概要
本稿では、パワー・マネージメント技術に習熟するためのヒントとして、昇降圧トポロジの話題を取り上げます。アナログ・デバイセズは、DC/DCコンバータのEMI(電磁干渉:Electromagnetic Interference)性能を改善するためにSilent Switcher®技術を開発しました。この技術と昇降圧トポロジを組み合わせることにより、非常に高いEMI性能と最大限の電力変換効率を達成可能なコンバータ製品を提供しています。
はじめに
多くのアプリケーションは、昇圧と降圧の両方の電圧変換を必要とします。例えば、大元の電力ソースから供給されるのが6V~24Vの電圧で、その電圧から12Vの電圧を生成しなければならないといったケースが数多く存在します。既存の電源システムは、このような広範な入力電圧から必要な電圧を生成できるように構成されていました。
昇圧と降圧の両方の電圧変換は、いくつかのアーキテクチャによって実現できます。代表的なものとしては、フライバック・レギュレータのようにトランスをベースとしたトポロジ、SEPIC(Single-ended Primary Inductor Converter)トポロジ、4つのスイッチを使用する昇降圧トポロジ(以下、4スイッチ昇降圧)が挙げられます。
4スイッチ昇降圧のアーキテクチャは、非常に洗練されたものだと言えます。このアーキテクチャでは4つのスイッチを使用しますが、インダクタは1つしか必要ありません(図1)。この構成では、4つのスイッチを使用してインダクタの接続を制御します。それにより、降圧変換を行うスイッチング・レギュレータまたは昇圧変換を行うスイッチング・レギュレータとして機能します。この回路はかなりシンプルなものですが、高い変換効率が得られます。
スイッチング方式の昇降圧コンバータは、特定のスイッチング周波数で動作します。その際、コンバータ内部の配線パターンにはパルス電流が流れます。入力電圧が所望の出力電圧よりも高い場合、回路は降圧モードで動作します。その際、パルス電流は入力側で流れることになります。一方、入力電圧が所望の出力電圧よりも低い場合には、回路は昇圧モードで動作します。その際、パルス電流は出力側に流れます。パルス電流はパルス磁界を発生させるので、EMIが生じることになります。
Silent Switcher技術を使用すれば、非常に優れた電磁環境適合性(EMC: Electromagnetic Compatibility)を備えるスイッチング方式のDC/DCコンバータを実現できます。この技術では、パルス電流を2つに分割し、非常に高い対称性を備える2つの伝導パスにそれぞれが流れるようにします。それにより、パルス電流の振幅はほぼ1/2になります。そして、発生した磁界は、対称性の効果によってほぼキャンセルされます。図2は、同技術を昇降圧コンバータに適用した場合にどのようにパルス電流が流れるのかを表したものです。ご覧のように、パルス電流は赤色の線で示したパスに流れます。対称的な配置の効果によって、2つのパスの磁界は互いに打ち消し合います。
従来の昇降圧トポロジと同様に、Silent Switcher技術を適用した昇降圧コンバータにも4つのスイッチしか必要ありません。しかし、図2の例では、計8つのスイッチ(トランジスタ)を使用しています。図2では、パルス電流のパスが対称であることを示すために、本来は不要な4つのスイッチを追加しているということです。
昇降圧レギュレータとSilent Switcher技術を組み合わせることにより、非常に高いEMC性能を備える昇降圧コンバータICを実現することが可能になりました。また、最良のEMC性能が求められるアプリケーション向けには、デカップリング・コンデンサを内蔵する製品も提供されています。その種の製品は、SilentSwitcher 2を採用したDC/DCコンバータと呼ばれています。Silent Switcher 2を適用した「LT8350S」などの製品は、図2の回路で使われているコンデンサを内蔵しています。それにより、パルス電流が流れるパスの寄生成分の影響が低減されます。その結果、デカップリング・コンデンサを外付けするデバイスを使う場合と比べて放射エミッションが低減されます。なお、カップリング・コンデンサを外付けで使用する「LT8350」などの製品も提供されています。
図3に示したのは、LT8350Sを使用して構成した昇降圧型の電源回路です。同ICは3V~40Vの入力電圧に対応します。また、6Aの電流を供給することが可能です。生成されるエミッションを更に抑えたい場合には、オプションのSSFM(Spread Spectrum Frequency Modulation)機能を使用することができます。図3の回路は、LTspice®用のシミュレーション・モデルであり、外付けの回路も含まれています。LTspiceは無償で利用できます。
まとめ
昇圧と降圧の両方の電圧変換が必要な回路にとって、昇降圧コンバータICは非常に有用なデバイスです。LT8350SのようなSilent Switcher技術を適用した製品を採用すれば、昇降圧型の優れた電源回路を実装できます。つまり、EMC性能が非常に高いスイッチング方式の電源回路を設計することが可能になります。