Thought Leadership

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Patrick Morgan,

自動車の電動化およびサステナブル・エネルギー担当コーポレート・バイス・プレジデント

アナログ・デバイセズ

著者について
Patrick Morgan
Patrick Morgan博士は、アナログ・デバイセズのコーポレート・バイス・プレジデント兼オートモーティブおよびエネルギー担当ゼネラル・マネージャで、アナログ/ミックスド・シグナルIC、ソフトウェア、およびシステムのリーダーを務めています。27年以上にわたり、オートモーティブ、コンスーマ、産業向けマーケットでの技術の開発とビジネスの拡大に携わってきました。それ以前には、NXP®およびFreescale Semiconductor®においてバイス・プレジデントおよびゼネラル・マネージャを務め、同社の先進運転支援システム(ADAS)ビジネスを確立し拡大した経験を有しています。Freescaleの前は、パワー・アンプのスタートアップ企業であったJavelin Semiconductorのマーケティングおよび営業担当バイス・プレジデントとして、設立から5千万ユニットを出荷しAvagoに買収されるまで、同社の成長を導きました。2000年代の初めには、テキサス州オースティンにあるSilicon Labs®でワイヤレス製品のリーダーの一人として、携帯電話端末の総売り上げをゼロから10億ドル以上まで伸ばしました。Patrickは、7件の特許を保有すると共に、スタンフォード大学で電気工学の博士号を取得しています。また、これまで、カリフォルニア州、テキサス州、アリゾナ州、マサチューセッツ州、およびドイツに居住しました。中西部出身で、2人の子供がおり、現在は妻であるリンと共にニュー・イングランド地方で暮らしています。
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車両の電動化を担う先進技術がサステナブルな輸送の実現を加速する


はじめに

車両の電動化を実現するためには、数多くの先進的なソリューションが必要になります。アナログ・デバイセズはそのためのポートフォリオとして「ADI Recharge」を提供しています。ADI Rechargeでは、電動モビリティと再生可能エネルギーに関連するエコシステムにより、電気自動車(EV)の所有者に対してどのような大きな価値を創出/提供できるのかを再定義しています。ADI Rechargeを活用することにより、EVの運用形態を改善し、バッテリの生涯価値を高めることができます。そして、最終的にはEVの総所有コストを改善することが可能になります。アナログ・デバイセズは、EV用のバッテリに関するデータに基づいた情報関連のエコシステムを構築しようとしています。従来、そのようなものを実現するのは不可能だと考えられていました。しかし、自動車メーカー、ティア1サプライヤ、バッテリ・メーカー、電力事業者、その他の利害関係者と連携を図ることにより、そのための道すじが明確になりつつあります。

EV市場の成長

現在、EVの市場は大きな成長を遂げています。それを強力に後押しする要素としては、将来を見据えた政府の政策、技術の進化、サステナビリティに対する自動車業界のコミットメントなどが挙げられます。しかし、多くの人にとってEVはまだ手ごろな価格のものだとは言えません。また、その価値を明確に認識していない人もいます。EVが抱える課題には、政府の経済政策によってある程度までは対応することができます。それでもなお、EVの普及に向けては障壁が存在します。したがって、それを打破するための道を切り開かなければなりません。そのためには、輸送、エネルギー・グリッド、ビジネス上のサービスなどに関連する電動化技術において破壊的なイノベーションを実現しなければなりません。

このような課題を解決する上で、技術企業が重要な役割を担っていることは明らかです。手ごろな価格を実現するために重要なのは、よりスマートで、より効率の高いバッテリ・パックとパワートレインを実現することです。それらのシステムは、車両の寿命が尽きるまで高い性能を維持する必要があります。そのような性能をユーザに提供するためには、システム自体が安全かつセキュアで堅牢なものでなければなりません。これを具現化するには、最高のバッテリ・セルを増産し、バッテリ・パックをロボットで組み立てられるようにし、LFP(リン酸鉄リチウム)のようなゼロ・コバルトのバッテリ・ケミストリをサポートする必要があります。それにより、バッテリのリサイクルや蓄電システムでの再利用を可能にする循環型のライフサイクルを実現しなければなりません。そのために必要なのが先進的な技術であることは明白です。

半導体とソフトウェアが切り開くサステナブルな輸送への道

先述したように、アナログ・デバイセズは電動化向けソリューションの主要なポートフォリオとしてADI Rechargeを提供しています。このポートフォリオは、自動車の所有者、フリートの所有者(複数台の車、複数の車種を所有する法人など)、自動車メーカー、ティア1サプライヤといったバリュー・チェーンに対し、革新的な機能を提供します。ADI Rechargeには、バッテリ、オンボードのチャージャ、パワー・マネージメント、絶縁に関する主要なソリューションが含まれています。それらが一体となることで、EV用のバッテリとパワートレインは、車両全体の機能の中で特に技術的に進歩した部分に変貌します。その中心となるのが、アナログ・デバイセズのバッテリ管理(バッテリ・マネージメント)システム(BMS:Battery Management System)です。当社のBMSは、ハードウェアだけでなく、ソフトウェア・ドライバやツールも含むシステム・レベルの完全なソリューションです。無線によるソフトウェアのアップデートをサポートしており、自動車のサイバーセキュリティに関する最高レベルの認証(ISO 21434 CAL-4)を取得しています。また、有線、無線での操作は当社のネットワーク・プロトコルによって完全にサポートされています。このソリューションを採用すれば、自動車メーカーはEVの設計を複数の車種向けに展開することができます。それだけでなく、エッジにおいて、バッテリ・セルに対するセキュアなインテリジェンスをもたらすことが可能になります。加えて、バッテリ・パックはソフトウェア定義型のプラットフォームに変貌します。更に、車両は、ネットワークに接続されたセキュアなエッジ・ノードだと見なせるようになります。

図1
図1. BMSのネットワーク。(左)は、複数のコンポーネントを有線で接続した一般的なネットワークです。wBMS技術を採用すれば、(右)のように簡素化を図れます。

堅牢なバッテリ・インサイト・プラットフォーム

アナログ・デバイセズは、革新的なソリューションの展開を可能にする新たなエコシステムの構築を支援しています。具体的には、バッテリから得られるリアルタイムのデータを基にして生成したインサイトを、バリュー・チェーンが活用できるようにすべく取り組みを進めています。これを実現できれば、EVの運用形態を改善し、バッテリの生涯価値(EVでの利用、セカンド・ライフを経て寿命を迎えるまでの価値)を高めることができます。結果として、EVやフリートの所有者に対してより良い効果がもたらされます。

アナログ・デバイセズのソリューションは、セルの監視(各種パラメータの値の測定)を高精度で行うための機能をベースとして構築されています。それらの機能は業界をリードするものであり、既に多くの実績を積み重ねています。その基盤になっているのは、エッジにおけるセキュアなインテリジェンス、組み込みソフトウェア、ワイヤレス通信リンクです。それらを利用することで、バッテリのライフサイクル全体を対象とし、新たなシステムやサービスの開発に不可欠なインサイトを提供することが可能になります。それらのインサイトは、バッテリに関するリアルタイムのデータを基にして生成されます。このような機能により、車両/フリートの所有者は、価値をベースとする価格体系に見合った恩恵を享受する機会を得ることができます。また、メーカーやサプライヤは、間接費の削減によって変動費を改善することが可能になります。それだけでなく、製品を市場に投入するまでの時間を短縮したり、製造ラインの効率化を実現したりする機会も得られます。更に、これらのイノベーションは、電動モビリティと、クリーン・エネルギーを利用するグリッドを高い信頼性で融合する機会を生み出すことにも貢献します。

アナログ・デバイセズのバッテリ・インサイト・プラットフォームの概要をまとめると、以下のようになります。

  • 出発点はデータ・ソース:このプラットフォームでは、バッテリ・セルの直近にあるインテリジェントなセンサーによってデータを収集します。それらのデータは、中央の管理プラットフォームにワイヤレスで送信されます。管理プラットフォームではそれらのデータに対する処理が行われ、インサイトが生成されます。得られたインサイトは BMS 用の ECU(Electronics Control Unit)に引き渡されます。アナログ・デバイセズは、インサイトにアクセスするための製品グレードのソフトウェア・ブロックを提供しています。またプラットフォームは、シンプルな API(Application Programming Interface)を介して再構成することが可能です。
  • インサイト・プラットフォームのエッジの詳細:セルに接続される最も重要な IC は、セルを監視するために使用するセンサーです。このプラットフォームでは、アナログ・デバイセズが提供する第7世代のセンサーを採用しています。そのセンサーは、当社の先進的な測定機能をベースとして構築されています。また、データを基に画期的なインサイトを生成するための新機能も追加されています。その機能を使用すれば、バッテリが寿命を迎えるまで、業界最高の精度を活かして充電状態(SOC:State of Charge)と健全性(SOH:State of Health)を正確に分析することができます。加えて、それらのセンサーの消費電力は旧来のセンサーと比べて 1/20 に削減されています。そのため、貴重なインサイトに関連してエッジで行う処理に電力を振り分けることが可能です。更に、わずか 1 個の IC によって、最大 100V のスタックまたは 24 個の直列セルのセンシングを実行できます。まとめると、バッテリの監視に向けて、高度に統合され、電力効率に優れるセンサーが実現されているということです。
  • RF に対応するセキュアなマイクロコントローラ・ユニット(RF MCU):センサーの動作は、IC の組み込みソフトウェアによって制御されます。それによりデータが処理され、アナログ・デバイセズが提供するインサイトの生成用のアルゴリズムに供給されます。それらのアルゴリズムにより、SOC の推定がより正確に行われ、急速充電や航続距離の延長などに役立つインサイトが生成されます。それらのインサイトは、RF MCUの極めて堅牢な無線機能と組み込みネットワーク・ソフトウェアにより、BMS 用の ECU に伝送されます。各 RF MCU には、セキュリティを確保するための包括的なサブシステムが実装されています。このサブシステムは、ISO 21434 CAL-4 に準拠しています。重要な特徴として、各 IC には固有のセキュアID が付与されています。これを活用することにより、各バッテリのインサイトの履歴を作成することができます。
  • 中央の処理(BMS 用の ECU):アナログ・デバイセズのアルゴリズムは、複数のエッジ・ノードから得られた処理済みのデータを融合します。それにより、バッテリ・パックや車両のレベルに対応するインサイトを生成します。
図2
図2. 監視用のwBMSシステム(2021年にリリース)

バッテリのライフサイクル全体にわたるシステムの価値

自動車メーカーにとって、車両/フリートの電動化は急務です。以下では、持続的な価値の提供を強化するためのいくつかの重要な機会について考えてみましょう。

EVの製造の自動化

図1に示したように、ADI Rechargeを採用すれば、BMSのネットワークにおいてワイヤ・ハーネスを使用する必要がなくなります。それにより、自動車メーカーに対しては、ロボットによる生産能力が向上するというメリットがもたらされます。つまり、製造ラインの効率と信頼性を高めつつ、バッテリ・パックの組み立て方法を改善し、製造コストを削減することが可能になります。そのシステムは、低コストのケミストリを含む既知のあらゆるバッテリ・ケミストリに対応することができます。また、バッテリ・パックのモジュール性が向上するので、EVの製造をエントリ・レベルからプレミアム・レベルまでスケーリングできるだけの柔軟性が得られます。ワイヤレスのアーキテクチャは非常に堅牢なものであり、ソフトウェアとネットワークをアップグレードすることで、バッテリの材料に対する要件を緩和することができます。ワイヤレス・ネットワークは、有線のネットワークと比べて迅速かつ容易に実装できます。そのため、開発期間が大幅に短縮されます。また、セルの監視用に当社第7世代のセンサーを採用することにより、アーキテクチャのレベルで簡素化を図ることも可能になります。例えば、1つのICによって最大24チャンネルのセンシングを実施できることから、カップリングの要件が緩和されます。また、電磁環境適合性(EMC)が優れているので、コンデンサなどの外付け部品が不要になります。

バッテリ・パックのデジタル・ツイン

現在は「ソフトウェア車両」の時代だと表現することができるでしょう。アナログ・デバイセズのシステムを利用すれば、バッテリ・パックのデジタル・ツイン・サービスを高い精度で実現できます。その目的は、プロトタイプの使用が可能になるはるか前の段階で、極めて堅牢性の高いRF性能を実証し、最初から適切な設計を行えるようにすることです。このことは、バッテリ・パックの設計や計画の改善に役立ちます。そのため、開発段階で活用すれば投資収益率が大幅に向上します。

車両の信頼性の向上

先述したようにワイヤレス化を実現すれば、ワイヤ・ハーネスが不要になり、コストを削減できます。それだけでなく、車両の潜在的な故障の原因を排除できることにもなります。ワイヤとコネクタは、時間の経過に伴って劣化したり、故障したりする可能性があります。また、アナログ・デバイセズのプラットフォームを使用すれば、車両の製造時や運用時にバッテリに関する自律的かつ詳細なテストを実行できます。それにより、車両の所有者にとって安全上の重大な問題につながる可能性のある欠陥/故障の初期の兆候を検出することが可能になります。

サイバーセキュリティに関する最高レベルの認証、バッテリ・パスポートの実現

エコシステムにとって、バッテリに関するデータを中心とした新たなシステムや付加価値サービスを構築するためには何が必要でしょうか。それは、透明性が高いこと、セキュリティの面で優れていること、配備が容易であることです。アナログ・デバイセズは、あらゆるレベルのセキュリティを設計に盛り込み、大量生産が可能なターンキー・ソリューションとなる技術を構築しました。アナログ・デバイセズのwBMS(Wireless BMS)は、自動車のサイバーセキュリティに関する最高レベルの認証(ISO 21434 CAL-4)を取得しています。また、各wBMS用のICにはセキュアIDが付与されています。これは、業界の目標であるバッテリ・パスポートの実現に欠かせないビルディング・ブロックです。

EVの運用形態と性能の改善

wBMSをベースとするインサイト・プラットフォームでは、セルの監視に使用する第7世代のセンサーとエッジ用のアルゴリズムを活用します。それにより、急速充電、航続距離の延長、バッテリ寿命の延伸を実現すると共に最大限の安全性を保証します。また、ソフトウェアをアップデートすることによって、一貫性を持った形でバッテリとパワートレインの性能を高めることができます。加えて、セキュアなワイヤレス機能により、バッテリ・パックの状態の分析を容易に実施することが可能です。更に、故障が検出された場合でも、ワイヤレスで構成(コンフィギュレーション)を実施できることから、取り外しや交換が容易になります。

バッテリのセカンド・ライフへのシームレスな移行

バッテリ・パックのコストは、EVの販売価格の30%以上を占めています(2023年の時点)。そのため、経済的な理由から、バリュー・チェーンの全体にわたって2次市場を作り出そうという動きがあります。wBMSを利用すれば、バッテリの寿命全体にわたってその状態を正確に追跡することができます。その結果を再販価格に反映させれば、買い手と売り手の間で信頼を築くことが可能になります。また、ある程度使用したバッテリを、初期投資の一部を回収するために活用可能な資産として捉えられるようになります。それによって節約されたお金を、車両/フリートの所有者に還元することも可能になるかもしれません。ワイヤ・ハーネスが不要になれば、バッテリ・パックの分解も迅速かつコストを抑えた状態で実施できます。アナログ・デバイセズのソリューションを活用すれば、バッテリのセカンド・ライフとして再利用やリサイクルを実現するためのシームレスな道筋が得られます。

図3
図3. wBMSがもたらす効果。バッテリ・パックの修理、再利用、リサイクルが容易になります。

クリーン・エネルギーを利用するグリッドと電動輸送の融合

EVの普及が進めば、充電ステーションに対する需要が高まります。その結果、時間的にも空間的にも独特かつ動的な変化が生じ、グリッドにかかるストレスが増加します。重要なのは、エネルギーの蓄電/変換技術をエネルギーの管理技術と組み合わせることです。それにより、EVはグリッドの安定化に役立つ重要かつ貴重なツールに変貌します。

アナログ・デバイセズのwBMSは、EVと蓄電システム(ESS:Energy Storage System)に対し、バッテリに関するインテリジェントなソフトウェアとワイヤレス・リンクを提供します。それらは、クリーン・エネルギーを利用するグリッド全体のエネルギーの流れを調整することに貢献します。つまり、需要と供給をより効果的かつシームレスに管理するために役立つということです。充電料金を変動制にするための仕組みを導入すれば、充電のスケジュールを最適化し、電気料金をより適切なものにすることができます。

よりサステナブルな未来の実現を加速する

将来に目を向けると、サステナブルな未来を実現するには、地球規模の大きな変革が必要になることがわかります。EVの普及は、その始まりにすぎません。充電ケーブルの両側には、高度な技術ソリューションが必要です。バッテリについては、今後も様々なケミストリを採用したものが登場し、市場は成長を続けるでしょう。一方で、バッテリのライフサイクルを循環型に移行させるためには新たなインサイトが必要になります。サステナブルな未来を実現するためには、倫理的な行動を世界に浸透させなければなりません。ゼロ・コバルトのLFPなど、紛争の原因となる鉱物を使用しないバッテリ・ケミストリは、今後も市場で支持を得るでしょう。アナログ・デバイセズは、高精度の管理技術や制御技術、リアルタイムの信号処理技術といった領域でイノベーションを生み出していきます。それらを活用することにより、エコシステムのあらゆるエッジ・ノードにインテリジェンスを追加できるよう取り組みを進めます。よりサステナブルな未来に向けて、電動輸送と、クリーン・エネルギーを利用するグリッドの融合をより高い信頼性でより確実に実現できるよう尽力していきます。