はじめに
A産業/計測(I&I)や通信、医療の各分野では、データ伝送用のインターフェースの信頼性が高いことが重要な要件となります。そうしたインターフェースの1つに、I2C(Inter-Integrated Circuit)があります。これは2線式双方向バスの規格であり、IC間における低速/短距離の通信に使用されます。I2Cバスは1980年台の初めにPhilips社によって開発されました。当初は単一のボード上に実装されるIC向けのバスとして使用されていましたが、現在もなお活用領域は拡大しています。このI2CをベースとするのがPMBus(Power Management Bus)です。PMBusは低速の2線式通信プロトコルであり、電源のデジタル制御をターゲットとしたものです。PMBusというデジタル電源用のオープンな規格により、パワー・コンバータやそれに関連するデバイスとの通信が簡素化されます。
図1に、I2Cインターフェースとそれに接続されるシステムの間を絶縁バリアでガルバニック絶縁する例を示しました。このようにアイソレータを使うことにより、2点間でデジタル・データを伝送することができます。その際、グラウンドには電流は流れないので、通信バスに結合的に混入するノイズが排除され、信号の歪みやエラーを低減できます。
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通信用途で使用されるプリント回路基板では、デジタル制御方式のパワー・コンバータや回路が異なるグラウンド電位を持つことが珍しくありません。基板を挿抜する際のトラブルをなくし、信頼性の高い動作を実現するためには、各インターフェースが絶縁されていることが不可欠です。しかし、I2Cインターフェースは双方向のバスであることから絶縁の問題が複雑になります。例えば、フォトカプラは単方向にしか対応しないので、この用途には適していません。図2に、典型的なPMBus通信リンクの例を示しました。1次側にあるのは、-48Vに対応し、ホットスワップ・コントローラとデジタル・パワー・モニターの機能を併せ持つアナログ・デバイセズ(ADI)のIC「ADM1075」です。この例では、同ICと、12V/3.3Vの電源電圧で動作する2次側とを絶縁しています。DC/DCコンバータを内蔵するデュアル対応のI2Cアイソレータ「ADM3260」は、SDA(データ)信号とSCL(クロック)信号の絶縁に使用します。その絶縁型電源(3.3V_ISO)によって2チャンネルのデジタル・アイソレータ「ADuM3200」に電源を供給し、SHDNとRESTARTの各信号を絶縁しています。
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絶縁が必要な理由は、1次側が-48Vを基準とし、低電圧領域である2次側がグラウンドを基準としているからです。絶縁を施すことにより、I2Cのポートを誤って-48Vの電源に接続した場合でも破損しないよう保護することができます。また、複数のグラウンド・レベルを持つシステムでは、ライン・サージやグラウンド・ループに起因して高電圧/大電流が発生しやすくなります。絶縁を行えば、それらに対する保護も実現できます。加えて、この構成では、絶縁型電源チャンネル(3.3V_ISO)により、1次側回路の電源を2次側から供給しています。このことから、-48Vの領域での使用が難しく、電力の発生において問題が発生しやすい低電圧電源が不要になります。この構成では、絶縁バリアをまたぐほかのすべてのI/O信号に対しても絶縁が必要になります。そのための電源もADM3260から供給することが可能です。堅牢なデータ通信リンクを実現するには、I2Cバスに接続される各I2C対応デバイスを絶縁することが不可欠です。
絶縁型I2Cのアプリケーションには以下のようなものがあります。
- I2C、SMBus(System Management Bus)、PMBusに対応する絶縁型インターフェース
- 電源におけるレベル変換用I2Cインターフェース
- ネットワーク
- PoE(Power over Ethernet)
- 電話交換局
- 通信装置、データ通信装置
- 絶縁型データ・アクイジション・システム
- -48Vに対応する分散電源システム
- -48Vに対応する電源モジュール
高精度のA/Dコンバータ(ADC)やD/Aコンバータ(DAC)に対して、絶縁バリアを介してI2Cバスでデータを送受信するケースも少なくありません。図3に、絶縁型データ・アクイジション・システムの構成例を示しました。これらのアプリケーションでは、2次側のADC/DACとアンプ回路に電源を供給する絶縁型の電源が必要になります。
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用途によっては、図4に示すように複数のチャンネルを絶縁する必要もあります。
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大規模なシステムでは、電圧レベルの異なる領域間でレベル変換を行う必要が生じます。その一例が通信用ラックに収納されるシステムです。そのライン・カードに搭載するPMBusには絶縁を施す必要があるはずです。図5に、通信アプリケーションにおいてバックプレーンに装着された多数のライン・カードの例を示しました。この例では、アイソレータにより、-48Vに対応するバックプレーンと12Vのシステムを完全に絶縁しています。また、バックプレーンと12Vのシステムの間でやりとりするI2Cのロジック信号のレベル変換を行っています。
I2Cの通信リンクにおいて、絶縁電力は、絶縁型DC/DCコンバータあるいはADIの「isoPower®」ファミリーのDC/DCコンバータを使うことで供給することができます。また、信号の絶縁にはフォトカプラあるいはADIの「iCoupler®」ファミリーの製品を利用することが可能です。
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絶縁型I2Cインターフェースの実装
1次側のインテリジェントなデバイス(ADCやDACなど)と2次側のプロセッサの間では、双方向でデータのやりとりを行わなければなりません。また、1次側から2次側に電力を供給することも必要です。データ・リンクを絶縁するには、すべてのデータ・ラインと電源に絶縁を施す必要があります。図6に示すように、I2Cのリンクでは、接続するすべてのデバイスとI2Cバスとの間に絶縁を適用しなければなりません。
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絶縁型I2Cインターフェースの課題
I2Cインターフェースは双方向性を有します。そのため、絶縁性を確保することに加え、バスにグリッチやロックアップが発生するのを防ぐことも課題になります。図7に示したのは、フォトカプラをベースとするインターフェースです。フォトカプラは本質的に単方向性なので、双方向のI2Cラインでは、それを2系統の単方向ラインに分割する必要があります。そのため、I2Cインターフェースを完全に絶縁するには、4個のフォトカプラと数個の受動デバイスが必要になります。結果として、ボード上の専有面積、コスト、複雑さが増し、簡素で低コストという2線式I2Cインターフェースの価値が損なわれます。また、絶縁型の電源が必要になる点にも注意が必要です。
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絶縁技術:信号と電源
図8は、2種類の絶縁技術を比較したものです。(a)のiCouplerでは、厚膜技術を使ってICチップ上にマイクロスケールのトランスを形成することで、2.5kVの絶縁を実現します。一方、(b)は古くから広く利用されているフォトカプラです。フォトカプラはLEDとフォトダイオードで構成されます。LEDによって電気信号を光に変換し、フォトダイオードによって光を電気信号に戻します。この方式には、電気‐光の変換効率が本質的に低いことから、消費電力が多いという欠点があります。また、フォトダイオードの応答が低速であることから、速度の面でも制約が生じます。さらには、経年劣化によって寿命も制限されます。
iCouplerのオンチップのトランスは、ウェハー・レベルの製造プロセスによって形成されます。そのため、iCouplerでは、トランスと共に、複数のチャンネルやほかの機能を低コストで半導体チップとして集積することができます。ADM3260はその一例です。DC/DCコンバータを内蔵し、ホットスワップに対応するデュアルI2Cアイソレータとして実現されています。絶縁技術であるiCouplerは、フォトカプラが抱えるいくつもの欠点を克服しています。iCoupler製品は使いやすく、システムのサイズやコスト、消費電力を全体的に削減できます。その一方で、性能と信頼性は向上します。加えて、iCouplerでは、標準的なフォトカプラのように電流伝達率(CTR:Current Transfer Ratio)の経年変化に起因する性能劣化が発生することはありません。さらに、基本的に単方向性のフォトカプラとは異なり、iCouplerは双方向性の技術です。
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最近まで、絶縁側に低電圧電源を構成するには、サイズが大きく価格の高いDC/DCコンバータが必要でした。あるいは、図9に示すようなディスクリート構成の専用回路が使用されていました。こうしたアプローチは、ごくわずかな電力を絶縁できればよいI2Cベースのデータ通信アプリケーションなどにおいても利用されていました。
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この問題を解決するために、ADIはマイクロトランスを利用し、信号と電力とを結合して絶縁バリアを通過させるという完全なICソリューションを開発しました。isoPowerは、すでに確立済みのiCouplerを拡張したもので、新たな選択肢としてブレークスルーを果たしました。絶縁型電源を使用することなく、単一のデバイスによって信号と電源に対する5kVの絶縁が可能です。そのため、一般的なI2Cバスにおいて、基板上の占有面積、設計時間、システム全体としてのコストを大幅に削減できます。
DC/DCコンバータを内蔵するデュアルI2Cアイソレータ
図10に、PMBusの絶縁方法を2つ示しました。一方はディスクリート構成で絶縁を実現する方法です。もう一方の方法では、完全なICソリューションを利用しています。ディスクリート構成の場合、4個の絶縁用フォトカプラ、絶縁型電源、ラッチアップとグリッチを防止するための複雑なアナログ回路が必要になります。絶縁型電源には、トランスを駆動するためのドライバIC、シンプルなトランス、絶縁された電源レールをクリーンアップするためのLDO(低ドロップアウト)レギュレータが使用されます。この方法では、8個のICと数個の受動素子が必要になります。そのため、コストが高く、基板上の占有面積が広く、信頼性が低いという問題に悩まされることになります。
一方、ICソリューションでは、1個のICによって、完全な絶縁が可能な双方向のI2Cインターフェースと絶縁型電源が実現されています。ほかに必要なのは、I2Cインターフェース用のデカップリング・コンデンサとプルアップ抵抗だけです。20端子SSOPで提供されるADM3260は、ULの認定を受けた2.5kVrmsの定格絶縁電圧に対応しています。また、グリッチとロックアップは発生しません。これにより、絶縁が施された双方向のデータ/クロック・ラインが実現されます。また、フォトカプラを使用する場合とは異なり、サイズ、コスト、複雑さの問題を生じることのない絶縁型電源を利用できます。
このシングルチップのソリューションにより、絶縁型I2Cインターフェースのコスト、開発期間、基板上の占有面積が大幅に削減されます。同時に信頼性の強化を図ることができます。ディスクリート構成の場合とは異なり、このソリューションは、電源電圧が3.3V~5Vの範囲では、設計に変更を加えることなく使用できます。また、電源電圧が5Vの場合で150mW、3.3Vの場合で65mWの出力が得られるので、絶縁側のADC/DACあるいは小規模なシステムに電源を供給することが可能です。
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過渡的現象に対する保護
iCoupler/isoPowerの絶縁技術では、25kV/μs以上のコモンモード過渡耐性が実現されています。産業用途などの過酷な動作環境においても、絶縁型インターフェースとしての動作を可能にするためです。コモンモード過渡耐性は、1次側と絶縁側に電位差が発生した際、その立上りエッジ/立下がりエッジの最大スルーレートを規定したものです。これにより、バスに対して過渡的な現象による結合が生じても、バスに接続するデバイスに障害が発生したり、伝送するデータが破壊されたりするのを防止することができます。結果としてデータ・リンクの信頼性が高まります。
2.5kVに対する絶縁保護と認証
UL規格では、絶縁型ソリューションについて、1次側と絶縁側の間の絶縁電圧を2.5kVrmsと規定しています。UL規格に適合していれば、この定格絶縁電圧が生じても、1次側からI2Cバスに電流が流れないこと、また電圧や過渡的な現象がバスに結合したとしてもロジック側には到達しないことが保証されます。これは、ロジック側に存在する人や機器が、バス側の高電圧や過渡的な現象から保護されるということを意味します。ADIは、UL(Underwriters Laboratories)、VDE(Verband Deutscher Elektrotech-niker)、CSA(Canadian Standards Association)の各機関に対し、ADM3260が2.5kVの定格絶縁電圧に対応しているという認証を得るために申請を行っています。なお、UL 1577では、絶縁バリアについて、全デバイスに対する100%の製造試験を要求しています。ADM3260は、絶縁について以下のような性能を実現しています。
- UL認証
- UL 1577に対応する2500Vrms(1分間)の絶縁耐圧
- VDEの適合性認証
- IEC 60747-5-2(VDE0884 Part 2
- VIORM=560VPEAK
- CSA Component Acceptance Notice #5A
プリント回路基板のレイアウト
実際の設計で絶縁規格値である2.5kVの耐性を実現するには、プリント回路基板の適切なレイアウトが不可欠です。重要なのは、ロジック側のグラウンドとバス側のグラウンドの沿面距離(絶縁材表面に沿った最短距離)と空間距離(空間を通しての最短距離)について検討することです。ADM3260はロジック・インターフェース用には外付け部品を必要としません。ただ、電力の入力/出力端子にはバイパス処理が必要になります(図11)。プリント回路基板におけるEMI(電磁干渉)対策についてはアプリケーション・ノートが参考になります。AN-0971の「Recommendations for Control of Radiated Emissions with isoPower Devices(isoPowerデバイスでのEMI放射制御についての推奨事項)」をご覧ください。
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ADM3260の用途とメリット
ホットスワップが可能なアイソレータであるADM3260を使えば、データと電源の絶縁を行うことができます。ラッチなし/双方向の通信チャンネルが2系統用意されているので、完全に絶縁されたI2C/PMBusインターフェースを実現できます(図12)。また、内蔵するDC/DCコンバータによって、3.15~5.25Vの電源電圧において150mWの絶縁電力を得ることが可能です。双方向のチャンネルを備えているので、スタンドアローンのフォトカプラと共に使用する場合でも、I2C/PMBus信号を送信信号と受信信号に分解する必要がありません。また、DC/DCコンバータを内蔵しているので、完全絶縁型のI2C/PMBusインターフェースを小型のフォームファクタに組み込むことができます。ADM3260の動作温度は-40~105℃で、沿面距離が5.3mmの20端子SSOPで供給されます。1000個購入時の単価は2.99米ドルです。
ADM3260は、ホットスワップが可能な交換局用ライン・カードにおける絶縁型I2Cバスに適した製品です。また、産業分野の過酷な環境で使用される絶縁型のデータ・アクイジション・システムや、イーサネット経由での電力伝送/レベル変換など、さまざまな用途に使用できます。
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まとめ
産業、計測、通信、医療などの分野では、絶縁型のI2C/PMBusリンクを小型、堅牢、低価格で実現することが重要です。ADM3260は、チップスケールのトランスを集積しています。そのため、絶縁型電源を含む完全絶縁型のI2C/PMBusデータ・リンクを1チップで実装することができます。ADIは、市場の拡大が進む各分野に対し、性能と信頼性が高く、小型で低コストのADM3260というソリューションを提供しています。これを利用することにより、回路の複雑さが軽減され、開発期間も短縮されます。
参考資料
Digital Isolator(デジタル・アイソレータについて)
Digital Isolator Product Selection and Resource Guide(デジタル・アイソレータの製品リストと関連資料)