8チャンネル、12ビット、10 ~ 50MSPSフロントエンド:AD9271 ̶ 携帯型超音波システムの革命的ソリューション

医療用超音波システムは、今日広く使われている信号処理装置の中でも特に高度な信号処理を行います。レーダーやソナーに似ていますが、レーダーより遅く、ソナーより速いRF周波数で動作します。初期のカート式超音波システムの開発以来、医療業界では病気の早期発見と一般的な診断手順の両方に、このリアルタイム技術を利用してきました。その後、超音波システムは徐々に携帯化され、一部はさらに進化して超小型の手のひらサイズのシステムまで登場しました。近い将来、超音波システムが専用PDA(パーソナル・デジタル・アシスタント)になる可能性もありますが、まだ聴診器ほど一般的でないことは確かです。ここでは、小型化のために必要な要素についていくつか説明します。

超音波システムのアーキテクチャ

超音波システムの画像収集によく使われている方法は、デジタル・ビームフォーミング(DBF)です。医療用超音波に応用されているビームフォーミングとは、共通の信号源からの信号を異なるタイミングで多素子超音波トランスデューサが受信し、これらの信号を位相調整して加算する方法です。16~32(またはそれ以上)の受信チャンネルのトランスデューサ・アレイを用いて、位相シフトおよび加算を行なうことでコヒーレント情報を抽出しますが、このビームフォーミングには2つの機能があります。トランスデューサに指向性を持たせてゲインを上げること、そして反射エコーの位置を探すための体内の焦点となるポイントを特定することです。最も簡単な構成では、DBFシステムのブロック図は、ほぼ図1のようなものになります。各センサ素子の出力が増幅され、デジタル変換され、順番に並べられます。複数のチャンネルが空間的に加算されて、1つの画像が生成されます。

Figure 1
図1. 代表的なDBFシステムの簡略ブロック図

A/D変換前に可変ディレイ・ラインとアナログ加算を行う初期のアナログ・ビームフォーミング・システム(ABF)に比べてDBFアーキテクチャが好まれるのは、優れたチャンネル間マッチング特性を備える傾向があり、柔軟性も高いからです。信号を取得すると、ビーム・ステアリングやコヒーレント信号の加算などのデジタル処理によって、信号の品質が改善されます。デジタル処理部を超音波センサに近づけることにより、アナログ・システムよりはるかに細かい微調整が可能になります。DBFは現在、最もよく使われているアーキテクチャですが、消費電力が高いこと(チャンネル数が多いため)やサイズが大きいこと(正確な信号を取得し生成するために、かなり多くのコンポーネントが必要なため)など大きな課題もあります。

最近まで、大部分のDBFシステムは多数のコンポーネントから組み立てられ、ディスクリートのソリューションや複数のICが使用されていました。受信(Rx)シグナル・チェーンは主に、プリアンプとして機能する低ノイズ・アンプ(LNA)、タイムゲイン・アンプとして機能する可変ゲイン・アンプ(VGA)(深度の代わりに時間の関数として体内組織によるリターン信号の減衰を補正するもの)、アンチエイリアス・フィルタ(AAF)、A/Dコンバータ(ADC)で構成されます。一般的なデジタルビーム・フォーミングのアーキテクチャでは、これらのコンポーネントが複数必要になります。チャンネル数を増やすと、チャンネルのノイズがランダムあるいは相関がない限り、ダイナミック・レンジが広くなります。ハイエンドのシステムでは64~256個のチャンネルが一般的ですが、携帯型、ミドルエンド、ローエンドの超音波システムでは16~64個のチャンネルが一般的です。

なぜ携帯型が求められるのか?

条件が厳しい数多くのアプリケーションで、リアルタイムのスキャンが可能な携帯型の軽量小型装置に利点があることがわかります。たとえば、現場で働く救急医療サービス(EMS)チームは患者に早く接触でき、緊急治療室(ER)に到着する前に検査結果を送信できるようになるでしょう。移動が長距離の場合は、医師はERで患者の到着を待ちながら遠隔診断ができます。通常の外来診療では、専門医でなくても一般開業医が診察の中で患者のスキャンを行うことができます。

携帯性が向上すると、遠隔地や電力事情に問題がある村でも、これらの装置を使用することで質の高い医療サービスを提供できます。

獣医にとっては、携帯型超音波装置が大型動物やペットの現場での診断に便利なものになっています。豚や牛の牧場での現場診断にも便利です。

非破壊試験や予防保全でも超音波装置は成長市場となっています。たとえば、橋桁、産業機械のベアリング(軸受)、石油パイプラインなどのスキャンに使用されているシステムがあります。検査費用を削減でき、高価な機器にとって重大なダウンタイムを避けることができます。産業プラントで使われる携帯型スキャン機器は、重大な障害が発生する前にその兆候を発見するために不可欠なものとなります。

携帯型超音波装置の導入に際しては、当然ながら診断/スキャン/解析を行うこれらの装置を入手する費用が必要ですが、それとともに新しい装置のユーザのトレーニング費用も必要となります。それでも多くの場合、導入費用よりもそのメリットのほうがはるかに上回ります。

AD9271によるスペース、消費電力、コストの削減

小型化の要求を満たすために設計されたアナログ・デバイセズの基本的なサブシステム、14mm×14mm×1.2mmの超小型パッケージに集積されたAD9271(図2)は、8チャンネルのデータを取得するためのシグナル・チェーン・ブロックをすべて集積化し、ボード・スペースと消費電力を大幅に削減します。ディスクリート部品を利用するソリューションと比較すると、チャンネル当たりの総面積が1/3以上縮小し、40MSPS時でチャンネル当たりの消費電力を150mWに抑え、25%以上の消費電力削減になります。AD9271には多くのカスタマイズ・オプション(シリアル・ポート・インターフェースから利用可能)が用意されており、アプリケーションに応じ、さらに消費電力や設定の最適化が可能です。

Figure 2
図2. AD9271のブロック図

AD9271は、8チャンネルのシグナル・チェーンを集積化した製品であり、各チャンネルは、低ノイズ・アンプ(LNA)、可変ゲイン・アンプ(VGA)、アンチエイリアシング・フィルタ(AAF)、A/Dコンバータで構成されています。これは、パルス波モードにおいて、リターン・パルスを処理するためによく使われる受信部です。パルス波モードには、グレースケール画像用のBモード・スキャンと、Bモード・ディスプレイ上にカラーで表示され血流を示すFモードがあります。パルス波モードでは、トランスデューサが送信と受信を交互に切り替わり、定期的に更新される二次元画像を生成します。

画像化のもう1つの一般的な方式は、血流の速度とその周波数を示す連続波(CW)ドップラ、すなわちDモードです。その名前の通り、連続して生成される信号を使用して画像が生成されます。このとき、トランスデューサのチャンネルの半分は送信側で、もう半分は受信側になります。CWには高速の血流を正確に計測できる長所がありますが、従来のパルス・システムに比べると、深度と透過度という点で劣ります。各方式には、アプリケーションに応じてそれぞれ利点や制限があるため、最近の超音波システムは通常、この2つの方式を使用しています。そして、AD9271も両方に対応します。特に、内蔵のクロスポイント・スイッチを利用して連続波ドップラ・モードでの動作が可能です。このクロスポイント・スイッチが、類似の位相のチャンネルをコヒーレントに加算してグループにまとめ、位相調整と加算を行います。AD9271はローエンド・システム向けにディレイラインに対応していますが、プログラマブル位相調整を備えたクワッド復調器AD8339と使用すれば最大の性能が得られます。AD8339は、位相調整と加算を微調整することで画像の精度を向上します。このデバイスは外部から容易に接続でき、特に高いダイナミック・レンジを必要とする信号が要求されるシグナル・チェーンの小型化を可能にします。

ダイナミック・レンジとノイズ条件

高周波の音響信号が体内を通過するとき、約1dB/cm/MHzの減衰が生じます。たとえば、8MHzのプローブと4cmの深さで、往復の減衰を考慮に入れると、内部組織からの信号振幅の変動は、表面近くの反射に対して64dB(すなわち4×8×2)も異なります(参考文献2)。50dBの画像の分解能を加算し、骨、ケーブル、その他の不整合による損失を加えると、所望のダイナミック・レンジは約119dBになります。これに基づくと、10MHzの帯域幅で、ノイズ・フロアが1.4nV/√Hzの0.333Vp-pフルスケール信号で、88dBの入力ダイナミック・レンジになります。さらにダイナミック・レンジを高めるには、複数のチャンネルを使用します(10×log(Nチャンネル))。たとえば、128チャンネルでダイナミック・レンジは21dB向上します。このようにして、100~120dBというダイナミック・レンジの実用的な限界が決まります。

必要なダイナミック・レンジは、フロントエンドのコンポーネントで制限されます。全ダイナミック・レンジが常に必要であるわけではないため、時間の経過にともなう受信した反射信号の減衰レベル(透過の深さに比例)を合わせるために、VGAのゲインを掃引し、ADCの入力ダイナミック・レンジ以下になるように制御します。これは、タイムゲイン・コントロール(TGC)と呼ばれます。LNAは、ADCにマッピング可能な等価ダイナミック・レンジを設定します。AD9271は、10MHzの帯域幅(158dB/√Hz)で88dBの等価ダイナミック・レンジを備えているため、図3で示すように、スキャンした細胞組織からのきわめて小さい信号も、特に大きい信号(エコー)もどちらも処理できます。LNAのフルスケールは近接場信号で飽和しない大きさが必要で、ノイズ・フロアが低いほどダイナミック・レンジを高くする必要があります。

Figure 3
図3. 12ビットADC使用時のTGCゲイン条件

さらに低いノイズ・レベルを得るためには電力条件を上げなければならないため、電力の制約のために携帯型アプリケーションでは何らかの妥協が必要となります。AD9271の88dBのダイナミック・レンジは競合製品よりも優れていますが、たとえば、表1に示す入力換算ノイズが0.74nV/√HzのAD8332などの高電力VGA製品に比べるとまだ劣っています。AD8332は、この中で入力換算ノイズが最小で、入力ダイナミック・レンジが最大のソリューションです。ただし、理想的なソリューションはひとつだけではありません。デジタル処理は今日すべてのソリューションで不可欠なものですが、具体的な実現方法やコンポーネントの選択は、超音波装置メーカーがそれぞれ決める問題になります。

表1. アナログ・デバイセズのコンポーネントを使用した場合のソリューション比較

Product LNA Input Range LNA Input Noise Total Channel Input Noise (without ADC) Input Dynamic Range for Channel
(@10-MHz BW) 
AD8332 550 mV p-p 0.74 nV/rt-Hz 0.82 nV/rt-Hz 97 dB
AD8335 625 mV p-p 1.2 nV/rt-Hz 1.3 nV/rt-Hz 95 dB
AD9271
400 mV p-p
333 mV p-p
250 mV p-p
1.4 nV/rt-Hz
1.2 nV/rt-Hz
1.1 nV/rt-Hz
1.65 nV/rt-Hz
1.44 nV/rt-Hz
1.31 nV/rt-Hz
89 dB
88 dB
87 dB

結論

医療分野と工業分野のアプリケーションで、携帯型超音波装置に対する需要が高まっています。これらのシステムはすべて遠隔地での利用が前提のため、小型化と携帯性という類似の要求が課せられています。AD9271は、超小型ICパッケージの中にパルス波と連続波ドップラの両システムに利用できる8チャンネルの受信シグナル・チェーンを集積化し、携帯性を実現する可能性をさらに高めています。今後、AD9271に比べてさらに低い消費電力と低ノイズのファミリー製品がリリースされる予定であり、次世代に向けてさらなる発展の道を開くことになるでしょう。

参考資料

  1. Alan Bandes著「How Are Your Bearings Holding Up? Find Out with Ultrasound.」(Sensors、2006年7月、24~27ページ)
  2. Eberhard Brunner 著「How Ultrasound System Considerations Influence Front-End Component Choice」(Analog Dialogue 第36巻第1号、2002年)
  3. Joseph A. KissloおよびDavid B. Adams 著「Principles of Doppler Echocardiography and the Doppler Examination #1」(London:Ciba-geigy、1987年)
  4. F. A. Kuijpers 著「The Role of Technology in Future Medical Imaging」(Medicamundi 1995年 Vol. 40 No. 3、Philips Medical Systems)
  5. Hylton B. Meire およびPat Farrant 著「Basic Ultrasound(Wiley、1995年、1~66ページ)

著者

Rob Reeder

Rob Reeder

Rob Reeder は、1998年以降、米国ノースカロライナ州グリーンズボロにあるアナログ・デバイセズの高速コンバータ/RFグループで上級コンバータ・アプリケーション・エンジニアとして働いています。これまでに、さまざまなアプリケーションのためのコンバータ・インターフェイス、コンバータ・テスト、アナログ・シグナル・チェーン・デザインに関する多数の記事を執筆しています。また、航空宇宙および防衛グループのアプリケーション・エンジニアであり、5年間にわたってさまざまなレーダー、EW、および計装アプリケーションに注力していました。これまでには、高速コンバータ製品を9年間担当していました。それ以外にも、アナログ・デバイセズのMultichip Products グループのテスト開発とアナログ設計エンジニアリングも担当していました。そこでは、宇宙、軍事、および高信頼アプリケーションのアナログ信号チェーンモジュールを5年間設計しました。 イリノイ州デカルブの北イリノイ大学で1996年にBSEE(電気工学士)、1998 年にMSEE(電気工学修士)を取得しています。余暇には、音楽のミキシング、美術を楽しむほか、2人の息子とバスケットボールをしたりします。

Corey Petersen

Corey Petersen

Corey Petersen (M’77) received the B.S.E.E. degree from Utah State University, Logan, UT, USA, in 1978 and the M.S.E.E. degree from the University of Idaho, Moscow, ID, USA, in 1984. He was with AMI ‘79, ST Microsystems ‘87, IMP ‘88, AKM Semiconductor ‘95 and Analog Devices ‘00. He is currently a Design Engineering Director in the High Speed Signal Processing Group. He has served on the technical committee for the CICC and been granted 16 U.S. patents.