スイッチング・レギュレータの出力ノイズを理解し、電源の設計を加速する

はじめに

スイッチング・レギュレータの出力リップルとスイッチング・トランジェントを最小限に抑えるのは重要なことです。特に、分解能の高いA/Dコンバータ(ADC)など、ノイズに敏感なデバイスの電源として使用する場合には非常に重要な検討事項になります。ADCを例にとると、スイッチング・レギュレータの出力リップルはADCの出力スペクトルにスプリアスとしてはっきりと現れるからです。実際、S/N比やSFDR(スプリアスフリー・ダイナミック・レンジ)の劣化を避けるために、スイッチング・レギュレータをLDO(低ドロップアウト)レギュレータに置き換えるケースはよくあります。スイッチング・レギュレータの高い効率と引き換えに、LDOのクリーンな出力を得ようということです。出力に現れるノイズについて理解することで、性能が高くノイズに敏感なさまざまなアプリケーションで、スイッチング・レギュレータを適切に使用できるようになります。

本稿では、スイッチング・レギュレータの出力リップルとスイッチング・トランジェントの測定方法について説明します。これらのノイズの測定には細心の注意が必要です。例えば、オシロスコープのプローブ信号とグラウンド・リードによってループが形成されていたとします。そのループは寄生インダクタンスを生成します。それにより、高速なスイッチング遷移に依存してトランジェントの振幅が増加し、正確な測定値が得られないといったことが起こり得ます。こうしたことを避けるためには、短い配線を使用し、広い帯域幅を確保して、優れた手法を適用する必要があります。ここでは、アナログ・デバイセズ(ADI)のDC/DCコンバータIC「ADP2114」を例にとり、出力リップルとスイッチング・トランジェントを測定する手法を紹介します。なお、ADP2114は、2Aのデュアル出力または4Aのシングル出力に対応できる同期整流方式の降圧型コンバータです。最高2MHzのスイッチング周波数で動作し、高い効率を実現します。

出力リップルとスイッチング・トランジェント

出力リップルとスイッチング・トランジェントは、レギュレータのトポロジーのほか、外付け部品の値や特性にも依存して発生します。出力リップルは、レギュレータのスイッチング動作と位相がそろったAC出力電圧の残留分です。その基本周波数は、レギュレータのスイッチング周波数と同じになります。一方、スイッチング・トランジェントはスイッチング遷移の間に生じる周波数の高い振動です。その振幅は最大ピークtoピーク電圧で表されます。スイッチング・トランジェントは評価系にも大きく依存するので、正確に測定するのは困難です。図1に出力リップルとスイッチング・トランジェントの例を示しました。

Figure 1
図1. 出力リップルとスイッチング・トランジェントの例

出力リップルに関する検討事項

出力リップルに影響を与える主な要素は、レギュレータで使用するインダクタと出力コンデンサです。インダクタが小さいと、過渡応答が速くなる代わりにリップル電流が大きくなります。インダクタが大きいと、リップル電流が小さくなる代わりに過渡応答が遅くなります。出力リップルは、等価直列抵抗(ESR)値の小さいコンデンサを使用することによって最小限に抑えられます。誘電率の高いX5R型、X7R型のセラミック・コンデンサがそのための良い選択肢になります。出力リップルを抑えるために容量の大きいコンデンサを使用することがよくありますが、出力コンデンサの寸法や個数を増やすと、コストとプリント回路基板上の実装面積も増加します。

周波数領域での測定

不要な出力ノイズを測定する際には、周波数領域で考えるようにするとよいでしょう。出力リップルとその高調波が、何に依存してどのように発生するのかを理解できるからです。図2に周波数軸で出力リップルを評価した結果を示しました。このような情報は、技術者が選択したスイッチング・レギュレータが、広帯域幅のRFアプリケーションや高速変換を伴うアプリケーションにとって適切なものであるか否かを判断するうえで役に立ちます。

周波数領域で測定を行うためには、出力コンデンサの両端に、50Ωの同軸ケーブルをベースとするプローブを接続します。信号はDC阻止コンデンサを介して、スペクトラム・アナライザの入力部で50Ωで終端されます。DC阻止コンデンサは、DC電流がスペクトル・アナライザに達するのを防ぐとともに、DC負荷の影響も阻止します。50Ωの伝送環境により、高い周波数における反射と定在波を最小限に抑えることができます。

出力リップルの主な発生源は出力コンデンサです。そのため、測定ポイントは出力コンデンサのできるだけ近くにしなければなりません。また、DC/DCコンバータICからグラウンドまでのループはできるだけ小さく保ち、測定に影響を与える可能性のあるインダクタンスの増加を最小限に抑える必要があります。図2には、出力リップルと高調波を周波数領域で見た結果が表示されています。ADP2114の場合、規定された動作条件の下では、基本周波数に4mVp-pの出力リップルが生成されます。

 Figure 2
図2. スペクトラム・アナライザによる周波数領域での測定結果

時間領域での測定

オシロスコープでプローブを使用する場合、長いグラウンド・リードをなくすことによって、グラウンド・ループが形成されるのを避ける必要があります。DC/DCコンバータICと長いグラウンド・リードによってループが形成されると、寄生インダクタンスが増加します。その結果、スイッチング・トランジェントが大きくなってしまうからです。

振幅の小さい出力リップルをオシロスコープで測定する場合には、10:1のプローブではなく、1:1のパッシブ・プローブか50Ωの同軸ケーブルを使用してください。10:1のプローブを使用すると、信号が1/10に減衰し、小振幅の信号がオシロスコープのノイズ・フロアに埋もれてしまうからです。図3にプローブの不適切な使用例を示しました。また、図4には帯域幅を500MHzに設定して測定した波形を示しました。高周波ノイズとスイッチング・トランジェントが表示されているように見えますが、これらは長いグラウンド・リードによって形成されたループが原因で測定されたものです。スイッチング・レギュレータ固有のノイズを正しく測定できているわけではありません。

Figure 3
図3. グラウンド・ループにより出力誤差が生じる測定方法
Figure 4
図4. スイッチ・ノード(1)とAC結合出力の波形(2)

寄生インダクタンスはいくつかの方法によって減らすことができます。その1つは、オシロスコープの標準的なプローブが備える長いグラウンド・リードを取り外し、ブローブのバレル本体をグラウンド・リファレンスに接続するというものです。図5に、プローブ・チップとバレルによる測定方法を示しました。ただ、この例では、チップは本来接続されるべき出力コンデンサに接続されるのではなく、レギュレータ出力の誤ったポイントに接続されています。グラウンド・リードは取り外されていますが、プリント回路基板上の配線によって生じるインダクタンスはそのまま残っています。図6はこの方法で、帯域幅を500MHzに設定して測定を行った結果です。周波数の高いノイズは、長いグラウンド・リードを取り外したので小さくなっていることがわかります。

Figure 5
図5. チップとバレルによる方法(DC/DCコンバータIC出力の任意のポイントにプローブを接続している)
Figure 6
図6. スイッチ・ノード(1)とAC結合出力の波形(2)

図7に示すように、グラウンドに接続されたコイル線を使って出力コンデンサを直接プローブすると、出力リップルの細部までほぼ最適な状態で測定を行うことができます。プリント回路基板の配線によるインダクタンスは大幅に減少し、スイッチング遷移によるノイズが大きく改善されます。しかし、図8を見ると、小振幅の信号がリップル上に影のように重畳されていることがわかります。

Figure 7
図7. チップとバレルによる方法(グラウンドに接続したコイル線を使用して出力コンデンサにプローブを接続している)
Figure 8
図8. スイッチ・ノード(1)とAC結合出力の波形(2)

最善の方法

DC/DCコンバータICの出力をプローブする最善の方法は、50Ωの環境において、50Ωの同軸ケーブルを使い、オシロスコープの入力インピーダンスとして50Ωを選択して終端することです。レギュレータの出力コンデンサとオシロスコープの入力の間にはコンデンサを配置し、DC電流の流出入を防止します。ケーブルの一端は、図9と図10に示すように、非常に短いフライング・リードを使用して出力コンデンサに直接はんだ付けします。これにより、広い帯域幅で非常に振幅の小さい信号を測定するために必要な信号の整合性が保たれます。図11は、2種類の方法によって出力コンデンサをプローブした結果です。測定帯域幅を500MHzとし、チップとバレルを使用する方法と、50Ωの同軸ケーブルを使用する方法を比較しています。

Figure 9
図9. 終端した50Ωの同軸ケーブルを使用する最適なプローブ方法
Figure 10
図10. 最適なプローブ方法を適用した例
Figure 11
図11. スイッチ・ノード(1)、チップとバレルを使う方法で測定したAC結合出力波形(3)、50Ωの同軸ケーブルを使う方法で取得したAC結合出力波形(2)

各手法を比較した結果、帯域幅が500MHzの条件でも、50Ωの環境で同軸ケーブルを使用する方法が最も正確でノイズが少ないことがわかりました。帯域幅の設定を20MHzに変更すると、図12に示すように高周波ノイズが取り除かれます。この図を見ると、ADP2114は時間領域で3.9mVp-pの出力リップルを生成していることがわかります。周波数領域で帯域幅を20MHzに設定した場合の測定値は4mVp-pだったので、それとかなり近い値が得られています。

 Figure 12
図12. スイッチ・ノード(1)と出力リップル(2)

スイッチング・トランジェントの測定

スイッチング・トランジェントは、出力リップルよりもエネルギーの小さい現象ですが、高い周波数成分を含んでいます。スイッチング遷移の間に生じ、通常はリップルを含めたピークtoピーク値として規定されます。図13は、500MHzの帯域幅で、2種類の方法によってスイッチング・トランジェントを測定した結果です。(3)の波形は、長いグラウンド・リード付きの標準的なオシロスコープを使用した結果であり、(2)の波形は50Ωの同軸ケーブルを終端して使用した結果です。一般に、長いグラウンド・リードによってグラウンド・ループが形成されると、予想以上に大きなスイッチング・トランジェントが発生します。

Figure 13
図13. スイッチ・ノード(1)、標準的なプローブで測定したスイッチング・トランジェント(3)、50Ωの同軸プローブを終端して測定したスイッチング・トランジェント(2)

まとめ

低ノイズで高性能のDC/DCコンバータICを使用してシステム電源を設計/最適化する場合、出力リップルとスイッチング・トランジェントの測定手法について考慮するのは非常に重要なことです。適切な測定手法を採用すれば、時間領域と周波数領域の両方で正確かつ再現性のある測定結果が得られます。広い周波数帯域幅で小振幅の信号を測定する場合、50Ωの環境を確保することが重要です。それを簡素かつ低コストで実現するには、適切に終端された50Ωの同軸ケーブルを使用するべきです。この手法は、さまざまなスイッチング・レギュレータのトポロジーに適用することが可能です。

参考資料

パワーマネジメント

スイッチング・レギュレータ

Limjoco, Aldrick アプリケーション・ノート AN-1144 「スイッチング・レギュレータの出力リップルとスイッチング・トランジェントの測定」Analog Devices, 2013年

Application Note 01-08-01, Rev. 01「Output Ripple Voltage Measurements」SynQor

Williams, Jim Application Note 70「A Monolithic Switching Regulator with 100 μV Output Noise」Linear Technology, 1997. Aldrick S

謝辞

本稿の執筆に協力していただいた方々に感謝の意を表します。Pat Meehan氏には監修と技術面のご指導をお願いしました。Donal O’Sullivan氏には、テスト/測定に関する専門知識の面でご支援をいただきました。Rob Reeder氏からはADCに関する専門知識について助言をいただくとともに、有益なコメントも頂戴しました。Manny Malaki氏とMiles Ramirez氏のサポートにも感謝いたします。

著者

Aldrick S Limjoco

Aldrick Limjoco

Aldrick S. Limjocoは、アナログ・デバイセズ・フィリピンでアプリケーション・マネージャです。2006年、アナログ・デバイセズ入社。設計評価、製品アプリケーション、応用研究などの分野で多様なエンジニアリング業務を担当しています。2件の米国特許を保有し、スイッチング電源のリップル・フィルタ処理に関する特許1件を出願中です。フィリピンのマニラにあるデ・ラ・サール大学を卒業し、電子工学の学士号を取得しました。