高精度の計装アンプを用いたリモート・センシング

概要

計装アンプ(IA:Instrumentation Amplifier)は、センサー・アプリケーションの要になるデバイスです。本稿では、センサーとIAの間に距離があるケースについて考えます。そうした条件下で、抵抗性のトランスデューサ(歪みゲージなど)を対象とし、IAの平衡性とDC/低周波における優れた同相ノイズ除去(以下、CMR)性能を最大限に活用するには、どのようにすればよいのでしょうか。本稿では、そのための手法について詳細に説明します。具体的には、ゲイン段のノイズ耐性を高めつつ、電源電圧の変動や部品のドリフトからの影響を受けにくくする回路を紹介します。その上で、最終的なアプリケーションにおいて直ちに評価を実施できるように、その回路の性能を示す情報も提供します。

ホイートストン・ブリッジを用いたリモート・センシング

世の中には、多種多様なセンサーが存在します。そのなかでも非常に高い能力を示すものとしては、ホイートストン・ブリッジ(以下、ブリッジ)が挙げられます(図1) 。ブリッジは、物理的な事象の変化に応じて、予測可能な形で変化する差動電圧を生成します。また、温度ドリフトや経時ドリフトに対する耐性が高い点も特徴とします。ブリッジからの差動電圧は、大きなコモンモード電圧( 以下、CM電圧) に重畳される形で生成されます。そして、ブリッジからの小さな信号を増幅するために使用されるのがIAです。IAを使用すれば、ブリッジの構成要素にほとんど(または全く)負荷を加えることなく、差動電圧を検出し、高いレベルでCM電圧を除去することができます。IAではなく、一般的なオペアンプを使用する場合、外付けの抵抗に高い整合性が求められます。そのため、IAを使う場合と同等のレベルでCM電圧を除去するのはほぼ不可能です。

図1 . ホイートストン・ブリッジ
図1 . ホイートストン・ブリッジ

計測に使用する電子機器は、測定の対象となる物理的な事象が存在/発生する場所から遠く離れたところに配置されることが少なくありません。例えば、トラックの計量所では、舗装された路面の下や橋の構造内に歪みゲージが埋め込まれていることがほとんどです。ただ、その場所に歪みの値を計測するための電子機器が配置されていることはほとんどありません。例として、「SGT-1/350-TY43」(OMEGA Engineering製)など、クオーターブリッジ構成の2線式歪みゲージを使用するケースを考えます。その際、図2に示すように、信号の検出に使用するアンプから離れた場所に歪みの検出部を配置したとします。そうすると、例えシールド付きのツイスト・ペア・ケーブルを使用してセンサーとの接続を行ったとしても、満足できる結果は得られないでしょう。

図2 . 距離のある場所にそれぞれ配置されたセンサーとアンプのアセンブリ。周囲環境からのノイズの問題が生じます。
図2 . 距離のある場所にそれぞれ配置されたセンサーとアンプのアセンブリ。周囲環境からのノイズの問題が生じます。

シールド付きのツイスト・ペア・ケーブルであっても、長い距離にわたってあらゆる干渉に耐えられるというわけではありません。そのような場合、CM電圧を除去しても、IAに対して十分に平衡な入力を確保することは困難です。アンプの反転入力と非反転入力が長いケーブル上で生じた干渉によって受ける影響は等しくはありません。両入力にはCMRでは除去できない無相関の信号が含まれてしまうということです。一見、同相ノイズのようにも見える不均衡な信号が入力されることによって、図3に示すように、回路の出力に大きなノイズが現れても不思議ではありません。

図3 . アンプの出力において問題となる120Hz のノイズ( 0.1V/div、2ミリ秒/div )
図3 . アンプの出力において問題となる120Hz のノイズ( 0.1V/div、2ミリ秒/div )

ブリッジの小さな差動電圧をCM電圧(DCに干渉成分が加わったもの)から適切に抽出するための1つの方法は、シールド付きのツイスト・ペア・ケーブルかシールドのないツイスト・ペア(UTP:Unshielded Twisted Pair)ケーブルを2対使用することです(図4)。それにより、同相成分が等しくなり、IAの両入力の平衡が実現されます。「LT6370」など、低周波領域のCMR性能に優れる(120dB)製品を使えば、IAの両入力に加わる同相成分を適切に除去することができます。そのため、ノイズの多い環境で長い距離の信号伝送を行っても、クリーンな出力波形が得られます。

図4 . 2対のUTPケーブルを使用したリモート・センシング
図4 . 2対のUTPケーブルを使用したリモート・センシング

LT6370の優れたCMR性能を考えれば、こうした考え方をもう一歩進めることができます。すなわち、1対のケーブルだけを残し、構成を簡素化するということです(図5)。ここでは、良好なCMR性能を得るために、U2においてバランス入力を採用しています。U2からUTPケーブルの2つの入力が同等に見えるようになっていること、また、グラウンドまでのインピーダンス(R2とR4)が同一であることに注目してください。

図5. 1対のUTPケーブルを使用したリモート・センシング
図5. 1対のUTPケーブルを使用したリモート・センシング

各部品の値を図5に示したとおりにした場合、センサーRSENSORには約1mAの電流が流れます。U1に接続するRG1の値に基づき、この段は10V/Vのゲインで動作します。つまり、RSENSORにかかる電圧の10倍の電圧( 約3. 5V)を出力します。U1の主な役割は、長いUTPケーブルに及ぶ干渉の影響を排除し、センサーからの電圧のみを次段に送ることです。その電圧の値は、センサーの抵抗値とセンサーに流れる電流値( 約1mA) の積で決まります。LT6370は、卓越したCMR性能を備えるだけでなく、オフセット電圧とドリフトが極めて小さいので、この用途に最適です。

ブリッジの残り半分は、R5、R6、VR1で構成されています。こちらにも、センサー側とほぼ同一の電流が流れます。U1の出力(センサーからの電圧)とVR1(ワイパー)におけるリファレンス電圧が、不要なノイズを除去するためのローパス・フィルタを通過した後、U2の差動入力に供給されます。U2には、高いゲインが設定されています(G = 1 + 24.2kΩ/RG2 = 100V/V)。電圧リファレンスの「LT6657-5」から反転入力に供給される低ノイズで固定値のリファレンス電圧に対して、非反転入力の非常に小さなセンサー電圧を増幅する必要があるからです。測定の対象となる要素/物質に取り付けられたセンサーに歪みが加わると、それに対応する値がU1の出力に正確に現れます。その出力は、A/Dコンバータ(ADC)などの信号処理用の回路に送られます。

オプションのD/Aコンバータ(DAC)であるU4とオペアンプU5は、U2のREFピンに接続されています。これらのICは、オフセット/ゼロの調整に使用します(オフセット調整が不要な場合には、REFピンをグラウンドに接続します)。DACを使用することにより、U2の出力電圧を、選択したADCに適した所望のペデスタル・レベル/CM電圧レベルにシフトすることができます。例えば、DACの出力をREFピンに入力してU2のゼロ出力を2.5Vに設定し、リファレンス電圧が5VのADCをU2で直接駆動するといったことが行えます。そうすると、ADCのアナログ入力が0V~2.5Vである場合は圧縮による歪みが生じており、2.5V~5Vである場合には引張の歪みが生じているということになります。重要な点として、U2のREFピンを駆動するデバイス(ここでは「AD820」)は、ゲイン誤差を除去できるように、インピーダンスを低く維持しなければならないということに注意してください。

以下の式は、出力電圧をセンサーの抵抗の関数として表したものです。

数式 1

ここでΔRSENSORは、歪みが原因で生じるセンサーの抵抗値の変化です。この式から、出力電圧と歪みの測定値εの関係がわかります。以下の各式は、それぞれの変数の詳細を表しています。

数式 2
数式 3
数式 4
数式 5

ここで、Lはセンサーの長さ、εは測定された歪みの量です。

実際に使用しているセンサーは、RSENSORが350Ω、GFが2となっています。

以上のことから、歪みεは次の式で求められます。

数式 7

LT6370は、ゲイン誤差が非常に小さく( ゲインが10V/Vで0.084%未満)、入力オフセット電圧も小さい(温度の変化に対して最大50 µV) 製品です。そのため、センサーで取得した電圧からUTPケーブルで加わった干渉成分を差し引いた値が、U2に入力されて反転入力のリファレンス電圧と正確に比較されることが保証されます。一方、LT6657-5は、低ノイズ、低ドリフトの安定したリファレンス電圧を生成し、回路全体が電源電圧の変動の影響を受けないようにします。特に重要なのは、LT6657-5の1/fノイズが小さいことです。この回路はゲインが大きいので、1/fノイズが小さいことは非常に大きなメリットになるはずです。

U2の各入力は、シンプルなRCローパス・フィルタ(R9、C2とR10、C3) によって約10Hzでロールオフするように設計されています。このように帯域幅を制限することで、出力ノイズを低減できます。LT6370は、図6に示すように、1 / fノイズのコーナー周波数が低い(10Hz未満)という特徴があります。このことから、1/fノイズの影響を抑えられるというメリットが得られます。また、電流ノイズ密度のグラフから、両方の入力インピーダンスを平衡化した方が、入力におけるノイズの相関成分を利用して、電流ノイズの影響を最小限に抑える効果がはるかに高くなることがわかります。そこで、R9のインピーダンスである4.75kΩに適合させるために、VR1のワイパーにおける等価インピーダンスを考慮して、R10の値を3.74kΩに設定しています。

図6 . LT6370の入力換算ノイズ密度
図6 . LT6370の入力換算ノイズ密度

まとめ

信号処理用のアンプから離れた場所にブリッジ・センサーを配置する場合、センサーからの差動電圧をクリーンに抽出するためにIAを使用する必要があります。本稿で取り上げたLT6370は、遠く離れたセンサーから長いケーブルを介して伝送される信号を適切に処理できるだけの優れた性能を備えるIAです。LT6370の製造プロセスでは、温度ドリフトの値を保証するために、オンチップのヒーターを使用して出荷検査が行われます。こうした工夫にも支えられ、LT6370はリモート監視に適した製品となっています。保守が難しい設置環境にも対応可能な長い寿命と高い耐久性を備える優れたIAです。

著者

Hooman Hashemi

Hooman Hashemi

Hooman Hashemiは、アナログ・デバイセズのプロダクト・アプリケーション・エンジニアです。2018年3月に入社しました。新製品の特性評価と、製品の機能や使い方を示すためのアプリケーション開発に携わっています。以前は、Texas Instrumentsで22年間にわたりアプリケーション・エンジニアとして高速製品を担当していました。サンノゼ州立大学で1983年12月に電気工学の学士号を、サンタクララ大学で1989年8月に同修士号を取得しています。