ESDダイオードによる電圧クランプ

概要

オペアンプをはじめとするICは、外部からの過電圧にさらされる可能性があります。そうした電気的な過負荷に対する最後の砦となるのが、ICの内部 に集積されているESD保護用のダイオード(以下、ESDダイオード)です。ESDセルがIC内でどのように実装されているのかを正しく理解して適切な回 路設計を行えば、オペアンプが耐えられる電圧範囲を大幅に拡大することができます。本稿では、まずESDダイオードのさまざまな構造を示し、それぞれの特 徴を説明します。そのうえで、各ダイオードを活用して回路の堅牢性を高めるためのガイドラインを示します。

はじめに

計測器やテスト装置、あるいは何らかのセンサー機器などを使用するアプリケーションでは、入力がシステムの制御下にはなく、外部環境に接続されていることがあります。その場合、入力電圧がシステムのフロント・エンド部で使われているオペアンプの最大定格電圧を超えてしまうことがあります。そうしたアプリケーションでは、過電圧から内部回路を保護するための仕組みを設け、耐電圧範囲を拡張して、堅牢性を維持できるようにしなければなりません。フロント・エンド部のオペアンプは内部にESDダイオードを備えており、それらが過電圧をクランプするために使われることもあります。しかし、それによって十分かつ確実な保護を実現するには、多くの要因について考慮する必要があります。例えば、ESDダイオードの構造(構成方法)にはいくつかの種類があるので、それらの構造について理解しなければなりません。また、熱やエレクトロマイグレーションが保護用の回路に与える影響についても理解する必要があります。それにより、保護回路に関する問題を回避し、そのアプリケーションを長く現場で使用できるようになります。

ESDダイオードの構造

ESDダイオードの構造は、必ずしもシンプルに電源とグラウンドに接続されているだけだとは限りません。この点を理解しておくことが重要です。複数のダイオードを直列に接続したり、ダイオードと抵抗を併用したり、さらにはバックtoバック型にダイオードを接続したりするなど、その実装方法は何種類もあります。以下では、その中でもよく用いられる方法を取り上げて詳しく説明します。

ダイオードを電源に接続する

図1にアナログ・デバイセズ(ADI)が提供するオペアンプIC「AD8221」の内部構造を示しました。同ICでは、入力端子と電源の間にダイオードが接続されています。この場合、通常動作時にはダイオードは逆方向にバイアスされます。もし、入力電圧が正の電源電圧を上回ると(あるいは負の電源電圧を下回ると)順方向にバイアスがかかります。この状態になると、オペアンプの入力から正の電源に向かって(あるいは負の電源からオペアンプの入力に向かって)電流が流れます。

図1の回路の場合、過電圧が+VSを上回ると、入力電流はアンプそのものだけでは制限されません。そのため、直列抵抗を追加した外部構造によって電流を制限する必要があります。電圧が-VSを下回った場合には、400Ωの抵抗によっていくらか電流が制限されるので、設計時にはその分を考慮に入れます。

Figure 1
図1. AD8221のESDダイオード

図2に示したオペアンプIC「AD8250」は、AD8221と似たような構造のESDダイオードを備えています。ただし、同ICでは内部の2.2kΩの直列抵抗によって、電流が制限されます。この点が図1の回路との違いです。ただ、単に電流を制限する抵抗の値が異なるというだけではなく、2.2kΩの抵抗には+VSを上回る電圧からアンプを保護する働きもあります。これは、ESDダイオードを使用した保護を最適化するうえで十分に理解しておかなければならない複雑な例だと言えます。

Figure 2
図2. AD8250のESDダイオード

JFETによる電流の制限

図1、図2のようにダイオードを使用するのではなく、図3のようにJFETによって電流を制限することもできます。このオペアンプIC「AD8226」では、入力電圧が規定の動作範囲を超えた場合、JFETが保護用の素子として働きます。それにより、反対側の電源レールから最大40Vまでの電圧に対応することができます。なお、JFETは入力端子への電流を制限するので、それをさらなる過電圧保護に使用することはできません。

このようにJFETを用いた方法であれば、最大40Vの電圧に対する保護が必要な場合でも、高い信頼性で適切に機能します。加えて、その能力について明確に規定することが可能です。この点はESDダイオードよりも優れていると言えます。ESDダイオードの場合、電流制限についての情報はまったく規定されていないか、標準値のみが示されている場合が多いからです。

Figure 3
図3. AD8226の入力保護回路

ダイオード・スタック

アプリケーションによっては、電源電圧/グラウンド・レベルを超える入力電圧が許容されることがあります。そうしたケースでは、ダイオード・スタック(複数を積層したかたちで接続したダイオード列)を使用することにより、ESDから入力を保護することができます。図4の「AD8417」は、ダイオード・スタックを使用して保護用の構造を実現しています。この場合、ダイオード列は負の過渡的電圧から保護するために使用されます。ダイオード列は、入力が有効な範囲内にある場合にはリーク電流を制限する働きをしますが、入力が負のコモンモード範囲を超えた場合には、その電圧からアンプを保護する役割も果たします。なお、電流の制限については、ダイオード列の等価直列抵抗による効果しか得られないことに注意してください。外部に直列抵抗を加えることで、印加された電圧レベルに対する入力電流を低下させることができます。

Figure 4
図4. AD8417のローサイドの入力保護回路

バックtoバック型のダイオード列

電源電圧を超える入力電圧範囲が許容される場合には、バックtoバック型のダイオード列も使用されます。図5に示した「AD8418」がその例です。電源電圧が3.3Vの場合に最大70Vまでの電圧を印加可能な同ICのESD保護のために、バックtoバック型のダイオードを使用しています。図中のD4とD5は高電圧ダイオードであり、入力端子に高電圧が印加された場合にそれをスタンドオフします。ダイオードD1、D2は、入力電圧が通常の動作範囲内にある場合にリーク電流を防ぐ役割を果たします。この構成では、過電圧保護のためにバックtoバック型のダイオードを使用することは推奨されません。高電圧ダイオードの最大逆方向バイアスを超えると、簡単に永久的な破壊を起こしてしまう恐れがあるためです。

Figure 5
図5. AD8418のハイサイドの入力保護回路

ESDクランプを使用しない

入力部にESD保護用の素子を備えていないICも存在します。当然のことながら、ESDダイオードが存在しなければ、それをクランプに使用することはできません。この話題は、過電圧保護(OVP)のための選択肢について検討する際、このようなケースに対する注意を喚起する意味で取り上げました。図6の「AD8479」は、値の大きい抵抗だけでアンプを保護するタイプの製品です。

Figure 6
図6. AD8479の入力保護回路

ESDダイオードによるクランプ

重要なのは、ESDダイオードの実装方法に加えて、その構造をどのようにして保護に活用するのかを理解することです。一般的なアプリケーションでは、直列抵抗を使用することにより、規定された入力電圧範囲における電流を制限します。

図7に示すように、AD8221では、電源との間にダイオードを挿入することによって入力を保護します。この場合、入力電流は次の式のように制限されます。

Equation 1
Figure 7
図7. ESDダイオードをクランプに使用

この式では、VSTRESS > VSUPPLYであると仮定しています。そうでない場合には、0.7Vという概数ではなく、ダイオードの順方向降下電圧をより正確に測定して計算に使用する必要があります。

例として、±15Vの電源を使用し、入力電流を1mAまでに制限しつつ、最大±120Vまでの入力電圧からアンプを保護する場合の計算方法を次のページに示します。

Equation 1
Equation 2
Equation 3

以上の計算結果から、RPROTECTION>105kΩとすれば、ダイオードに流れる電流を1mA未満に抑えられることになります。

電流の制限値

IDIODEの最大値はデバイスによって異なります。また、その値は、個々のアプリケーションにおいて過電圧が印加される状況にも依存します。電流の最大値は、数msの間に流れる一過性の電流であるか、そのアプリケーションの20年以上にわたる稼働期間を通して絶えず印加される電流であるのかによって異なります。具体的な値については、オペアンプのデータシートにおける絶対最大定格のセクションやアプリケーション・ノートに記載されている場合があります。一般的な目安としては1mA~10mAとなります。

故障モード

ESD保護のための各構造において、最大定格電流の値は、最終的には次の2つの項目からの制約を受けます。ダイオードにおける電力の消費によって生じる熱の影響と、電流パスの最大定格電流の値です。消費電力については、動作温度を有効な範囲内に維持するための閾値以下に抑える必要があります。一方、電流値については、エレクトロマイグレーションに起因する信頼性の問題が生じるのを避けるために、規定された最大値を超えることがないよう設定する必要があります。

熱の影響

ESDダイオードに電流が流れると、電力が消費されて温度が上昇します。ほとんどのオペアンプICのデータシートには、(一般的にはӨJAとして)熱抵抗値が規定されています。それにより、消費電力の関数としてジャンクション温度がどのように上昇するのかがわかります。アプリケーションにおけるワーストケースの温度と、消費電力によるワーストケースの温度上昇を考慮することにより、保護回路の現実的な能力を把握することができます。

エレクトロマイグレーション

電流によって熱が発生したとしても、即座に問題が生じるとは限りません。ただ、ダイオードを流れる電流によって信頼性の問題が生じる可能性もあるので注意が必要です。任意の電気信号パスには、稼働期間を通した最大定格電流値が存在します。これはエレクトロマイグレーションに起因するものです。ダイオードの電流パスについても、同じ理由から電流値に制約があります。一般に、この制約はダイオードと直列の内部配線の太さに左右されます。この情報は、必ずしもオペアンプ製品ごとに公開されているわけではありません。ただ、ダイオードがアクティブになる時間が過渡的に生じるのではなく、稼働期間に対して大きな割合を占める場合には注意が必要です。

エレクトロマイグレーションが問題となり得る例として、アンプが監視に使用されているケースが挙げられます。つまり、アンプ自身の電源レールとは異なる電圧レールに接続されている場合です。複数の電源ドメインが存在する場合、電源投入シーケンスによって電圧が一時的に絶対最大条件を超える可能性があります。電流パスのワーストケースと、電流が流れ続ける可能性がある時間について検討し、エレクトロマイグレーションに対する最大許容電流を理解することで、それに起因する信頼性の問題を回避することが可能になります。

まとめ

オペアンプが内蔵するESDダイオードが、電気的に過負荷な状態においてどのように機能するのかを理解すれば、簡単な改良によって回路の堅牢性を高めることができます。保護回路に対する熱とエレクトロマイグレーションの影響を検討すれば、潜在的な問題が浮き彫りになります。その結果、保護用の回路を追加する必要があるか否かを判断することが可能になります。本稿で説明した条件を考慮し、設計時に賢明な選択を行うことで、フィールドにおける堅牢性に関する潜在的な問題を回避することができます。

著者

Paul Blanchard

Paul Blanchard

Paul Blanchardは、マサチューセッツ州ウィルミントンにあるADIの計装/航空宇宙/防衛事業部門に所属するアプリケーション・エンジニアです。2002年に、計装アンプや可変ゲイン・アンプを担当するAdvanced Linear Products(ALP)グループに配属になりました。2009年には、Linear Productsグループ(LPG)のメンバーとして、主に車載レーダー、電流検知、AMRなどに関連するアプリケーションを担当しました。現在は、Linear and Precision Technology(LPT)グループに所属し、入力信号に対する高精度のコンディショニングに使用するシグナル・チェーン技術に取り組んでいます。ウースター工科大学で電気工学の学士号と修士号を取得しています。

Brian Pelletier

Brian Pelletier

Brian Pelletierは、ADIのLinear and Precision Technology部門に所属する製品開発エンジニアです。マサチューセッツ大学で電気工学の学士号を取得した後、2003年にADIに入社しました。計装アンプや電流検出アンプを含む高精度のオペアンプを専門としています。