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閉じるオールデジタルレーダーが命を救う、竜巻の早期検出や高精度の気象予測が可能に
竜巻が発生すると、漏斗雲が地上に向かって伸びてきます。それが地面に達したら、人命に対して重大な危機が及ぶことになります。そのような状況に陥る数分前に、高い確率で竜巻を検出することはできないのでしょうか。あるいは、漏斗雲が地面に達するまでの経路を高い精度で予測するのは不可能なのでしょうか。
このような課題の解決に取り組んでいるのが、オクラホマ大学の先進レーダー研究センター(ARRC:Advanced Radar Research Center)です。現在、ARRCの気象学者、データ・サイエンティスト、技術者らは、オールデジタルの次世代ポラリメトリック・フェーズド・アレイ・システムを設計/構築/テスト/実用化すべく尽力しています。この画期的なシステムは、リアルタイムの天候の監視、高精度の予測を実現するものです。また、悪天候を、かつてないほど早い段階で検出することを可能にします。このプロジェクトは、米海洋大気庁(NOAA:National Oceanic and Atmospheric Administration)傘下の国立シビアストーム研究所(National Severe Storms Laboratory:NSSL)からの助成を受けて実施されています。そして、その開発作業を技術的な側面から支援しているのがアナログ・デバイセズです。
「この高度なレーダー・システムを利用すれば、嵐の詳細な構造を把握し、回転する風を早期に検出することができます。その結果、従来と比べてはるかに適切なタイミングで警報を発し、死傷者の数を減らすことが可能になります」と、ARRCの所長で気象学の教授を務めるBob Palmer氏は述べています。
しかし、ARRCが開発しようとしている新たな種類のレーダーは、SWaP+C(サイズ、重量、消費電力、コスト)の面で解決しなければならない大きな課題を抱えていました。また、気が遠くなるほど膨大な量の演算処理を行わなければならないという問題にも直面していました。
ARRCの概要
研究内容
オクラホマ大学のARRCは、2005年に設立された世界有数の学術機関。高度なレーダー・ソリューションの研究/開発を通して、安全性、セキュリティ、環境品質、経済的な繁栄を高めることを目指している。
主要な技術
遅延が小さく、分解能/精度/データ品質に優れたレーダー・ソリューションを開発している。高度な信号処理、フェーズド・アレイ・レーダー、検索アルゴリズムを活用し、嵐の観測を高度なレベルで実現する。
課題
音響工学と科学原理に基づきながら技術の限界を押し上げ、費用対効果と信頼性に優れるソリューションを提案する。SWaPを抑えつつ、大規模かつオールデジタルのフェーズド・アレイ・ビームフォーミングのアーキテクチャとトランシーバーを実現する。
目標
高度な検出機能と改善された予測モデルにより、竜巻などによる人的な被害と物的な損害を防ぐ。新たなレーダー技術を広範なアプリケーションに適用することで、自然災害や人為的な災害を防ぐための監視を行う。各種の現象についてより深く理解することにより、リスクを軽減する。
竜巻の中心地

ARRCはオクラホマ州のノーマンに開設されています。ここは、世界で最も竜巻が多く発生する場所として知られています。この地で、イノベータから成るARRCのチームは、より広い範囲を対象とする画期的なレーダー・ソリューションの開発に取り組んでいます。その目的は、天候を連続的に監視し、悪天候の発生を早期に検出することです。検出技術を進化させることができれば、より多くの情報に基づいて意思決定を行うことが可能になります。また、早い段階で警報を通知したり、緊急応答のサービスを提供したりすることができるようになります。このことは、財産の保護、怪我人の数の削減、人命の救助につながります。
ARRCが開発しようとしているのは、新たなオールデジタルレーダー技術です。この技術では、フェーズド・アレイを使用して高度なレベルで照準を定めた数百ものビームを生成します。それらを使って探査の対象となる領域を連続的に掃引し、分解能の高い画像をリアルタイムで生成できるようにします。目標としているのは、レーダーの探査範囲を拡大しつつ、監視の精度を高めることです。なお、ARRCのオールデジタル・ソリューションは多様なアプリケーションに適用できます。例えば、正確な気象予測、気象学の研究、航空機の正確な追跡、非協力的な立場の航空機の監視といった用途が想定されます。
アナログ・デバイセズのマルチマーケット・プラットフォーム・グループでマーケティング・ディレクタを務めるWyatt Taylorは「2015年初頭に当社はARRCに招かれ、同研究施設に赴きました。ARRCでは、フェーズド・アレイ研究イニシアチブに関するプレゼンテーションが行われました」と述べています。その時点で、ARRCは主要なコンポーネントとして、アナログ・デバイセズのRFアジャイル・トランシーバー「AD9361」を使用していました。ARRCのレーダー・エンジニアであるMatthew McCord氏は、「私たちは、嵐や初期の竜巻の検出を可能にするオールデジタルのフェーズド・アレイ・レーダーの構築に取り組んでいます。AD9361は、そのようなレーダーを実現できるかもしれないと考えるようになった最初のきっかけでした」と語ります。


「私たちは、オールデジタルレーダーの中核的な構成要素としてAD9371を採用しました。このトランシーバーICは、同レーダーの最も重要な機能を実現する役割を担います。」Matthew McCord氏
ARRC レーダー・エンジニア
アナログ・デバイセズは、当時開発中だった「AD9371」に関する事前情報をARRCに提供しました。AD9371は、広帯域に対応するRFトランシーバーであり、消費電力を少なく抑えられることを1つの特徴とします。これを採用すれば、最大20個ものディスクリート部品を置き換えることができます。ARRCの主席テクノロジストは、まだ発売前でドキュメントも公開されていないこのICに関心を寄せました。それを受けて、当社は、ARRCによる同ICに対する早期アクセスを承諾しました。
McCord氏は「評価用ボードを活用することにより、キャリブレーションに関連する問題を解消した上で、AD9361からAD9371への移行を実施しました」と述べています。その上で同氏は「アナログ・デバイセズはARRCに対し、アップデート、アプリケーションのサポート、情報共有のためのセッションを提供してくれました。また、システム全体のゲートキーパーとなるパワー・モニターなど、何種類かの製品を供給してくれました。なかでも、クワッドタイプの降圧レギュレータ『ADP5054』は、必要な電源を実現するための技術として大いに役立ちました」と説明します。
Horusプロジェクト:オールデジタルレーダーの具現化に挑む
アナログ・デバイセズから各種製品の情報を得たARRCは、NOAAのNSSLからの助成を受けてHorusプロジェクトに着手しました。このプロジェクトでは、高い分解能を備える初期のオールデジタルレーダーの研究が行われました。現在はデモ用システムのレベルのプロトタイプが開発された段階にあります。
ARRCは、モバイル型オールデジタルレーダーの構成要素となる個々のアンテナ素子用のデバイスを含めて、アナログ・デバイセズの製品群を使用することにしました。具体的には、オールデジタルの波形発生器、レシーバー、低消費電力/低遅延のデータ処理用IC、高性能のデータ・コンバータ、DSPが採用されました。

オールデジタルレーダーがもたらす飛躍的な進歩
オールデジタルレーダーのシステムは、従来のレーダー・システムよりも多くのビームを生成します。それにより、多くの標的を追跡できるようになります。また、従来よりも、はるかに高い分解能を実現できる可能性があります。
アナログ方式のフェーズド・アレイ・レーダーと同様に、オールデジタルレーダーでも、コンピュータのコマンドを使ってレーダー・ビームを操作します。オールデジタルレーダーでは、機械的なハードウェアやモーター、あるいは回転レーダー・アンテナを使用することなく、特定の領域を素早く走査することができます。アナログ方式のフェーズド・アレイ・レーダーの性能は、ハードウェアによって制限されます。アナログ・システムの場合、垂直次元には数本のRFビーム(スライス)しか生成することができません。そのため、分解能と、一度に追跡できる標的の数についての制約が生じます。オールデジタルレーダーでは、これらの制約が解消されます。それだけでなく、ソフトウェアをアップデートすることにより、機能の追加や更新を容易に行うことができます。

従来のアナログ方式の2Dレーダー
従来のレーダーでは、水平次元に、限られた数のビームを生成します。それにより、低い分解能で情報を取得するスライスが生成されます。

オールデジタル方式の3Dイメージング
オールデジタルレーダーでは、水平と垂直の両次元に無数のビームを生成します。それにより、詳細な情報を取得することができる高分解能のスライスが多数生成されます。
ARRCのリサーチ・サイエンティストで気象学の准教授を務めるDavid Bodine氏は「一般に、従来から用いられているアナログ方式の気象レーダーは、嵐の位置、強度、動きなどの検出の面ではかなり優れたものだと言えます。しかし、悪天候の正確な観測と予測を行うという目的に対しては、時間分解能と空間カバレッジの面で能力が足りません」と指摘します。その上で同氏は、「周辺で生じている嵐について正確に把握するには、水平と垂直の両次元で分解能の高い多数のスライスを迅速に生成できるレーダーが求められます」と語ります。
アンテナ素子のレベルのデジタル化
オールデジタルレーダーの検出能力を飛躍的に高めるにはどうすればよいのでしょうか。鍵になるのは、「アンテナ素子のレベルのデジタル化」を実現することです。つまり、個々のアンテナ(素子)に高性能のデータ・コンバータICを実装することが必要になります。規模の大きいオールデジタルレーダーでは、最大2万個ものアンテナ素子が使用されることになります。その場合、数千個ものデータ・コンバータが必要になります。McCord氏は「集積度の高いAD9371を採用することにより、アンテナ素子のレベルでオールデジタル化を実現したレーダーを構築することができました」と語ります。その上で同氏は「AD9371のような製品が存在しなければ、サイズとコストが膨れ上がってしまいます。それだけでなく、小さなデータ・センターと膨大な数のケーブルが必要になります。つまり、関与するすべての人にとって悪夢のような状況に陥るということです。アナログ・デバイセズのAD9371は、まさに私たちの目標を実現可能にする製品でした」と説明します。

ビームからビームを生成する
オールデジタルレーダーのビームは、データの後処理を行っている際にデジタル的に生成されます。ADCプロセッサICが受信部に返ってきたすべてのデータを取り込むときにだけ、単に演算を適用することによってビームが生成されます。「ビームは、演算の適用を繰り返すことで必要なだけ生成することができます。単にデータを再計算するだけです。また、ビームの分割によってビームの数を増やすことにより、時間分解能を大幅に高めることも可能です」とTaylorは説明します。
オールデジタルレーダーを使用して、雷雨が発生している上空エリアにビームを放射したとします。その後、リアルタイムの後処理において、より小さなエリアに照準を合わせたより多くのビームを生成すれば、ひょう、豪雨、竜巻の位置を初期の段階で特定することができます。

「オールデジタルレーダーでは、アンテナ素子のレベルでデジタル化を実現しています。それにより、従来のレーダーと比べて数桁高い能力が得られます。」
Matthew McCord氏 ARRC レーダー・エンジニア
発生初期の竜巻を検出する
竜巻は、目まぐるしく状態が変化する複雑なシステムです。その経路とそれがもたらし得る被害について把握するには、詳細な状態を数秒単位で観測する必要があります。今日の進化したレーダーでは、基本的には次のようなイメージング機能が実現されています。すなわち、レーダーで取得したデータを基に、低分解能の静止フレームを生成するのではなく、高分解能の動画を生成するというものです。それにより、気象学者はリアルタイムに事象を追跡することができます。オールデジタルレーダーで使われる技術は、更新間隔を数分から数秒に短縮します。それにより、科学者/研究者がリアルタイムに現象を観測できるようにします。

「この世界には2種類の気象レーダーが存在します。1つはデータを迅速に提供するレーダーです。もう1つは、空間的な詳細情報を含むデータを提供するレーダーです。従来、それら2つを統合するのは不可能でした。」
David Bodine氏 ARRC リサーチ・サイエンティスト/気象学准教授
オールデジタルレーダーの将来的な用途
従来のレーダー・システムとは異なり、オールデジタルレーダーでは適応制御が可能です。ソフトウェア定義型のアンテナ・パターンを使用でき、オン・ザ・フライのプログラマビリティが提供されます。「オールデジタルレーダーでは、ハードウェアに変更を加えることなく、ソフトウェアを更新することによって新たなアプリケーションに対応できるようプログラムすることができます。つまり、将来的に求められるであろうアプリケーションにも対応できるということです」とPalmer氏は語ります。フォーム・ファクタや消費電力の面で更なるイノベーションが進めば、オールデジタルレーダーの技術を活用したソリューションが様々な市場に急速に普及することになるかもしれません。実際、社会経済的効果をもたらすスケーラブルなソリューションが構築される可能性があります。以下では、そうしたアプリケーションの例を紹介します。
ドローン群の無力化

オールデジタルレーダーを使用すれば、数千もの標的を同時に追跡することができます。つまり、時間軸上/空間上の複数のポイントとして、身元情報と共に数千機ものドローンの所在を明らかにできる可能性があります。従来のレーダーでは、上空の大きな部分を占める脅威が存在する場合でも、それが1つの大きな物体なのか、それとも1000個の小さな物体の集合なのかを識別することはできませんでした。
航空
航空交通管制局が、より高い分解能の画像を使用できるようになれば、安全かつより高い密度で航空機の飛行ルートを割り当てられるようになります。飛行ルートを増やし、空域の容量を拡大すれば、航空分野の経済効率を改善することができます。
宇宙
衛星通信の分野にデジタル・ビームフォーミングのソリューションを提供すれば、次世代のソフトウェア定義型の衛星やインテリジェントなビームを実現することができます。それにより、ビームの特性や、同時にサービスを提供できるエリアに関する柔軟性が得られます。オールデジタルレーダーの用途としては、もう1つ重要なものが想定できます。それは、スペース・デブリ(宇宙ゴミ)を追跡し、それぞれの性質を評価するというものです。デブリの実体としては、機能していない衛星や切り離されたロケット段などの例が挙げられます。最も多いのは、遺棄されたロケット本体や宇宙船の崩壊によって生じた無数の破片です。地球の軌道上には、2021年1月の時点で、2万1901個の人工物体が存在すると報告されています。ただ、それは現時点で追跡可能な大きさの物体の数です。小さな物体であっても、軌道の速度で移動しながら宇宙船に衝突したとしたら、その宇宙船は破壊されます。また、宇宙におけるミッションに携わる人を危険にさらすおそれもあります。つまり、スペース・デブリは現実的なリスクだということです。
監視
監視の能力は非常に重要です。その能力を高めれば、政府/軍の施設や資産の保護を支援することができます。
2つの目的を持つレーダー
今後は、速度、感度、走査のスケジューリング、ビーム幅(挟ビームと広ビーム)の柔軟性を高める取り組みが進められます。そうすれば、NOAAの国立気象局(NWS:National Weather Service)や米連邦航空局(FAA:Federal Aviation Administration)などの機関に対し、2つの役割を果たせる単一/統合型のレーダー・システムを提供できるかもしれません。
気象の予測
より高精度な測定を行うことで、より質の高いデータを基にした気象モデルを提供できる可能性が生まれます。そうすれば、気象の予測精度が改善され、より適切なタイミングで暴風警報を発表できるようになります。結果として、海上、航空、陸上輸送の安全性と効率が高まります。
「将来の可能性に目を向けるなかで、アナログ・デバイセズが開発中の他の技術のことも常に把握していきたいと考えています。」
Bob Palmer氏
ARRC 所長