概要
本稿では、TPO(True Power-on)に対応するGMR(Giant Magneto Resistance:巨大磁気抵抗)ベースのマルチターン・ポジション・センサーの話題を取り上げます。その種のセンサーを採用すれば、既存のソリューションを使用する場合と比べてシステムの複雑さを緩和し、保守の要件を緩和することができます。そのため、産業分野や車載分野におけるポジション・センサー(位置センサー)の市場が刷新される可能性があります。ただ、磁気システムを設計する際には、非常に要件の厳しいアプリケーションでも信頼性の高い動作を確保できるようにするために様々な検討を行う必要があります。本稿では、そうした検討項目の中でも特に重要なものに注目して解説を行います。また、磁気技術についての検討も行えるマルチターン・ポジション・センサー製品のリファレンス設計を紹介します。これを利用すれば、マルチターン・ポジション・センサー技術の早期導入を図ることができます。なお、マルチターン・ポジション・センサーの技術、ロボティクス、エンコーダ、ステア・バイ・ワイヤ方式のシステムといったアプリケーションについては、後ほど紹介する記事を参照してください。
はじめに
マルチターン・ポジション・センサーを使用すれば、高い精度で絶対位置を検出することができます。その種のセンサーは、磁気方式の記録(書き込み)と電気方式の読み出しに対応するメモリに、従来型の磁気角度センサーを組み合わせることで実現されます。「非給電状態からのTPO機能を実現可能なマルチターン・ポジション・センサー」という記事では、磁気記録のプロセスについて説明しました。このプロセスにおいては、入力される磁界が特定の範囲内に維持されていなければなりません。磁界が強すぎたり弱すぎたりすると、書き込みエラーが生じる可能性があります。システムで使用する磁石を慎重に設計し、センサーに干渉するおそれのある浮遊磁界と、製品の寿命を通した機械的な許容誤差について検討することが重要です。小さな浮遊磁界は、角度の測定誤差の原因になり得ます。一方、大きな浮遊磁界は、総回転数の誤差につながる書き込みエラーを引き起こす可能性があります。
リファレンス設計で磁気について掲げた目標
磁石とシールドを最適に設計するには、システムの要件について十分に理解する必要があります。一般に、目標仕様を達成するためには、システムに対する要件が緩いほど、サイズが大きく、コストが高い磁石が必要になります。アナログ・デバイセズは、マルチターン・センサー製品「ADI MagIC+」を開発しました。それだけでなく、様々な機械的な要件、浮遊磁界、温度条件について検討できるようにするためのリファレンス設計も提供しています。これを利用すれば、お客様は磁気に関する検討を実施することができます。リファレンス設計の最初のバージョンでは、許容誤差が比較的緩いシステムを対象としました。具体的な要件は、センサーと磁石の間の距離が2.45mm±1mm、センサーと回転軸の間の合計変位が±0.6mm、動作温度範囲が-40°C~150°C、浮遊磁界のシールド減衰率が90%以上というものです。
磁気に関する考察
磁石を設計する際には、いくつかの重要な事柄について考察する必要があります。以下では、GMRセンサー向けの設計を行う際に検討すべき主要項目について説明します。
磁石の材料
本稿で例にとるGMRセンサーは、定められた磁気の範囲(16mT~31mT)を対象として動作します1。また、図1において赤い線で示したように、その動作範囲の最大値と最小値には温度係数(TC:Thermal Coefficient)が存在します。磁石の材料としてTCがGMRセンサーのTCとマッチするものを選択すれば、磁界のばらつきに関する許容範囲が最大限に拡大されます。つまり、磁石の強度や、センサーに対する磁石の配置位置の許容誤差といった面で、より広いばらつきを許容できるようになります。フェライトのような低コストの磁性材料の場合、TCがGMRセンサーのTCよりもはるかに大きくなります。また、サマリウム・コバルト(SmCo)やネオジム鉄ボロン(NeFeB)などの材料と比べて動作温度範囲が制限されます。
磁石の設計を行う際には、選択した磁性材料のTCと、製造ばらつきに起因する磁界強度のばらつきについて理解することが重要です。それにより、室温(25°C)において求められる磁界強度の値を特定することができます。結果として、温度範囲全体にわたりシステムが期待どおりに動作するという確証を得た状態で、設計時のシミュレーションを室温の条件で実行することが可能になります。図1の緑色の実線は、GMRセンサーがアクティブな領域において、磁石が生成しなければならない磁界強度の範囲を表しています。この範囲は、磁性材料の製造ばらつきに起因し、GMRセンサーの動作範囲(最大値と最小値の間)よりも狭くなります。一方、緑色の点線は、5%以上という一般的な製造ばらつきに基づいて予想される磁界の最大値と最小値を表しています。
磁石のシミュレーション
機械的動作環境における磁石のシミュレーションは、様々な方法で行うことができます。磁石の設計を行う際には、一般的には2種類のシミュレーション手法が使われます。1つは解析的シミュレーションで、もう1つは有限要素解析(FEA:Finite Element Analysis)です。解析的シミュレーションでは、シミュレーションの対象として磁石のバルク・パラメータ(サイズ、材料)を使用します。空気中で動作すると仮定しますが、それ以外の周辺環境は考慮に入れず磁界に関する値を算出します。この計算方法は、強磁性材料が隣接していない場合、簡便に利用できます。一方、FEAでは、より大きな磁気システムにおける鉄鋼材料の影響をモデル化することが可能です。この手法は、磁石に浮遊磁界シールドを組み合わせる場合や、強磁性材料が磁石やセンサーの近くに存在する場合には不可欠です。但し、FEAは非常に時間のかかる処理です。そのため、磁石を設計する際には解析的な分析を基本的な出発点とするのが一般的です。後ほど、リファレンス設計にFEAを適用し、磁石と浮遊磁界シールドのシミュレーションを行った結果を示すことにします。
設計した磁石の概要
リファレンス設計では、SmCo磁石に鋼鉄製の浮遊磁界シールドを組み合わせています(図2)。この磁石は、射出成形で製造できるように設計されています。そのため、大量生産が可能です。SmCo磁石の射出成形では、複雑な形状を実現できます。そのため、この手法は車載アプリケーションや産業用アプリケーションなどで広く用いられています。このアセンブリは、直径9mmの軸に締まりばめするように設計されています。但し、様々なサイズの軸に取り付けられるように、ブッシュ(軸受筒)を変更できるようになっています。

磁石の特性評価
GMRセンサーに対する堅牢な磁気ソリューションは、磁石のアセンブリの特性評価を慎重に行うことによって実現しました。特性評価の鍵になるのは、制御された環境において、磁石とセンサーの様々な配置に対する磁界強度の詳細なマップを生成できるようにすることです。特性評価を適切に行うには、使用する磁界プローブについて十分に理解し、キャリブレーションを適切に実施しなければなりません。図3に示したのは、エア・ギャップの条件を変えて取得した磁界強度の例です。動作温度とエア・ギャップの範囲全体を対象として値の取得を繰り返すとかなりの時間がかかります。しかし、磁石の性能を理解し、求められる条件下で適切に動作することを確認するためには、そのような作業が不可欠です。
まとめ
本稿では、ADI MagIC+のリファレンス設計で使用している磁石の概要について説明しました。その設計は、動作温度範囲が-40℃~150℃、エア・ギャップが2.45mm±1mm、センサーにおける軸方向の位置の許容誤差が±0.6mmという要件を満たしています。なお、浮遊磁界シールドの詳細については、別の記事で説明する予定です。
ADI MagIC+は、TPOに対応する初の集積型マルチターン・ポジション・センサーです。これを採用することにより、システム設計の作業と複雑さを大幅に軽減できます。最終的には、小型、軽量、低コストのソリューションを実現することが可能になります。アナログ・デバイセズは、お客様向けにリファレンス設計も提供しています。これを利用すれば、磁気設計に関する知識を有しているか否かに関わらず、既存のアプリケーションに新たな機能や改良を加えたり、数多くの新たなアプリケーションを開発したりすることが可能です。
ADI MagIC+や、磁気設計の検討にも利用可能なリファレンス設計について詳しく知りたい方はanalog.com/jpをご覧ください。あるいは、アナログ・デバイセズのセールス・チームにお問い合わせください。当社は、様々なアプリケーションや要件に関するご相談に喜んで対応いたします。
1動作範囲は、ADI MagIC+がリリースされるまでに変更される可能性があります。