10BASE-T1Sに対応するイーサネットで、自動車のゾーン・アーキテクチャを簡素化する

概要

現代の自動車は、自宅にいるときと同じような快適さや娯楽を提供できるようにすることを目指して開発されています。それに伴い、ECU(Electronic Control Unit)に対する需要が以前にも増して急激に高まっています。ただ、旧来のバス技術とE/E(Electrical/Electronic)アーキテクチャによってこの状況に対応するのは容易ではありません。この課題を解決するために自動車業界が選択したのがイーサネット技術です。10BASE-T1Sに対応するイーサネットを活用すれば、完全にネットワーク化されたシステムによってあらゆるキャビン・エクスペリエンスを提供することが可能になります。本稿では、そのために必要な技術について詳しく解説します。

はじめに

ECUは、自動車の動作を司る各種のコンポーネントを制御する役割を担います。1968年にVolkswagenが初めて車両に搭載して以来、ECUは急速に普及しました。ECUが登場したことで、自動車により多くの機能が追加されるようになったと言ってもよいでしょう。その結果、現在では運転者や搭乗者に対し、自宅/職場と同じレベルの快適さや娯楽を提供できるようにすることが目標となっています。そのためには、各種のECUの間で通信を実施し、大量のデータを処理する必要があります。しかし、旧来のバス技術やE/Eアーキテクチャ(なかには数十年前に確立されたものもあります)では、その要件に対応できなくなっています。

より良いネットワーク・アーキテクチャへの移行

現在の車載ECUは、それぞれがほぼ独立した機能ドメインに属しています。つまり、パワートレイン、シャーシ、インフォテインメント、快適さといった対象領域別に分類されているということです(図1)。このアーキテクチャは、ドメイン・アーキテクチャ(Domain Architecture)と呼ばれています。このアーキテクチャでは、ECUと共に使用されるセンサーやアクチュエータが車両全体に分散配備されます。それぞれの機能ドメインに属するECU、センサー、アクチュエータを接続するためには、車両全体に配線を張り巡らす必要があります。その結果、車両の複雑さ、コスト、重量の増大を招くことになります。配線用のケーブル類は車両の中で3番目に重い要素です。そのため、自動車の航続距離に大きな影響を及ぼします。

従来の自動車では、CAN(Controller Area Network)、FlexRay、LIN(Local Interconnect Network)といった旧式のバス技術が使われてきました。それらを使用する目的は、様々なECUとシンプルなセンサー/アクチュエータの間の通信を容易化することでした。しかし、いずれの技術も数十年前に導入されたものです。一方で、異なるドメインの間の通信には高速イーサネットが使用されています。異なるバス技術を採用したユニットやコンポーネントの間でデータを円滑にやり取りするために、ECUの内部には高価な専用ゲートウェイが実装されています。

656658 fig 01 図1. ドメイン・アーキテクチャの例
図1. ドメイン・アーキテクチャの例

追加される機能の数が増えるにつれて、アーキテクチャはより複雑なものになります。既存の機能を拡張したり新規の機能を追加したりするためには、かなりの工数を費やして開発/実装/テストを実施しなければなりません。ただ、自動車メーカーの目標は、コストを削減しつつイノベーションを加速することだけではありません。数多くの車両を販売し、利益が得られるようにすることも重要です。スマートフォンのような民生向けの製品と比べると、車両のアーキテクチャの開発サイクルは格段に長くなります。現在、多くの自動車メーカーは、ハードウェアとソフトウェアの間のリンクを断ち切り、ソフトウェア・デファインド・ビークル(Software-Defined Vehicles)を実現することを目指しています。しかし、このビジョンを具現化するためにはいくつもの課題を解消しなければなりません。

特に、以下の2つが大きな障壁になっています。

  1. スタティックな機能ドメインのアーキテクチャ
  2. 配線の複雑さ

ここで図2をご覧ください。これは、理想的なアーキテクチャとして現在想定されているものです。このアーキテクチャは、機能ドメインではなく、車両の位置/領域に基づくいくつかのゾーンに分割されています。これをゾーン・アーキテクチャ(Zonal Architecture)と呼びます。このアーキテクチャでは、ローカルのECUがドメインに関係なくすべての機能を提供します。そして、各ECUはゾーン・コントローラに接続されます。それにより、車両内の少数のユニットに処理能力が集約されることになります。その場合、ゾーンのECUと高性能の演算ユニットの間で通信を実現する必要があります。その通信は、高速なポイントtoポイントのリンクを介して実行されます。CARIAD(Volkswagen Groupの子会社)は、そのような構成を採用することで、24台以上のECUと1km以上の配線用ハーネスを削減できるとしています1

最先端の技術により、自動車の設計と性能には変革がもたらされています。その一方で、自動車業界は車載ネットワークのアーキテクチャの面で大きな転換期を迎えています。現在の車両には、車車間(V2V:Vehicle to Vehicle)通信、AR(拡張現実)を活用したダッシュボード、自動運転の機能といった新たな技術が続々と導入されています。それらを実装するためには、より多くの電子システムが必要になります。その結果、複雑さとコストが増大します。実際、車載向けの電子システムのコストが全コストに占める割合は、2030年までに最大45%に達すると予想されています2

ゾーン・アーキテクチャを導入すれば、数多くの電子部品と制御システムが統合されます。そして、それらは車両内の所定のゾーンに集中的に配備されます。各ノードは、各機能に対応するECUではなく、その位置に依存することになります。それにより、ネットワークが簡素化されます。結果として、車体の軽量化が実現されて燃費が向上します。また、このアーキテクチャでは、大がかりな変更を加えることなく新たな機能やシステムを追加できます。つまり、スケーリングが容易です。ソフトウェアのOTA(Over The Air)のアップグレードについても、車両の中央のコンピュータ・ユニットを介して必要なコードを分配することで、より効率的に実施できるようになる可能性があります3。自動車メーカーとしては、リモートにおける機能拡張により、顧客に対してカスタマイズ性を提供したり、販売後の戦略を導入したりすることが可能になります。機能拡張の対象としては、ADAS(Advanced Driver-Assistance System)、自動運転システム、快適さを提供するためのシステム、インフォテインメント・システムなどが挙げられます。

課題を解決するための技術

ゾーン・アーキテクチャへ移行するためには、いくつかの課題を解消しなければなりません。例えば、旧来のバス技術には性能の面で問題があります。新たなゾーン・アーキテクチャで求められるスループットやサービス品質などを提供できるだけの性能を備えていないということです。そのため、自動車業界でも、既に確立された別の技術が利用されるようになりました。それがイーサネットです。

数十年にもわたり、イーサネット技術は新たな物理層(PHY)を開発することによって、求められるデータ・レートに対応しながら進化してきました。つまり、プロトコルの上位層には変更がないか、少なくとも互換性が維持される形で発展を続けてきました。速度のグレードが異なっていても、同じケーブルを使用できるケースもあります。イーサネットのネットワーク機能は、プロトコルの上位の層で主にソフトウェアによって処理されます。

イーサネットは、もともと車載環境を意識して設計されたわけではありません。そのため、旧世代のイーサネットは、車載向けのものという観点から見ると、電磁環境適合性(EMC)や電力効率などの面で機能が不足していました。また、2対または4対のワイヤを撚り合わせたシールド・ケーブルを使用するのでは、軽量化という目標を達成できません。そこで自動車業界は、シングル・ツイスト・ペア・ケーブルを使用するソリューションを標準化しました。それに対応する形で、車載通信リンクのすべての要件を満たす新たなPHY技術が開発されることになりました。

そのような経緯で策定されたのが、車載イーサネットのPHY規格「xBASE-T1」です。ここで「T1」はシングル・ツイスト・ペア・ケーブルのことを意味します。また「x」には10、100、1000のうちいずれかの数字が入ります。それぞれ、10Mbps、100Mbps、1000Mbps(1Gbps)という意味です。つまり、ECUの相互接続に向けて様々なデータ・レートをサポートしていることがわかります。更に、速度のグレードが異なる場合には、非常にシンプルなデバイスであるスイッチによって切り替えの処理を実施します。そのため、高価なゲートウェイの数を減らすことができます。

ゾーン・アーキテクチャは、あらゆるネットワーク技術に対応できる汎用的なプラットフォームです。但し、いくつかの問題もあります。例えば、ホモジニアス・ネットワークのアーキテクチャへの適応、起動時間、レイテンシ、スループットなどの面で解決すべき課題が残っています。現在では、ネットワーク・ノードの約90%が最大10Mbpsの速度で動作しています。そのため、かつては十分な性能を備えているとされていた多くの車載ネットワーク技術では、求められるスループットを達成できなくなりました4。このような制約が存在すると、車両に先進的な車載システムをスムーズに統合できなくなります。そのため、応答時間の短縮と全体的な性能の向上が保証されたソリューションが強く求められるようになりました。

10BASE-T1Sの効果的な実装方法

イーサネットをエッジのノードまで拡張すると何が変わるのでしょうか。その場合、システムのネットワークの堅牢性が高まり、パケットの伝送方法が簡素化されます。10BASE-T1Sは、イーサネットの標準規格群であるIEEE 802.3-2022に統合されています。自動車メーカーは、このPHY技術の実装を開始しており、2025年までに実用化される予定です。標準化団体のOPEN(One-Pair Ether-Net)アライアンスは、IEEEの規格を補完する仕様を策定し、自動車業界でイーサネットの広範な普及を促進することを目指しています。他の車載通信技術と同様に、10BASE-T1Sはマルチドロップ・モードの構成で使用できます。また、10BASE-T1Sではバスの競合を回避するための技術としてCSMA/CD(Carrier Sense Multiple Access/Collision Detection)を採用しています。それだけでなく、PLCA(Physical-Layer Collision Avoidance)という新たなバス・アクセス技術にも対応しています。PLCAでは、レイテンシが予測可能な範囲内に確実に維持され、最大限のスループットとネットワーク効率が得られます。

656658 fig 02 図2. ゾーン・アーキテクチャの例
図2. ゾーン・アーキテクチャの例

車載システムには、一般的かつ非常に重要なアプリケーションがいくつか存在します。それらのアプリケーションで10BASE-T1Sを使用すれば、システムの複雑さが軽減され、車両内でより高速かつ効率的なデータ転送を実行できるようになります。また、そのシステムでは、コストの削減、セキュリティの強化、複雑なゲートウェイを必要としない統一された通信メカニズム、データ・ラインを使用した電力供給も実現されることになります。更に、具現化が間近に迫るソフトウェア・デファインド・ビークルにそのシステムをスムーズに統合できることが保証されます。

アナログ・デバイセズは、10BASE-T1Sに対応するトランシーバー製品「AD330x」を提供しています。それらはIEEE 802.3-2022に準拠する製品であり、Ethernet to the Edge Bus(E2B)技術を採用している点を特徴とします。AD330xはRCP(Remote Control Protocol)デバイスであり、ローカルのマイクロコントローラを必要とすることなくリモート・ノード・モードで動作するように設計されています。また、完全なハードウェア・ソリューションであり、ソフトウェアが不要なエッジのノードとして機能します。イーサネットをベースとするE2BのプロトコルとLCE(Low Complexity Ethernet)向けの集積型ハードウェア・アクセラレータを組み合わせることにより、中央のECUとセンサー/アクチュエータの間で効率的な通信が行えます。この先進的なソリューションにより、ゾーン・コントローラまたは中央の制御ユニットでソフトウェアを集中管理することで、自動車メーカーは完全なソフトウェア制御を実現することができます。その結果、テストと開発にかかる時間の短縮が可能になり、最終的にはシステム・コストを削減できます。E2Bに対応するトランシーバーは、IEEE 802.1ASで策定された機能をサポートします。また、OPENアライアンスのTC10/TC14と10BASE-T1Sで規定されたスリープ/ウェイクアップ機能にも対応します。更に、トポロジの検出機能などもサポートしています。そのため、車両全体での時間同期、省電力モードへの移行、診断プロセスの簡素化などに対応できるインテリジェントなソリューションを実現可能です。

まとめ

従来のドメイン・アーキテクチャからゾーン・アーキテクチャへの移行に成功すれば、自動車業界は大きな進化を遂げることになります。ゾーン・アーキテクチャを採用すれば、柔軟性と拡張性を高められます。また、ソフトウェアの集中化、配線の削減、車体の軽量化による燃費の向上、費用対効果の維持が実現されます。車両全体で一貫してイーサネットを使用するようにすれば、複数の技術を組み合わせて使用する場合と比べてネットワークの複雑さが軽減されます。特に、10BASE-T1Sを採用すれば、車載イーサネットが車両のエッジまで拡張されることになります。しかも、高価なゲートウェイを使用する必要性が低減されます。

アナログ・デバイセズの10BASE-T1S対応製品は、エッジ・ノードに接続できるように設計されています。それらの製品が採用しているE2B技術は、ハードウェアだけでノードを構成できるようにするだけでなく、BOM(Bill of Material)コストを更に低減することを可能にします。更に、テストと開発に必要な時間が大幅に短縮されます。この分野の意思決定者は、そうしたメリットだけでなく、コスト削減の可能性や製造環境のサステナビリティへの貢献についても認識する必要があるでしょう。本稿では、ゾーンに10BASE-T1Sを実装したE/Eアーキテクチャについて解説しました。このアーキテクチャは、将来の車載ネットワークを更に進化させるスケーラブルなソフトウェア・プラットフォームのアプローチを提供します。

参考資料

1CARIAD LinkedIn post(CARIADによるLinkedInへの投稿)、2021年

2Rob Margeit「Opinion: There's Too Much Technology in Today's New Cars(オピニオン:今日の新車に適用される技術は多すぎる)」Drive、2023年11月

3Automotive Ethernet: An Overview(車載イーサネット -概要)」Ixia、2014年5月

4Eunmin Choi、Hoseung Song、Suwon Kanh、Ji-Woong Choi「High-Speed, Low-Latency In-Vehicle Network Based on the Bus Topology for Autonomous Vehicles:Automotive Networking and Applications(自動運転車向けのバス・トポロジをベースとする高速でレイテンシの小さい車載ネットワーク:車載ネットワークとアプリケーション)」IEEE Vehicular Technology Magazine、Vol. 17、No. 1、2022年3月

※初出典 2025年 TECH+(マイナビニュース)

著者

Andreas Pellkofer

Andreas Pellkofer

Andreas Pellkoferは、アナログ・デバイセズのシステム・アプリケーション・エンジニアです。2020年からオートモーティブ・キャビン・エクスペリエンス事業グループで10BASE-T1S製品を担当しています。2006年に入社した当初は、アプリケーション・エンジニアとしてBlackfin®プロセッサ・ファミリを担当。その後、主に車載分野でDSPを利用する顧客をサポートしていました。2013年にはデジタル・ビデオ製品グループに異動し、システム・エンジニアとして車載用のビデオ伝送システムとカメラ・システムに関する業務に注力。2018年からは新システム/新技術グループで、車載バイタル・サイン監視システムやハンズオン検出ソリューションの開発に従事していました。ミュンヘン工科大学で電子工学/情報技術を専攻しました。

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Madhura Deyanda Poonacha

Madhura Deyanda Poonachaは、アナログ・デバイセズのプロダクト・マーケティング・スペシャリストです。2023年1月に入社しました。オートモーティブ・キャビン・エクスペリエンス事業グループで、10BASE-T1S Ethernet to Edge Bus(E2B)製品を担当。2022年にアイルランドのゴールウェイ大学でマーケティング・マネージメントに関する準修士号を取得しています。