アナログ・デバイセズのSDRトランシーバーで実現するアマチュア無線用の衛星通信

最近になって、アマチュア無線の分野では、世界中を継続的に網羅する新たな手段が使われるようになりました。新しい静止衛星により、1回のホップだけで地球の1/3を確実にカバーすることが可能になったのです。衛星にアクセスするための周波数は、無線信号が電離層で反射する周波数とは異なります。そのため、専用の機器を使用する必要があります。アナログ・デバイセズは、ソフトウェア無線(SDR:Software-defined Radio)をベースとする新たな無線トランシーバーを提供しています。それらの製品は、様々なメリットを提供してくれます。例えば、柔軟な再構成を実現する機能や、対象となる帯域全体を一度に表示する機能などです。

本稿では、新たな衛星の概要、それが開発された背景、対象となるエリア、アクセス方法について解説します。その上で、アナログ・デバイセズのSDR対応トランシーバーをベースとするアクティブ・ラーニング・モジュール「ADALM-PLUTO」を使用して、実用的な無線局を実現する方法を紹介します。

新たな通信衛星

カタールの衛星通信会社であるEs'hailSatは、2018年に米国のケープ・カナベラルから通信衛星「Es'hail-2」を打ち上げました。この衛星を使用し、同社は、欧州、中東、アフリカなどの政府機関や企業に向けて、テレビ、音声、インターネットなどの通信サービスを提供しています。Es'hail-2は、中央アフリカの静止軌道上に位置しており、2019年2月から運用されています。この通信衛星の高度は3万6000kmで、ブラジル、マレーシア、フェロー諸島、南極にまたがるエリアをカバーしています(図1)。

図1. Es'hail-2がカバーする範囲
図1. Es'hail-2がカバーする範囲

Es'hailSatは2010年に設立されました。カタールのドーハに拠点を置く同社は、放送局、企業、政府機関にサービスを提供する衛星を所有/運用しています。カタールでの宇宙技術開発を促進/推進するために、同社はグローバルな非営利組織であるアマチュア衛星通信協会(AMSAT:Radio Amateur Satellite Corporation)との連携を図っています。その協業を通じて、アマチュア無線家のための国家非営利団体であるカタール・アマチュア無線協会(QARS:Qatar Amateur Radio Society)向けに新技術を開発しました。AMSATは、アマチュア無線向けの機材を搭載する衛星の設計、構築、準備、打ち上げ、運用を行っています。AMSATに加盟している国家組織は様々な国に存在します。その例としては、2012年12月にQARSと協力関係を構築したAMSATドイツ(AMSAT-DL)が挙げられます。この協業により、Es'hail-2には2つの専用トランスポンダを搭載することが可能になりました。そして、対象とするエリアの利用者間を単一のホップによってリアルタイムに接続することを可能にする、最初のアマチュア無線向け静止通信機能が提供されました。

アマチュア無線に対応する多くの衛星は、OSCAR(Orbiting Satellite Carrying Amateur Radio)と呼ばれています。それらの衛星は、免許を取得したアマチュア無線家であれば、音声/データの通信用に無料で使用できます。これまでのところ、各衛星は低軌道(LEO:Low Earth Orbit)および長楕円軌道(HEO:Highly Elliptical Orbits)に打ち上げられています。それらの衛星には、地平線上に現れたときにアンテナで追跡する必要があり、通信時間が数分間に限られるという共通点があります。各衛星が地平線の下に消えると、通信は行えなくなります。それに対し、静止軌道上の衛星には、地球から見上げたとき、空における位置が移動しないというメリットがあります。つまり、衛星にアクセスするために地球上のアンテナを動かす必要はありません。しかし、3万6000kmという長い距離の影響で、自由空間における電力損失、アンテナの指向精度、遅延といった新たな課題が生じます。地上のトランシーバーから衛星に信号を送信し、更に地上の別のトランシーバーで信号を受信するまでには、約250ミリ秒を要します。なお、Es'hail-2は、アマチュア無線用のペイロードを運ぶ100番目の衛星という意味で、「OSCAR100」というニックネームで呼ばれています。以下、本稿でもこのニックネームを使用することにします。

OSCAR100へのアクセス

アマチュア無線では、長年にわたって通信衛星が使用されてきました。従来は、アナログ・ダウンコンバータとアナログ・アップコンバータを使用し、トランシーバーが動作するアマチュア無線帯域で送信信号と受信信号をシフトさせることによって通信を実現していました。衛星が使用するアップリンク(地球から衛星へ)/ダウンリンク(衛星から地球へ)の周波数は、利用可能なトランシーバーの能力を超えている場合があります。OSCAR100は、2つのトランスポンダを備えています。1つは狭帯域(NB:Narrow-band)送信用で、もう1つは広帯域(WB:Wideband)送信用です。これらのうち、ここでは狭帯域トランスポンダについて説明します。このトランスポンダで利用可能な帯域幅は250kHzしかありません。そのため、複数のチャンネルに対応するには、適切な変調技術を適用する必要があります。最も一般的に使用されるアナログ変調としては、電信と電話が挙げられます。前者はモールス符号、連続波(CW:Continuous-wave)とも呼ばれます。後者は音声、単側波帯(SSB:Single Sideband)とも呼ばれています。

アップリンクでは、2.4GHz(13cmの帯域)の右旋円偏波(RHCP:Right Hand Circular Polarization)を使用します。一方、ダウンリンクでは、10.45GHz(3cmの帯域)の水平偏波(H:Horizontal)か垂直偏波(V:Vertical)が使われます。アマチュア無線では、衛星通信を行うのに十分な電力とゲインの高いアンテナを用意できるアマチュア無線家(免許を保有している必要があります)に対し、13cmの帯域(2300MHz~2310MHz、2390MHz~2450MHz)で送信する許可が与えられます。この帯域はISM(産業、科学、医療用)帯の一部であり、民間に割り当てられる無線帯域(2400MHz~2500MHz)と重複しています。ISM帯で最も一般的な輻射の1つは、免許が不要な無線LANです。図2に、OSCAR100のトランスポンダの仕様をまとめました。

図2. OSCAR100のトランスポンダの仕様
図2. OSCAR100のトランスポンダの仕様

革新的なSDR方式

現在では、様々なSDR方式が登場しています。そのことはアマチュア無線の世界にも影響を与えました。現在も、ほとんどのトランシーバーは、依然として古いアナログのトランシーバーと同じ制御機能を使用しています。ただ、それらの多くは、ミキサーの後段に中間周波数のレベルに対応するDSPを搭載しています。それらのトランシーバーの中には、短波帯の全域(DC~30MHz)にわたって直接サンプリングを行えるものがあります。SDRの長所の1つは、重要なアナログ・コンポーネントの一部がデジタルのアルゴリズムに置き換えられていることです。言い換えると、性能の経時劣化が発生しません。もう1つの長所としては、より費用対効果の高い方法で優れた性能が得られることが挙げられます。つまり、A/Dコンバータ(ADC)やDSPなどの要素によって補完することで、アナログ無線では高価なミキサーやフィルタを使用しなければ実現できないレベルの性能が達成できるということです。実際、イメージを除去するためのミキサー、発振器、ADCなどの複数のブロックを単一のシリコン・デバイスとして統合することにより、ディスクリート方式では非常に実装が困難だった新たなレシーバーのアーキテクチャを実現できるようになりました。そうした製品の例としては、RFアジャイル・トランシーバー「AD9363/AD9364」が挙げられます。これらの製品では、送受信用のすべてのRFフロントエンド、ミックスド・シグナル回路、デジタル回路を単一のデバイスとして統合しています。このようなトランシーバーとの間のデジタル・データフローを管理するFPGAを組み合わせれば、あとはアンテナ、パワー・アンプ、コンピュータで実行されるソフトウェア・アルゴリズムを用意するだけで、完全な装置を構築できます。

アナログ・デバイセズは、AD9363のデモンストレーションを目的としてADALM-PLUTOを提供しています(図3)。これは、新たなSDR方式に基づいた無線アプリケーションを開発するために使用できる費用対効果の高いハードウェア・ツールです。AD9363の送受信帯域幅は20MHzです。外部で235MHz~3.8GHzの周波数範囲にダウンコンバートすれば、OSCAR100のダウンリンク用トランスポンダの狭帯域/広帯域信号を容易に受信できます。また、外部のアップコンバータを使用することなく、アップリンクの周波数で送信が行えます。ADALM-PLUTOを同等のクラス/価格の製品と比較した場合のもう1つの有益な機能は、受信用と送信用の2つのコネクタを備えていることです。このことから、全二重動作に対応することが可能になります。通常のアマチュア無線では、半二重(送信、受信のうちいずれか)の通信を行いますが、ADALM-PLUTOでは自身の送信信号をリアルタイムで受信できるので、変調が適切に行われているか、送信電力を増減する必要があるかといったことを把握できます。また、受信用のアンテナが調整されていれば、衛星に対する送信用のアンテナの方向を定める作業が容易になります。

ADALM-PLUTOで送受信の機能を実現する上では、フリーのソフトウェア・パッケージを利用できます。そうしたソフトウェアの多くは、アマチュア無線家によって開発されています。一例として、Simon Brown氏(コールサインはG4ELI)が開発した「SDR Console」が挙げられます。このソフトウェアには、変調と復調の機能が実装されています。また、ユーザとトランシーバーの間の相互作用を管理する機能も提供します。

図3. ADALM-PLUTOの外観(下)。(上)はADALM-PLUTOのベースとなるトランシーバーのブロック図です。
図3. ADALM-PLUTOの外観(下)。(上)はADALM-PLUTOのベースとなるトランシーバーのブロック図です。

SDRに対応する衛星局

アマチュア無線家は、独自のハードウェアを構築し、ニーズに応じて既存の機器を再利用するということをよく行います。受信用のアンテナとダウンコンバータの最も安価な代替手段は、衛星テレビで使用する一般的な受信用のアンテナと低ノイズ・ブロック(LNB:Low Noise Block)です。LNBには、10.450GHzで受信したダウンリンクの信号を1GHz未満の信号に変換する導波管とダウンコンバータが含まれています。これであれば、SDRの受信可能帯域に対応できます。CW(数十Hz)やSSB(3kHz未満)といった狭帯域の変調では、連続的な再チューニングを避けるために、安定性の高い局部発振器が必須となります。これは、テレビ放送で使用されるような広帯域の変調(数MHz)ではさほど重要ではありません。現代のデジタル通信向け製品には、熱の問題による周波数オフセットと長期ドリフトに対する補償機構が標準的に組み込まれていいます。しかし、アマチュア無線家が実装している多くの狭帯域の変調方式では、そうした仕組みは標準的なものではなく、実装も行われていません。LNBの信号やベースバンドの信号に関しては、フェーズ・ロック・ループ(PLL)またはサンプル・レートのいずれかの精度とドリフトに問題がないことが期待されます。そのため、高精度/低ドリフトのリファレンス・クロックが使用されるケースがあります。多くのアマチュア無線家は、複雑なデジタル信号処理技術を実装するよりも、リファレンス・クロックを交換することを好みます。言い換えると、多くの人が後者の簡単な方法を推奨するはずです。

アップリンクの周波数は、WLANの2.4GHzの帯域内にあります。そのため、免許を取得しているアマチュア無線家であれば、パワー・アンプや高ゲインのアンテナといった既存のWLAN機器を再利用することができます。ADALM-PLUTOの出力は約5dBmであり、出力が数Wのパワー・アンプを駆動するには不十分です。これについては、RFアンプのリファレンス設計「CN0417」をプリアンプとして利用することで、上記の制限を克服するのに十分なパワー・ゲインが得られます。CN0417は、20dBに対応するパワー・アンプ「ADL5606」をベースとしており、μModuleに対応するSEPIC(Single Ended Primary Inductor Converter)コンバータ「LTM8045」によって給電します。図4に、通信局の構成例を示しました。この通信局は、緊急の通信に対応するために、フィールドに迅速に配備することができます。

図4. SDRに対応する衛星無線局
図4. SDRに対応する衛星無線局

まとめ

無線通信の分野では、SDR技術への移行が進んでいます。この移行は、複数のアナログ・ブロックとミックスド・シグナル・ブロックを1つのデバイスに統合できるようになったことから可能になりました。直接的なメリットとしては、費用対効果、信頼性、再構成の可能性が高まることが挙げられます。

AMSATのオペレーション担当バイスプレジデントを務めるDrew Glasbrenner氏(コールサインはKO4MA)は、「今後は、アマチュア無線衛星の静止軌道での運用が進むはずです。その動きを成功に導く星のような存在としてOSCAR100が活躍することを期待しています」と述べています。

参考資料

Es’hail-2/QO-100」AMSAT-UK、2019年

Space Communication(宇宙における通信)」American Radio Relay League、2019年

Wyatt Taylor、David Brown「RFトランシーバICによる航空宇宙/防衛向けの画期的なSWaPソリューション)」 Analog Dialogue、2016年9月

著者

Diego Koch

Diego Koch

Diego Kochは、アナログ・デバイセズの欧州中央アプリケーション・センター(ドイツ バイエルン州ミュンヘン)に所属するアプリケーション・エンジニアです。1998年から半導体業界で業務に従事しています。アナログ・デバイセズには2017年に入社し、欧州の広範な市場を対象としてPower by LinearTM製品を使用する設計をサポートしています。イタリアのロンバルディア州にあるミラノ工科大学で電子工学の修士号を取得。アマチュア無線の免許を2ヵ国で取得し、IZ2MZLとDK2MZLという2つのコールサインを有しています。