンジ22
周波数範囲〔Hz〕 加速度センサーのダイナミック・レンジ〔dB〕
クラスA クラスB
0.02~2 145  
2~50 130  
0.1~35   87.3

センサーのチャンネルと向き

地震動の線形成分は、直交座標系の3軸全方向の地震波に基づきます。従来、3軸の地震センサーでは、標準の方向は東向き、北向き、上向きでした。従来型の地震計だけでなく、一部の新しい地震計でも、水平センサーと垂直センサーとでは構造が異なります。垂直センサーは、重力の影響を考慮しなければならないからです。3つの軸が同じ条件になるように配置すれば、同じ構造のセンサーによって直交座標系の各軸における地震動の線形成分を判定することができます3。センサーは、計測器を中心とする円弧上を3等分する位置に、垂直方向から54.7°傾けて配置されます。このように改変した3軸については、式(4)を使用することで直交座標系軸に変換し直すことができます。

式4

上記の行列により、同じ条件になるように配置された3つの軸を、直交座標系に変換できます。

ただ、ほとんどの最新センサー製品は、あらかじめ3軸の計測用にパッケージング/構成されています。そうしたセンサーは、本質的に非常に小さな角度で交差軸が結合しています。なお、計測器のガイドラインでは、交差軸の結合は出力信号の-70dB未満でなければならないと定められています22

分解能とサンプリング・レート

地震動の振幅は、非常に低い周波数においては非常に小さくなる可能性があります。地震用の計測器が備えるデータ・ロガーは、様々なサンプリング・レート、高い分解能で信号を記録できるものでなければなりません。広帯域に対応する地震計には、0.1SPS~200SPSのサンプリング・レートにおいて、20ビット以上の分解能が必要です。また、短周期の速度センサーとクラスAの加速度センサーでは、1SPS~200SPSのサンプリング・レートにおいて、22ビット以上の分解能が必要になります。クラスBの加速度センサーについては、分解能に対する要件は緩く、16ビット以上を満たせばよいとされています22

サンプリング・レートに関する規格では、計測器がデータ・ストレージを内蔵していることが考慮されています。しかし、先進的な地震計では、より大容量のメモリ空間が用意され、クラウド・ベースのデータ・サービスといった大規模ネットワークのデータ空間にもアクセスできるようになります。したがって、その規格を上回るサンプリング・レートをサポートすることになるでしょう。その結果、データをより正確に解析したり、地震についてより詳しく調査したりすることが可能になります。

位置と時刻の情報

地震の信号は、特定の計測地点と計測時刻にしか関連しません。地震用の全計測器には、既知のグローバル・ロケーション/位置に対応するタイムスタンプのデータを提供できるようにすることが求められます。また、すべての計測器には、ユーザによる手作業での入力か、GPSに対応するデバイス/サービスによって、全記録に自らの位置情報を添付できるようにしなければなりません。最新の地震計の中には、リアルタイム・クロックを内蔵したり、オンラインのNTP(Network Time Protocol)サーバを利用したりすることで、正確な基準時刻との同期を確立できるものがあります。

出力データのフォーマット

地震用の計測器では、データ・フォーマットとしてSEG-YとSEED(Standard for the Exchange of Earthquake Data)の2つがよく使われています。SEG-Yは、3次元の地震信号をはじめ、地球に関する物理データを扱うために米国物理探査学会(SEG:Society of Exploration Geophysicists)によって開発されたオープンな規格です23。各データに含まれるのは、実際に計測を行った際のタイムスタンプ、サンプルの間隔、計測地点の位置座標といった情報です。このフォーマットに関する仕様と各リビジョンについては、SEGのウェブ・サイトで確認することができます。SEG-Yは、地震の解析に用いられる多様なオープンソース・ソフトウェアで採用されています。但し、そのほとんどが仕様に厳格に従っているわけではないということに注意しなければなりません。

一方のSEEDは、各種機関の間や計測器の間で地震に関する未処理のデータを交換する際、利便性と正確性が得られるようにすることを念頭に置いて設計されたフォーマットです24。主な用途は、地震に関する記録のアーカイブです。ただ、miniSEEDやDataless SEEDなど、データの解析や処理に使用されているバージョンもあります。miniSEEDは波形データのみを扱うのに対し、Dataless SEEDでは、地震用の計測器や地震観測所に関する情報も含められます。

アナログ・デバイセズによるシステム設計

特に都市部で構造物の監視を行う観測所に対し、地震センサー・ネットワークの実装と配備を迅速に進めるには、従来とは異なる設計の地震計が必要になります。地震の信号を計測する新たなシステムにおいては、確立済みのデータ規格に準拠し、相関が得られるようにしなければなりません。そのためには、リモートの計測器を現行のガイドラインに沿って開発する必要があります。その際には、現行の計測器よりもはるかに低コストで、はるかに小型な計測器を実現しなければなりません。小型のジオフォンとMEMS加速度センサーを地震センサーとして使用し、高性能なADCとDSPを組み合わせることによって、合理的なソリューションを構成することが可能になります5

ADCに関する考察

DAS用のデータ・アクイジション・ユニット(DAU)の設計においては、ADCが最も重要な要素になります。従来、この部分の処理は、IFP(Instantaneous Floating-point)アンプを備えた逐次比較型(SAR) ADCとして機能するデジタル・フィールド・システム(DFS)によって行っていました。その実装は、プリアンプ、ローカット(ハイパス)フィルタ、ノッチ・フィルタ、アンチエイリアシング(折返し誤差防止)用ハイパス・フィルタ、IFPアンプを組み合わせるディスクリート構成で実現していました(図8)。

図8. IFPアンプを使って構成した従来型のDFS
図8. IFPアンプを使って構成した従来型のDFS

そのため、システム・ノイズと消費電力を抑えることができませんでした。また、マルチプレクサを使用することから、スイッチング・ノイズ、クロストーク、高調波歪みが増加します。最も重要なのは、SAR ADCによってシステムのダイナミック・レンジと分解能が制限され、量子化誤差が大きくなることです25。このような理由から、別の種類のADCやアーキテクチャを採用してDAUを設計する方が望ましいということになります。

シグマデルタADC

シグマデルタ(ΣΔ) ADCでは、サンプリングした信号を入力部にフィードバックする処理を実行します。それにより量子化誤差が抑えられ、より高い分解能とより広いダイナミック・レンジが得られます。最新のΣΔ ADCであれば、シグナル・コンディショニング用のフィルタをディスクリート構成で実装する必要はありません。従来のシグナル・チェーンの機能を実行する、多様かつ構成が可能なデジタル・フィルタを搭載しているからです。それにより、システムのノイズが抑えられ、設計の複雑さが緩和されます。更に、ハイエンドのΣΔ ADCであれば、分解能は24ビット以上に達します。また、複数のチャンネルによる同時センシングも行えます。

アナログ・デバイセズのソリューションを採用した最新のDAS設計

図9に、様々なアプリケーションに柔軟に対応できる地震センサー・ノードのブロック図を示しました。この構成の特徴の1つは、低コストで実装できることです。

図9. 低コストの地震計。同じ条件で3軸に対応したジオフォンと3軸加速度センサーを使用しています。
図9. 低コストの地震計。同じ条件で3軸に対応したジオフォンと3軸加速度センサーを使用しています。

地震の計測に適用できるアナログ・デバイセズの3軸加速度センサーとしては、「ADXL354」と「ADXL356」が挙げられます。また、それぞれのデジタル出力版である「ADXL355」と「ADXL357」は、分解能が20ビットのADCを搭載しており、プロセッサに直接接続できます20

小型/低コストのジオフォンとしては、一般的には4.5Hz以上の共振周波数と25V/m/秒以上の感度を備えるシングルチャンネル品を使用します。同じ条件で3つの軸に対応するために、同一のジオフォンを3つ配置します。それにより、3軸に対応する地震動センサーを構成することができます。周期エクステンダは、ジオフォンの帯域幅を低い周波数側に拡張し、広帯域センサーの標準規格を満たすために使用します。なお、単電源で動作するようにシステムを設計する場合、周期エクステンダをゲイン・アンプとしても機能させ、入力信号のバイアスがADCの入力範囲の中央になるように構成します。

本来、MEMS加速度センサーの周波数応答は、オフセット・ドリフトと高周波ノイズに対して脆弱です。バンドパス・フィルタは、局所的な地震を対象とし、対応周波数範囲内にある加速度信号の質を改善する役割を果たします。ジオフォンの周期エクステンダと加速度センサーのバンドパス・フィルタには、それぞれ「ADA4610-1」のようなオペアンプが必要になります。すなわち、ノイズ、オフセット電圧、入力バイアス電流が少ない高精度品が必要になるということです26

電圧リファレンスは、ADCの測定範囲と周期エクステンダの出力信号振幅を設定するために使用します。アナログ出力のセンサーを使用する場合、3つの加速度信号の電圧振幅を考慮してリファレンスの値を決めなければなりません。特に屋外にシステムを設置する場合、電圧リファレンスとしては(一般的には0℃~50℃の範囲で)オフセットの温度ドリフトが非常に小さいものを選択する必要があります。アナログ・デバイセズの「ADR45xxファミリ」であれば、こうした要件を容易に満たすことができます27。同ファミリの製品は、超低ノイズ、高精度の電圧リファレンスであり、業界で標準的に使用されています。

建物や観測所など、電力線が利用できる場所では、地震センサーに有線のDCパワー・コンバータから給電することができます。遠隔地に設置する場合には、バッテリで給電することも可能です。有線のDCパワー・コンバータから給電する場合、低ノイズのスイッチング・レギュレータと低ノイズのLDO(低ドロップアウト)レギュレータを使用するのが適切です。「ADM717xシリーズ」など、アナログ・デバイセズのLDOレギュレータは、電源電圧変動除去比(PSRR)が高く、温度ドリフトとノイズが小さいという特徴を備えています28。バッテリから給電する場合には、保守作業を実施することなく長期間にわたって計測器の動作を維持できるようにする必要があります。そのため、負荷効率が高く消費電力の少ない充電用コントローラとバッテリ・チャージャを使用します。また、太陽光や熱出力といった簡単に得られるエネルギー源からのエナジー・ハーベストが可能であれば、大きなメリットが得られます。「ADP5091」は、最大電力点追従(MPPT:Maximum Power Point Tracking)機能と充電管理機能を備える超低消費電力のエナジー・ハーベスタ用ICです。これを使えば、最大限の効率でエネルギーを伝送することができます29。電力経路をハーベスタ、再充電が可能なバッテリ、1次バッテリの間で切り替えられる管理機能も備えています。自己発電型の計測器において高い信頼性が得られる製品となっています。

ΣΔ ADCは、周期エクステンダからの3チャンネル分の速度信号を受け取ります。アナログ出力の加速度センサーを使用する場合には、3チャンネル分の加速度信号も入力として受け取ります。この設計の場合、ADCには少なくとも6つの入力チャンネルが必要です。速度信号と加速度信号のサンプリングを行う必要があり、できればそれを同時に実行したいということです。サンプリングを行う際にチャンネル間の切り替えを行うマルチチャンネルのADCを使用する場合、より高いサンプリング・レートが必要になります。地震の信号の最高周波数は100Hzです。この信号に対し、エイリアシングが発生しないようにするためには、200Hz以上のサンプリング周波数が必要になります。つまり、1周期あたり5ミリ秒以下でなければなりません。加速度、速度に対応する各チャンネルでは、1.2kSPS以上のレートでサンプリングする必要があります。地震の信号を解析するためには、各チャンネルに対してオーバーサンプリングを適用しなければなりません。つまり、サンプリング・レートが1.2kSPSよりもはるかに高いADCを選択しなければならないということです。「AD7768」は、分解能が24ビットで8チャンネルのΣΔ ADCです。同時サンプリングが可能なので、サンプリング・レートを高くする必要はありません30。最高サンプリング・レートは256kSPSですが、32kSPSの低消費電力モードで動作させることも可能です。地震用の計測器の様々な実装やアプリケーションに柔軟に対応することができ、クラスAのDAUに対する標準的な要件を容易に達成します。

低コストのプロセッサが担う機能は、アプリケーションによって異なります。例として、データの解析には外部の演算用デバイスを使用するリモート・ノードを考えます。その場合、プロセッサはデータ・ロガーとして機能します。具体的には、全チャンネルのデータを標準的なフォーマット(SEEDまたはSEG-Y)で保存し、データ用インターフェースを介して演算デバイスに送信します。このアプリケーションでは、プロセッサの処理性能は低くても構わないので、低消費電力のマイクロコントローラを使用できます。「ADuCM4050」は、IoTアプリケーションに適した超低消費電力のマイクロコントローラであり、ARM® Cortex®-M4Fをベースとしています31。消費電力を削減できるモードを備えており、休止モードにおける消費電流は650nA、高速ウェイクアップが可能なシャットダウン・モードにおける消費電流は200nAとなります。また、リアルタイム・クロック(RTC)を2つ備えており、時間の管理とサンプリングの時刻同期を実現します。

データの解析機能を内蔵するスタンドアロンの計測器では、DSPによって、地震学的な特性やアプリケーションに依存するパラメータ(構造物の健全性を監視するための建物の健全性指標など)の計算を行います。地震のデータの解析には、様々な数学関数や統計関数が必要です。例えば、震度の計算には、対数関数と加速度/速度用のピーク検出ウィンドウが必要になります。また、連続的にデータのサンプリングと処理を実行するためには、処理時間を十分に短縮しなければなりません。「ADSP-BF706」は、低コストで低消費電力のDSPです。最大400MHzの処理速度に対応し、計測器を使用するフィールド・アプリケーション向けの製品として業界をリードしています32。複数のグルーレス・ペリフェラル・インターフェースを備えているので、データ用のインターフェースやADCなどの外部デバイスに簡単に接続できます。

計測器の位置に関するデータは、GPSモジュールから抽出するか、設置時に手作業で設定します。時刻のデータについては、内蔵RTCか、データ用インターフェースを介してNTPから取得することができます。設置条件に応じ、データ用インターフェースには複数の選択肢があります。特に建物内では、産業用RS-485を使って有線通信を行ったり、イーサネットのインターフェースを使って既存のネットワークにデバイスを接続したりすることが可能です。ワイヤレス通信については、Wi-Fiデバイスを使用するか、またはアナログ・デバイセズの「SmartMesh® IP」を使用することで、動的な環境におけるデータの信頼性を最大限に高めることができます33

アプリケーションの例

様々な場所に数多くの地震センサーを配備すれば、地震に関するデータの信頼性が高まります。地震に関するデータからは、多様なアプリケーションで役に立つ多くの情報を抽出できます。アプリケーションの例としては、構造物の健全性の監視、地球物理学の研究、石油の探査、産業施設や住居の安全性の確保などが挙げられます。以下では、地震センサー・ネットワークの一般的なアプリケーションを3つ取り上げ、それぞれの概要を説明します。

リモートの地震センサー・ネットワーク

火山学や地震学の研究では、設置が困難であったり、時に危険であったりもする場所に地震センサーを設置することがあります34。火山の内部について把握するには、複数の場所で地震動を監視しなければなりません。火山の活動が一定の過程を経た後は、そうした場所の危険性が増している可能性があります。その場合、地震センサーを回収することはできません。そのため、地震センサーとしては、低コストで低消費電力のものが有力な選択肢になります。そうした地震センサーであれば、研究費を抑えつつ、非常に長い期間継続して動作させることができるからです。類似の例としては、プレートの運動の特性を評価するアプリケーションが挙げられます。その場合も、断層線に沿って多数の地震センサーを設置することになります。

地震用の早期警報システム

地震波の中でも破壊力の大きいS波と表面波は、最も破壊力の小さいP波よりもゆっくりと伝播します。そのため、地震の発生初期に現れる兆候を検知して、早期に警報を発するシステムを構築すれば役に立ちます。それがあれば、あらゆる種類のシステムに、地震による壊滅的な被害を防ぐ行動をとるための時間が短いながらも与えられるからです。例えば、住居や商業ビルでは、強い揺れが生じる直前に電気系統を遮断してガスを止めるといったことが行えます。保護区域の周辺に多くの地震センサーを配備してネットワークを構築すれば、対応を図るための時間を延長できるはずです。加えて、地震以外の要因によって警報が誤って発せられる可能性も低くなります。図10に示したのは、特定の地域または構造物を保護するための早期警報システムの構成例です。

 

図10. 地震センサー・ネットワークを用いた早期警報システム。地震センサーは、10km~20kmほど離れた複数の個所に設置します。画像の作成はErin Burkett氏(USGS)とJeff Goetzen氏(Orange County Register)、画像の提供元はUSGSのShakeAlertプロジェクトです。
図10. 地震センサー・ネットワークを用いた早期警報システム。地震センサーは、10km~20kmほど離れた複数の個所に設置します。画像の作成はErin Burkett氏(USGS)とJeff Goetzen氏(Orange County Register)、画像の提供元はUSGSのShakeAlertプロジェクトです35

 

早期警報システムに許容される応答時間は、式(5)に示すように、保護の対象となる構造物から地震センサーまでの半径方向の距離に比例します。

式5

ここで、tresponseは許容される応答時間(単位は秒)、dradialは保護の対象となる場所から地震センサーまでの半径方向の距離です。

P波の伝播速度は5.6km/秒、S波の伝播速度は3.2km/秒程度なので、保護の対象となる場所から地震センサーまでの距離が7.51km増えるごとに応答時間は1秒長くなります。また、複数の地震センサーを配置する間隔を短くすれば、応答時間の時間分解能が高まります。

構造物の健全性の監視

地震が発生した際の建物の安全性は、強制振動試験によってその応答をモニタリングしてモデル化することで確認/改善することができます。建物に地震センサーを設置すれば、地震後の被害の評価、対応、復旧に役立ちます。被害が広い範囲に及ぶ場合には、規模の大きい地震センサー・ネットワークによって構造物に被害があった地域を特定することで、視察のリスクとコストを抑えることができます。強震動の計測に関する研究として、鉄骨造の20階建て建造物(Atwood Building)に地震センサー・ネットワークを適用した例があります。32個の加速度センサーをベースとする地震センサーを10段階で設置するという構成により、建物の健全性を正確に監視できることが実証されています36

まとめ

地震センサー・ネットワークは、産業技術、地震学の研究、構造物の健全性の監視といった多様なアプリケーションに適用できます。アプリケーションに応じ、地震センサーとシステムに対する要件は異なりますが、一般的には、リモート・システムを構築することと運用コストを削減することが求められるでしょう。地震動を検出するための最新の技術を使えば、従来の計測器と同等の計測能力を低コストで実現することができます。アナログ・デバイセズの多様な製品を採用することにより、様々な地震検知アプリケーションに対応するセンシング・デバイスを実装することが可能になります。

参考資料

1 Hiroo Hanamori、Egill Hauksson、Thomas Heaton「Real-Time Seismology and Earthquake Hazard Mitigation(リアルタイム地震学と地震の危険性の緩和)」Nature、No. 390、pp. 461-464、1997年12月

2 Earthquake Early Warning(地震の発生に対する早期警報)」U.S. Geological Survey、2019年

3 Erhard Wielandt「Seismometry(地震の計測)」International Handbook of Earthquake and Engineering Seismology、Part A、Elsevier B.V.、pp. 283-304、2002年

4 Ana María Zambrano、Israel Pérez-Llopis、Carlos E. Palau、 Manuel Esteve Domingo「Technologies of Internet of Things Applied to an Earthquake Early Warning System(地震用の早期警報システムに適用されるIoT技術)」Future Generation Computer Systems、Vol. 75、2017年

5 Giuseppe Olivadoti「Sensing, Analyzing, and Acting in the First Moments of an Earthquake(地震発生の瞬間の検知/解析/対応)」Analog Dialogue、Vol. 35、 2001年1月

6 Ruwan Rajapakse「Short Course on Seismology(地震学短期講座)」Pile Design and Construction Rules of Thumb、pp. 241-245、2016年

7 John Douglas「Ground Motion Prediction Equations 1964―2019(地震動の予測式 1964-2019)」 University of Strathclyde、2019年8月

8 Lepolt Linkimer「Relationship Between Peak Ground Acceleration and Modified Mercalli Intensity in Costa Rica(コスタリカにおける最大地動加速度と改正メルカリ震度の関係)」The Central American Journal of Geology、Vol. 38、pp. 81-94、2008年

9 Khosrow T. Shabestari、Fumio Yamazaki「A Proposal of Instrumental Seismic Intensity Scale Compatible with MMI Evaluated from Three-Component Acceleration Records(3軸加速度の記録を基に評価したMMI互換の有効な震度階級の提案)」Earthquake Spectra、Vol. 17、No. 4、pp. 711-723、2001年11月

10 All About Seismic Monitoring Systems(地震監視システムのすべて)」 IMV Corporation、2019年6月

11 Brendon A. Bradley、Misko Cubrinovski、Gregory A. MacRae、Rajesh P. Dhakal「Ground-Motions Prediction Equation for SI-Based on Spectral Acceleration Equations(SIベースのスペクトル加速度式向けの地震動予測式)」Bulletin of the Seismological Society of America、GeoScienceWorld、2009年2月

12 M 5.8 - 11km SE of Lincoln, Montana(M5.8 - モンタナ州リンカーン南東11km)」U.S. Gelogoical Survey、2017年7月

13 Seismic Signals and Sensors(地震の信号とセンサー)」GeoSIG、 2009年9月

14 Neil R. Goulty「Strainmeters and Tiltmeters in Geophysics(地球物理学に適した歪み計と傾斜計)」Tectonophysics、Vol. 34、No. 3-4、pp. 245-256、 1976年9月

15 Monitoring Instruments(監視用の計測器)」U.S. Geological Survey、 2019年

16 Yong-hui Zhao、Li-ming Wang、Xiao-ling Yan「The Principle and Simulation of Moving-Coil Velocity Detector(可動コイルを使用した速度検出器の原理とシミュレーション)」2nd International Conference on Electrical and Electronics: Techniques and Applications(EETA)、2017年

17 SM-6 Geophone(ジオフォン「SM-6」)」Input/Output, Inc.、 2003年10月

18 Dieter Stoll「Seismometer, Extended Response(地震計の応答を拡張する)」Encyclopedia of Earthquake Engineering、Springer-Verlag Berlin Heidelberg、2015年

19 B. John Merchant「MEMS Applications in Seismology(地震学におけるMEMSの活用)」Seismic Instrumentation Technology Symposium. Sandia National Laboratories、2009年11月

20低ノイズ、低ドリフト、低電力3 軸 MEMS 加速度センサー」Analog Devices、2016年

21 Michael S. Hons「Seismic Sensing: Comparison of Geophones and Accelerometers Using Laboratory and Field Data(地震の検知:実験/現場のデータを用いたジオフォンと加速度センサーの比較)」University of Calgary、2008年9月

22 Working Group D of the ANSS Technical Integration Committee「Instrumentation Guidelines for the Advanced National Seismic System(計測器に関するANSSのガイドライン)」U.S. Geological Survey、2008年9月

23 Seismic Data Format (SEG-Y Format)(地震データ用のフォーマット[SEG-Yフォーマット])」U.S. Geological Survey、2001年

24 Incorporated Research Institutions for Seismology (IRIS)「SEED」National Science Foundation、2019年

25 Norman M. Cooper「eismic Instruments. What’s New? ... And What’s True?(地震用の計測器、その最新事情と真実)」Recorder、Vol. 21、No. 10、Canadian Society of Exploration Geophysicists、2002年12月

26 Low Noise, Precision, Rail-to-Rail Output, JFET Single/Dual/Quad Op Amps: ADA4610-1/ADA4610-2/ADA4610-4(低ノイズ、高精度、レールtoレール出力、JFET入力のシングル/デュアル/クワッド・オペアンプ「ADA4610-1/ADA4610-2/ADA4610-4」)」 Analog Devices、2019年6月

27 超低ノイズ、高精度リファレンス電圧」Analog Devices、2018年12月

28 6.5V、500mA、超低ノイズ、高PSRR、高速過渡応答CMOS LDO「ADM7170」」Analog Devices、2019年9月

29 Ultra Low Power Energy Harvester PMUs with MPPT and Charge Management(MPPT機能と充電管理機能を備える超低消費電力のエナジー・ハーベスト用PMU)」Analog Devices、2017年5月

30 8 チャンネル/4 チャンネル、24 ビット、同時サンプリング ADC、電力スケーリング、110.8 kHz BW」Analog Devices、2018年7月

31 パワー・マネージメントを統合した超低消費電力 ARM Cortex-M4F MCU」Analog Devices、2019年4月

32 Blackfin+® Core Embedded Processor: ADSP-BF70x(Blackfin+コアに対応する組み込みプロセッサ「ADSP-BF70x」)」Analog Devices、2019年2月

33 SmartMesh IPアプリケーション・ノート」Analog Devices、2017年2月

34 Vyacheslav M. Zobin「Seismic Monitoring of Volcanic Activity and Forecasting of Volcanic Eruptions(火山活動に伴う地震の監視と火山の噴火の予測)」Introduction to Volcanic Seismology (2nd Edition)、pp. 407-431、Elsevier、 2011年12月

35 Robert de Groot「ShakeAlert®: An Earthquake Early Warning System for the West Coast of the United States(ShakeAlert:米国西海岸向けの地震用早期警報システム)ShakeAlert, 2019.

36 Z. Yang、U. Dutta、M. Celebi、H. Liu、N. Biswas、T. Kono、H. Benz「Strong-Motion Instrumentation and Structural Response of Atwood Building in Downtown Anchorage, Alaska(アラスカ州ダウンタウン・アンカレッジのAtwood buildingにおける強震動の計測と構造応答)」13th World Conference on Earthquake Engineering、2004年8月

著者

Jesse Daniel Santos

Jesse Santos

Jesse Santosは、アナログ・デバイセズのシステム開発グループ(フィリピン カヴィテ)に所属するプロダクト・アプリケーション・エンジニアです。2018年に入社し、様々なアプリケーションを対象とするシステムレベル・ソリューションのリファレンス設計を開発しています。マニラのデ・ラ・サール大学で電子/通信工学の学士号を取得。現在は大学院生として同校に在籍しています。ロボティクスや人工知能システム、特に群知能を専門として研究に携わっています

Angelo Nikko

Angelo Nikko Catapang

Angelo Nikko Catapangは、アナログ・デバイセズのシステム開発グループ(フィリピン カヴィテ)に所属するプロダクト・アプリケーション・エンジニアです。2016年に入社し、Circuits from the Lab®向けのリファレンス設計を開発しています。マニラのマプア工科大学に大学院生として在籍。電子工学の修士課程で制御システムを専攻しています。

Erbe Reyta

Erbe D. Reyta

Erbe D. Reytaは、アナログ・デバイセズのハードウェア・アプリケーション・エンジニアです。2011年からCircuits from the Lab®を担当。主に高精度のシステム・ハードウェアを開発しています。フィリピン大学ディリマン校で電子/通信工学の学士号、マニラ市立大学でコンピュータ工学の修士号を取得しました。