概要
現在は、通信技術をベースとする市場やアプリケーションが次々に生み出されている状況にあります。そうしたなか、モバイル・データに対する需要が急速に高まっています。このようなニーズに対応するには、セルラ式携帯電話の基地局をより高い密度で配備(増設)する以外に手はありません。このことは、マクロセル、スモール・セル、フェムトセル向けの製品の設計に直接影響を及ぼします。すなわち、無線システムはマルチバンドで実現されるようになり、パワー・アンプ(PA)は従来の限界を超えるより高いレベルの出力が得られるように設計されています。本稿では、システム内で複数のPAを組み合わせることにより、80Wを出力するアンプ・システムに焦点を絞ります。最近では、1400Wの出力に対応するRRU(Remote Radio Unit)のプラットフォームを目にすることも珍しくなくなりました。しかし、ネットワーク事業者はカバレッジ/密度を高めたい一方で、RRUの電力効率や信頼性を向上させつつ、小型化を図ることを望んでいます。RRUに適用するPoL(Point of Load)電源は、広い入力電圧と温度範囲に対応して動作する必要があります。ただ、最も重要なのは費用対効果が高くなければならないということです。従来から使われてきたアクティブ・クランプ方式のフォワード・コンバータについては、2次側の回路における磁気設計と伝導損失の管理が難しくなってきています。500W以上の電力を必要とするアプリケーションでは、アクティブ・クランプとメイン・スイッチのゲート駆動の間で遅延のタイミングを適切に維持するために非常に高度な制御を行わなければならないからです。本稿では、-48VDCに対応するPoL電源のソリューションを紹介します。そのソリューションでは、スケーラブルでスタックが可能なコントローラICを使用します。これを採用することで、トラフィックの驚異的な増加によって高密度化が進む通信ネットワークの電力需要に対処することが可能になります。
はじめに
多くの通信システムやワイヤレス・ネットワーク・システムは、-48VDCの電源を使用して動作します。DC電源はシンプルなものであり、インバータを必要としません。そのため、バッテリをベースとするバックアップ電源システムを容易に構築することが可能でした。DC電力であればバッテリに蓄積することができます。また、商用電源が遮断された状態でも、バッテリを使えば一定の期間給電を継続することが可能です。但し、-48VDCの電源電圧を使用する場合には、まずそれを正の中間バス電圧に効率的に変換しなければなりません。その中間バス電圧は、PAに給電するために昇圧したり、デジタルBBU(Baseband Unit)に給電するために降圧したりする必要があります。従来は、容量が100W~350Wの電源があれば多くのアプリケーションに対応することが可能でした。その場合、フォワード・コンバータは適切な選択肢でした。そのため、その種のコンバータは長年にわたって通信用のBBUやRRUで使用されてきました。しかし、通信技術をベースとする新たな市場やアプリケーションが続々と生み出されていることから、モバイル・データに対する需要は高まり続けています。そうした新たな無線システムを設計する際には、出力電力に関する要件が500Wを超えるケースが少なくありません。そうすると、従来型のフォワード・コンバータの使用を前提とした場合、深刻な課題に直面することになります。本稿で紹介するのは、高電圧に対応可能な反転昇降圧コントローラICです。そのICは、インターリーブを利用した多相動作に対応します。また、スタックが可能であるためスケーラビリティが得られます。これを採用すれば、従来型の技術が抱える課題を解決し、5G対応の通信機器に求められる要件を満たすことが可能になります。
通信用の標準的なDC電源システム
そもそも、通信ネットワークやワイヤレス・ネットワークでは、なぜ-48VDCという電源電圧が使用されるのでしょうか。その種の機器は、プラス接地システムとも呼ばれています。この電圧が採用された理由は、通信信号を扱うための十分な電力を得つつ、利用者の安全も確保したいからです。安全に関する規制や電気工事に関する規定を見ると、50VDC以下の電圧で動作する機器はすべて安全な低電圧の回路であると見なされています。-48VDCが使用される理由はもう1つあります。そのようにシステムを構成すれば、電力網からの給電が停止した場合に対応するためのバックアップ電源を、直列に接続した12Vの鉛蓄電池を使うことで簡単に構築できるからです。これは、通信事業者にとって大きなメリットになります。加えて、負の電圧を使用した場合、正の電圧を使用する場合よりも金属の腐食が起きにくいと考えられています(少なくとも電解腐食は抑制されます)。このような理由から、現在でも有線/無線のサービスを提供する通信施設では-48VDCが標準的に使われているのです。図1に、通信分野で使用される標準的なDC電源システムの概要を示しました。これを見れば、-48VDCがどのように生成/分配されるのかを把握できるでしょう。通常、通信用のDC電源システムは次のような要素で構成されます。すなわち、電力網システム、ディーゼル発電機、電源自動切替装置(ATS:Automatic Transfer Switch)、配電システム、太陽電池パネル/ボード、コントローラ/チャージャ、整流器、バックアップ用のバッテリ(直列に配置)、ケーブル、ブレーカなどが組み合わせられています。
この種の電源システムは、電力網からの電力が失われた場合、ディーゼル発電機からDCポート・システムに対して自動的にAC電力が供給されるように設計されます。ATSは、様々な電源からの電圧を自動的に切り替えて機器を適切に動作させる役割を果たします。現場にあるほとんどの通信機器にはDC電圧を供給しなければなりません。そこで、大元の電力源(電力網とディーゼル発電機で冗長化)から供給されたAC電力は、整流器によって-48VDCに変換されることになります。-48VDCの電力は、バッテリのトリクル充電や重要な負荷への給電に使用されます。整流器が通信機器などの負荷に-48VDCの電力を供給することに失敗すると、フローティングの状態にあったバッテリによって給電が代行されます。このような構成をとることにより、BTSやRRHは電源の違いを把握することなく正常に動作し続けます。なお、AC電力が復旧したら、再び整流器から給電が行われます。つまり、発電装置全体が大型の無停電電源装置(UPS:Uninterruptible Power Supply)のように機能するということです。
フォワード・コンバータの限界
通信システムで-48VDCが使われるようになった理由は上述したとおりです。続いては、-48VDCを正の電圧に変換するために使われてきたPoL電源のトポロジについて説明します。通信システム用のPoL電源には、アクティブ・クランプ方式のフォワード・コンバータがよく使用されます。それにより、反転昇降圧動作が実現されます。よく使用される他の回路としては、プッシュプル型、ハーフ・ブリッジ型、フル・ブリッジ型のコンバータが挙げられます。こうした回路の長所は、トランスでリークするエネルギーのほとんどを、ほぼ損失が生じない方法で回収して再利用できることにあります。PoL電源を設計する際には、まずアクティブ・クランプ・リセットに固有の基本的なタイミングについて理解することが重要です。実際、クランプ用のコンデンサの値を選定する際に判断を誤ると、PoL電源のデューティ・サイクルを高めなければならなくなる可能性があります。その結果、トランスが飽和し、メイン・スイッチに長期的な信頼性にかかわる影響が及ぶ可能性があります。図2に示したのは、従来から用いられてきたアクティブ・クランプ方式のフォワード・コンバータ回路です。トランスのリセット機構には、ロー・サイドのトランジスタQ1とコンデンサCCLAMPが含まれています。
アクティブ・クランプ方式には、いくつかの欠点があります。1つは、クランプ用のコンデンサの値を的確に選定しなければならないことです。同コンデンサの値を大きく設定すれば、電圧リップルを抑えることができます。その半面、過渡応答の面で制約が生じます。アクティブ・クランプ方式のフォワード・コンバータでは、高度な制御技術を使用して、アクティブ・クランプとメイン・スイッチのゲート駆動の間で遅延のタイミングの同期をとらなければなりません。アクティブ・クランプ方式にはもう1つ欠点があります。それは、最大値でクランプされていない場合に、デューティ・サイクルの増大によってトランスの飽和やメイン・スイッチへの電圧ストレスが発生し、致命的な結果を招く可能性があるというものです。アクティブ・クランプ方式のフォワード・コンバータには、他にも欠点があります。それは、同コンバータは単相動作のDC/DCコンバータであるというものです。例えば、5Gのシステムでは800Wの機器が標準になりつつあります。そのような大量の電力を消費するアプリケーションでは、多相動作に対応する電源を使用することでより多くのメリットが得られます。言い換えれば、多相インターリーブ動作がもたらすメリットは、単相動作のコンバータでは一切得られないということです。また、アクティブ・クランプ方式のフォワード・コンバータを出力電力が小さいシステム向けに設計したとします。その設計を出力電力の大きいシステム向けに拡張しても同様の結果を得ることはできません。つまり、スケーラビリティが得られないということです。
注目すべきコントローラIC
ここからは、上述した課題を解決するためのソリューションについて詳しく解説していきます。その中核を成すのは、反転昇降圧コントローラICである「MAX15258」です。図3に、同ICを使用した電源回路の例を示しました。これは、5Gに対応するマクロセルやフェムトセルにおいてRRUの基板に適用することを想定したものです。-48VDCを受け取るコンバータの前段には、ほぼ例外なくホット・スワップ・コントローラが配置されます。「ADM1073」や「LTC4284」は、-48VDCに対応するフル機能のホット・スワップ・パワー・マネージャです。両ICは、こうしたアプリケーションに最適な製品です。MAX15258は、高電圧に対応可能な多相動作のコントローラです。デジタル・インターフェースとしては、I2Cをサポートしています。単相または2相の昇圧/反転昇降圧の構成で、最大2個のMOSFET用ドライバと4個の外付けMOSFETに対応できるように設計されています。また、同ICを2個スタックすることにより、3相または4相の構成を実現することも可能です。同ICは、適切な大きさの位相シフトを実現することによって各相を駆動します。それにより、リップルを最大限にキャンセルすることができます。同ICを使用して反転昇降圧コンバータを構成した場合には、内蔵する高電圧対応のフィードバック用レベル・シフタを使用することで、出力電圧を差動で検出することが可能です。図4に、インターリーブ動作によって2相の反転昇降圧動作を実現する場合の回路例を示しました。
フォワード・コンバータを設計する場合、起こり得る位相のアンバランス(15%~20%)について考慮し、複雑な計算を行う必要があります。それに対し、MAX15258を採用すればアンバランスについて考慮する必要はありません。同ICは、過渡応答が高速な固定周波数/ピーク電流モードのアーキテクチャを採用しています。それにより、出力をレギュレートします。制御ループの詳細なブロック図を確認したい方は、同ICのデータシートをご覧ください。MAX15258は、抵抗RSENSEを使用することで、各相においてロー・サイドのMOSFETに流れる電流を監視します。また、2個のMAX15258をホスト‐ノード構成でスタックした場合には、差動の電流検出信号を使用することで、アクティブな相電流のバランスを適切な状態に維持します。電流のアンバランスの情報は、サイクルごとのフィードバック信号として電流検出回路に引き渡されます。それにより、負荷電流が2相の間で均等に分配されるようにレギュレートすることができます。3相または4相で動作させる場合、ノード・デバイスは差動信号(CSIO+ピン、CSIO-ピン)を使用し、平均電流の値をホスト・コントローラに伝達します。このような高度な電流バランス機能を備えていることから、MAX15258はPoL電源の設計者にとって非常に魅力的な選択肢となります。図5は、同ICを2個スタックした回路の例です。このように回路を構成する場合には、両ICのCSIO+ピンとCSIO-ピンを互いに接続します。この回路はインターリーブ動作により、4相の反転昇降圧機能を実現します。入力電圧VINは-48V、出力電圧V OUTは48Vであり、800Wに対応可能な電源が実現されています。位相のインターリーブを協調的な動作で実現するために、両ICのSYNCピンも互いに接続しています。それにより、クロックの同期が実現されます。
MAX15258は、基本的には比較的低い周波数で動作する昇圧コンバータです。そのため、電力損失の主な原因となるスイッチング損失が自然に抑えられます。同ICの最高スイッチング周波数は1MHzです。多相で動作させる場合、各相では同じ周波数Freqで並行動作が行われます(但し、インターリーブされています)。トータルの等価周波数はN×Freq(Nは相数)となりますが、各コンバータの損失はそれぞれの動作周波数であるFreqに直接依存します。インターリーブ方式に対応した実装により、出力コンデンサに現れるリップル電流はある程度キャンセルされます。また、入力側のリップル電流は大幅に低減されるので、値の小さい入力コンデンサを使用することが可能です。アナログ・デバイセズが特許を取得済みの結合インダクタ(CL)技術を使えば、出力側のリップル電流も抑えられます。これらの理由からリップル電流の定格が低下するので、低価格のコンデンサを使用することができます。結果として、基板におけるPoL電源全体の実装面積を削減しつつ、効率を高めることが可能になります。多相動作では全体としての等価周波数が高くなり、多くの出力電力を供給できますが、各コンバータは周波数が低く損失の少ない領域で動作します。そのため、MAX15258は-48VDCに対応可能なソリューションとして極めて有力な選択肢になります。
アクティブ・クランプ方式のフォワード・コンバータの場合、設定可能なデューティ・サイクルに制限があります。そのため、入力電圧と出力電圧を任意の組み合わせで動作させるのが容易ではありません。通信機器のメーカーは同じプラットフォームを使用しつつ、様々な周波数帯を組み合わせるということを行います。そのため、様々なPAの出力電圧範囲に対応できるようにすることが強く求められます。ところが、アクティブ・クランプ方式のフォワード・コンバータには出力電力の面で制限があるということです。MAX15258は、電力コンバータに関する規格であるIPC-9592Bで定められたピンのクリアランスに関する要件を満たしています。56Vまでのピーク電圧(VPEAK)に対し、プリント基板における導体の間隔に関する条件を満足しているということです。IPC-9592Bでは、30V~約100Vの動作電圧に対する基板表面のクリアランスを計算するために次の式を提示しています。それは、[クリアランス]〔mm〕 = 0.1 + VPEAK×0.01というものです。この式を使うと、例えばVPEAKが56Vの場合、高電圧のピンと他のピンの間隔としては0.66mmを確保する必要があることがわかります。
更に、アクティブ・クランプ方式のフォワード・コンバータを使用する場合、トランスが飽和しないようにするために、あまりにも多くの複雑な手順が必要になります。それに対し、MAX15258を採用すれば、電圧を自動的に反転させることができます。また、デューティ・サイクルに関する卓越した(より高い)能力によって、非常に高い効率で非常に高い出力電力を得ることができます。これらの特性により、スケーラブルでスタックが可能(最高4相まで)なプラットフォームを設計することが可能になります。しかも、柔軟性と安定性に優れたデューティ・サイクル制御を利用し、広範な入力電圧と出力電圧に対応することができます。図6に示したのは、MAX15258を使用した電源回路の効率を評価した結果です。この評価は、800Wに対応するリファレンス設計を対象として行いました。その設計にはCL技術も適用しています。図6は、出力電流を変化させた場合の効率をプロットしたものです。入力電圧と出力電圧については、図中に凡例として示しています。これを見ると、伝導損失が少なく抑えられていることから、98%以上の範囲でクラス最高レベルの効率の値が得られることがわかります。しかも、BOM(Bill of Materials)コストを比較的低く抑えた状態でこのような性能が得られるのです。
先述したように、MAX15258はデジタル・インターフェースとしてI2Cをサポートしています。これを使用すれば、同ICから、入力電圧、出力電圧、相電流、障害のステータスといった多くのテレメトリ情報を取得することができます。また、出力電圧の値は同インターフェースを介して動的に設定することが可能です。
図7(a)は、MAX15258のリファレンス設計を対象とし、負荷電流が定常状態にあるという条件で取得したボーデ線図です。入力電圧は-48V、出力電圧は48V、出力電流IOUTは16Aに設定しています。この結果から、位相マージンは74.4°、ゲイン・マージンは-20.7dBであることがわかります。一方、図7(b)に示したのは負荷過渡応答のプロットです。ご覧のように、スイッチングのエッジは非常にクリーンであり、オーバーシュートとリンギングはほぼゼロに抑えられています。
まとめ
ネットワーク事業者は、より多くのスモール・セルをより多くの場所に設置する必要に迫られています。しかも、従来よりもはるかに迅速に設置する必要があります。もちろん、スモール・セルに適用するPoL電源の効率は非常に高くなければなりません。少なくとも定格の電力変換効率として98%という値が必要です。MAX15258は、高電圧に対応する反転昇降圧コントローラICです。これを使用して設計した回路は、費用対効果に優れ、効率が高く、スケーラブルなものになります。しかも、同じ基板レイアウトを使用して、相の追加や削除を簡単に実施できます。このような特徴を活かすことで、電力変換の効率を高めることも可能になります。アナログ・デバイセズは、電源のアーキテクチャに関する豊富な専門知識を有しています。今後も、それらを活かしつつ、5Gの市場向けに-48VDCに対応する電力変換ソリューションを開発/提供していきます。それらのソリューションを採用すれば、本稿で説明したような様々な課題を解決できるはずです。