「ADALM1000」で、SMUの基本を学ぶトピック11:周波数補償を施した分圧器

アナログ・ダイアログの2017年12月号から、アクティブ・ラーニング・モジュール「ADALM1000」について紹介しています。今回も、引き続きこのSMU(ソース・メジャー・ユニット)モジュールを使用し、小規模かつ基本的な測定を行う方法を説明します。ADALM1000に関する以前の記事は、こちらからご覧になれます。

図1. ADALM1000 のブロック図
図1. ADALM1000 のブロック図

目的

この実験の目的は、抵抗分圧器における容量性負荷の問題について理解することです。容量性負荷が周波数応答にもたらす影響について考察します。

背景

固定の分圧比または減衰率を提供する分圧器や減衰器は、シンプルな2ポートのRC回路によって構成することができます。その回路に周波数補償を適用すれば、DCだけではなく広い周波数範囲に対して、適切な分圧比/減衰率を得ることが可能になります。周波数補償は、分圧器の出力に容量性の負荷が接続されている場合に必要になります。この周波数補償は、特に信号帯域が広い場合、すなわち単なるサイン波を扱うわけではない場合に重要になります。最もシンプルな電圧減衰器は、図2のように、抵抗だけで構成した分圧器によって実現できます。その伝達関数はH(jω) = V2/VS = R2/(R1 + R2)となります。ここで入力はVS = V1 + V2、出力はV2です。抵抗分圧器の伝達関数は、抵抗が理想的なもので、回路に起因する寄生容量が無視できるくらい小さい場合だけ、周波数と無関係になります。

図2 . シンプルな抵抗分圧器
図2 . シンプルな抵抗分圧器

抵抗分圧器では、高い周波数領域において問題が発生する可能性があります。その問題は、抵抗分圧器の応答に対して、浮遊容量(寄生容量)が影響を及ぼすことによって生じます。この問題を解決するための最も簡単な方法は、抵抗と並列にコンデンサを追加することです。図3に示した分圧回路をご覧ください。出力V2の両端に接続したコンデンサC2は、出力部の寄生容量だと見なすことができます。そして、この容量もシステムの一部として考慮する必要があります。この回路は、周波数補償を施した分圧器として知られています。DCまたは低い周波数領域では通常の抵抗分圧器のように働き、高い周波数領域では容量分圧器のように振る舞います。分圧器は、抵抗を使って構成するのと全く同様に、リアクティブ部品を使って構成することができます。また、抵抗分圧器と同様に、容量分圧器の分圧比は、コンデンサのリアクタンスに周波数に対する依存性があっても、信号の周波数の変化によって影響を受けることはありません。

図3の回路の分圧比は、V2/VS = XC2/(XC1 + XC2)です。容量性リアクタンスXCは1/Cに比例します。そのため、抵抗分圧器の式と同じようなV2/VS = C1/(C1 + C2)という式が成り立ちます。抵抗分圧器において、R1 = R2というシンプルなケースでは分圧比は1/2です。容量分圧器において同じ分圧比が得られるのは、C1 = C2のときです。

図3 . 周波数補償を施した分圧器
図3 . 周波数補償を施した分圧器

分圧器の周波数補償は、出力側の寄生容量によって生じる周波数への依存性を抑えるために、ポール・ゼロ・キャンセル法を適用することで実現されています。H(s)のポール(極)とゼロ(零)が重なるように抵抗とコンデンサの値を調節すると、|H(jω)|は周波数とは無関係になります。

ポール・ゼロ・キャンセルの条件について学ぶには、高低の周波数によって制限される| H ( j ω ) |の式を記録し、それらを互いに等しく設定するという方法が有効でしょう。R1、R2、C1、C2の間にシンプルな関係が成り立ったときに、ポール・ゼロ・キャンセルを実現できることがわかるはずです。

図4 . 補償を施した結果。適切に調節すると、矩形波のエッジは(a)のようになります。適切に補償できていない場合、(b)、(c)のような状態になります。
図4 . 補償を施した結果。適切に調節すると、矩形波のエッジは(a)のようになります。適切に補償できていない場合、(b)、(c)のような状態になります。

ADALM1000を使用し、入力容量を補償するための実験を行う

準備するもの

  • ADALM1000
  • 抵抗:1MΩ
  • コンデンサ:値は未確定

説明

図5に示す回路をご覧ください。水色の枠の中に抵抗とコンデンサが描かれています。ADALM1000を「Hi-Z」モードにしたとき、この1 MΩの入力抵抗を、図3の回路のR2だと見なすことができます。同様に、C2は入力部の寄生容量に相当すると考えることが可能です。分圧比を1/2にするために、R1として1MΩの抵抗を使用します。C1が存在しない状態で測定を開始し、C2が周波数応答に及ぼす影響を確認してみます。

図5 . 分圧器の構成
図5 . 分圧器の構成

手順

AWG A」を「SVMI」モードに設定し、「Min」の値を1.0、「Max」の値を4.0とします。また「Shape」を「Square」に設定し、「Frequency」は500Hzに設定します。一方、「AWG B」は「Hi-Z」モードに設定します。「Curves」ドロップダウン・メニューにおいて、「CA-V」と「CB-V」を表示の対象として選択します。ここで「Run」ボタンを押し、約3サイクル分が表示されるように横軸(時間)の目盛を調節します。チャンネルAではシャープな形状の矩形波が観測され、チャンネルBの波形は図4の(b)のようになるはずです。C1を付加していないことから、このような結果になります。チャンネルBの波形から、RC時定数とC2の値を推測してみましょう。

図6 . 波形の観測結果
図6 . 波形の観測結果

まず「Bode Plotting」ウィンドウを開きます。周波数応答の曲線を生成している間は、必要に応じて時間軸のプロットを無効化することができます。ここで「AWG A」の「Min」の値を1.082に、「Max」の値を3.92(1Vrmsまたは0dBV) に設定します。波形が「Sine」に変わったことを確認し、開始周波数を100に、停止周波数を20000に設定します。また掃引源として「CH-A」を選択します。更に「Curves」ドロップダウン・メニューで、表示の対象として「CA-dBV」、「CB-dBV」、「CA-dBCB-dB」を選択してください。「FFT」ウィンドウにおいて、「Flat-Top」ウィンドウ・オプションを使用すると、最適な結果が得られます。掃引点の数を300に設定し、単掃引を選択します。その上で「Run」ボタンを押します。

ここまでで、周波数補償を施していない分圧器のゲイン比(減衰率)と周波数応答が得られたはずです。ゲインのプロットを確認し、-3dBの周波数を基にしてRC時定数とC2の値を推定します。それらの値を、時間領域の応答を使って算出した値と比較してみてください。続いて、C2の最適な推定値に基づき、C2を完全に補償するためのC1の値を求めます。恐らく標準コンデンサのラインアップの中に、その値は存在しないでしょう。そこで、その値に近くなるように、2個以上のコンデンサを並列(または直列)に接続することでC1を作製することにします。

そのようにして用意したC1をブレッドボードのR1の両端に追加します。

その新たな回路について、時間領域と周波数領域のテストを繰り返し実施します。分圧器の出力を時間領域で確認してみてください。図4の(a)の波形に近づいているでしょうか。近づいていないとしたら、なぜそうなるのでしょうか。また、C1を追加する前後で周波数応答を比較してみてください。そして、-3dB周波数は何によって決まるのか、考察してみてください。

容量分圧器としての応答

続いて、この回路に少し変更を加え、容量分圧器を構成した場合の応答に注目してみます。具体的には、図7に示すように、C1の一端からR1を切り離して2.5Vの固定電源に接続します。C1を通るパスは、チャンネルAからのDC成分を遮断します。また、R1を2.5Vに接続することで、チャンネルBの入力DC電圧のレベルを設定します。

図7. 容量分圧器を実現する回路
図7. 容量分圧器を実現する回路

この回路について、時間領域と周波数領域のテストを繰り返し実施します。得られた時間応答/周波数応答を、R1のみを使用した場合、R1とC1の並列接続(図5)を使用した場合に得られた値と比較します。図7における-3dB周波数は何によって決まるのか考えてみてください。また、周波数応答は平坦な特性を示すでしょうか。それとも、ローパスでしょうか、ハイパスでしょうか。なぜそのようになるのか理由を考えてみてください。

分圧器を利用して9Vのバッテリの電圧を測定する

次に、分圧器を利用して、ADALM1000が許容する0V~5Vより大きい電圧を測定してみます。それにあたっては、分圧器のオフセットとゲインを補正する必要があります。

まず、R1とC1の一端をチャンネルAから切り離し、それらをグラウンドに接続します。チャンネルBのゲインは、しばらくの間、分圧比に近い2.0に設定します。チャンネルBに現れるDC電圧の平均値をモニタしながら、チャンネルBのオフセット入力ウィンドウに入力された値を調節します。

ここで、再びチャンネルAの出力にR1、C1を接続します。チャンネルAとチャンネルBの波形は、更に近づいて重なり合っているはずです。矩形波の上部と下部の平坦な部分が互いに重なるように、ゲインの値をわずかに上下させて調整します。完全に重なるようにするためには、オフセットも微調整する必要があるかもしれません。以上で、分圧器に合わせてソフトウェアが補正されたことになります。

ここで、チャンネルAからR1、C1を切り離します。そして、9Vのバッテリの負極をグラウンドに接続し、正極をR1、C1の一端に接続します。チャンネルBで読み取られるDC電圧の平均値は、9Vのバッテリの出力値です。スコープのグリッド上で9Vを確認できるように、チャンネルBの縦軸(電圧)のレンジを1V/divに、位置を5.0に変更する必要があります。

Adjust Gain/Offset

オシロスコープのプローブ

オシロスコープを使用する際には、10:1(10×)のパッシブ・プローブを使うケースがよくあるでしょう。この種のプローブは、オシロスコープの入力インピーダンスが1MΩである場合に、9MΩの直列抵抗を使って10:1の減衰を実現します。ほとんどのオシロスコープでは、入力インピーダンスは標準的に1MΩとなっています。そのため、異なるメーカーのオシロスコープが存在する場合でも、プローブは共通的に使用できるケースが多いと言えます。図8に、標準的な10:1のプローブの回路図を示しました。10: 1のプローブでは、オシロスコープの各チャンネルに存在する入力容量のばらつきに対応するために、ある程度の周波数補償が行えるようになっています。具体的には、プローブの中に図8に示すような容量分圧回路が形成されています。グラウンドに接続するコンデンサは値の調整が可能であり、プローブの周波数応答を等化するために使用できます。

図8 . 10:1の標準的なプローブの回路図
図8 . 10:1の標準的なプローブの回路図

ADALM1000の入力チャンネルは、1MΩの入力抵抗を備えています。一方、入力容量については、ほとんどの10:1のプローブの10pF~50pFという調整範囲よりもかなり大きな値になっています。9MΩの抵抗に並列に接続されるコンデンサは、通常10pFです。オシロスコープの入力容量とプローブの調整可能な補償用コンデンサを並列に接続することになるわけですが、それらを組み合わせた結果得られる値は90pFに近づける必要があります。言い換えると、標準的なプローブをADALM1000の入力に直接接続した場合には、周波数応答は補償できないということになります。

プローブの回路とADALM1000の入力部の間には、(「AD8541」や「AD8542」のような)ユニティ・ゲインのバッファ・アンプを挿入することができます(図9)。その場合、R1とC1によって、10:1のプローブにおける抵抗/コンデンサの分圧回路が完成します。

図9 . ユニティ・ゲイン・バッファの使用例。これにより、信号側から見た入力容量の値を低下させることができます。
図9 . ユニティ・ゲイン・バッファの使用例。これにより、信号側から見た入力容量の値を低下させることができます。

抵抗R1をグラウンドに接続した場合、正の電圧のみを測定できます。アンプの入力範囲は0V~5Vですが、R1をその中間の2.5Vに接続すると、オフセットが加えられるので、正と負の両方の電圧を測定できます。

問題

図8に示した標準的なプローブ回路において、周波数応答を補償するためにコンデンサの値を調整する場合に、許容可能な値の範囲を算出する方法を説明してください。

答えはStudentZoneブログで確認できます。

注記

アクティブ・ラーニング・モジュールを使用する記事では、本稿と同様に、ADALM1000に対するコネクタの接続やハードウェアの設定を行う際、以下のような用語を使用することにします。まず、緑色の影が付いた長方形は、ADALM1000が備えるアナログI/Oのコネクタに対する接続を表します。アナログI/Oチャンネルのピンは、「CA」または「CB」と呼びます。電圧を印加して電流の測定を行うための設定を行う場合には、「CA-V」のように「-V」を付加します。また、電流を印加して電圧を測定するための設定を行う場合には、「CA-I」のように「-I」を付加します。1つのチャンネルをハイ・インピーダンス・モードに設定して電圧の測定のみを行う場合、「CA-H」のように「-H」を付加して表します。

同様に、表示する波形についても、電圧の波形は「CA-V」と「CB-V」、電流の波形は「C A - I 」と「CB- I」のように、チャンネル名とV( 電圧) 、I( 電流)を組み合わせて表します。

本稿の例では、ALICE(Active Learning Interface for Circuits and Electronics)の Rev 1.1 を使用しています。

同ツールのファイル(alice-desktop-1.1-setup.zip)は、こちらからダウンロードすることができます。

ALICEは、次のような機能を提供します。

  • 電圧/電流波形の時間領域での表示、解析を行うための2チャンネルのオシロスコープ
  • 2チャンネルのAWG(任意信号発生器)の制御
  • 電圧と電流のデータのX/Y軸プロットや電圧波形のヒストグラムの表示
  • 2チャンネルのスペクトル・アナライザによる電圧信号の周波数領域での表示、解析
  • スイープ・ジェネレータを内蔵したボーデ・プロッタとネットワーク・アナライザ
  • インピーダンス・アナライザによる複雑なRLC回路網の解析、RLCメーター機能、ベクトル電圧計機能
  • 既知の外付け抵抗、または50Ωの内部抵抗に関連する未知の抵抗の値を測定するためのDC抵抗計
  • 2.5Vの高精度リファレンス「AD584」を利用して行うボードの自己キャリブレーション。同リファレンスはアナログ・パーツ・キット「ADALP2000」に含まれている
  • ALICE M1Kの電圧計
  • ALICE M1Kのメーター・ソース
  • ALICE M1Kのデスクトップ・ツール

詳細についてはこちらをご覧ください。

注) このソフトウェアを使用するには、PC にADALM1000を接続する必要があります。

図10. ALICE Rev 1.1のデスクトップ・メニュー
図10. ALICE Rev 1.1のデスクトップ・メニュー

著者

Doug Mercer

Doug Mercer

Doug Mercerは、1977年にレンセラー工科大学で電気電子工学の学士号を取得しました。同年にアナログ・デバイセズに入社して以来、直接または間接的に30種以上のデータ・コンバータ製品の開発に携わりました。また、13件の特許を保有しています。1995年にはアナログ・デバイセズのフェローに任命されました。2009年にフルタイム勤務からは退きましたが、名誉フェローとして仕事を続けており、Active Learning Programにもかかわっています。2016年に、レンセラー工科大学 電気/コンピュータ/システム・エンジニアリング学部のEngineer in Residenceに指名されました。

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclausは、アナログ・デバイセズのシニア・ソフトウェア・エンジニアです。Linuxやno-OSドライバを対象とした組み込みソフトウェアを担当。それ以外に、アナログ・デバイセズのアカデミック・プログラムやQAオートメーション、プロセス・マネージメントにも携わっています。2017年2月から、ルーマニアのクルジュナポカで勤務。クルジュナポカ技術大学で電子工学と通信工学の学士号、バベシュボヨイ大学でソフトウェア・エンジニアリングの修士号を取得しています。