アプリケーション・エンジニアに尋ねる— 38 オープン・ループ・ゲインを迅速に、しかも正確に測定する方法

帰還を利用するシステムにおける帰還ネットワークは、ゲインと位相の間に特定の関係が成り立つように構成される回路です。たとえば、調整可能な比例/積分/微分(PID)コントローラの場合、ループ・ゲインや位相を操作して安定性を実現します(図1を参照)。オープン・ループの挙動をモデル化するために、特定の構成を作って帰還ネットワークの性能を測定できるとよいと思われることがよくあります。しかし、ほとんどの場合、この種の測定は困難です。たとえば、積分器の低周波ゲインが非常に高くなり、一般に通常の試験機器や測定機器の測定範囲を超えてしまうことがあります。ここでの測定のゴールは、利用可能なツールと特殊な回路を少し使うだけで、ネットワークの周波数応答特性を迅速に、しかも最小限の手間で明らかにすることにあります。

Figure 1
図1. 帰還を実装した基本システム

Q. 実は、アドバイスをいただきたいプロジェクトの例があります。

A. それについて教えてください。

Q. 最新の設計を評価するために、プログラマブルな帰還ネットワークの作成に取り組んでいましたが、予測される挙動を検証するためにハード・データを収集する必要がありました。データを収集するために、利用可能な試験機器を評価し、これに汎用インターフェース・バスIEEE-488インターフェース(GPIB)接続カード、簡易デジタル・オシロスコープ、任意関数発生器を組み合わせて、間に合わせのオープン・ループ測定システムを作成しました(図2を参照)。

Figure 2
図2. 試験システムの機能モデル

利用可能なGPIBインターフェースの開発用ライブラリを使用して、ソフトウェアを記述し、ボード線図のデータ・ポイント収集を行おうとしました。学校で習ったときと同じようにボード線図を手書きし、関数発生器を設定して1ポイントずつ一連の周波数でシステムへの入力となるサイン波を出力させました。次に、オシロスコープでシステムの入力とシステムの出力の両方を測定して、所定の周波数におけるゲインを計算しました。

A. 結果はどうでした?

Q. 被試験デバイスで数多くの試験を繰り返した結果、限られた予算で研究室の標準機器を使用してオープン・ループの測定を実施すること自体が間違いであることがはっきりしました。精度を高めるためには多くのデータ・ポイントが必要ですが、各データ・ポイントでのソフトウェアと試験装置間のメッセージ交換だけでもかなりの時間を費やしました。オシロスコープの分解能にも問題がありました。入力振幅が小さいとシステムのノイズが大きくなり、トリガが困難になったのです。また、データに所々不良サンプルが混じることも発見しました(図3を参照)。調べてみると、これらの不良サンプルは試験装置が設定を更新し終える前に入ってきたことがわかりました。要するに、システムのセトリング時間に問題があったのです。結局、各テストに35分もかかってしまいました。試験にかかった時間を調べた結果、各サンプルについて、大部分の時間は実際の測定の実施ではなく、ホストと試験装置間の通信に費やされたことがわかりました。

Figure 3
図3. 同じ構成の3種類の試験で収集したサンプル

A. ソフトウェア・ルーチンの代わりにハードウェア機能を実装していれば、実行時間は向上したはずです。たとえば、あなたのプログラマブル・デバイスで利用できるI2Cシリアル・バスを使えば、テキスト・ベースのコマンド・メッセージを形成するASCII文字の送信にかかる時間が少なくなります。このように修正すると、テスト・ループから複数の抽出や解釈の層をなくすことができ、システムの動作を高精度かつ直接に制御できるようになります。

Q. 実装するには、どのようなハードウェア・デバイスが必要でしょうか?

A. 関数発生器の代わりに、AD5932などの広帯域ダイレクト・デジタル・シンセサイザ(DDS)ICを使用します。DDSによって、適切な周波数範囲と高品質のサイン波出力が設計に備わります。1対のログアンプIC(AD8307など)とディファレンス・アンプを利用すれば、ゲイン測定が簡単にできます。アクイジション・システムの最後の重要な部分はA/Dコンバータです。デジタル・オシロスコープの代わりにこれを使用します。AD7992AD7994などの多入力ADCを使用すれば、2つのチャンネルを利用してログアンプの結果を取り込みながらソフトウェアのディファレンス動作を実行することができ、システム全体のコストが削減します。このように改良すると、図4のような配置になります。

Figure 4
図4. 新しいテスト・システムのブロック図

Q. ログアンプによるゲイン測定はどのように行われるのでしょうか?

A低コストで使いやすいログアンプAD8307は、AC入力に応じてDC出力を生成します。この出力は、50Ω 負荷への25mV/dBの入力電力(電圧は0.5V/ ディケード)に相当します。92dBの広いダイナミック・レンジがあるため、高ゲインでオープン・ループ回路の小さい入力信号でも測定が可能です。実際に50Ω負荷を駆動することはありませんが、この基準で2つのAD8307の出力の差としてゲイン(dB)を計算し、信号の入力と出力を測定することができます。

Q. もう少し詳しく説明してください。

A. 対数の法則の簡単な復習から始めます。

Equation 1
     (1)
Equation 2
     (2)
Equation 3
     (3)

電力ゲインや減衰は、一般に対数比で表します。すなわち、dBの世界ではAC電圧を扱うため、VAおよびVBrms 電圧です。したがって、PAおよびPBは平均電力レベルになります。

Equation 4
     (4)

ユニティ・インピーダンス比については、log1=0です。したがって、等抵抗負荷の場合、次のようになります。

Equation 5
     (5)

ハイ・インピーダンス電圧アンプ回路では、対象は電力ゲインではなく信号ゲインです。したがって、dBは出力振幅対入力振幅の比の対数表現になります。

0dBでは、電圧比はユニティです。所定の電力レベルの測定値をdBで表すには、リファレンス電力レベルを基準にする必要があります。標準的な方法では、測定した電力が1mWになる場合、絶対電力レベルは0dBm(1ミリワットに対するデシベル値)です。50Ω負荷の場合

Equation 6
     (6)

低歪みのサイン波を使用すると、50ΩシステムのVrmsおよび平均電力は、式7および式8を使用して次のように計算します。

Equation 7
     (7)
Equation 8
     (8)

したがって、0dBmすなわち1mWの場合、入力電圧振幅は316.2mVです(223.6mV rms)。これが入力レベルで、被試験デバイスの出力振幅が3.162V(rms振幅が2.236Vでゲインが10)の場合、式6より出力電力は+20dBmになり、式5の比によって表される電圧ゲインから得られる値と同じになります。リファレンスが一定である限り、値は一定です。したがって、システム・ゲインは簡単に求めることができます。

式8と式6を組み合わせると、次のようになります。

Equation 9
     (9)

ログアンプの変換ゲイン25mV/dBを代入します。

Equation 10
     (10)

式1を利用し、2つのAD8307ログアンプを使用して出力と入力を測定すると、これらの差によって簡単にゲインの測定値が得られます。

Equation 11
     (11)

0dBにおけるAD8307の固有の出力は約2.0Vです。ただし、出力をログアンプ出力の差として計算すると(キャリブレーションしたとき)定数は式から省かれます。

Q. どのように差を求めるのでしょうか?

A. 差を求める方法はたくさんあります。AD622AD627などの簡単に利用できる計装アンプから、ディスクリートのマルチ・オペアンプのソリューションに至るまで、あるいはAD7994などのマルチチャンネルADCを使用してデジタル変換後にソフトウェアで、という選択肢もあります。もちろん、最大限の精度を得るには設計者がキャリブレーションを行なって、デバイス間のゲインとオフセットの誤差をなくす必要があります。この方法については、アナログ・デバイセズのウェブサイトをご覧下さい。周波数固有の問題に関して役に立つヒントも得られます。

Q. AD5932ダイレクト・デジタル・シンセサイザ(DDS)について述べられましたが、それはどのようなものですか?

A. AD5932 DDSは、シンプルでプログラマブルなデジタル制御の波形発生器です。いくつかの簡単な命令を使用して、たとえば全周波数と位相プロファイルを用いてサイン波を構成することができます。このデバイスにはI2Cインターフェースはありませんが、I2Cバス上のGPIOデバイスがビット・バンギング動作を実行して、想定されるインターフェースを模倣します。構成が完了すれば、GPIOデバイスへの1回の書込みだけで出力周波数をインクリメントできます。

AD5932の出力は580mVピークtoピークですが、この値は通常オープン・ループ・ゲインの測定には大きすぎる入力です。必要な減衰は、被試験デバイスの規定された出力レベルでのゲイン測定に適した入力レベルによって決まります。入力信号が大きすぎる場合、出力は歪むか、あるいはクリッピングされて間違った測定値を出すことになります。信号が小さすぎる場合は、オフセット誤差とノイズが波形の出力を抑制して問題が生じます。代表的な信号は10mVの振幅で始まり、次に増大されて規定のデバイス出力値を生成します。歪みからは測定誤差が生じますから、これがクリッピングや歪みなしに得られる最大値になります。

Q. どのように機能するか例を挙げて説明してもらえますか?

A. 図4に示すような回路ブロックを組み立てた後、最初にユニティ・ゲインのアンプを使用し、次に被試験デバイスの代わりにゲインが10のアンプを使用して性能を検証(またはキャリブレーション)することができます。

図5は、ユニティ・ゲインと10のゲインを示す測定例です。実際には約1dB高く、変動は±1dB以内に収まっています。

Figure 5
図5. 性能を評価するキャリブレーション・ゲイン・データの例。
(20dBの設定値に対してキャリブレーションされていない超過ゲインが+1dBあります。)

別の例として、挙動が既知のサンプル・デバイスをテストできます。図6に代表的な結果を示します。これは、以前に収集したデータに重ね合わせたもので、先ほど述べられた方法と今回の方法の精度を検証できます。テスト結果は約±0.5dBの誤差を示していましたが、これによって、新しいシステムの測定方法は同じ測定特性を備えているものの、ノイズがはるかに少なく、セトリング時間も高速であることがわかります。

Figure 6
 図6. 新データ(青色)と旧データ(緑色)を合わせたボード線図。
(従来のシステムの「サンプリング・ノイズ」に注目してください。)

機器

  1. National Instruments Cardbus GPIB アダプタ
  2. Tektronix TDS3032B (GPIB対応)
  3. Tektronix AFG320 (GPIB対応)

Q. うまく相関しているようですね。それに、以前の方法でプロットされていた異常値もなくなっているようです。この測定全体でスキャンに要する時間はどれくらいですか?

A. 各テストランは35秒未満で完了します。

Q. それはすばらしい! 6000%くらいの向上ですね。

A. そうです。おまけに設計を簡素化したことにより、組み込みシステムに簡単にこの設計を利用できるようになります。(大部分の数学演算をログアンプで処理してしまうため。)賢い設計者なら、位相測定デバイスも組み込んで、このシステムを真のボード線図デバイスにするかもしれません。しかも、ゲインと位相を測定するログアンプのシングルチップAD8302を使えば、高周波数アプリケーションで全機能を完備したソリューションを得られるのです。


著者

David Hunter

David Hunter

David Hunterは、ADIウィルミントン事業所のリニア・プロダクト・グループに所属するアプリケーション・エンジニアです。2006年にADIに入社し、ノースウェスト・ラボ・デザイン・センターでフィールド・アプリケーション・エンジニアとしてテスト/測定分野や産業分野の顧客を担当しました。ポートランド州立大学でRFエンジニアリングを専攻し、2007年に電気工学理学士の学位を取得しています。在学中には、セルフヒーリング・ハードウェア・システムや進化型ハードウェアに関する論文を発表しました(共著を含む)。また、アマチュア無線技士としても積極的に活動しています(コール・サインは「KE7BJB」)。