概要
本稿では、電流のソースとシンクに対応すると共に、正負両方の電源電圧を生成できる電源回路の実現方法を紹介します。1つの双方向電源(電流のソースとシンクに対応)を使用するだけで、DPS(Device Power Supply)に正負両方の電源電圧を供給できるようにするというものです。従来、DPSに電力を供給するためには、2つの双方向電源を使用していました。つまり、一方を正の電源用、もう一方を負の電源用として使用していました。この構成は、サイズが大きくなることに加え、コストも高くなります。
はじめに
DPSとは、自動試験装置(ATE:Automatic Test Equipment)をはじめとする計測機器で使用される電源システムのことです。ATEはコンピュータ化された機器であり、従来の電子試験装置において手作業で行われていた処理を自動化します。つまり、機能、品質、性能、ストレスなどの試験/評価を自動的に実行することができます。こうしたATEで使用するDPSは、4象限の電源として動作可能なものでなければなりません。つまり、正または負の電圧の供給と電流のソース、シンクに対応する必要があります。大電流を扱うアプリケーションにDPSを適用するためには、複数のDPSをまとめて電流能力を増加させるということが行われます。DPSは電流のシンクとソースの両方に対応するので、DPS用の電源にもそれと同じ機能が必要です。ここで、2種類の電源電圧を生成できる回路を開発することができれば、必要な双方向電源の数を1つに削減することが可能になります。つまり、DPSに適した正負/双方向の電源機能を提供することができます。電流のソース/シンクに対応可能なICは数多く提供されています。それらを採用すれば、正の電源電圧を供給する双方向の電源回路を開発するのは容易です。問題は、被測定デバイス(DUT)に必要な負の電源において、いかに電流のソース/シンクを実現するかということです。解決策の1つは、反転昇降圧コンバータとして機能するよう構成することが可能な双方向対応の降圧ICを使用することです。そうした降圧ICの例としては「LTC3871」が挙げられます。同ICは、双方向の電流に対応する降圧/昇圧コントローラです。これを利用すれば、正負両方の電源を生成することもできます。
降圧ICをベースとする反転昇降圧コンバータ
図1に、降圧コンバータの概念図を示しました。これは、正の入力電圧を受け取り、それよりも低い正の電圧を出力するというものです。一方、図2に示したのは反転昇降圧コンバータの概念図です。これは、正入力電圧を受け取り、それよりも絶対値が小さいまたは大きい負の電圧を出力します。ここで、図3をご覧ください。降圧トポロジは、以下のようにすることで、反転昇降圧トポロジに変換することができます。
- 降圧コンバータの正の出力をシステム・グラウンドに変換する
- 降圧コンバータのシステム・グラウンドを負の出力ノードに変換する
- 入力電圧を降圧コンバータの VIN と正の出力の間に印加する
図4は、降圧コンバータを反転昇降圧の構成に変換する方法を示した概念図です。
反転降圧ICの動作
続いて、反転降圧ICの動作について詳しく説明します。
電流のソース
まずは図5をご覧ください。これは、反転昇降圧コンバータにおいて電流をソースしている場合の電流の流れと、主要な電流/電圧の波形を示したものです。図5(a)を見ると、制御用のMOSFET(上側)がオンになっている場合、コンバータの電流がどのように流れるのかがわかります。一方、図5(c)は制御用のMOSFETを流れる電流を表しています。その平均が入力電流に相当します。このとき、インダクタはエネルギーを蓄積し始めます。そして、出力コンデンサから負荷に電力を供給している間に電流量が増大します。この期間、インダクタの電圧は入力電圧に等しくなります。
制御用のMOSFETがオフになると、同期動作するMOSFET(下側)がオンになります。すると、図5(b)に示すように同MOSFETに電流が流れます。出力電流は同期動作するMOSFETの平均電流です。出力電圧はインダクタの電圧と等しくなります。インダクタが負荷とコンデンサに電力を供給すると、電流は減少し始めます。このような動作がスイッチングのサイクルごとに繰り返されます。
PWM(パルス幅変調)回路は、コンバータの帰還経路によって制御されます。それにより、出力電圧が目標とするレベルにレギュレートされます。そのレベルは、分圧抵抗を使って設定します。出力電圧と入力電圧の関係は、以下の式で表されます。
ここで、各変数の意味は以下のとおりです。
- VOUT:出力電圧
- VIN:入力電圧
- D:デューティ・サイクル
- η:システムの効率
出力電圧は、デューティ・サイクルが50%より高い場合には入力電圧よりも高くなります。逆に、デューティ・サイクルが50%より低ければ、出力電圧は入力電圧より低くなります。
電流のシンク
図6(a)、(b)に示すように、コンバータが電流をシンクし始めると、電流は出力から入力に向かって流れます。図6(c)、(d)は、制御用のMOSFETと同期動作するMOSFETを流れる電流の波形を表しています。コンバータが電流をシンクしているので、各MOSFETには負の電流が流れていることがわかります。シンクが行われている際、インダクタを流れる負の電流については後ほど示すことにします。
評価の結果
図7に示したのは、実際に構築した回路の評価環境です。このような環境によって、本稿で紹介した回路を実装した基板の評価を行いました。具体的には、ソース‐シンク、シンク‐ソースの機能のテストを実施しました。図8は、この測定環境のブロック図です。双方向のDC電源はVPOSの電源として機能し、CVモードで動作します。また、VNEGの出力には別のDC電源を接続しています。このDC電源は、システムにシンクされる電流の量を制御します。同DC電源にはブロッキング・ダイオードが直列に接続されており、コンバータが電流をソースしている際、DC電源に電流が流れ込まないようになっています。システムがソースからシンクへ、あるいはその逆に遷移できることを示すために、電子負荷を使用することにしました。
図9に示したのは、この環境で取得した波形の例です。DC電源をオンにすると、VNEGレールが電流をシンクし始めます。インダクタの電流波形を見ると、正の電流から負の電流へと遷移していることがわかります。VNEGが電流をシンクしている場合、その状態にある間はシステムはオープン・ループで動作します。ソース‐シンク電流は外部のDC電源のCCモードによって制御されます。これについては、図10に示したVPOSでも同様です。出力に接続したDC電源をオンにすると、VPOSのレールが電流をシンクし始めます。
図11に示した波形は、システムがソースからシンクへ遷移する際の挙動を表しています。インダクタの電流を見ればわかるように、負の電流から正の電流へと遷移しています。これは、VNEGにかかるDC電圧が取り除かれると、再び電流をソースする動作に遷移することを示しています。図12を見ると、VPOSのレールについても同様に動作することがわかります。
まとめ
本稿では、電流のソースとシンクに対応すると共に、正負両方の電源電圧を生成可能な電源回路を紹介しました。VPOSとVNEGが双方向に対応していることから、必要な機器を減らすことができます。また、一方の電源レールにシンクされる電流を使って他方のレールに電源を供給すれば、主電源から供給される電流を削減することができます。そのため、高い効率が得られます。更に、この手法を採用すれば、双方向の反転昇降圧コンバータを設計するにあたってICの選択肢が増えるというメリットも得られます。
参考資料
Matthew Kessler、AN-1083 (Rev. A) アプリケーション・ノート「スイッチング・レギュレータADP2300とADP2301を使った反転降圧ブーストのデザイン」Analog Devices、2010年
Ricky Yang、AN-1168 (Rev. 0) アプリケーション・ノート「Designing an Inverting Power Supply Using the ADP2384/ADP2386 Synchronous Step-Down DC-to-DC Regulators(同期方式の降圧DC/DCレギュレータ「ADP2384/ADP2386」を利用した反転電源の設計)」Analog Devices、2012年