信号発生器の設計を変革する2つの新たなIC

従来、任意波形発生器の設計では出力段の扱いが最も困難でした。一般に信号発生器の出力範囲は25mV~5V程度です。従来の設計では、50Ωの負荷を駆動するために、高性能のディスクリート・デバイスや多くのIC、高価なASICなどを使用していました。そのため、性能と安定性が高く、プログラミングが可能な範囲が広い出力段を設計するには多くの時間がかかっていました。技術が進化したことによって、現在ではそうした負荷を駆動できるアンプも製造されるようになりました。その結果、出力段を簡素化できるだけでなく、コストと開発期間も削減可能になりました。

 Figure 1
図1. 一般的な信号発生器の構成

汎用の信号発生器では、まず1つの周波数が入力されてボタンが押されます。すると、信号発生器は新たな周波数を生成します。次に、必要な出力パワーが入力され、別のボタンが押されます。すると、出力レベルを調節するためにリレーが動作して内部の回路が切り替えられます。広い出力範囲を保証するためには、このような不連続の動作が必要になります。本稿で提案する新しいアーキテクチャを採用すれば、出力段の設計における問題の半分は解決することができます。

そのフロントエンド回路の設計において課題を解決するカギになるのは2つのICです。1つは速度が速く、高い電圧に対応し、多くの出力電流を供給可能な高性能の出力アンプです。もう1つは、デシベル換算した場合に連続的な線形性が得られるVGA(可変ゲイン・アンプ)です。本稿では、20MHzにおいて、負荷が50Ωのときに22.4V(+39dBm)の振幅を得ることを設計上の性能目標とします。

Figure 2
図2. 小型化/簡素化された信号発生器の出力段

小型化された新たな出力段

最初の信号は、複合波形を生成する場合にはD/Aコンバータ(DAC)から、正弦波を生成する場合にはDDS(Direct Digital Synthesizer)から入力されます。いずれの場合も、個々の仕様に対応したりパワーを調節したりする能力は理想的なものではないかもしれません。そのため、まずVGAを使用して信号を減衰または増幅する必要があります。しかし、多くのVGAは、この種のアプリケーションで使用するにはゲインの設定範囲の限界という面で十分であるとは言えません。

VGAの出力を目標とするレベルに設定できるのであれば、入力に関係なく、出力の振幅を既知の値に固定することができます。例えば、必要な出力振幅が2Vで、出力段のゲインが10である場合には、VGAの出力振幅を0.2Vに設定します。出力段が正しく設計されていれば、出力振幅はVGAの出力によって決まるということです。しかし、残念ながらほとんどのVGAにはプログラミングが可能な範囲に制限があります。そして、その点が設計上のボトルネックになります。

一般的な高性能の信号発生器では、一般的な出力振幅の範囲は25mV~5V程度となっています。市販されているVGAのほとんどは、この46dBの範囲でゲインを調整できる能力は備えていません。最初に50dBの範囲を実現したVGAはアナログ・デバイセズ(ADI)の「AD8330」です。ただ、消費電力を抑えた新たなVGA「AD8338」ではその能力がさらに高められています。同製品では、80dBの範囲でゲインのプログラミングが可能になりました。これを使用すれば、理想的な条件の下では、従来の信号発生器でも、リレーや切り替え用の回路を使うことなく0.5mV~5Vの出力振幅範囲を実現することができます。その全範囲で連続的に振幅を変更でき、スイッチやリレーに依存する不連続点が存在しなくなります。また、リレーが不要になることから、計測器の寿命が長くなり、システムの信頼性が向上します。

最近では、差動出力のDACやDDCが増えています。そのためトランスを使用したり、シングルエンド接続では信号の片方を破棄したり、差動‐シングルエンド変換用の回路を挿入したりする必要があります。図3に示すように、AD8338は完全差動インターフェースを備えているので、差動出力のDAC/DDCにそのまま適用できます。なお、図3ではDACを例にとっていますが、正弦波を生成するアプリケーションではDDSが使用されます。

Figure 3
図3. DACとAD8338を接続する回路の構成例

AD8338の主な特徴は、入力段の柔軟性が高いことです。AD8338は入力VGA(input-VGA)として、ADIのフェローであるBarrie Gilbertが発明した「H-amp」のトポロジを使用して入力電流を調整します。また、内部のノードを1.5Vに保ちながら入力電流を平衡にするために、フィードバックを利用して設計されています。通常の条件下で500Ωの入力抵抗を使用し、入力信号が最大1.5Vであるとすると、流れる電流は3mAになります。入力振幅が15Vといった大きな値になる場合には、入力ピンに直接接続する抵抗を大きくします。この抵抗の値は、同じく3mAの電流が得られるように以下のように選択します。

Equation 1
     (1)

振幅が15Vのシングルエンドの信号は、1.141Vの差動出力になります。この場合、最小ゲインにおいて、AD8338は28.4dBの減衰を提供するので、最大ゲインは+51.6dBになります。AD8338は低消費電力の製品であり、負荷が1kΩのときの出力スイングは通常1.5Vになります。

入力VGAの特徴は、異なる設定値の周辺に、その全ゲイン範囲を配置することができる点です。まず、信号発生器の出力を最大にするために必要な出力レベルを定めます。市販の信号発生器の多くは、負荷が50Ωのときの最大出力パワーが250mWRMS(+24dBm)となっています(正弦波の場合)。この値は、高出力のHFアンプのテストや超音波パルスの生成など、より大きい出力パワーを必要とするアプリケーションには十分ではありません。

この問題は、電流帰還アンプ(CFA:Current-feedback Amplifier)技術の進歩によって解消されました。ADIのCFAである「ADA4870」は、電源電圧が±20Vのとき、17Vの出力電圧、1Aの電流を供給できます。正弦波の場合、全負荷で出力できる最大周波数は23MHzなので、次世代の汎用任意波形発生器/信号発生器のフロントエンド用ドライバとして理想的だと言えます。

反射に弱い50Ωのシステムの場合、ソース・インピーダンスを50Ωの負荷と整合させるために、ADA4870は抵抗パッド(resistive pad)と巻線比が1.5:1でRF対応のオートトランスなどの受動部品を必要とします。1Vのマージンを確保すると、アンプの実効負荷が16Ωのときで8Wのピーク・パワーが得られます。反射の問題がないのであれば抵抗パッドは必要なく、オートトランスも巻数比が0.77:1のものに置き換えられます。抵抗パッドを使用しなければ、ピーク出力パワーは16W(電圧の振幅は28.3V)に増加します。

Figure 4
図4. ADA4870によって16Ωの負荷を駆動するための基本的な構成(ゲインは10)

出力信号のスイング値を最適化するためにADA4870のゲインを10に設定すると、入力振幅は1.6Vになります。ADA4870はシングルエンド入力で、AD8338は差動出力です。そのため、ゲイン帯域幅が270MHzでスルーレートが1090V/μsの差動レシーバ・アンプ「AD8130」を挿入し、差動‐シングルエンド変換を行うとともに必要なゲインを加えます。AD8338の出力は±1.0Vに固定されているので、AD8130では1.6V/Vの中間ゲインを加える必要があります。3つのデバイスを連結することによって、信号発生器の完全な出力段を構成できます。

Figure 5
図5. 信号発生器の出力段

設計を完了させるには、あと2つのステップが必要です。1つは、入力信号の最大振幅を制限するとともに、アンチエイリアシング(折返し誤差防止)を適用するための入力回路を構成することです。もう1つは、インピーダンス変換のための出力回路を設計することです。

AD8338用の入力回路

この設計では、差動出力振幅は±1.0Vです。そして、工場から出荷する際の設定、500Ωの内部抵抗、最大ゲインの関係から、入力振幅は100μVになります。この要件には、入力ピンに抵抗を接続することによって対応することができます。ゲインの範囲は、次のように入力抵抗によって決まります。

Equation 2
     (2)

各入力に40.2kΩの抵抗を接続することによって、ノイズのパワーと入力の減衰について良好なバランスが得られます。VGAINが1.1V(最大ゲイン)の場合、ゲインは次のようになります。

Equation 3
     (3)

この場合、必要な差動入力はわずか21mVです。

VGAINが0.1Vの場合、ゲインは次のようになります。

Equation 4
 (4)

同じ21mVの入力に対し、出力は約100μVになります。

AD8130」とADA4870を組み合わせた場合の24.1dBのゲインを加えると、ADA4870の出力振幅範囲は1.6mV~16Vになります。抵抗パッドとオートトランスの後段では、出力電圧範囲が2mV~20Vになります。

DDSのようなデバイスとAD8338のインターフェース部には、アンチエイリアシングの手段と入力を減衰させる手段が必要です。例えば、差動出力のDDS「AD9834C」では、適切な波形を得るために200Ωの抵抗をグラウンドとの間に接続する必要があります。図6に示すように、出力には正弦波の半分だけが現れます。

各出力のピークは0.6Vなので、実効入力は±0.6Vになります。必要な減衰量は26dBです。200Ωの抵抗で簡単な分圧器を構成することにより、この減衰量は容易に実現できます。信号のスイングは一様ではなく、信号のピークは想定どおりの減衰値にまで達します。

 Figure 6
図6. AD9834CのIOUTとIOUTの出力波形(折返し雑音は示していない)
Equation 5
     (5)

6.98Ωと191Ωの標準抵抗を使用した場合、0.7%の誤差が生じます。

最後に、アンチエイリアシングへの対応を図ります。サンプリング・レートが75MSPSのとき、ナイキスト周波数は37.5MHzです。つまり、この設計の帯域幅である20MHzより高くなります。アンチエイリアシングの極を20MHzに設定すると、必要な容量値は次のようになります。

Equation 6
     (6)

この値であれば、コンデンサとしては標準品を使用できます。最終的な入力回路は図7のようになります。

Figure 7
図7. DDSとAD8338のインターフェースとなる減衰回路とフィルタ回路

この入力段を実際に製作して測定を行いました。その結果、全体の変動は、図8に示すように±0.6dB以内に収まりました。

Figure 8
図8. AD8338用入力回路のゲインの計算値と実測値

ADA4870を使用した出力段

ADA4870」では、最終的にはAD8130から出力されるシングルエンド信号に対してゲイン10が適用されます。このゲインを設定するために2つの抵抗を使用します。またこの出力段は外付けの補償回路がなくても安定して動作します。あとは、アプリケーションのニーズに対応するように出力回路を構成するだけです。その回路の一般的な実現方法としては次の3つが挙げられます。

  1. アンプからの出力を直接50Ωに接続
  2. 抵抗パッドを加え、オートトランスの出力を50Ωに接続
  3. 抵抗パッドは使わず、オートトランスの出力を50Ωに接続

1の方法では、図9に示すようにアンプの出力を直接出力コネクタに接続します。ソースを変換する回路は使いません。この方法はソースがDCに接続されている場合には最適です。デバイスの能力をフルに活用しているわけではありませんが、それでも一般的な信号発生器の10Vの出力振幅よりも優れています。この場合、最大ピーク・パワーは5.12Wになります。

Figure 9
図9. 出力を直接駆動する方法

2の抵抗パッドを使う方法では、図10に示すような回路を構成します。この場合、16Ωの負荷が、直列接続した8Ωの抵抗パッドと、フィルタを備え、巻線比が1.5:1のオートトランスに分割されます。この方法の場合、インピーダンスが低いため、50Ωの回路で使用する場合と比べてインダクタの値を1/6.25に抑えることができます。ローパス・フィルタとオートトランスは、8Ωの実効インピーダンスを50Ωに整合するように変換します。全体の出力ピーク・パワーは8Wになります。この設計手法は、50Ωに整合したソースを必要とし、長い伝送路が含まれることから反射が問題になるようなアプリケーションに最適です。

Figure 10

図10. 出力に抵抗パッドを使用する方法(入力インピーダンスは、帯域内の反射に対しては50Ωと見なすことができる)

3の方法では、8Ωの抵抗パッドを使用することなく、2倍の出力パワーを得ることができます。恐らく、これが信号発生器に最も適した方法です。図11に示すように、この場合もLCラダー・フィルタを使用することが推奨されます。ただ、ラダーの値は50Ωのシステムで使用される値の1/3.125に抑えることができます(16Ωの公称インピーダンス用の設計)。ここでは、オートトランスとしては巻線比が0.77:1のものを使用します。この回路では、正弦波出力のピーク振幅は28.3Vとなります。ADA4870は50Ωの負荷を約16Wで駆動します(8W rmsまたは39dBm)。

Figure 11
図11. 50Ωの負荷を最適な出力パワーで駆動する方法(抵抗パッドは使用しない)

ソリューションの全体像

シミュレーションや数式は、現実の世界と適合していなければ意味がありません。したがって、システムを実際に構築し、期待している性能が得られるかどうかを計測によって確認することが重要です。図12に、抵抗パッドを使用する出力段の実際の回路図を示しました。

Figure 12
図12. 簡素化された出力段全体の回路図

図13に示したのは、フィルタを使わない場合の測定結果です。システムは±1dBのゲインに対応し、最悪値は出力パワーが最大2.75W(ピーク値は5.5W)のときです(P1dB[1dB利得圧縮点]は34dBm)。特に注目すべき点は、全体のゲインの範囲は62dB以上もあり、標準的な信号発生器の範囲を16dBも上回っていることです。

Figure 13
図13. 抵抗パッドを使用し、フィルタを使用しない場合の出力パワーの測定結果(FTESTは14.0956MHz。P1dBは34dBm)

DDSの出力にフィルタリングを施し、システムのノイズを削減することによって、ゲインの範囲を広げることができます。図14に示したのは、フィルタを付加して図13と同じ測定を行った結果です。フィルタを付加した場合、出力のP1dBは同じレベルにはならず、負荷が50Ωの条件でフルの+36dBmになります。全体的にゲインの線形性は向上し(≦0.65dB)、誤差が目立つのはVGAINが0.4Vの付近と0.7Vの付近だけです。

Figure 14
図14. fc=20MHzの5次ローパス・フィルタを付加した場合の出力パワーの測定結果(FTESTは14.0956MHz)

さらに高い出力パワーが必要な場合には、そのアプリケーション専用のトランスを駆動するために、出力アンプを複数使用する方法をとることができます。また、ほかの回路による制約がある場合には、ここで述べた設計手法を、より電源電圧の低いシステムに適用することも可能です。

入力の減衰とゲインの誤差が累積された、VGAIN= 0.9375Vを測定の上限にしました。ただ、この点は、システム全体の誤差の主原因となる初段の減衰回路を調整することによって解決できます。補正を行った場合、システム全体のゲインの範囲は74dBまで広がります。

まとめ

高性能のVGAと高性能かつ高出力のCFAを組み合わせることによって、新世代の信号発生器に向けた簡素なフロントエンド回路を構成することができます。集積度の高い製品を使用することにより、実装面積とコストも削減されます。

より汎用性を高めるためには、「AD8310」などのログ・アンプを閉ループのフィードバック・システムに適用するとよいでしょう。AD9834CなどのDDSとログ・アンプを結合することによって、さまざまな波形変調機能を本質的な機能であるかのように実装することができます。周波数偏移変調(FSK:Frequency Shift Keying)やオンオフ変調(OOK:On-off Keying)、位相偏移変調(PSK:Phase Shift Keying)などの変調機能です。このように、2つの基本的なICを工夫して使用することにより、数多くのオプションを実現することができます。

参考資料

電流帰還型オペアンプ

信号発生器(オーディオから RF まで)

特殊機能アンプ

可変ゲイン・アンプ(VGA)

MT-034 Tutorial「Current Feedback (CFB) Op Amps

MT-057 Tutorial「High Speed Current Feedback Op Amps

MT-060 Tutorial「Choosing Between Voltage Feedback and Current Feedback Op Amps

MT-072 Tutorial「Precision Variable Gain Amplifiers

MT-073 Tutorial「High Speed Variable Gain Amplifiers

著者

David Hunter

David Hunter

David Hunterは、ADIウィルミントン事業所のリニア・プロダクト・グループに所属するアプリケーション・エンジニアです。2006年にADIに入社し、ノースウェスト・ラボ・デザイン・センターでフィールド・アプリケーション・エンジニアとしてテスト/測定分野や産業分野の顧客を担当しました。ポートランド州立大学でRFエンジニアリングを専攻し、2007年に電気工学理学士の学位を取得しています。在学中には、セルフヒーリング・ハードウェア・システムや進化型ハードウェアに関する論文を発表しました(共著を含む)。また、アマチュア無線技士としても積極的に活動しています(コール・サインは「KE7BJB」)。