「ADALM1000」で、SMUの基本を学ぶトピック16:ラウドスピーカのインピーダンス・プロファイルを測定する

目的

今回の実験では、永久磁石をベースとするラウドスピーカのインピーダンス・プロファイルと共振周波数を測定します。

背景

ダイナミック・ラウドスピーカで最も重要な電気的特性は、周波数の関数として表されるインピーダンスです。その概要は、周波数に対する値をプロットすることにより、視覚的に把握することができます。そのグラフは、インピーダンス曲線と呼ばれています。

最も一般的なラウドスピーカは、紙製のコーン(振動板)に接続されたボイス・コイルをベースとする電気機械的な変圧器です。可動コイル型のラウドスピーカでは、永久磁石によって生じる磁場の中に、ボイス・コイルが浮いた状態になっています。このボイス・コイルにオーディオ・アンプからの電流が流れることにより、電磁界が発生します。それが永久磁石の固定磁界に反発し、ボイス・コイルとコーンが揺れ動きます。交流電流によってコーンが前後に動き、その動きによって空気が振動することで音が生み出されます。

コーン、スパイダ、コーンのサスペンション、ボイス・コイルを含むラウドスピーカの可動システムは、それぞれ固有の特性を備えています。このシステムは、バネによって吊り下げられたシンプルな固まりとしてモデル化されるのが一般的です。そのバネは、最も自由に振動が得られる特定の共振周波数を備えています。

その共振周波数は、自由空間におけるスピーカの共振周波数FSとして知られています。この周波数で、ボイス・コイルは最大のピークtoピーク振幅と最高速度で振動します。そのため、磁界の中でコイルが動くことによって発生する逆起電力も最大になります。その結果、スピーカの実効インピーダンスはFSにおいて最大になります。この最大値はZMAXとして知られています。共振周波数よりわずかに低い領域から周波数を高めていくと、FSに近づくに連れ、インピーダンスが急激に上昇して誘導性の振る舞いを示します。共振周波数に達すると、インピーダンスは純粋な抵抗成分として振る舞います。共振周波数を超えるとインピーダンスは低下して、容量性の振る舞いが支配的になります。インピーダンスは、ある周波数範囲にわたってほぼ(しかし完全にではない)抵抗性の振る舞いを示す周波数で、最小値ZMINに達します。スピーカの定格(公称)インピーダンスZNOMは、このZMINの値から得られます。

共振周波数と最小/最大インピーダンスの値を知るのは、マルチドライバのスピーカで使用されるクロスオーバー・フィルタ回路や、スピーカを取り付けるエンクロージャ(筐体)を設計する上で非常に重要なことです。

ラウドスピーカのインピーダンスのモデル

以降で実施する測定について理解しやすくするために、ラウドスピーカの簡単な電気的モデルを図1に示しました。

図1. ラウドスピーカのインピーダンスのモデル
図1. ラウドスピーカのインピーダンスのモデル

図1の主な構成要素としては、L、R、Cで構成される並列共振回路があります。この回路と直列にDC抵抗RDCが接続されています。これが、対象となる周波数範囲に対して動的に振る舞うスピーカのインピーダンスをモデル化したものです。以下、このモデルについて詳細に説明します。

  • RDCはラウドスピーカのDC抵抗であり、その値はDC抵抗計で測定することができます。このDC抵抗は、スピーカやサブウーファのデータシートではよくDCRとして記載されています。一般に、このDC抵抗の測定値は、ドライバの公称インピーダンスZNOMより小さい値になります。通常、RDCは特定のラウドスピーカのインピーダンスよりも小さいため、ドライバ・アンプが過負荷の常態になるのではないかという懸念を持たれるかもしれません。しかし、周波数の上昇に伴って、スピーカのインダクタンスLの値が大きくなるので、ドライバ・アンプから見てDC抵抗が負荷になることはありません。
  • Lはボイス・コイルのインダクタンスであり、通常はmH単位の値になります。一般に、業界の規格では、ボイス・コイルのインダクタンスは1000Hzで測定することになっています。周波数が0Hzより高くなると、インピーダンスの値はRDCよりも大きくなります。これは、ボイス・コイルがインダクタのように振る舞うからです。その結果、ラウドスピーカ全体のインピーダンスも変動します。実際に測定すればわかりますが、スピーカ全体のインピーダンスは、入力周波数によって変化するダイナミック・プロファイルとして表すことができます。ラウドスピーカのインピーダンスは、共振周波数で最大値ZMAXに達します。
  • FSは、ラウドスピーカの共振周波数です。ラウドスピーカのインピーダンスは、FSにおいて最大になります。共振周波数は、ラウドスピーカの動作中に可動部品全体がスピーカのサスペンションの力と平衡になる点です。共振周波数の情報は、エンクロージャにリンギングが生じるのを防ぐ上で重要です。一般に、共振周波数に影響を及ぼす主な要素は、可動部品と、サスペンションの剛性です。ベント型のエンクロージャ(バスレフ)では、両者が調和して動作するようにFSに対する調整が行われます。一般に、FSが低いスピーカの方が、FSが高いスピーカよりも低周波領域における再生性能に優れています。
  • Rは、ドライバのサスペンションにおいて損失の原因となる機械的抵抗を表します。

準備するもの

  • アクティブ・ラーニング・モジュール「ADALM1000
  • ソルダーレス・ブレッドボード
  • 抵抗:100Ωかそれに近い値(2個)
  • アナログ・パーツ・キット「ADALP2000」に含まれるラウドスピーカ(図2)。なお、手元にコーンの直径が4インチ以上のスピーカがあるなら、それを使う方がより望ましいと言えます。共振周波数が比較的低くなるからです。
図2 . ADALP2000に含まれる小型のラウドスピーカ
図2 . ADALP2000に含まれる小型のラウドスピーカ

説明

まず、ソルダーレス・ブレッドボードを使って図3に示す回路を構成します。構成済みの回路は、図4のようなものになります。ラウドスピーカはエンクロージャに収容されていても、そうでなくても構いません。この構成により、スピーカの両端の電圧VLは、チャンネルBの電圧トレースとして測定できます。また、負荷電流ILは、チャンネルAの電流トレースとして測定可能です。

図3 . スピーカのVLおよびI Lを測定するための構成
図3 . スピーカのVLおよびILを測定するための構成

続いて、デスクトップ・ソフトウェア「ALICE」を起動します。ALICEでは、「Scope」のメイン画面で電圧波形と電流波形のトレースを基に実効値を計算して表示することができます。それには、「CA Meas」ドロップダウン・メニューの電圧のセクションで、「RMS」を選択します。また、電流のセクションでも「RMS」を選択します。更に「CB Meas」ドロップダウン・メニューの電圧のセクションでも「RMS」を選択します。

スピーカの両端の実効電圧(チャンネルBの実効電圧)の値を、スピーカを流れる実効電流(チャンネルAの実効電流)の値で割ることにより、ある周波数におけるスピーカのインピーダンスZを求めることが可能です。その計算結果は、「Channel B User」という測定値の表示機能によって確認できます。使用する2つの値は、チャンネルBの実効電圧SV2とチャンネルAの実効電流SI1です。「CB Meas」ドロップダウン・メニューで「User」をクリックし、ラベル用に「Z」と入力します。また式としては「(SV2/SI1)×1000」と入力します。電流はmA単位で扱われるので、Ωを単位とする結果を得るために1000倍しています。

チャンネルAに異なる周波数を設定し、スピーカの両端の電圧とZの計算値の変化を確認します。

図4 . ブレッドボードの接続
図4 . ブレッドボードの接続

ボーデ・プロッタの使用手順

続いて、ALICEのボーデ・プロッタを使用します。まず「Bode Plotting tool」を選択します。次に「Curves」メニューで「CA-dBV」、「CB-dBV」、「Phase B-A」を選択します。

Options」ドロップダウン・メニューで「Cut-DC」がまだ選ばれていなければ、それをクリックしてください。また「FFT Zero Stuffing Factor」を3に変更します。

Channel A Min」の値を1.0Vに設定し、「Channel AMax」を4.0Vに設定します。加えて、「AWG A Mode」を「SVMI」、「Shape」を「Sine」に設定します。更に「AWG Channel B Mode」を「Hi-Z」に設定します。「Sync AWG」チェック・ボックスがチェックされていることを確認してください。

Start Frequency」を使って、周波数の掃引を50Hzから開始するように設定します。また「Stop Frequency」を使って、掃引を1000Hzで停止するようにします。掃引のソース・チャンネルとしては「CHA」を選択します。そして「Sweep Steps」によって、周波数ステップの数を150に設定します。更に「Single Sweep」を選択します。

ここでは、計算を簡単にするために、データをdB換算した値ではなく単なる振幅の大きさとして、CSV(CommaSeparated Values)ファイルにエクスポートします。それには「File」→ 「Save Data」を使用します。得られたCSVファイルを、Microsoftの「Excel」をはじめとする表計算ソフトにロードします。そのようにして得られた50Hz~1000HzのチャンネルBのデータをVLの値として使用します。

位相が正の最大値、ゼロ、負の最小値になる周波数に注目してください。画面上のデータは、dB単位でプロットされています(図5)。つまり、縦軸の単位はVではありません。ADALP2000に含まれているのとは異なるスピーカを使用している場合には、異なる結果が表示されるでしょう。

図5 . 周波数掃引を行った結果
図5 . 周波数掃引を行った結果

データを振幅値として保存することにより、信号発生器の振幅は、Vrmsの単位でファイルに保存されます。スピーカの両端の電圧VLを電流ILで割ることにより、スピーカのインピーダンスZの大きさを求められます。ILは、抵抗の両端の電圧を抵抗値で割った値です。

数式 1

チャンネルAの電圧の大きさからチャンネルBの電圧の大きさを引いて、抵抗値である50Ωで割ることにより、電流量ILを求めることができます。インピーダンスZは、チャンネルBの電圧の大きさを電流の大きさILで割った値です。

ここまでの内容を踏まえれば、周波数に対するインピーダンスの計算値Zをプロットすることができます。図6に示したのがその例です。使用しているスピーカの違いに応じて、これとは異なる結果が得られるはずです。

図6 . インピーダンスの計算値をプロットした結果
図6 . インピーダンスの計算値をプロットした結果.

このスピーカのインピーダンスは小さく、線形領域ではDC抵抗とほぼ等しい値になっています。ただ、共振周波数FSでは、かなり大きい値になります。

問題

測定したデータに基づき、使用したスピーカについて、図1に示した電気的モデルのL、C、Rの値を抽出してください。なお、RDCは、DC抵抗計を使用することで測定できます。LINPUTは、Lに比べて小さいため無視します。求めた値を、このモデルの回路シミュレーション用の回路図に入力してください。そのうえで、50Hz~1000Hzの範囲で掃引を行い、周波数応答を取得してください。その結果を実験で測定したデータと比較してください。

答えはStudentZoneで確認できます。

ALICEのインピーダンス・アナライザによるスピーカのインピーダンス測定

続いて、ALICEのインピーダンス・アナライザを使って計測を行います。その場合も、チャンネルBにより、スピーカの両端の電圧VLを測定します。インピーダンス・アナライザを使用すれば、チャンネルAの電圧とチャンネルBの電圧の差と、チャンネル間の相対位相を使い、R1とR2を結合した値に基づいて、インピーダンスを計算することができます。

図7 . スピーカのインピーダンスを測定するための構成
図7 . スピーカのインピーダンスを測定するための構成

ALICEのインピーダンス・アナライザを開きます。

「Ext Res」の値として50を設定し、チャンネルAの周波数として、スピーカの共振周波数よりも十分に低い値を設定します。ここでは、100Hzを使用することにします。また「Ohms/div」を10に設定します。図8からわかるように、位相角は正の値になるはずです。スピーカの直列抵抗は約7Ω、リアクタンスは誘導性の特性を示します。

図8 . 共振周波数より低い周波数でインピーダンスを測定した結果
図8 . 共振周波数より低い周波数でインピーダンスを測定した結果

次に、周波数掃引によって得た共振周波数に設定します。図9に示すように、リアクタンスが厳密にゼロになる点を見つけるためには、値を細かく調整する必要があるかもしれません。

図9 . 共振周波数でインピーダンスを測定した結果
図9 . 共振周波数でインピーダンスを測定した結果

図9の結果は、周波数掃引の結果と一致するはずです。位相角は小さく、直列抵抗は約15Ωまで高まります。

続いて、図10に示すように、位相が負のピーク値に近くなる、共振周波数より高い値に周波数を設定します。ここでは、500Hzを使用しています。

図10 . 共振周波数より高い周波数でインピーダンスを測定した結果
図10 . 共振周波数より高い周波数でインピーダンスを測定した結果

このデータからわかるように、位相角は負の値になるはずです。スピーカの直列抵抗は約7Ωですが、リアクタンスは容量性の特性を示します。

注記

アクティブ・ラーニング・モジュールを使用する記事では、本稿と同様に、ADALM1000に対するコネクタの接続やハードウェアの設定を行う際、以下のような用語を使用することにします。まず、緑色の影が付いた長方形は、ADALM1000が備えるアナログI/Oのコネクタに対する接続を表します。アナログI/Oチャンネルのピンは「CA」または「CB」と呼びます。電圧を印加して電流を測定するための設定を行う場合、「CA-V」のように「-V」を付加します。また、電流を印加して電圧を測定するための設定を行う場合には、「CA-I」のように「-I」を付加します。1つのチャンネルをハイ・インピーダンス・モードに設定して電圧の測定のみを行う場合、「CA-H」のように「-H」を付加して表します。

同様に、表示する波形についても、電圧の波形は「CA-V」と「CB-V」、電流の波形は「CA-I」と「CB-I」のように、チャンネル名とV( 電圧) 、I( 電流)を組み合わせて表します。

著者

Doug Mercer

Doug Mercer

Doug Mercerは、1977年にレンセラー工科大学で電気電子工学の学士号を取得しました。同年にアナログ・デバイセズに入社して以来、直接または間接的に30種以上のデータ・コンバータ製品の開発に携わりました。また、13件の特許を保有しています。1995年にはアナログ・デバイセズのフェローに任命されました。2009年にフルタイム勤務からは退きましたが、名誉フェローとして仕事を続けており、Active Learning Programにもかかわっています。2016年に、レンセラー工科大学 電気/コンピュータ/システム・エンジニアリング学部のEngineer in Residenceに指名されました。

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclausは、アナログ・デバイセズのシニア・ソフトウェア・エンジニアです。Linuxやno-OSドライバを対象とした組み込みソフトウェアを担当。それ以外に、アナログ・デバイセズのアカデミック・プログラムやQAオートメーション、プロセス・マネージメントにも携わっています。2017年2月から、ルーマニアのクルジュナポカで勤務。クルジュナポカ技術大学で電子工学と通信工学の学士号、バベシュボヨイ大学でソフトウェア・エンジニアリングの修士号を取得しています。