signals header
Close-up of female nurse caring for female patient in hospital room.
Close-up of female nurse caring for female patient in hospital room.

 

Signals+ ニュースレター登録

Signals+はコネクティビティ、デジタルヘルス、モビリティ、スマートインダストリーに関する最新情報をお届けします。

プライバシー設定は、Analog DevicesからのニュースレターまたはmyAnalogの設定ページから、いつでも変更いただけます。

ありがとうございます。ご登録のメールアドレスにお送りしたメールを確認し、ニュースレター登録を完了させてください。

世界中の人々の生活に影響を与える、画期的なテクノロジーに関する最新情報をタイムリーにお届けします。

閉じる
Pat O’Doherty
Patrick O’Doherty,

デジタル・ヘルスケア担当シニア・バイス・プレジデント | アナログ・デバイセズ

著者について
Patrick O’Doherty
Patrick O'Dohertyは、アナログ・デバイセズ(アイルランドとマサチューセッツ州の拠点)における様々な職務を通して、半導体業界に深く携わってきました。その経験は、エンジニアリング、プロセス開発、品質管理、製造、マーケティング、製品ラインの統括(マサチューセッツ州、カリフォルニア州、アイルランド、スペインにおける業務の運営)など多岐にわたります。また、社内の新規事業を統括しており、いくつものアイデアをサステナブルなビジネスへと成長させました。アナログ・デバイセズのヘルスケア事業部門でVP/GMを6年間務めた後、新興ビジネス/テクノロジ担当VPに就任しました。現職では、新興企業や大学、アナログ・デバイセズの従業員が発案した画期的な新技術やビジネスに関する研究/開発を支援しています。アイルランド国立大学コーク校で電気電子工学の学士号と修士号、ボストンのノースイースタン大学で経営学の修士号を取得しています。
詳細を閉じる

バリューベース・ケアの時代は到来したのか?


バリューベース・ケアを巡る経緯

米国をはじめとする多くの国/地域では、医療分野においてFFS(Fee for Service)という経済モデルが採用されています。しかし、FFSモデルは十分に機能しているとは言えません。数十年にもわたり、医療費はGDP(国内総生産)の伸びやインフレ率の上昇を上回るレベルで急速に増大しています。しかも、その増加の度合いと、治療の転帰(けがや病気の治療の結果)の改善度の間にはほぼ相関がありません。例えば、米国の場合、GDPに占める医療費の割合は、OECD(経済協力開発機構)加盟国の平均値の2倍に達しています。しかし、米国の平均寿命は平均値を大きく下回っています。また、本来であれば死に至るはずがない状況にも対応できていません。更に、慢性疾患の罹患率も高い数値を記録しています1

医療費や医療給付の問題は複雑です。FFSモデルはそうした問題の解決策にはなり得ません。現状、医療機関に支払われる対価は、サービスの成果や価値ではなく、提供したサービスの数と量で決まっています。これでは医療費の増大は避けられません。また、新しい技術によって治療の提供能力が高まると、医療費は更に急激に跳ね上がっていきます。その結果、患者の転帰の改善よりもコストの削減やリスクの回避を重視する保険者(payer)と、医療機関や新たな技術のプロバイダの間には、絶えず緊張感が漂うことになります。

このような背景から、医療費を抑えつつ転帰を改善できるようにするために世界的な取り組みが進められています。なかでも注目を集めているのが、15年ほど前に登場したバリューベース・ケア(VBC:Value-based Care)というモデルです。VBCは、FFSのモデルを覆すものです。すなわち、手段(費やされた労力)から結果(品質、成果、コストの観点から見た価値)へ経済的な焦点を移す役割を果たします。VBCは、直接的な利益に関連する経済構造だけを変革するものではありません。医療のモデルを、疾病の治療に重点を置くリアクティブなものから、疾病の予防と管理に重点を置くプロアクティブなものに移行させる可能性も秘めています。

Female doctor and nurse smiling while comforting child patient in hospital bed.

VBCの導入を阻む障壁

VBCは、個人の健康と公衆衛生に対して有益な影響をもたらします。しかし、医療機関や保険会社によるVBCの導入は、緩やかにしか進行していません。なぜなら、FFSモデルによって経済的な恩恵を受けている人々が抵抗しているからです。このことが主な原因ですが、そもそも医療業界という巨大な存在が大きな変化に向けて動くのは容易ではありません。VBCは、医療に対する従来のアプローチとは全く異なるものです。VBCを最大限に活用するためには、運用モデルやビジネス・モデルを抜本的に見直さなければなりません。それによって多大な影響を被ることになる医療機関や保険会社、サプライヤが抵抗を示すのはある意味当然のことです。そうした立場にある人々を擁護すると、VBCは非常に複雑な医療モデルであり、技術や人員の調整、複雑な規制の枠組みといった面で、その導入を阻む構造的な障害がもともと存在しています。そのため、現時点では、VBCによる効果は民間の医療業界のごく一部にしかもたらされていません。米国の社会保障プログラムであるMedicareは、主要な保険者としてVBCを支持してきました。それでも、上記のような問題が存在することから、ほとんどの民間保険会社やMedicare Advantage Plans(健康保険プランの一種)において、VBCへの移行のペースは極めて緩やかでした。

新型コロナがVBCの導入を後押し

現在、VBCを巡る上述した状況に変化が生まれつつあります。その背景にあるのは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックです。パンデミックが発生した結果、医療機関と保険会社は、対面診療による感染リスクを抑えるために、遠隔診療を提供するようになりました。従来、医療の提供方法として除外されていた遠隔診療が、推奨されるモデルとして扱われるようになったのです。この新たなアプローチは、スマートフォン、高速インターネット接続、Zoomなどのコラボレーション・ツール、医療用のポータルによって具現化されました。医療機関も患者も、健康に関する多くの問題は、リモートの診療により、安全に、効果的に、便利に、簡単に解決できるということに気づいたのです。保険会社も、遠隔診療によって自らのリスクが高まることはないということを把握し、その動きに賛同するようになりました。また、多くの医療機関は、(FFSとは異なり)診療費が患者数に基づいて決まるということに経済的なメリットを見いだしました。すなわち、パンデミックの状況下で待機的な治療の件数が減少しても、キャッシュフローは途絶えないということが明らかになったのです。

Female nurse looking at laptop during a remote meeting with a female patient. Both waving hello.
オンラインによる遠隔医療サービスの利用の拡大。COVID-19のパンデミックによって、その普及が大きく加速しました。
36%
米国の医療費償還契約に占めるバリューベースの割合2

上述したように、パンデミックをきっかけとして、医療の提供を集中管理施設から解放できることが明らかになりました。このことが、VBCの広範な導入に向けた重要な一歩になりました。医療関連の経済は、必ずしも病院の場所や施設の利用には依存しないということが証明されたからです。また、現在、患者の遠隔監視(RPM:Remote Patient Monitoring)を実現するための革新的な技術が次々と開発されています。このことも、VBCの導入を促進する重要な要素になっています。例えば、血中酸素濃度の測定には、スマートウォッチ・ベースのオキシメータが広く使われるようになりました。そうした家庭用の医療機器は、病院以外の場所でコロナの患者を診察する医師と患者自身にとって非常に便利なものです。RPMは、既存の遠隔技術によって医師と在宅の患者が会話できるようにするだけでなく、オンラインで診察できる可能性を生み出します。

パンデミックは今なお続いています。しかし、多くの医療機関や保険会社は、パンデミックの終息後の医療業界に、上述したような革新的な技術を適用する方法についての検討を始めています。実際には、部分的に従来の診療モデルに戻る可能性はあります。それでも、VBCの導入を阻んでいた大きな障壁が取り除かれ、未来の医療業界の情勢は全く異なるものになるはずです。とはいえ、VBCがその可能性を最大限に発揮できるようにするには、更なる進展が必要です。その未来に向けては、技術、ワークフロー、経済構造、規制の4つが特に重要になります。

Illustration displays relationships of the value-based care model.

VBCを巡る4つの課題

ここからは、上述した4つの課題について順に解説していきます。いずれも、VBCの導入を進めるためには必ず解決しなければならない課題です。

技術

RPMの技術は、ここ数年で大きく進化しました。しかし、求められるレベルにはまだ到達していません。ここ10年の間に、AppleやSamsung Electronicsに加え、Garmin、カシオ計算機、Fitbitといったメーカーがスマートウォッチの開発に注力してきました。実際、そうした製品は急速に普及するだけでなく、歩数や心拍数の測定という当初の用途を上回る機能を備えるようになりました。しかし、その測定精度、正確性、信頼性は、まだ臨床用装置と同等のレベルには達していません。スマートウォッチがいくつかの心拍を見落としたとしても、大きな問題につながるケースは少ないでしょう。それに対し、治療の基準となるRPMシステムの測定結果が不正確であったとしたら、重大な問題が発生する可能性があります。RPMを、急性疾患、亜急性疾患、慢性疾患の患者の在宅管理に有効に適用できるようにするには、病院で使われているのと同等の、臨床グレードの測定を実現できる機器が必要になります。

必要なのは精度の向上だけではありません。センサーの統合も不可欠です。接続/統合されたセンサーは、独立したセンサーと比べて格段に大きなメリットを提供します。例えば、心電図(ECG)、胸郭インピーダンス、体温を対象とする異なる種類のセンサーから得た様々な出力を結合できるようにしたとします。その場合、直接測定することはできない患者の体内機能に関する洞察が得られるという相乗効果が生まれます。センサーの統合、エッジでの処理、AI(人工知能)、クラウド・ベースの分析を組み合わせることで、医師は在宅の患者の詳細な診断情報にアクセスできるようになります。また、患者が急性の発作を起こす前に臨床的な判断を下すといったことが可能になります。

Illustration displays patient walking, a smart watch with metric and stats being transmitted wirelessly, as well as,  an inlay image of a female doctor reviewing these stats.

ワークフロー

RPMを活用すれば、患者の視覚的/聴覚的な情報を継続して得られるようになります。このことにはメリットしかありません。ただ、それはあくまでも、監視によって得られた情報が医療機関の既存のワークフローにうまく整合すればの話です。RPMのソリューションについては、医療機関の負担を増やすことなく、患者の容態の変化に対応して早期に警告を発してくれることが重要になります。既存のシステムに適合しない形式のデータや、あまりにも大量の非実用的なデータを出力するRPMソリューションでは、医療機関にとって何の役にも立ちません。サイバーセキュリティ技術が導入された初期のころには、システムから膨大な量のデータやアラートが生成され、手に余る状態に陥っていました。その結果、多くのシステム管理者やユーザがそれらを無視し始める「アラート疲れ」という現象が生じていました。医療の提供は、医療機関の処理能力によって制限される状態にあります。この状況から脱するには、負荷の軽い作業を各種の装置に委ねられるようにしなければなりません。それに向けては、RPM用のシステムに有用なアルゴリズム、AI、機械学習を導入し、出力データを合理化できるだけのスマートさを持たせる必要があります。そのようにすることで、医師や看護師は最も負荷の大きい作業だけに集中できるようになります。

Close up of male doctor looking at mobile tablet device with a graphic overlay of healthcare technical stats and value-care data.

経済構造

解決しなければならない3つ目の課題は、VBCに関連する経済構造です。現行のアプローチでは、医療面のリスクは主に医療機関が引き受けることになり、経済的なリスクは主に保険会社にのしかかることになります。それにより、相反するインセンティブが作用し、高額なサービスの利用の増加、医療費の増加、患者の転帰の悪化という結果がもたらされます。医療機関と保険会社は互いのリスクをすり合わせて、患者の転帰の改善とコスト管理の改善を目指さなければなりません。そのためには、何らかの根拠に基づき、臨床的な観点から見て適切な形でサービスを提供できるようにすることに焦点を絞る必要があります。また、VBCを導入すると、医療機関は自らが制御可能な範囲を超える無数の問題から影響を受けることになります。例えば、CTスキャンで患者を診察したり予防接種を行ったりするのとは異なり、患者の環境や動作を制御するのは医療機関にとっては容易ではありません。VBCモデルの導入に伴い、保険会社はそうした課題を認識し、医療機関への支払いに関して双方にメリットのあるアプローチを見いだす必要があります。また、患者に対しては更なる透明性を提供しなければなりませんし、プロセスに対してより積極的に関与することも求められます。自動車の保険と同様に、患者が自分の転帰の改善に対して積極的に参画し、医療費の増大を回避するよう促していく必要があるでしょう。

規制

政府が個別に定めてきた規制は、寄せ集めのような状態になっています。その結果、医療関連のエコシステムにおけるイノベーションを妨げる入り組んだ構造が出来上がってしまいました。患者(と患者を取り巻くエコシステム)を保護するためには規制が必須です。但し、その内容を、主にFFSを中心とするものから、VBCに対応してそれを促進するものへと更新しなければなりません。例えば、反キックバック法(Anti-Kickback Statute)やスターク法(Stark Law)は、詐欺や不正を見事に防いでくれています。その一方で、保険会社が品質に優れ、価値の高い医療を奨励することを不可能にしています。また、医療扶助事業であるMedicaidやその他の公的医療保険制度は、「適正価格」の採用を義務づけています。これは、価値や成果ではなく、単にコストだけに目を向けたものです。そのため、患者の利益にならない市場の歪みが生み出されています。求められるのは、VBCの確実性、保護、推進力を高めて導入を促すことに重点を置いた規制です。

Pat O'Doherty
「医療費の増大は非常に大きな問題です。特に米国では、他の国と比べて有効性の面で限界を超えていると言えます。ワークフロー、経済構造、規制という3つの課題を適切に解決できれば、患者にメリットをもたらし、医師の負担を軽減し、最終的には医療費を抑える形で新たな技術を導入することができます。」

Patrick O’Doherty

デジタル・ヘルスケア担当シニア・バイス・プレジデント | アナログ・デバイセズ

患者を第一に考えたヘルスケア

ここまでに述べたように、医療に関する体制をVBCのモデルへ移行するのは容易なことではありません。実際、大きな変化を適切に管理する必要があります。ただ、パンデミックをきっかけとし、その見通しには変化がもたらされました。VBCの導入に向けた地ならしが行われたと言うこともできます。今こそ、患者、医療機関、保険会社、医療機器メーカー、製薬会社など、医療分野のエコシステムを構成する数々の組織が協力するときです。それにより、VBCに関する技術、ワークフロー、経済構造、規制の課題を解決しなければなりません。アナログ・デバイセズは、メーカーや医療機関、保険会社と既に緊密な連携を図っています。それにより、VBCの導入を促進し、患者の生活と健康を改善する革新的な製品、ソリューション、モデルを開発しています。コストよりも価値を重視することを指針とし、思慮深くこの問題に向き合うことで、個人と公衆衛生のレベルで転帰を大幅に改善できる医療システムを構築することが可能になります。その結果として、いずれは米国における医療費の削減というメリットを享受できるようになるはずです。

Close up image of medical staff joining stacked hands; showing unity – emphasizing value-based care.

1 Mirror, Mirror 2021: Reflecting Poorly(不名誉な結果が明らかに) | Healthcare in the U.S. compared to other high-income countries(所得の多い他国の医療と米国の医療の比較) | Commonwealth Fund

2 Healthcare Intelligence Report | 2020 | The Next Decade of Value-based Care(バリューベース・ケアの次の10年) | Providers who gain a foothold in value-based care today will be better positioned for the future of care delivery(未来の医療提供においては、バリューベース・ケアの導入を進める医療機関が優位な立場に)