スイッチング電源のインダクタを接続する「向き」は、EMIに影響を及ぼすのか?

スイッチング方式の電源を使用する場合には、EMI(電磁干渉)に配慮しなければなりません。エミッション(電磁ノイズ)のスペクトルは、多くのパラメータからの影響を受けます。例えば、ホット・ループの大きさ、スイッチング周波数、スイッチング速度(スルー・レート)、入出力部のフィルタ、シールド、プリント基板のレイアウト、グラウンドの取り方などです。なかでも、エミッションの発生原因になることが多いのはスイッチング・ノード(多くの回路図ではSWと表記されます)です。SWノードの銅パターンはアンテナとして機能します。つまり、高速かつ大電力を伴うスイッチングによって発生するノイズが周囲に放散される可能性があるということです。実際、大半のスイッチング・レギュレータでは、このことがエミッションの主原因となります。

SWノードの最上層の銅パターンについては、必ずその面積を最小限に抑えなければなりません。つまり、アンテナの大きさを制限するということです。モノリシック型のスイッチング・レギュレータIC(パワー・スイッチを内蔵)を使う場合、SWノードについては、ICからインダクタまでを最上層の短いパターンによって接続するようにします。コントローラIC(パワー・スイッチは外付け)を使用する場合には、SWノードをICから分離し、スイッチ側に含めることができます。降圧/昇圧型のスイッチング・トポロジでは、インダクタの一端にSWノードの銅パターンを接続します。SWノードの接続は、プリント基板のレイヤ1(XY平面)や内部のレイヤによって実現されます。多くの性能パラメータが関わってくることから、そのレイアウトは少し変わった形状で行われます。具体的な例として、EMI性能の高いLEDドライバ「LT8386」を取り上げることにしましょう。その評価用ボード「DC3008A」において、SWノードは図1のように実装されています。

図1. レイヤ1によるSWノードの実装(XY平面)
図1. レイヤ1によるSWノードの実装(XY平面)
図2. Coilcraft製のインダクタ「XALシリーズ」。コイルのリード線は外から見えないので、パッケージ上部の白い線によってコイルの短い方のリード線と端子の向きを示しています。エミッションを最小限に抑えるためには、dv/dtの高いノードに白い線のある側を接続します。
図2. Coilcraft製のインダクタ「XALシリーズ」。コイルのリード線は外から見えないので、パッケージ上部の白い線によってコイルの短い方のリード線と端子の向きを示しています。エミッションを最小限に抑えるためには、dv/dtの高いノードに白い線のある側を接続します。

インダクタの形状

インダクタの端子を考慮すると、SWノードは垂直方向(Z平面)にも延びていることがわかります。垂直方向に延びるインダクタの端子によって、SWノードのアンテナとしての効果が高まり、エミッションが増加する可能性があります。また、インダクタ内部の巻線は対称形であるとは限りません。インダクタの2つの端子が対称性を持っていれば、パッケージ内の構造も対称であると想定できるでしょう。ただ、インダクタ製品によっては上面に極性の表示があります。それは別のことを物語っています。図2は、Coilcraft製のインダクタ「XALシリーズ」の外観と内部の巻線構造を示したものです。同製品の内部では、平角線の巻き始めが底部に存在し、上部で巻き終わっています。したがって、Z平面で見ると、一方の端子が他方の端子よりもはるかに短くなっています。

図3にもう1つの例を示しました。このインダクタの場合、SWノードに接続される部分が側面に露出していることになります。したがって、垂直方向の金属がシールドされているインダクタ製品を使用する場合と比べると、電源のEMI性能が劣る可能性があります。電源の設計においては、垂直方向の端子と露出した端子の面積が最小のインダクタを選択することでEMI性能を高められます。ここで1つの疑問が生じます。SWノードには、インダクタのどちらの端子を接続すればよいのでしょうか。言い換えると、インダクタを実装する向きは、エミッションに対してどのような影響を及ぼすのでしょう。

エミッションは物語る

電源のEMI性能は、ICのEMI性能と基板レイアウトの良し悪しによって左右されます。EMI性能の高いモノリシックICを使用する場合でも、レイアウトには最大限の注意を払う必要があります。また、エミッションに大きな影響を及ぼすコンポーネントの実装についても、十分に配慮しなければなりません。本稿では、LT8386のデモ用ボードであるDC3008Aを使用し、インダクタの向きがEMI性能に及ぼす影響について評価しました。図4に示したのがDC3008Aの回路図です。インダクタL1としては、Coilcraftの「XAL6060-223MEB」を使用することにしました。この製品の場合、図2に示したように、短い端子はパッケージ上面に白い線が描かれた方にあります。この短い方の端子を図4の「1.」(SWノード)につないだ場合と「2.」につないだ場合のEMI性能を比較するということです。以下、インダクタの短い方の端子をSWノードに接続した状態を「向き1」と呼ぶことにします。逆に、長い方の端子をSWノードに接続した状態を「向き2」と呼びます(図5)。なお、L1の向きを変えるだけで、それ以外の面では2つの状態に違いはありません。上記の評価用ボードをEMIチャンバ内に配置し、CISPR 25で定められた伝導性エミッション(CE:Conducted Emissions)と放射性エミッション(RE:Radiated Emissions)のテストを実施しました。その結果、L1を接続する向きがEMI性能に重大な影響を及ぼすことがわかりました。

図3. インダクタのパッケージの影響。EMI性能が重要な設計では、インダクタの向きだけでなく、端子の位置にも注意を払う必要があります。
図3. インダクタのパッケージの影響。EMI性能が重要な設計では、インダクタの向きだけでなく、端子の位置にも注意を払う必要があります。
図4. DC3008Aの回路図。水色の網掛けによってSWノードを強調表示しています。
図4. DC3008Aの回路図。水色の網掛けによってSWノードを強調表示しています。
図5. インダクタの向き。(左)は、短い端子をSWノードに接続した状態です(向き1)。(右)は、長い端子をSWノードに接続した状態です(向き2)。
図5. インダクタの向き。(左)は、短い端子をSWノードに接続した状態です(向き1)。(右)は、長い端子をSWノードに接続した状態です(向き2)。

図6~図8に示したのが、エミッションの測定結果です。ご覧のように、DC3008AのエミッションはL1の向きによって大きな影響を受けることがわかります。特に、AM帯域(150kHz~1.5MHz)のREとFM帯域(70MHz~108MHz)のCEは、短い方の端子をSWノードに接続した場合(向き1)に小さく抑えられています。AM帯域(低い周波数領域)における17dBµV/m~20dBµV/mの差は、無視できるものではありません。

インダクタ製品は、すべて同じように作られているというわけではありません。巻線の向き、端子の形状、端子の接続の形状に加え、コアの材料までもが異なっていることがあります。コアの材料や構造の違いによって磁界/電界の強度に差が生じ、エミッションにも影響が及ぶということが起こり得ます。本稿の例では、インダクタの向きに注目して問題を明らかにしているということです。

図6. REの評価結果。インダクタの向きが大きな影響を与えることがわかります。インダクタを向き1で接続すると、SWノードのアンテナとしての効果は小さくなります(赤)。そのため、REが大幅に低減されます。
図6. REの評価結果。インダクタの向きが大きな影響を与えることがわかります。インダクタを向き1で接続すると、SWノードのアンテナとしての効果は小さくなります(赤)。そのため、REが大幅に低減されます。
図7. 電流プローブ法によるCEの評価結果。インダクタを向き1で接続した場合、向き2で接続した場合と比べて、3MHzより上の領域のCEを低減できることがわかります。
図7. 電流プローブ法によるCEの評価結果。インダクタを向き1で接続した場合、向き2で接続した場合と比べて、3MHzより上の領域のCEを低減できることがわかります。
図8. 電圧法によるCEの評価結果。インダクタを向き1で接続した場合、向き2で接続した場合と比べて、3MHzより上の領域のCEを低減できることがわかります。
図8. 電圧法によるCEの評価結果。インダクタを向き1で接続した場合、向き2で接続した場合と比べて、3MHzより上の領域のCEを低減できることがわかります。

極性表示のないインダクタ

上に示した例では、インダクタの向きは明らかでした。パッケージの上面に、白い線(製品によってはマークやドット)によって内部端子の寸法の違いが明示されているからです。このようなインダクタを選択した場合、プリント基板のシルクスクリーンや組立図、回路図などにもマークについて記しておくべきです。残念ながら、インダクタ製品の中には、極性や短い方の端子に関する表示が行われていないものがあります。内部の巻線構造が対称に近いものもあれば、構造に既知の違いがあるものも存在します。インダクタのメーカーとしては、特に悪意があるわけではないのかもしれません。実装の向きによって、電源回路の性能に大きな違いが出るという事実を認識していない可能性もあります。いずれにせよ、再現性のある性能評価が行えるようにするためには、認証を取得済みのチャンバを使用し、インダクタの向きを変更してエミッションの測定を行ってみることをお勧めします。

インダクタのパッケージにマークがなく、やむを得ず任意の向きで実装が行われてしまうケースもあるでしょう。ただ、各種のパラメータは、開発中のアプリケーションに非常に適しているということもあり得ます。例えば、Würth Elektronikが提供するパワー・インダクタ「WE-MAPI」は、金属合金を使用した小型で高効率の製品です。この製品の端子は、ケースの底部にあります。そして、上部を見ると、WEのロゴの近くにドットが設けられています。但し、データシートを見ても、「そのドットはコイルの巻き始めを表す」といった記載があるわけではありません(図9)。そのため、多少の混乱を招く可能性があります。とはいえ、この製品の内部の巻線構造は比較的対称なので、どちらの向きに実装しても同等の性能が得られることを期待してよいでしょう。したがって、シルクスクリーンなどにドットの情報を記載する必要はありません。それでも、EMI性能を重視する回路で使用する場合には、念のため両方の向きでテストを実施しておく方が賢明だと言えます。

もう1つの例

同じWürthの製品でも、「WE-XHMI」では状況が異なります。同製品のパッケージ上部にはドットが設けられています。そして、データシートには、それが巻き始めの位置を表すということが明記されています(図10)。15μHのインダクタ「74439346150」(WE 150)は、LT8386のフォーム・ファクタと電流に関する要件に非常にマッチしています。そこで、Coilcraft製のインダクタと比較するために、同製品を両方の向きで実装してエミッションのテストを実施しました。図11(左)では、巻き始めの短い方の端子をSWノードに接続しています。以下では、この状態を「向き1」と呼ぶことにします。図11(右)では、長い方の端子をSWノードに接続しています。こちらの状態を「向き2」と呼ぶことにしましょう。

その結果は、Coilcraft製のインダクタを使った場合と同様になりました。図12の結果を見ると、インダクタの向きがエミッションに大きな影響を及ぼすことがわかります。エミッションを最小限に抑えるためには、明らかに向き1が最適です。つまり、巻き始め側をSWノードに接続するべきだということがわかります。AM帯域(低い周波数帯)のREとFM帯域のCEは、向き1の方が明らかに良好です。

図9. WE-MAPIのデータシート。製品の上部には、巻き始めを表すドットが設けられています。しかし、データシートには、ドットは巻き始めを表すという記載はありません。この製品については、向きによってエミッションに差が出ることはないはずですが、念のためテストを実施しておく方がよいでしょう。
図9. WE-MAPIのデータシート。製品の上部には、巻き始めを表すドットが設けられています。しかし、データシートには、ドットは巻き始めを表すという記載はありません。この製品については、向きによってエミッションに差が出ることはないはずですが、念のためテストを実施しておく方がよいでしょう。
図10. WE-XHMIのデータシート。上部のマーキングによって、巻き始めの位置が示されています。
図10. WE-XHMIのデータシート。上部のマーキングによって、巻き始めの位置が示されています。
図11. DC3008Aに実装した74439346150。(左)は向き1、(右)は向き2で接続しています。
図11. DC3008Aに実装した74439346150。(左)は向き1、(右)は向き2で接続しています。

SWノードが2つある昇降圧IC――結果は続編で

ここまでは、SWノードが1つ存在する昇圧型のLEDドライバを例にとって実験結果を示してきました。その場合、インダクタの向きがエミッションに影響を与える可能性があることは明らかです。LEDドライバに限らず、一般的な昇圧レギュレータでも同様の結果になると考えられます。LEDドライバとレギュレータには、電力変換素子やスイッチング素子の面で違いはないからです。

では、降圧レギュレータではどのような対処が必要になるのでしょうか。その場合も、インダクタの端子のアンテナとしての効果を最小限に抑えるべきです。降圧レギュレータを設計する場合にも、SWノードについては高い優先度で取り組むべきでしょう。ただ、降圧レギュレータの場合、SWノードはレギュレータの入力側に近くなります。そのため、インダクタの向きが、昇圧レギュレータの場合と同様のレベルでREとCEに影響を及ぼすとは限りません。これについては調査してみる価値があるでしょう。

それでは、SWノードが2つ存在する昇降圧レギュレータでは、どのようなことが起きるのでしょうか。その場合、状況が少し複雑になります。「LT8390」は、60Vの入力に対応する同期整流方式の昇降圧コントローラです。この製品は4つのスイッチを使用して動作するので、SWノードは2つ存在します。一般に、この種の昇降圧レギュレータ製品には、EMI性能を高めるための工夫が施されています。スペクトラム拡散周波数変調(SSFM:Spread Spectrum Frequency Modulation)機能を搭載したり、ホット・ループの面積を最小限に抑えられるアーキテクチャを採用したりといった具合です。インダクタを1つだけ使用する設計において、その向きがエミッションにどのような影響を及ぼすのかは、それほど明確ではありません。短い方の端子を一方のSWノードに接続したとしても、長い方の端子はもう一方のSWノードに対してアンテナのように機能するはずです。このような設計では、どちらの向きに接続するのが最適なのでしょうか。また、4つのスイッチが4つの動作領域(VINがVOUTに近い)でスイッチングしている場合には何が起きるのでしょうか。

この問題については、今後の記事で検証したいと考えています。2つのSWノードが存在する4スイッチの昇降圧コントローラを例にとり、インダクタの向きによってEMI性能にどのような差が生じるのか評価によって確認する予定です。おそらく、このトポロジでは、逆の性質を持つ複数の選択肢が存在することになるのではないでしょうか。

図12. REとCEの評価結果。74439346150を使用する場合も、実装する向きがエミッションに大きな影響を与えることがわかります。
図12. REとCEの評価結果。74439346150を使用する場合も、実装する向きがエミッションに大きな影響を与えることがわかります。

まとめ

スイッチング・レギュレータでは、インダクタを実装する向きが重要な意味を持ちます。エミッションの評価を行う際には、インダクタの向きと測定の再現性に注意してください。選択したインダクタについて向きによる違いの有無を認識すると共に、両方の向きでテストを実施することが重要です。向きを決められないインダクタ製品を採用する場合には、基板の製造部門に、その潜在的な問題に関する情報を明確に伝えてください。単純にインダクタを180°回転させるだけで、EMI性能が改善する可能性があります。

著者

Keith Szolusha

Keith Szolusha

Keith Szolushaは、アナログ・デバイセズ(カリフォルニア州サンノゼ)のアプリケーション・ディレクタです。2000年からIPSパワー製品グループに所属しています。主に降圧/昇圧/昇降圧コンバータ、LEDやGaNに対応するコントローラ/ドライバなどの製品を担当。また、電源製品向けのEMIチャンバの管理も担っています。マサチューセッツ工科大学で1997年に電気工学の学士号、1998年に同修士号を取得。テクニカル・ライティングの集中コースも修了しています。

Gengyao Li

Gengyao Li

Gengyao Li は、アナログ・デバイセズのアプリケーション・エンジニアです。パワー製品グループ(米カリフォルニア州サンタクララ)で、昇圧型、昇降圧型、LEDドライバを含むDC/DCコンバータの設計と評価を担当しています。2017年にオハイオ州立大学で電気工学の修士号を取得しました。

Frank Wang

Frank Wang

Frank Wangは、アナログ・デバイセズのEMIエンジニアです。EMC/EMIのテスト・エンジニア、プロジェクト・リーダーとして4年間にわたり業務に従事しています。標準試験、スケジュールの調整、技術者とのデバッグ、試験装置の校正、試験室の保守などを担当。第三者認証機関に勤めた経験も持ちます。テキサス大学ダラス校で電気工学の修士号を取得しました。