はじめに
周知のとおり、電源の設計が成功するか否かは、プリント回路基板のレイアウトに大きく依存します。レイアウトの巧拙により、基本的な特性に加え、EMI(電磁干渉)性能や熱性能なども左右されるからです。それにもかかわらず、スイッチング電源のレイアウトが抱える問題は、設計工程の最終段階まで見過ごされることがよくあります。そのため、設計に着手する段階からEMIの潜在的な脅威を和らげるための確実な手段を用意しておくことが重要になります。それにより、ノイズが少なく安定した電源を実現できることが保証されます。スイッチング電源の設計に精通した技術者であれば、その設計の複雑さと繊細さについてよく理解しています。しかし、多くの企業は、プロジェクトにおけるあらゆるニーズに対応して電源を設計できる技術者を十分な数だけ確保できているわけではありません。そうした熟練の技術者は、続々と定年を迎えて業界から立ち去っているからです。では、この問題はどのようにして解決すればよいのでしょうか。
1つの答えは、単にアナログ電源の設計をこなせる技術者の数が足りないのだから、その数を増やせばよいというものになります。実際、より多くのデジタル設計者に対して、スイッチング電源の設計も担うことが求められるようになっています。確かに、デジタル設計者であっても、シンプルなリニア・レギュレータの使い方であれば理解している人が多いでしょう。しかし、システムでは、降圧モードの電源だけが求められるわけではありません。昇圧モードや、降圧モードと昇圧モードを組み合わせた昇降圧のトポロジが求められることもよくあります。
現在、電子機器メーカーの多くは、システムに必要なすべてのスイッチング電源を、どのようにして実現すればよいのかという問題に直面しているのです。
設計リソースの不足を解消する
本稿では、まず降圧レギュレータの動作の基本について見直します。例えば、スイッチング電源のホット・ループにおける高速な電流の変化(di/dt)や寄生インダクタンスがどのようにして電磁ノイズやスイッチ部のリンギングを発生させるのかといったことです。次に、高周波ノイズを削減するために何ができるのかということを指摘していきます。続いて、アナログ・デバイセズのPower by Linear™ Silent Switcher®(サイレント・スイッチャ)技術の構成や動作などについて解説します。加えて、この技術を採用すると、なぜ妥協することなくEMIの問題を解決できるのか、その理由を説明します。
また、Silent Switcherのパッケージングとレイアウトの概要についても触れます。それらが、どのようにして降圧コンバータの性能向上に寄与するのか明らかにします。更に、当社のμModule®レギュレータにSilent Switcherを適用した製品では、どのようにして高い集積レベルを実現しているのか説明します。そうした製品は、スイッチング電源の設計に精通していない技術者に対するシンプルで使いやすいソリューションになります。
基本的な降圧レギュレータ回路
最も基本的な電源トポロジとしては、図1に示すような降圧レギュレータが挙げられます。この回路において、EMIはdi/dtが大きいループから発生します。負荷に接続する配線と同様に、電源の配線にも多くのAC電流を流すべきではありません。そこで、入力コンデンサC2により、すべての関連するAC電流を、ACの終端となる出力コンデンサC1に供給します。
図1において、M1が閉じてM2が開くオンのサイクルでは、AC電流は青色の実線のループを流れます。一方、M1が開き、M2が閉じるオフのサイクルでは、AC電流は緑色の点線のループを流れます。ほとんどの人は、最大のEMIが発生するループは青色の実線でも緑色の点線でもないことを、なかなか理解することができません。赤色の点線のループ内でのみ、スイッチングに伴って、AC電流がゼロからピークに切り替わって更にゼロに戻るという挙動を示します。赤色の点線のループでは、最大のAC電流とEMIの原因となるエネルギーが生じます。そのため、このループは一般にホット・ループと呼ばれています。
電磁ノイズとスイッチのリンギングを発生させるのは、ホット・ループの大きなdi/dtと寄生インダクタンスです。EMIを低減して性能を改善するためには、ホット・ループからの放射の影響をできるだけ抑制する必要があります。プリント基板上におけるホット・ループの面積をゼロにすることが可能で、インピーダンスがゼロの理想的なコンデンサを入手できれば、この問題は解消されます。しかし、現実の世界では、設計技術者が最適な妥協策を見出さなければなりません。
ところで、そうした高周波ノイズはどこからやって来るのでしょうか。電子回路では、スイッチの遷移に寄生抵抗、寄生インダクタ、寄生容量が組み合わさることによって、周波数の高い高調波が発生します。では、ノイズの発生源を把握することができたとして、高周波のスイッチング・ノイズを低減するためには何ができるのでしょうか。ノイズを低減するための従来の方法は、MOSFETのスイッチング・エッジを遅くする(鈍らせる)ことでした。これは、スイッチ用のドライバの速度を抑えるか、または外付けでスナバ回路を追加することによって実現できます。
では、スイッチング・レギュレータが、2MHzといった高いスイッチング周波数で動作するとしたらどうなるでしょうか。その場合、スイッチング損失が多くなり、レギュレータとしての効率が低下してしまいます。これについて言うと、そもそもなぜ2MHzで動作させたいのでしょうか。それには、以下に記すような理由があります。
- スイッチング周波数を高めると、外付け部品として、サイズの小さいコンデンサやインダクタを使用できるようになります。スイッチング周波数を2倍にするごとに、インダクタンスの値や出力コンデンサの値を1/2にすることが可能です。
- 車載アプリケーションでは、スイッチング周波数を2MHzに設定することで、AMラジオの周波数帯域内にノイズが生じるのを避けることができます。
フィルタやシールドも利用できますが、外付け部品と基板上の実装面積の面でコストが高くなってしまいます。他の手段としては、スペクトラム拡散周波数変調(SSFM:Spread Spectrum Frequency Modulation)があります。SSFMは、システム・クロックを既知の範囲内でディザリングするというものです。同技術は、各種EMI規格に準拠するための手段として有用です。EMIの原因になるエネルギーが、広範な周波数にわたって分散されるからです。スイッチング周波数としては、AM帯域(530kHz~1.8MHz)外の周波数が選ばれることがほとんどです。それでも、スイッチングに伴う高調波を抑えられないことがあります。その結果、車載システムにおいて、AM帯域に関連する厳しいEMIの要件に違反してしまうといったことが起こります。SSFMを適用すれば、AM帯域だけでなく、他の帯域のEMIも大幅に低減することができます。
Silent Switcherを利用すれば、上述したすべての点についてトレードオフを生じさせることなく、問題を解決することができます。つまり、以下の事柄について、トレードオフが発生しないということです。
- 高い効率
- 高いスイッチング周波数
- 高いEMI性能
Silent Switcherの概要
Silent Switcherを採用した製品では、スイッチングのエッジのレートを低下させることなく、EMIと効率とのトレードオフを解消することができます。では、なぜそのようなことを実現できるのでしょうか。図2の左側に示す「LT8610」を例にとって考えてみます。同ICは、42Vの入力電圧に対応する同期整流方式/モノリシック型(FET内蔵) の降圧コンバータです。出力電流は最大2.5Aです。左最上部を見ると、ほとんどの降圧コンバータと同様に、入力電圧ピンVINが1本存在することがわかります。
一方、図2の右側に示した「LT8614」は、Silent Switcherを採用した同期整流方式/モノリシック型の降圧コンバータです。42Vの入力電圧に対応し、最大4Aの出力電流を供給可能です。ご覧のように、LT8614には、パッケージの両側に入力電圧ピン(VIN1、VIN2)とグラウンド・ピン(GND1、GND2)がそれぞれ1本ずつ存在します。このことが、“静かな(Silent) ”スイッチング・レギュレータを実現するための重要なポイントです。
“静かな”スイッチング・レギュレータの実現方法
上記のピン構成によって、具体的には何が起きるのでしょうか。ご覧のように、チップの両側にある入力電圧ピンとグラウンド・ピンの間には、それぞれ入力コンデンサが接続されています。それにより、磁界をキャンセルしているのです。図3では、両入力コンデンサを赤色の矢印で指し示しています。
LT8614の詳細
LT8614には、Silent Switcherが適用されています。銅ピラー構造のフリップチップ・パッケージを採用することで、寄生インダクタンスを削減しました。また、それぞれ2つの入力電圧ピン、グラウンド・ピン、入力コンデンサによって磁界をキャンセルすることで(フレミングの右手の法則による)、EMIを低く抑えています。
パッケージの寄生インダクタンスは、寄生抵抗と寄生インダクタンスの原因になる長いボンディング・ワイヤを排除することによって削減できます。またホット・ループからの相反する磁界は、互いにキャンセルし合います。
当社では、LT8610とSilent Switcherを適用したLT8614の比較を行いました。具体的には、両製品の標準的なデモ用ボードを使用し、同じ負荷、同じ入力電圧、同じインダクタを使って、GTEM(Gigahertz Transverse Electromagnetic)セルでテストを実施しました。既に非常に良好なEMI性能を達成しているLT8610と比べて、LT8614では、特に制御が難しい高い周波数領域において、20dBの改善が得られることがわかりました(図4)。そのため、LT8614を採用すれば、簡素でコンパクトな設計が可能になります。LT8614をベースとするスイッチング電源では、システム内に存在する他のセンシティブな回路と比べて、フィルタリングや距離の確保の必要性が低下します。また、時間領域で見ると、LT8614のスイッチング・ノードでは、非常に緩やかなエッジでスイッチング動作が行われます。
Silent Switcherの更なる進化
LT8614は、優れた性能を実現する製品です。当社は、性能向上に向けた取り組みを止めることはありませんでした。その結果、生まれた降圧レギュレータが「LT8640」です。この製品は、Silent Switcherのアーキテクチャを採用しており、EMIやEMC(電磁両立性)の規格で対象となるエミッション(放射信号)を最小限に抑えながら、最高3 MHzのスイッチング周波数を使用した場合でも、高い効率を実現できるように設計されています。パッケージは3mm×4mmのQFNで、パワー・スイッチを含む必要な回路をすべてモノリシックのチップに搭載しています。そのため、実装面積の最小化を可能にするソリューションとなっています。過渡応答は優れたままで、出力電圧リップルは、ゼロから最大値までの負荷電流に対して、10 mV p-pに抑えられます。LT8640は、上側のスイッチがオンする最小時間が30ナノ秒という高い周波数を使用して、高い入力電圧から低い出力電圧への変換を実現できます。
EMI/EMCの改善に向けて、LT8640はSSFMモードで動作させることが可能です。この機能では、三角波を用いた周波数変調により、クロック周波数を20%変化させます。LT8640がSSFMモードで動作する場合、RTピンによって、プログラムした値とその値より約20%高い値の間で、スイッチング周波数が変化します。この変調に使用する周波数は約3 kHzです。例えば、LT8640のスイッチング周波数が2 MHzにプログラムされている場合、実際の周波数は2 MHz ~ 2.4 MHzの範囲内で3 kHzのレートで変化するということです。SSFMモードが選択されているとき、Burst Mode®動作はディスエーブルになり、パルス・スキップ・モードと強制連続モードのうちいずれかで動作します。
Silent Switcherを採用した製品のデータシートには、推奨される回路やレイアウトが示してあります。また、入力コンデンサはICのできるだけ近くに配置しなければならないといった注意事項なども記載されています。それでも、一部のユーザはミスを犯してしまうことがあります。また、当社の技術者が、顧客の基板レイアウトの修正にかなりの時間を費やしてしまうといったことも起きました。そのような問題に直面したことを背景として、当社は、Silent Switcher 2というアーキアテクチャを考案しました。
Silent Switcher 2の概要
Silent Switcher 2では、新たなLQFNパッケージ内に、VINピン用のコンデンサ、INTVCCピン用のコンデンサ、昇圧コンデンサを統合します。各コンデンサは、各ピンに対して最短距離で接続されます。それにより、すべてのホット・ループとグラウンド・プレーンがデバイスの内部に含まれることになり、EMIの低減という結果が得られるようになっています。また、外付け部品の数も削減されるので、ソリューション全体の実装面積も小さく抑えることが可能です。更に、基板レイアウトの巧拙に対する依存性も排除されます。
「LT8640S」は、このSilent Switcher 2を採用した製品です。図5を見れば、LT8640とLT8640Sの違いがわかります。マーケティング面のブレークスルーとして、各コンデンサを内蔵した新たな製品の品番には「S」が加えられています。これは第1世代品よりも「Silent」であることを表しています。
Silent Switcher 2は、熱性能の改善にも貢献します。フリップチップ型のLQFNパッケージには、グラウンド用の広い露出パッドが複数設けられています。それらは、パッケージから基板へと熱を逃がす役割を果たします。また、抵抗値の大きいボンディング・ワイヤを排除したので、高い変換効率が得られます。LT8640Sは、CISPR 25のクラス5として定められた放射性EMIの制限値を、広いマージンを確保した状態でクリアしています。
次のステップ:Silent Switcher 2を適用したμModuleレギュレータにすべてを統合
Silent Switcherは、非常に強力な技術です。そのため、当社は、µModuleレギュレータの製品ラインにも、SilentSwitcherを導入しました。すべてを1つのパッケージ内に統合することで、高い信頼性/ 性能/ 電力密度と簡潔さを提供できるようになりました。「LTM8053」と「LTM8073」は、あらゆるものを統合したµModuleレギュレータです。必要な外付け部品は、2~3個のコンデンサ/抵抗だけです(図6)。
まとめ
Silent Switcherがもたらすメリットを活かしたスイッチング電源であれば、CISPR 32やCISPR 25といったノイズ耐性に関する規格を容易に満たすことができます。その理由は、Silent Switcherによって以下に示すような効果が容易に得られるからです。
- 2MHz以上のスイッチング周波数を使用しつつ、その影響を最小限に抑えて高い変換効率を得ることができます。
- バイパス・コンデンサを内蔵することで、EMI性能を高めると共に、ソリューション全体の実装面積を低減することができます。
- Silent Switcher 2を採用した製品であれば、基本的に基板レイアウトの巧拙に依存することなく、高い性能を得ることが可能です。
- オプションのSSFM機能を使用すれば、EMI性能を更に高めることができます。
- Silent Switcher製品を採用することにより、プリント基板の面積の縮小、層数の削減を実現可能です。