TNJ-099: 水晶振動子の微小な並列容量を容量デジタル・コンバータで測定してみる(後編)
水晶振動子の素子パラメータを得るために CDC で並列容量を測定してみる
はじめに
3 回つづけてΣΔAD コンバータ(ΣΔADC)と容量デジタル・コンバータ(Capacitance to Digital Converter, CDC)の話題を取り扱っています。今回はそのシリーズ最終回ということで、いよいよ CDC を用いて水晶振動子の微小な並列容量を測定してみましょう。
また今回の技術ノートでは、単に水晶振動子を測定するだけではなく、CDC による水晶振動子測定に関連する注意事項についても述べてみたいと思います。
思い出すと発振しなかった 32768Hz 水晶振動子
「水晶振動子」で思い起こすと、遥か昔の自らの体験が浮かんできます。それは社会人として駆け出しはじめ、4 年目が過ぎたあたりだったかと思います。当時は技術力もネットもなく、ただただ手元にある知識と情報をもとに回路設計をおこなっていました。そのときの目標は「低消費電力発振器を作ること」でした。超低消費電力で動作するシステムを作るため、そのクロック源である低電力な発振回路が必要でした。
たしか時計用 32768Hz 水晶振動子と CMOS 4069 HEX インバータを使って発振回路を組もうとしたものと思います。4069 自体がアンバッファ(unbuffered)型か分かりませんが、すくなくとも発振回路としてはアンバッファ型のインバータである必要性は理解していたはずで、アンバッファ型のもの(U サフィックス)を用いていたはずです。
しかしこれが発振しません…。どこかに「簡単に発振する」というような記述を見つけたりしていましたが、これが発振しません…。どの素子をどうやっていじればいいのか分からなかったので、適当にカット・アンド・トライをしてみましたが、発振しません…。結局そのときは諦めて、違う周波数の違う種類の振動子(たしか 450kHz のセラミック振動子)、そして違う回路を使ってなんとかでっちあげたような微かな記憶があります。
それ以来、32768Hz に手を出すことなく、いままで歩んできました。自分としては、32768Hz の水晶振動子は「鬼門」とも言える感覚をもっていました。
とある実験用に購入してあった「鬼門」の 32768Hz を発振させてみる
今回、とある実験用に 32768Hz の水晶振動子を秋月電子で購入しました。SII の VT-200-F というものです。
回路は図 1 のようなもので帰還抵抗 RFは 10MΩです。回路を製作して電源を繋いでみると、図 2 のようになんと、あっさり、発振します。波形は上がインバータ出力で、下がインバータ入力です。プロープの入力インピーダンス 10MΩでも入力のバイアスに影響を与え、発振が停止してしまいましたので、入力は1nF のコンデンサを間に挟んで AC 結合として測定しています(そのため中央がゼロ V です)。


「若い頃、あんなに発振しなかった記憶があるのに、なぜ?」と考えてみると、多分帰還抵抗 RF が小さかった(1MΩとか 470kΩ)のではないかと想像できます。帰還抵抗が小さいことによりインバータの増幅回路のゲインが低下してしまい、系全体のループ・ゲインが 1 を割っていたか(ましてや 4069 を使っていたため。今回図1. 32768Hz水晶振動子の発振回路は 74HCU04 を使用)、もしくは R1 を接続しなかったために、過大入力(以降に示す「ドライブ・レベル」の過大)により水晶振動子を破壊してしまっていたのかもしれません…。
前々回と前回、そして今回は
今回でこの CDC シリーズも 3 回目です。今回で最終回になります。前々回と前回の Web ラボは CDC がΣΔADC とほとんど同じであることを示し、まずそのΣΔADC がどのように動作するのか、どのように「ノイズ・シェーピング」という機能を実現しているのか、について説明しました。さらにその特性をAD7401 というΣΔ変調器を用いて実測しデモしてみました。
つづいてΣΔADC と CDC とのブロック図による比較を行い、それらが確かにほとんど同じであることを示してきました。
今回は…
今回はいよいよ CDC を使って 32768Hz の水晶振動子の並列容量を測定して素子パラメータを得てみます。まず測定の前に、水晶振動子の等価回路を示し、素子パラメータの求め方を確認しておきます。以降に示すように、水晶振動子のパラメータ全容は、並列容量を測定することが、それを解き明かす取っ掛かりになります。
つづいて、CDC AD7150 による測定回路が、水晶振動子の等価回路における「ドライブ・レベル」と呼ばれる最大励振電力の限界に達していないかという、測定上の懸念点について説明し、現実的にはほぼ問題にならないことについて説明します。そしていよいよ最後に AD7150 で 32768Hz の水晶振動子の並列容量を測定してみます。
32768Hz 水晶振動子の素子パラメータ(定数)
水晶振動子は LCR の直列回路に C が並列になった図 3 のような構成になっています。この図 3の定数は VT-200-Fの技術資料 [1]に記載がなかったので、他メーカのもの、[2]から引用して使っています。インダクタンスは適当な(妥当な)大きさにしてみました。VT-200-F の並列容量が 0.9pF typ でこの[2]の水晶振動子が 1.2pF ですから、パラメータとしては VT-200-F を適切にあらわしているものではないとお考えください。
この図 3 は水晶振動子のインピーダンスを計算する回路です。1A の電流を水晶振動子に加えて AC 解析を行い、そのときに得られる端子電圧がインピーダンスになる(V = ZI で I = 1A なので、V = Z)というシミュレーション方法を取っています。
シミュレーション結果を図 4 に示します。実線(インピーダンスの大きさ)が下に凸になっているところが直列共振周波数𝑓𝑆で、上に凸になっているところが並列共振周波数𝑓𝑃です。
ここで𝑓𝑆と𝑓𝑃との関係は、並列容量𝐶0と直列容量𝐶1の比として表すことができ[3]、
この式を変形すると
として並列容量𝐶0から直列容量𝐶1を求めることができます。シミュレーション結果から、𝑓𝑆 = 32762.3Hz, 𝑓𝑃 = 32826.5Hzとなっていますので、並列容量𝐶0 = 1.2pFから直列容量を𝐶1 =4.71fFとして計算することができます(図 3 と比較しても合っていますね)。
直列抵抗は一般的にカタログ上に記載があり(発振余裕度の評価のため)、[1]では𝑅1 = 50kΩ max、[2]では𝑅1 = 90kΩ max になっています。直列共振周波数𝑓𝑆においては直列容量𝐶1とインダクタンス𝐿1が直列共振によりショート状態になりますので、この周波数では𝑅1 = 90kΩが見えることになります。図4のシミュレーション結果も約 90kΩになっていることが分かります。
この直列共振周波数は
になりますから、
として𝐿1を求めることができます。図 4 の結果からは 5010H として計算できます。図 3 とも近い値になります。
ここまではシミュレーション回路を示し、シミュレーション結果の数値から逆に辿っていく形でそのシミュレーション回路の定数を得てみました。これにより定数を求める計算方法(計算手順)が正しいことが分かりました。
実際の水晶振動子の共振周波数を測定してみる
図 5 は購入した 32768Hz の水晶振動子 VT-200-F の直列・並列共振周波数を測定する回路です。
抵抗 RMの電圧降下をネットワーク・アナライザで測定する方法です。直列共振のときに水晶振動子のインピーダンスが最小になりますので、このとき端子電圧値が最大となり、並列共振のときに水晶振動子のインピーダンスが最大になりますので、このとき端子電圧が最小になります。つまり図 4 とは逆のプロットになりますので、評価時にはその点に注意してください。
![図 3. 32768Hz の水晶振動子の素子定数[2] (VT-200-F ではない)。インダクタンスは適当な(妥当な)数値を設定](/jp/_/media/analog/jp/education/web-lab/tnj099/tnj-099_03.png?h=218&w=182&rev=95687318e1fa4e89b843999977dce227)



水晶振動子のドライブ・レベルに注意
水晶振動子には「ドライブ・レベル(絶対最大励振レベル)」と呼ばれる、図 3 の抵抗成分𝑅1で消費される電力レベル(実際は振動子を振動させる機械的最大エネルギ)が決められています。VT-200-F の場合は 1μW です。図 5 の回路では 0dBm 駆動で、抵抗 RMによって最大電流が 0.44μA に制限されますので、[1]に示される𝑅1 = 50kΩにおいて 1μW の条件を超えることはありません。
図 6 にネットワーク・アナライザで測定した結果を示します。直列共振周波数𝑓𝑆 = 32770Hz、並列共振周波数𝑓𝑃 = 32804Hzになりました。発振周波数が 32768Hz で、本来であれば直列共振周波数は 32768Hz より「若干」低くなるのですが、測定結果は2Hz ほど高い結果になっています。測定系が原因かと調べてみましたが、原因を見つけることができませんでした(そのため以降では、直列共振周波数𝑓𝑆 = 32768Hzとして取り扱っていきます)。
ともあれここに並列容量が分かれば(といってもカタログから0.9pF max となってはいるのですが…)水晶振動子 VT-200-F の素子パラメータ(定数)を求めることができるわけです。なお直列抵抗については図 5 の RMを数 10kΩにして、直列共振周波数において抵抗分圧の計算で測定結果から概略を得ることができます(ドライブ・レベルに注意が必要ですが)。
CDC AD7150 で並列容量を測定してみる
この技術ノート・シリーズの目的は、水晶振動子の等価電子回路パラメータのうち、端子間並列容量を測定しようというものでした。いよいよここではアナログ・デバイセズの CDC AD7150の評価ボード、EVAL-AD7150EBZ(図 7)を用いてみたいと思います。
ちょっと考えると微小容量測定では近隣の浮遊容量は大丈夫なのか
ふたつの導体が近接すると容量を形成します。想定外に発生する容量のことを「浮遊容量」と呼びます。この CDC での測定対象の付近にも、浮遊容量が発生します。ちょっと考えると「微小容量測定では近隣の浮遊容量は大丈夫なのか?」という疑問が生じることでしょう。
CDC は図 8 のように目的とする被測定容量 CX(これまでこの技術ノートでは𝐶𝐷UTとして示してきたもの)を CIN と EXC の間に接続します。このように接続することで、対地浮遊容量の影響を大きく軽減してくれます。
この性能はデータシート[4]に記載があり、Capacitance Input Offset Error とか、Input Gain Error として CIN to GND、EXC to GND の対地浮遊容量による誤差の記載があります(一例図 9)。それぞれのグラフを見てみると 100pF 以下であれば十分に誤差が小さいことが分かります。よく出来ています…。
浮遊容量としては 100pF なぞありえませんが(現実は数 pF のオーダ)、ここでは接続するケーブルのことも考慮する必要があります。図 10 は今回実験に使用した SMB コネクタがついた 50Ω同軸ケーブルです。50Ωの同軸ケーブルは容量が 1m あたり100pF となっており、この長さを短めにしておくことが精度よい測定を実現するポイントといえるでしょう。


![図 9. AD7150 の対地浮遊容量による影響の例(CIN 対 GND [4])](/jp/_/media/analog/jp/education/web-lab/tnj099/tnj-099_09.png?h=272&w=324&rev=43e1b08486994bdc9dbd4c782bdeedd5)

ドライブ・レベルについて確認しておく
ここまで水晶振動子のドライブ・レベルに注意が必要と説明してきました。
AD7150 は測定周波数(EXC のトグル周波数)が固定です。周波数は 32kHz typ で水晶振動子の周波数 32768Hz とだいぶ近くなっています、max値は 32.8kHzであり、水晶振動子の周波数を超えてはしまっていますが、たった 1 台の実験で使うだけなので、ここでは typでの数値(周波数)を基本としてドライブ・レベルを確認しておきましょう。
なお水晶振動子としてシミュレーションに使用する回路は図 3のもの(VF-200-F ではない。[2] のもの)を用いることにします。EXC から加える電圧𝑉EXCは±1.65V(3.3V の 1/2)とします。
図 11 に LTspice でシミュレーションした結果を示します。この水晶振動子の最大ドライブ・レベルは 1μWですが、32650Hzくらいまではこのドライブ・レベル(1e-006)を超えていないことが分かります。AD7150の測定周波数のバラツキ範囲内に水晶振動子のドライブ・レベルの危険領域はあるものの、問題なさそうだということが分かります(EXC の周波数は実験時に当然確認が必要ですが)。
CDC AD7150 で VF-200-F を測定してみる
それではいよいよ EVAL-7150EBZを用いて VF-200-Fの並列容量𝐶0を測定してみましょう。実験に使用した AD7150 の測定周波数(EXC のトグル周波数)は、オシロスコープでの観測から、32.0513kHz になっていることを確認し、問題なしです。
図 12 は評価ボードのソフトウェアのようすです。測定結果として 0.8696pF という数値になっていることが分かります。これはVT-200-F の製品仕様書 [1]の数値 0.9pF とかなり近い値になっています。
実際は VT-200-F の製品仕様書に並列容量数値が出ているので、本来は測定する必要もないでしょうが、未知の水晶振動子の素子パラメータを得てみたいときにこの方法が有効といえるので、ここではデモとして実験しています。
![図 11. CDC の EXC 端子から[2]の推奨を励起したときのドライブ・レベル。32650Hz くらいまでなら大丈夫そうだ(EXC発振周波数のバラツキ範囲内でシミュレーション)](/jp/_/media/analog/jp/education/web-lab/tnj099/tnj-099_11.png?h=282&w=358&rev=bab07aae23ba4533957a86d1e912c350)

VF-200-F の各パラメータを計算してみる
ここまでの測定結果(図 6、図 12)から VF-200-F の各素子パラメータを計算してみましょう。測定結果から並列容量𝐶0 =0.8696pF、直列共振周波数𝑓𝑆 = 32768Hz、並列共振周波数𝑓𝑃 =32804Hzとなりました。これらからまず、直列容量𝐶1を式(2)で求めることができます。計算すると𝐶1 = 1.912fF となります。さらに式(4)からインダクタンス𝐿1 = 12340Hと求めることができます。
最後は直列抵抗𝑅1についてですが、繰り返しますが、直列抵抗𝑅1については図 5 の RMを数 10kΩにして、直列共振周波数において抵抗分圧の計算で測定結果から概略を得ることができます(ドライブ・レベルに注意が必要ですが)。今回はこの測定は行わず、製品仕様書の数値𝑅1 = 50kΩをそのまま利用することとしましょう。
このようにEVAL-AD7150EBZとネットワーク・アナライザを用いて、水晶振動子の各パラメータを測定することができるわけです。
おまけ「実際の発振回路でのドライブ・レベル」の測定
補足でご紹介しておきましょう。水晶振動子のドライブ・レベル𝑃𝐷は、一般的に図 13 のように水晶振動子の端子のところに電流プローブを接続して、そこに流れる電流𝐼(実効値)と直列抵抗𝑅1により、
として求めることができます。しかし実際は電流プローブのクランプ部分のサイズが大きかったりして、測定に困難度が伴うことも意外と多いのではと思います…。

さいごに
3 回シリーズとなった CDC の話題。CDC と同じ構成であるΣΔADC の説明から始まり、CDC の動作、そして水晶振動子の容量を測定してみることがらについて順番に説明してきました。それぞれ探求してみると、非常に興味深い内容でありました。個人的には CDCの動作がΣΔADCとこれほどまでに近いのか!と驚いたことが収穫だったといえるでしょう。
皆様にもこの技術ノート・シリーズが幾ばくかでもご参考になれば、私も幸甚でございます(^o^)。
参考文献
[1] VT-200-F 製品仕様書, セイコーインスツル株式会社
[2] CM8V-T1A 0.3 Tuning Fork Crystal 32.768kHz datasheet, Micro Crystal Switzerland
[3] 石井 聡; 電子回路設計のための電気/無線数学, CQ 出版社
[4] AD7150 Datasheet, Analog Devices.
著者について
デジタル回路(FPGAやASIC)からアナログ、高周波回路まで多...
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