窒化ガリウム(GaN)による障壁の打破――RF パワー・アンプは、より高性能、より広帯域に

概要

一般に、通信システムに対しては、より高いデータ・レートの実現が求められます。同様に、産業用システムに対しては、より高い分解能が求められます。このようなニーズを受けて、それを支える電子デバイスの動作周波数も引き続き向上しています。多くのシステムは、より広い周波数範囲で動作するようになっており、新規の設計には、必ずより広い帯域幅への対応が求められます。多くの場合、そうしたシステムでも、1 つのシグナル・チェーンによって周波数帯域の全体をカバーしたいというニーズが生じます。半導体技術の進歩により、アンプの能力はより高い出力パワー、より広い帯域に対応できるよう飛躍的に向上しました。かつて進行波管(TWT:Traveling Wave Tube)で占められていた領域は、画期的な GaN(Gallium Nitride: 窒化ガリウム)技術が登場したことによって、半導体デバイスに置き換わりつつあります。実際、GaN は業界に旋風を巻き起こしました。数decade の帯域幅にわたって 1 W を超えるパワーを出力可能な MMIC(Monolithic Microwave Integrated Circuit)が実現されたのです。ゲート長の短い GaAs(GalliumArsenide: ガリウム砒素)トランジスタや GaN トランジスタが登場し、回路設計の技術も向上したことから、ミリ波帯の周波数でも問題なく動作する新たなデバイスが実現されました。その結果、10 年前には検討することも難しかった新たなアプリケーションの可能性が開かれました。本稿では、こうした進歩を可能にした半導体技術の状況、最適な性能を達成するために回路設計において検討されている事柄、今日の技術の成果である GaAs/GaN ベースの広帯域パワー・アンプ(PA)について説明します。

一般に、無線を利用する多くの電子システムには、広い周波数範囲で動作することが求められます。例えば、防衛業界で使用されるレーダーの帯域は、数百 MHz から数十 GHz にまでに達します。特に、電子戦システムや電波妨害システムなどは、非常に広い帯域幅で動作するものでなければなりません。今日では、数 MHz ~ 20 GHz、あるいはそれ以上に高い周波数など、あらゆる周波数を使用する脅威にさらされる可能性があるからです。より高い周波数で動作する電子デバイスが増加したことに伴い、より高い周波数で動作する電子戦システムに対するニーズも高まるということです。一方、通信業界では、基地局は 450 MHz ~ 3.5 GHz のレベルで動作するようになりました。帯域幅に対する要望はとどまることなく、対応すべき周波数は高まるばかりです。さらに、衛星通信システムは、主に C バンドから Ka バンドで動作します。こうした多様なシステムについて何らかの測定を行うには、それ相応の計測器が必要になります。つまり、広範な周波数に対応する計測器が必要になるということです。こうした背景から、システム・エンジニアは、必要な周波数範囲の全体に対応可能なシステムを設計しなければならないという課題に直面することになります。実際、1 つのシグナル・チェーンで周波数範囲の全体に対応できるとなれば、多くのシステム・エンジニアや調達担当者が歓喜することは間違いありません。それが実現できるなら、設計が簡素化され、製品を市場に投入するまでの期間が短縮され、管理しなければならないコンポーネントの数が減少するなど、多くのメリットが得られるからです。ただし、広帯域に対応しようとすると、狭帯域だけに対応する場合と比べて性能が低下することが懸念材料になります。実際、単一のシグナル・チェーンで対応を図ろうとすると、必ず性能の低下に関連する課題が浮上します。その課題において鍵になる要素がパワー・アンプです。一般に、パワー・アンプは狭帯域を対象としてチューニングした場合に、出力と効率の面で優れた性能を発揮するからです。

半導体技術

かつて多くのシステムでは、出力パワー・アンプ段で使用する大電力対応のデバイスとしては、主に TWT アンプが使われていました。TWT には、数 kW の出力に対応できる、数 octave の帯域幅に対応できる、バックオフの条件下における効率が高い、温度に対する安定性に優れているといった、優れた性質があります。一方で、長期的な信頼性に欠ける、効率が悪い、動作に非常に高い電圧(約 1 kV またはそれ以上)が必要になるといった欠点があります。IC には長期的な信頼性が不可欠であるため、まずは GaAs を利用する取り組みが長い間推進されてきました。多くのシステム・エンジニアは、可能であるなら、大出力を得るために GaAs ベースの複数の IC を組み合わせるということを行ってきました。そうしたいくつかの技術を結合して効率の向上を図ることだけを専門とする企業が設立されたこともあります。技術の結合には、空間的な結合や企業間の結合などをベースにするといった具合に、異なる形態があります。ただ、技術の結合を試みると、いずれの場合も同じ問題に苦しむことになります。その問題とは、技術の結合には必ず損失が伴うというものです。そのため、結合を採用しないで済むのならば、そちらの方が望ましいと言えます。このような理由から、アナログ・デバイセズは最初から大出力に対応可能なデバイスを使用して設計を行おうと考えました。では、パワー・アンプにおいて、RF 領域で大電力を得るにはどうすればよいのでしょうか。最も簡単な方法は、電圧を上げることです。そのように考えると、GaN ベースのトランジスタ技術は非常に魅力的でした。各種の半導体プロセス技術を比較すると、一般に IC の動作電圧が高いほど出力パワーも高められることがわかります。例えば、SiGe(シリコンゲルマニウム)トランジスタの動作電圧は比較的低い 2 V ~ 3 V です。ただ、集積度の面でのメリットが大きく非常に魅力的な選択肢だと言えます。一方、GaAs はマイクロ波帯の周波数に対応するパワー・アンプにおいて、長年にわたり広く使用されています。その動作電圧は 5 V ~ 7 V です。シリコン・ベースの LDMOS(Laterally Diffused MOS)は 28 V で動作するため、通信分野で長く使用されていますが、対応周波数は 4 GHz 以下に限られます。そのため、広帯域対応のアプリケーションではそれほど広く採用されているわけではありません。そうしたなか、損失が少なく熱伝導率の高い SiC(Silicon Carbide:炭化ケイ素)などの基板上で 28 V ~ 50 V で動作する GaN 技術が登場しました。それにより、新たな可能性が開かれました。現在、GaN-on-Si 技術における動作周波数は 6 GHz 以下のレベルです。シリコン基板では RF 損失が生じます。また、シリコン基板は SiC と比べて熱伝導率が高くありません。そうした理由から、シリコン基板を使う場合、周波数を高めると、ゲイン、効率、出力パワーが低下します。図 1 に示したのは、さまざまな半導体プロセス技術の特徴を比較したものです。

Figure 1
図 1 . 半導体プロセス技術の比較。いずれも、マイクロ波帯のパワー・エレクトロニクスで使用されている技術です。

このような経過をたどり、多くのシステムの出力段では、TWT の代わりに GaN をベースとするパワー・アンプが使われるようになってきました。一般に、その種のシステムでは、ドライバ・アンプとしてはまだ GaAs ベースのものが使用されています。GaAs 技術はすでに広く利用されていることに加え、継続的に改良されているからです。以下では、IC に集積する回路の設計技術により、広帯域に対応するパワー・アンプを使って、より大きな出力、より広い帯域幅、より高い効率を実現している例を紹介します。なお、GaAs を使用するよりも GaNを使用する方が、大きな出力パワーを得られることは明らかですが、設計を行う際の検討事項としては、どちらの場合でもほぼ同様になります。

設計時に検討すべき事柄

当然のことながら、IC の設計者は、最適な出力パワー、効率、帯域幅が得られるように IC を設計したいと考えます。それに当たっては、いくつかの検討事項やトポロジなどについて考慮することになります。最も一般的なモノリシック型のアンプは、複数の段から成ります。トランジスタをベースとし、共通のソースを使用するタイプのものです。これはカスケード・アンプとも呼ばれています。この構造では、各段でゲインを与えるので、最終的に高いゲインが得られます。また、出力トランジスタのサイズを大きくすることにより、RF 出力のパワーを増加させることができます。GaN であれば、このようなアンプに対してメリットを提供することができます。図 2 に示すように、GaN を利用すると出力コンバイナが大幅に簡素化され、損失が抑えられます。つまり、ダイのサイズを低減でき、効率が向上するということです。その結果、より広い帯域幅に対応可能になり、性能を向上させることができます。また、そこまでのメリットではありませんが、GaAs ベースのデバイスを GaN ベースのデバイスに置き換えると、例えば 4 W といった所定の RF 出力レベルを達成するために必要なトランジスタのサイズが小さくなります。また、1 段当たりのゲインも高められます。このことから、回路の段数を減らすことができ、最終的には効率の向上につながります。カスケード・アンプの課題は、GaN 技術を採用したとしても、出力パワーと効率の性能を大きく低下させることなく、1 octave 以上の帯域幅を達成するのが難しいことです。

Figure 2
図 2 . 複数の段で構成される G aAs ベースのパワー・アンプ( 左)と、それと等価な G a N ベースのパワー・アンプ(右)

 

ランゲ・カプラ

広帯域に対応するための方法の 1 つは、RF 入力/出力に対してランゲ・カプラ(Lange Coupler)を適用し、平衡型のアンプを実現することです(図 3)。この場合、反射損失(Return Loss)は最終的にカプラの設計に依存します。反射損失を最適化することなく、周波数に対するゲインと出力の応答を簡単に最適化できるようになります。実は、ランゲ・カプラを使用すると、1 octave 以上の帯域幅を達成するのがより難しくなります。それでも、回路の反射損失特性が非常に良くなるため、ランゲ・カプラを使用することにはメリットがあります。

 

Figure 3
図 3 . ランゲ・カプラを使用した平衡型のアンプ

分散型パワー・アンプ

次に紹介するのは、分散型パワー・アンプのトポロジです(図 4)。分散型パワー・アンプには、トランジスタの寄生素子による影響が、デバイス間のマッチング回路に吸収されるというメリットがあります。この構成では、デバイスの入力容量と出力容量が、ゲートのラインとドレインのラインのインダクタンスにそれぞれ結合します。その結果、実質的にトランスペアレントな伝送ラインが実現され、伝送ラインにおける損失を排除することができます。このことから、アンプのゲインは、デバイスのトランスコンダクタンスだけによって制限され、寄生容量の影響は排除されます。ただし、これが成立するのは、ゲートのラインとドレインのラインで伝送される信号の位相が一致しており、各トランジスタの出力電圧が前段のトランジスタの出力に同位相で加算される場合に限ります。出力に伝送される信号には有利な方向に働く干渉が生じます。そして、信号はドレインのラインに沿って増幅されます。一方、反転波では、位相がずれているため、好ましくない干渉が生じます。ゲートのラインには、トランジスタのゲートに結合すべきでない信号を吸収するための終端が設けられます。一方、ドレインのラインには、出力信号に好ましくない干渉を及ぼす恐れのある反転波を吸収し、低い周波数における反射損失を改善するための終端が設けられます。それにより、数 kHz から数十 GHz までの数 decade の帯域幅に対応します。このトポロジは、数 octave の帯域幅が必要な場合によく利用されます。ゲインの特性が平坦である、反射損失を抑えられる、大きな出力パワーに対応できるといったメリットがあります。

Figure 4
図 4 . 分散型パワー・アンプのブロック図

分散型パワー・アンプの課題の 1 つは、出力性能がデバイスに印加される電圧に左右されることです。狭帯域向けにチューニングする機能はなく、基本的にはトランジスタまたはその近くに 5 0 Ω のインピーダンスを与えることになります。パワー・アンプの平均出力を表す式から、最適な負荷抵抗 RL は基本的に 50 Ωとなります。達成可能な出力パワーはアンプに印加される電圧によって決まり、出力パワーを高めるには、アンプに印加する電圧を高めなければならないということになります。

Equation 1

この点についても、GaN は非常に有用です。GaAs の電源電圧は 5 V 程度ですが、GaN なら 28 V まで高めることができます。したがって、GaAs デバイスを GaN デバイスに置き換えれば、出力パワーを 0.25 W から 8 W 弱にまで向上させることが可能です。もちろん、GaN 用の製造プロセスでゲート長はどうすればよいのか、あるいは周波数が高い領域でも必要なゲインを達成できるのかといった具合に、検討が必要な事柄はあります。しかし、時間の経過とともに、GaN に対応するより多くのプロセスを利用可能になると考えられます。

分散型パワー・アンプでは、RL の値が 50 Ωで固定されます。この点がカスケード・アンプとは異なります。カスケード・アンプでは、マッチング回路でトランジスタに対する抵抗値を変更することによって、アンプの出力パワーを最適化します。逆に言うと、カスケード・アンプのメリットは、トランジスタに対する抵抗値を最適化することにより、RF 出力パワーを改善できる点にあります。理論上は、トランジスタのサイズを大きくすればするほど、RF 出力パワーは大きくなります。ただ、実際には、複雑さ、ダイのサイズ、結合に伴う損失などが理由となって、どこかで限界に達します。また、マッチング回路の使用は、帯域幅が制限される原因にもなり得ます。なぜなら、広い周波数にわたって最適なインピーダンスを提供するのが難しくなるからです。一方、分散型パワー・アンプではマッチング回路は使用しません。そうではなく、アンプに沿って、有利な方向に働くように信号を干渉させることを目的とした伝送ラインを使用します。分散型パワー・アンプの出力パワーを改善するための手法は他にも存在します。例えば、カスコード・アンプのトポロジを採用すれば、アンプの電源電圧をさらに高めることができます。

各技術がもたらすメリット

ここまでに、最適な出力パワー、効率、帯域幅を得るうえでトレードオフをもたらす各種手法や半導体技術について説明しました。どのトポロジ、どの技術にもそれぞれにメリットがあります。今日までそれらが使われ続けてきたことがその証です。今後の半導体業界においても、それぞれのメリットが生かせる分野で使われ続けていくはずです。これらの技術は、それぞれに大きな出力パワー、優れた効率、広い帯域幅を達成することを可能にします。以下では、これらの技術によって優れた成果を得た例をいくつか紹介します。

今日の製品で達成されている性能

まず、アナログ・デバイセズが提供する分散型パワー・アンプ「HMC994A」を紹介します。これは DC ~ 3 0GHz で動作する GaAs ベースの製品です。数 decade の帯域幅を実現でき、多くの異なるアプリケーションに対応可能で、大きな出力パワーと効率を達成していることを特徴とします。図 5 に、その代表的な性能を示しました。数 MHz ~ 30 GHz の範囲で飽和出力が得られ、出力パワーは 1 W 以上、電力付加効率(PAE: Power AddedEfficiency)の公称値は 25 % です。3 次インターセプト性能(TOI: Third-order Intercept)も高く、公称値は 38dBm です。つまり、当社の GaAs 製品は、狭帯域を対象として設計された多くのパワー・アンプに近いレベルの効率を達成しています。HMC994A の特徴としては、周波数の増加に伴ってゲインが増加すること、PAE と広帯域にわたるパワー性能が高いこと、反射損失性能に優れていることが挙げられます。

Figure 5
図 5 . HMC994Aのゲイン、パワー、PAEと周波数の関係

続いて、アナログ・デバイセズの「HMC8205BF10」を紹介します。これは、GaN ベースの技術によって何を達成できるのかを示す例だと言うことができます。このGaN ベースのパワー・アンプは、高い出力パワー、優れた効率、広い帯域幅を併せて達成しています。電源電圧は 50 V、RF 出力パワーは 35 W、効率は公称値で 35%、パワー・ゲインは約 20 dBで、1 decade 以上の帯域幅に対応します。1 つの IC によって、GaAs をベースとする類似の IC と比較して約 10 倍の出力パワーを提供します。数年前までは、複雑な結合方式を用いて GaAs ベースのダイを組み合わせなければ、これと同等のパワーや効率を得ることはできませんでした。図 6 に示すように、この製品は、GaN 技術を利用することで、非常に広い帯域に対応し、大きな出力パワー、優れた効率を達成できることを実証するものです。また、大電力対応の電子デバイス向けのパッケージ技術がどれだけ進化しているかを示す例だと言うこともできます。この製品は、防衛用途向けの多くのアプリケーションで必要となる、連続波(CW)信号に対応可能なフランジ・パッケージを採用しています。

Figure 6
図 6 . HMC8205BF10 のパワー・ゲイン、PSAT、PAEと周波数の関係

まとめ

GaN のような新しい半導体技術が登場したことにより、広い帯域にわたって大きな出力パワーが得られようになりました。一方で、ゲート長の短い GaAs デバイスでは、20GHz ~ 40 GHz、あるいはそれ以上の周波数範囲まで対応できるようになってきています。これらのデバイスについては、100 万時間以上にわたって信頼性を確保できると文献に示されています。こうしたことから、GaN やGaAs を利用したデバイスは、あらゆる電子システムで利用されるようになってきました。引き続き、より高い周波数、より広い帯域幅に対応するデバイスが実現されていくと予想されます。

著者

Keith Benson

Keith Benson

Keith Benson は、2002 年にマサチューセッツ大学アマースト校で電子工学の学士号を取得しました。続いて同年Hittite Microwave Corporationに入社してマイクロ波ICの設計を開始。高周波アンプと周波数変換ICを中心とするIC設計グループのマネージャ(2011年~)、Hittite Microwaveのアンプ製品担当ディレクタ(2014年初め~)を経て、2014年7月のアナログ・デバイセズによるHittite Microwave買収に伴い、RF/MWアンプおよびフェーズド・アレイIC担当の製品ライン・ディレクタに就任しました。アンプ技術に関する 3 件の米国特許を保有しています。