車載分野や産業分野では、小型で、EMI(電磁妨害)の規格を満たし、温度上昇を抑えて動作することが可能な電源が求められています。アナログ・デバイセズのスイッチング・レギュレータIC「LT8362」、「LT8364」、「LT8361」は、そうした要件を満たす製品です。これらLT836xファミリのICは、昇圧、SEPIC(Single EndedPrimary Inductor Converter)、反転のいずれの動作にも対応します。車載分野や産業分野向けに2.8V~60Vという広い入力範囲を備え、Burst Mode®動作によって静止電流を低く抑えることが可能になっています。加えて、EMIを低減するためのSSFM( スペクトラム拡散周波数変調) 機能をオプションで装備します。それぞれ60V/2A、60V/4A、100V/2Aに対応できる堅牢なパワー・スイッチを内蔵しています。最高2MHzのスイッチング周波数で効率的に動作するため、温度やEMIに関する非常に厳しい要件を満たしつつ、わずかなスペースで大きな電力を供給することが可能です。
自動車の入力トランジェントとプリブースト
今日の自動車に搭載される電子部品の数は、劇的に増加しています。それに伴い、電源回路の数も増えています。その多くは、広範にわたるバッテリの電圧に対応して、各種の回路に適用可能な調整済みの電圧を直接生成できるものでなければなりません。LT836xファミリの製品は、いずれも最小入力電圧が2.8Vです。そのため、コールド・クランクやアイドリング・ストップなどの状況に対応して動作することができます。一方、最大入力電圧は60Vなので、ロード・ダンプなどの高い入力電圧トランジェントにも対応可能です。
LT836xファミリは、広範な入力電圧に対応することから、車載プリブーストに最適です。バッテリからの入力電圧が降圧後の出力電圧を下回る可能性がある場合、車載降圧レギュレータには、プリブースト段が必要になります。LT8361/LT8362/LT8364は、バッテリからの電圧が低い場合には昇圧を行い、バッテリからの電圧が正常な場合やロード・ダンプが生じた場合には、消費電力を最小限に抑えるように動作します。

堅牢なパワー・スイッチ
スイッチング・レギュレータについては、特定のアプリケーションに対し、信頼性を保証しつつ、入力電圧の全範囲で十分な電力を供給することが求められます。LT836xは、電圧/ピーク電流がそれぞれ60V/2A(LT8362)、60V/4A(LT8364)、100V/2A(LT8361)の堅牢なパワー・スイッチを内蔵しています。そのため、多様なアプリケーションに対応可能です。またパワー・スイッチについて、このような高い定格電圧が保証されていることから、広い出力電圧範囲も確保できます。更に、SEPIC/反転コンバータとして使う場合の入力電圧も広い範囲で対応可能です。
供給電力の最大化:デューティ・サイクルに対してフラットな電流制限値
入力電圧の全範囲にわたって最大限の電力を供給できるようにするために、LT836xファミリのパワー・スイッチは、デューティ・サイクルの全範囲を通してスイッチに流れるピーク電流の制限値を一定に保つことができます。スイッチに流れるピーク電流として、データシートに記載されている値が常に保証されるということです。製品によっては、デューティ・サイクルが高い場合にスイッチのピーク電流の制限値が30%以上低下するものもあります。それと比較すると、LT836xを選択することにより、大きなメリットが得られるということです。
通常、電流モードのDC/DCコンバータでは、スイッチのピーク電流の制限値にスロープ補償を適用することで、制限値に達した場合の分数調波振動を防ぎます。この方法の欠点は、デューティ・サイクルの増加に伴って(入力電圧が低下して)、スイッチのピーク電流の制限値が低下することです。それに対し、LT836xファミリは、ピーク電流の制限値でもスイッチが正常に動作できるようにフル・スロープ補償に対応しています。そのため、デューティ・サイクルに応じてスイッチのピーク電流の制限値がDC的に低下することはありません。
2MHzでの動作:AM帯よりも高い周波数で動作する小型の電源
小型の電源回路を実現したい場合には、DC/DCコンバータのスイッチング周波数をなるべく高く設定するという方法がとられます。それにより、使用する部品のサイズとコストを最小限に抑えるのです。また、車載アプリケーションでは、AM帯よりも高い周波数で動作することが求められます。そうした理由から、DC/DCコンバータのスイッチング周波数としては、2MHz程度の値が選択されます。
通常、スイッチング周波数を高めると、スイッチング損失が増加し、デューティ・サイクルの範囲が制限されます。LT836xファミリの場合、パワー・スイッチ用のドライバとして高速動作が可能なものを使用しており、ACのスイッチング損失を最小限に抑えています。また、スイッチの最小オン/オフ時間が短いことから、2MHzのスイッチング周波数を使用しても広い変換範囲に対応できます。従来は、効率を最大化するためにスイッチング周波数を400kHz程度に設定しているアプリケーションが存在しました。LT836xファミリを使用すれば、広いデューティ・サイクル範囲を実現しつつ、そうしたアプリケーションよりも損失を抑えることができます。図2に、昇圧、SEPIC、反転の各構成における熱性能を示しました。

Burst Mode動作:軽負荷に対する効率の向上
バッテリ寿命の延伸が何よりも重要な車載環境では、負荷が軽い場合に高い効率が得られることが必須の要件となります。LT836xファミリでは、オプションのBurst Mode動作によって、負荷が軽い場合でも高い効率を実現することができます。Burst Mode動作を使用するか否かはSYNC/MODEピンによって設定が可能です( 表2) 。同動作では、低いスイッチング周波数で等間隔に現れるスイッチ用シングルパルスを使用して、スイッチング損失を低減しつつ、出力電圧リップルを最小限に抑えます。LT836xファミリは、プリブースト時のディープ・スリープ・モードまたはパス・スルー・モードにおいて、入力ピンからの9µAというわずかな消費電流で動作することができます。
SSFMモード:3種いずれの構成でもCISPR 25のクラス5に準拠可能
LT836xファミリは、SSFMモードを使用し、フィルタを付加して適切に基板レイアウトを行うことにより、CISPR25のクラス5規格に準拠することができます。
従来、EMIの影響を受けやすい環境では、スイッチング・レギュレータの使用は避けられてきました。同レギュレータで使われる容量の大きなコンデンサと問題をはらんだホット・ループは、良好なEMI性能と小型化の実現を難しくします。そのため、プリント回路基板のレイアウトが重要になり、ボードの設計/製造が大きな負担になります。LT8361/LT8362/LT8364については、模範的な基板レイアウトを採用したファクトリ・デモ回路を提供しています( 図3) 。実使用時に必須の入出力フィルタも付属しており、SSFMモードを選択した場合にCISPR25のクラス5規格に準拠できることをテストで確認済みです。基本的にDC/DCコンバータからEMIの問題が排除されているということは、アプリケーションの開発時間の短縮とコストの削減が期待できます。図4は、昇圧ソリューションにおいて、EMIに関するテストを実施した結果を示したものです。


Burst Mode動作とSSFMの両方のメリットを同時に享受
最近まで、EMIを低減するためにSSFMモードを選択した場合、負荷が軽くなったときには効率の低いパルススキップ・モードを使用する必要がありました。それに対し、LT836xファミリではそのようなトレードオフは不要です。100kΩの抵抗をSYNC/MODEピンとグラウンドの間に追加するだけで(表2)、負荷が軽くなったときには、SSFMモードからBurst Mode動作へとシームレスに移行します。それにより、あらゆる負荷に対して、EMIを抑えつつ高い効率を得ることができます。

パッケージ、ピン互換性、温度グレード
リード付きのパッケージを好む顧客のために、各製品はピン互換の16ピンMSE TSSOPで提供されています。なお、高電圧のピンの間隔を空けるために4本のピンを取り除いてあるので、実際には12ピンしかありません。より小型のソリューションが求められるケースに対応するために、LT8362とLT8364についてはDFNパッケージ版も用意されています。LT8362の10ピンDFN版(3mm ×3mm)は、プリント基板においてLT8364の12ピンDFN版の領域(4mm × 3mm)に配置することで、LT8364を置き換えることができます( 図6) 。すべてのパッケージは、熱特性を改善するためのエクスポーズド・パッド(グラウンド・パッド)を備えており、E、I、Hの各温度グレードで提供されています。

昇圧/SEPIC/反転構成:1本のピンで正出力と負出力に対応
LT836xでは、正負両方の出力電圧に対応可能なFBXピンにより、3種の構成で使用できます。昇圧やSEPICと同等に反転構成にも簡単に対応できるので、設計時間を短縮し、作業負荷を軽減することが可能になります。
昇圧コンバータ
ここまでに説明したように、LT836xファミリは、2.8V~60Vの入力電圧範囲に対応し、定格値の高いパワー・スイッチを内蔵しています。これらの特徴から、入力電圧よりも高い出力電圧が求められるアプリケーション向けの昇圧コンバータとして、理想的な選択肢になり得ます。変換比が大きい場合には、不連続導通モード(DCM)での動作が最適である可能性があります。連続導通モード(CCM)では、より大きな出力が得られます。
図7は、LT8364を用いて構成した24V出力の昇圧コンバータです。スイッチング周波数は2MHzで、静止電流とEMIを小さく抑えられる点を特徴とします。SSFM機能を使用することにより、CISPR 25のクラス5で定められた放射性/伝導性のEMIの要件を満たすことが可能です(図4)。入力電圧が12Vの場合、94%のピーク効率を軽々と達成することができます。

SEPICコンバータ
車載分野や産業分野のアプリケーションでは、入力電圧が、必要な出力電圧よりも高くなったり低くなったりする可能性があります。昇圧コンバータと降圧コンバータの両方が必要になるアプリケーションに対しては、SEPIC構成が有効なソリューションとなります。SEPICは、出力の切断を必要とするアプリケーションに対応できます。入力から出力へのDC経路がないので、シャットダウン中には出力電圧が生じません。加えて、出力の短絡故障に耐えることができます。スイッチの定格電圧が60V/100Vで最小オン/オフ時間が短いことから、広範な入力電圧に対応可能です。LT836xファミリにはBIASピンというオプションが用意されています。これをINTVCCレギュレータの2つ目の入力として使用することで、効率を高めることができます。
図8に示したのは、LT8361を使用して構成したSEPICコンバータの回路図/効率です。これは、同ICが備える100V対応のスイッチの多用途性を示したものだと言えます。スイッチの定格電圧は、最大入力電圧と最大出力電圧の和よりも高くなければなりません。入力が48Vで出力が24Vである場合、その和は72Vです。このスイッチであれば、このような電圧の条件を十分にクリアできます。入力電圧が出力電圧よりも高い場合には、BIASピンをVOUTに接続することによって効率を高められます。SSFMモードで動作させれば、この回路はCISPR 25のクラス5で定められた放射性/伝導性のEMIに関する要件を満たします(図9)。入力電圧が12Vの場合のピーク効率は88%です。


反転コンバータ
今日の回路では、負電源は一般的に使用されています。ところが、多くのアプリケーションでは、正の入力電圧しか用意されません。LT836xファミリを反転構成で使用すれば、正の入力電圧から負の出力電圧を得ることが可能です。正の入力電圧は、負の出力電圧の絶対値よりも大きくても小さくても構いません。SEPIC構成の場合と同様に、60V/100Vというスイッチの高い定格電圧と短い最小オン/オフ時間によって、広範な入力電圧に対応できます。
図10に示すように、LT8362を使用すれば、正の入力電源から負電圧を簡単に生成できます。スイッチング周波数が2MHz、出力が-12VでSSFM機能を備える反転コンバータです。静止電流が少なく、EMIを低く抑えられることを特徴とします。60Vに対応する堅牢なスイッチによって、最大42Vの入力電圧(|VOUT| + VIN60V)で動作できます。VINが12Vの場合で、85%のピーク効率を達成可能です。SSFMモードで動作させれば、この回路は、CISPR25のクラス5で定められた放射性/ 伝導性のEMIの要件を満たします(図11)。


まとめ
車載分野や産業分野では、小型、高効率、低EMIの電源が求められます。LT836xファミリは、そうした用途に適用可能なスイッチング・レギュレータであり、昇圧/SEPIC/反転の各構成で使用できます。堅牢なスイッチを内蔵している点を1つの特徴とし、60V/2Aに対応するLT8362、60V/4Aに対応するLT8364、100V/2Aに対応するLT8361を提供しています。各製品は、Burst Mode動作によって静止電流を削減できる、スイッチ電流の制限値がデューティ・サイクルに対してフラット、2MHz動作時のスイッチング損失が少ない、入力電圧範囲が2.8V~60Vといった具合に、競合製品よりもはるかに優れた特徴を備えています。
デモ用ボードに採用している適切なレイアウトとフィルタの設計、そしてCISPR 25のクラス5で定められたEMIの要件を満たすSSFMモードにより、優れたEMI性能を達成可能です。
いずれの製品もピン互換の16(12)ピンMSEパッケージで提供されます。LT8362(3mm × 3mmの10ピンDFN)とLT8364(4mm × 3mmの12ピンDFN) はフットプリントにも互換性があるので、設計/開発が簡素化されます。いずれの製品も、E、I、Hの各温度グレードで提供されています。
LT8362 | LT8364 | LT8361 | LT8330 | LT8331 | LT8335 | |
Bust Mode時の静止電流 | 9µA | 9µA | 9µA | 6µA | 6µA | 6µA |
入力電圧範囲 | 2.8V~60V | 2.8V~60V | 2.8V~60V | 3V~40V | 4.5V~100V | 3V~25V |
スイッチング周波 数(プログラマブ ルまたは固定) |
300kHz~2MHz | 300kHz~2MHz | 300kHz~2MHz | 2MHz | 100kHz~500kHz | 2MHz |
EMIを低減するためのSSFM機能 | あり | あり | あり | |||
パワー・スイッチの定格電圧/電流 | 60V/2A | 60V/4A | 100V/2A | 60V/1A | 140V/0.5A | 28V/2A |
パッケージ | 3mm × 3mmのDFN、16(12)ピンのMSE | 4mm × 3mmのDFN、16(12)ピンのMSE | 16(12)ピンのMSE | 3mm × 2mmのDFN、TSOT-23 | 16(12)ピンのMSE | 3mm × 2mmのDFN |
温度グレード | E、I、H | E、I、H | E、I、H | E、I、H | E、I、H | E、I、H |
SYNC/MODEピン入力 | 可能な動作モード |
(1)GNDまたは0.14V未満 | Burst Mode動作 |
(2)外部クロック | パルススキップ/同期 |
(3)GNDとの間に100kΩの抵抗 | Burst Mode/SSFM |
(4)フロート(ピンをオープンに) | パルススキップ |
(5)INTVCCまたは1.7V以上 | パルススキップ/SSFM |
温度グレード | E、I、H |