TNJ-059:謎の電流帰還OP アンプ(第 4 回)付帯要素による周波数特性の変化と安定性の変化を考える

2019年11月07日
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はじめに

前回は「触ったら火傷をする」ともいえる、右半面ゼロ(Right Half Plane Zero; RHPZ)なんというものを用いて、AD811の簡易モデルを構成してみました。RHPZは個人的にはまだ探究中なので、納得できるところまでまとまったら、別の技術ノートで紹介したいと思います。RHPZは通常のOPアンプ回路でも構成することができますが、その多くの例としてはスイッチング電源で出てきます。

 

奥様から電子回路技術に対する情熱を教えていただき

そのスイッチング電源といえば、スイッチング電源技術で著名な筆者の方がいらっしゃいました。その方は2017年10月に逝去され、そのことをある同報メールから知ることになりました。

その方は以前CQ出版とトランジスタ技術紙上で行った、「アナログ回路デザイン・コンテスト」において、導入記事の筆者として執筆いただき、その際にもキックオフ会でいろいろとディスカッションさせていただいたものでした。またそれ以降も、アナログ・デバイセズがEDN社のサイト上で運営していた「アナログ電子回路コミュニティ」という電子掲示板でも多くの、それも深い技術的知見に溢れる内容の書き込みをしていただきました。その投稿を読んでいると「いぶし銀という言葉がふさわしい」と感じたものでした。

そんな数年前のとある日、この方からメールをいただきました。なんと「オーム社から出た(私の執筆した)『6日でマスター!電子回路の基本66』を購入した」というメールだったのでした。そして「全部読んだ。こことここが間違っている/誤植がある/表現が適切でない」と記載がありました。普通なら少しは嫌な気持ちもするものでしょうが、このようなハイクラスの技術者の方に、こんな初歩的な拙書をすべて読んでいただき、さらにそれに対してご指摘をいただいたことは、感謝以外の何物でもありませんでした(間違っていた部分すべては正誤表をオーム社ウェブ・サイトで掲載しています)。

メールには続けて書いてあります。「君はアナログ電子回路コミュニティで私のことを『先生』とか『大先生』とか書いてくれているが、『先生』とは馬鹿を指しているのだ。『大先生』とは大馬鹿のことを指すのだ。〇〇チャンと呼んでよい」とのこと。この方の謙虚さをも感じさせていただいたものでした。

逝去された報をうけ、長く「一度はお線香を」と思っておりました。2018年7月に知人から住所と奥様の連絡先を教えてもらい、信州旅行にいくことを口実に妻を連れだし、お線香をあげに(それが旅行の主目的)ご自宅を訪問させていただきました。奥様からご本人の電子技術に対する情熱と謙虚さを伺い、あらためて、あらためて、その偉大さに敬服した次第でした。そしてその戒名がすばらしい…。出していただいたメロンもとても美味しいものでありました。

ご冥福をお祈りしております(合掌)。

図1. 一番基本的な電流帰還OPアンプのブロック図 ([1]のFigure 2より抜粋。TNJ-056の図4と同じ)
図1. 一番基本的な電流帰還OPアンプのブロック図 ([1]のFigure 2より抜粋。TNJ-056の図4と同じ)

 

RHPZの話題は前回で終わりにして

ここまでRHPZを用いてAD811の簡易モデルを作ってみました。RHPZに関する話題は終わりにして、今回は電流帰還OPアンプ・シリーズの最終回として、別ネタに踏み込んでみます。

 

反転入力端子に存在する入力抵抗を考慮した伝達関数を求めてみる

図1は[1]に掲載されている、一番基本的な電流帰還OPアンプのブロック図です(TNJ-056の図4と同じ)。二つまえのTNJ-057では、この図中の反転入力端子に存在する入力抵抗𝑅𝑂を無視して

式1

としてクローズド・ループ増幅率(信号増幅率/伝達関数。以降では伝達関数と呼ぶことにします)を求めてみました。ここで𝐺は目的とする目論見増幅率です。𝑇(𝑠)は反転入力端子の電流を出力電圧量に変換するためのインピーダンス(トランス・インピーダンス)です。上記の式(1)や[1]では、変数にはラプラス演算子𝑠が用いられていますが、これは周波数が変数になる、周波数により変化する、という意味を表しているだけです。そのため周波数𝑓を使ってこの式を表しても問題ありません。

それではここまで無視してきた、この入力抵抗𝑅𝑂を考慮した伝達関数を求めてみましょう。

[1]には、電流帰還OPアンプにおいて入力抵抗𝑅𝑂を考慮した伝達関数の式が記載されています。それは

式2

これが以降に求めていくものの答えなわけですが(汗)、このなりたちを考えてみます。

 

伝達関数を求めてみる

図1の反転入力端子に流れる電流はキルヒホッフの電流則より

式3

ここに𝑅𝑂を付加してみます。𝑉𝑁は反転入力端子の端子電圧であり、非反転入力端子の電圧を𝑉IN とすると

式4

となります。この式(3)と式(4)から𝑉𝑁を消去すれば、

式5

電流𝑖でまとめて

式6

ここで図1の関係

式7

を用いれば、

式8

として分母・分子に𝑅2を掛けます。ここで

式9

として伝達関数を定義すれば、

式10

ここで回路の目論見増幅率(と本稿では表現しています…)を

式11

と定義すれば、

式12

として、たしかに式(2)が導かれます。ここで𝑅𝑂=0とすれば式(1)が導かれます。また

式13

として、𝑅1と𝑅2との並列接続とも書き直すことができます。

ここで𝑅1と𝑅2を大きくすれば、𝑅𝑂の影響を低減できると式(13)は示していますが、TNJ-057での検討や、式(13)の分母側の左の𝑅2からも、𝑅2を大きくすることで帰還率が低下し、信号増幅率の周波数特性が劣化してしまうことが分かります。そのため、やはり𝑅𝑂は小さければ小さいほうがよいわけです。

 

入力抵抗の影響を考えてみる

𝑅𝑂の影響度は、

式14

です。「直観的に」考えれば、𝑅0<𝑅1//𝑅2でしょうから「いち・てん・なにがし」です。とても大きな影響度が出るわけでもなさそうです…。

図2. AD811に合わせこんだ簡易モデルに入力抵抗𝑅𝑂を追加 して、それを変化させてみる(𝑅𝑂=1,10,100Ω)
図2. AD811に合わせこんだ簡易モデルに入力抵抗𝑅𝑂を追加 して、それを変化させてみる(𝑅𝑂=1,10,100Ω)
図3. 図2のシミュレーション結果(𝑅𝑂=1,10,100Ω)
図3. 図2のシミュレーション結果(𝑅𝑂=1,10,100Ω)

このようすをLTspiceでシミュレーションしてみます。シミュレーションする回路を図2に示します。これはAD811に合わせこんだ簡易モデルであるTNJ-058の図11に対して、入力抵抗𝑅𝑂を追加したものです。

ここで𝑅𝑂を変化させてみます。帰還抵抗は𝑅1=𝑅2=562Ωです。𝑅𝑂=1,10,100Ωと変化させますが、これは式(14)での𝑒=0.0036, 0.036, 0.36に相当します。

シミュレーション結果を図3に示します。反転入力の入力抵抗𝑅𝑂が100Ωになっても、周波数特性の劣化が思いのほか少ないことが分かりました…。

「なんだよ、これなら入力抵抗がぼちぼちあっても影響がすくないじゃん」とも思われることでしょう。しかし電流帰還OPアンプの帰還抵抗は、増幅率を変える場合でも𝑅2側は固定とし、𝑅1側を変化させるということを思い出していただければと思うのです…。それが本技術ノートのストーリーでありまして…。

 

増幅率を大きくすると入力抵抗で周波数特性が悪化する

ということで、𝑅𝑂=100Ωにして目論見増幅率𝐺𝐺を変化させてみましょう。シミュレーションする回路を図4に示します。シミュレーション結果を図5に示します。

図4. 図2の回路を𝑅𝑂=100Ωで固定にして目論見増幅率𝐺 を変化させてみる(𝐺=2,10,100,1000)
図4. 図2の回路を𝑅𝑂=100Ωで固定にして目論見増幅率𝐺 を変化させてみる(𝐺=2,10,100,1000)
図5. 図4のシミュレーション結果(𝐺=2,10,100,1000)。目論見増幅率𝐺を大きくすると周波数特性が大幅に劣化する
図5. 図4のシミュレーション結果(𝐺=2,10,100,1000)。目論見増幅率𝐺を大きくすると周波数特性が大幅に劣化する

TNJ-057の図5の結果と異なり、高域の特性が大幅に劣化していることが分かります。これは結局、目論見増幅率𝐺を上昇させるために、(𝑅2が固定であることから)𝑅1の大きさを低下させることで、式(14)において𝑅1//𝑅2が低下し、結果的に影響度𝑒が大きくなってくるということです。このシミュレーションで𝐺=1000であれば𝑅1=0.56Ωとなり、その結果𝑒=179になり影響度が、「な、なんと!」相当大きくなることも分かります。目論見増幅率𝐺を上昇させると𝑅𝑂の影響度が高くなるわけです。

 

ループ・ゲインでも考えてみる

ループ・ゲインで考えてみます。電流帰還OPアンプ自体の増幅率𝐴、つまりトランス・インピーダンス𝐴=−𝑇(𝑠)自体は一定なので、以降ではその説明は割愛し、帰還率𝛽

式15

のみを考えます。式(6)から𝑉IN =0とすれば

式16

より

式17

チェックのため𝑅0=0としてみれば

式18

となり、TNJ-056の式(5)と同じになることが分かります。しかしここでは𝑅0≠0ですから、

式19

の分に相当するだけ、帰還率𝛽が低下してしまうことが分かります。これは式(14)と同じですね。この影響率は級数展開(等比級数の和の公式)を用いて、

式20

という条件(ここまでの検討からすれば、かなりの好条件ではありますが。純粋に数学的な計算ネタだとして…)であれば、

式21

と近似できます(繰り返しますが、数学的な計算をして戯れてみただけです…)。やっぱり𝑅𝑂が小さい方がいいわけですね。

 

AD811ではどうなるか

図4は自家製回路だったので、あらためて図4に相当するシミュレーション回路をAD811 [2]で作って比較してみましょう。図6がシミュレーション回路です。AD811のデータシートによると、反転入力の入力抵抗𝑅𝑂=14Ω (typ)になっています。そこで100Ωに不足する分の86Ωを反転入力に付加しています。

シミュレーション結果を図7に示します。図5とかなり近い結果になっていることが分かります。いつもながらですが、この技術ノートは最初から答えを用意しているわけではなく、執筆していきながら探求しているもので、ここでも「なるほどねぇ」と思いながらシミュレーション結果を見ているのでした。

図6. AD811で𝑅𝑂=100Ω相当として目論見増幅率𝐺を 変化させてみる(𝐺=2,10,100,1000)
図6. AD811で𝑅𝑂=100Ω相当として目論見増幅率𝐺を 変化させてみる(𝐺=2,10,100,1000)
図7. 図6のシミュレーション結果(𝐺=2,10,100,1000)。 図5とかなり近い特性になっていることが分かる
図7. 図6のシミュレーション結果(𝐺=2,10,100,1000)。 図5とかなり近い特性になっていることが分かる

 

入力抵抗を小さくすれば影響は低減する

このように入力抵抗𝑅𝑂が回路動作に大きく影響を与えることが分かりました。𝑅𝑂が小さければ、極限とすればゼロであれば、電流帰還OPアンプ回路の伝達関数特性が良好になるわけです。

そのため実際のOPアンプでも、この𝑅𝑂が小さくなるように、図1の×1と書いてあるバッファ・アンプをボルテージ・フォロワの構成にして、負帰還をかけてアンプの見かけ上の出力インピーダンス、ここで言うところの反転入力端子の入力抵抗𝑅𝑂を低減させるテクニックが使われたりするようです(負帰還をかけることにより、ほぼループ・ゲインぶん、実際は1/(1+𝐴𝛽)だけ出力インピーダンス𝑅𝑂を低減できるため)。

 

入力寄生容量があるとどうなるか

つづいて少し話題を変えて、帰還経路に寄生容量があるケースを考えてみます。最初は反転入力端子の寄生容量です。反転入力端子の寄生容量としては、ここまで説明してきたような構成から考えると、プリント基板の層間容量がまず思いつきます。

 

入力端子間のバッファ・アンプを考えてみると

さきに「図1の×1と書いてあるバッファ・アンプをボルテージ・フォロワの構成にする」というテクニックがあると説明しました。たしかにこのようにすれば、反転入力端子の入力抵抗𝑅𝑂を低減させることができます。ここに入力容量があった場合はどうなるのかを少し考えてみましょう。

この入力端子間の、ボルテージ・フォロワとして帰還のかかったバッファ・アンプを、見かたを変えてみます。図8はそのバッファ・アンプをボルテージ・フォロワとして帰還抵抗も含めてモデル化し、反転入力端子の寄生容量を𝐶𝑃として加えたものです。

これをさらに表現を変えて、図9のようにしてみました。帰還抵抗𝑅1と𝑅2は、電流帰還OPアンプ出力が低インピーダンスなので、等価的に𝑅2もグラウンドに接続しているものとなり、𝑅1と𝑅2の並列接続で表されます。

このように書き直してみるとびっくりです…。出力抵抗𝑅𝑂のある増幅系(バッファ・アンプ自体のゲインは1より十分大きいとします)が、ボルテージ・フォロアとして100%負帰還をかけられ、さらに出力に容量𝐶𝑃がぶらさがっているという回路です…。OPアンプ回路でも「ボルテージ・フォロアで100%負帰還」というのが一番発振しやすい回路ですから、このように寄生容量𝐶𝑃があり負帰還がかかっていると、この部分で局所的な異常発振が生じてしまう危険性があることが分かります。うーむ、電流帰還OPアンプは奥深いです!

プリント基板設計において、余計な入力寄生容量を低減させるには、ICのパッド下層のグラウンド・プレーンをその部分だけ抜くというテクニックがあります。

図8.ボルテージ・フォロワとして負帰還のかかった入力端子間のバッファ・アンプと入力端子寄生容量
"図8.ボルテージ・フォロワとして負帰還のかかった入力端子間のバッファ・アンプと入力端子寄生容量
図9. 図8の回路を書き換えてみた
図9. 図8の回路を書き換えてみた

 

入力端子間のバッファ・アンプが健全だとしてさらに考えてみると

上記のように「入力端子間のバッファ・アンプをボルテージ・フォロワの構成にするテクニック」は、局所的な異常発振という問題を孕(はら)んでいることが分かりました。

AD811が入力端子間でボルテージ・フォロワとして帰還が形成されているかはデータシートからは判別できません(スペックとしての反転入力の入力抵抗𝑅𝑂=14Ω (typ)からすれば、帰還が構成されていないと推測されますが)。

つづいてその問題が無い、バッファ・アンプが健全だという状態を仮定して、この寄生容量𝐶𝑃が回路動作に対してどのように影響を与えるかを考えてみましょう。

𝑅1と𝐶𝑃は並列に接続されていますから、式(17)の系の帰還率は

tnj059-e22

ここで𝑅1と𝐶𝑃の並列接続である𝑍IN

tnj059-e23

とします。式(22)に代入してみると、

式24

となり、分母に𝑠がありますから、これはポールが構成される(遅れ要素が構成される)ことになり、寄生容量𝐶𝑃により位相遅れが生じることを意味しています。

以降、単に式で進めてもあまり意味がないので、AD811のループ・ゲインのシミュレーションから、位相余裕が現実の回路でどのように変わっていくかをみてみましょう。

図10はAD811を用いた、また寄生容量𝐶𝑃が形成されたループ・ゲインのシミュレーション回路です。𝐶𝑃= 0pF, 1.25pF, 2.5pF, 5pF, 10pFとしてあります。1.25pF, 2.5pFあたりがICのパッドで生じる容量レンジのあたりですね。

 

ポールの周波数は高いところに移動する

シミュレーション結果を図11に示します。70MHz付近でループ・ゲインが0dBとなるクロスオーバ周波数になっていますが、10pFであっても位相遅れの増大分はそれほど大きくありません。𝑅1= 562Ωと𝐶𝑃= 10pFとでポールが形成されるだろう周波数を計算してみると、28MHzとなりますが、シミュレーション結果からは、あまり影響を与えるようすもないと気がつきます…。

実際のポールの周波数の導出のため、式(24)の分母を取り出し、

式25

この式(25)から分かることは、ポールの周波数を決めるのは、𝑅1,𝑅2だけではなく、𝑅0も関係してくるということです。さらに𝑅0の大きさは𝑅1,𝑅2と比べると小さいため、式(25)中での影響度が大きくなるということです。つまり実際のポールの周波数は、直観的に考えられる帰還抵抗と寄生容量𝐶𝑃とで形成されるものより高く、𝑅0の大きさが深く関わってくるため(目論見増幅率を高くして𝑅1を小さくした場合は、以下に示すように少し変わりますが)、それと寄生容量𝐶𝑃とで生じるポールが高い周波数に移動するということになるわけですね。

電流帰還OPアンプの解説では「寄生容量𝐶𝑃は出来るだけ小さく」という記述がされていますが、このシミュレーション結果は、影響はそれほど大きくなさそうだと想定されるものでありました。

また、電流帰還OPアンプ増幅回路の目論見増幅率を上昇させることを考えれば、帰還抵抗の構成として𝑅2を一定にした状態で、𝑅1を低下させていくわけですから、ポールの周波数がさらに高いところに行くことになります。寄生容量𝐶𝑃の影響度はさらに軽減されるだろうと予想できることになります。

図10. AD811で寄生容量が付加されたときのループ・ゲインをシミュレーションする回路
図10. AD811で寄生容量が付加されたときのループ・ゲインをシミュレーションする回路
図11. 図10のシミュレーション結果
図11. 図10のシミュレーション結果

 

電圧帰還OPアンプの帰還容量に相当する容量があるとどうなるか

つづいて、電圧帰還OPアンプで良く用いられる、位相補償用帰還容量を、電流帰還OPアンプで使用した場合にどうなるかシミュレーションで見てみましょう。

電圧帰還OPアンプで位相余裕を増加させる方法、OPアンプを発振させない方法として、図12のような回路をよく見かけます。図中に赤枠で囲んだ補償用帰還容量を接続することで、帰還経路で進み位相を形成し、ループ・ゲインでの位相余裕を改善させるというものです。

まあ難しいことを考えなくても「OPアンプが発振気味なら、ここにコンデンサを入れるといいよ」という、テクニック的な話しのものでもあります。

ちなみに図12の回路では(電圧帰還OPアンプが使われているとして)、目論見増幅率𝐺=+2であるため、大きく位相進みを形成することができず、実は進み位相補償の効果は限定的です。目論見増幅率𝐺を大きくすると効果が増大してきます(この辺の話題はまた別の技術ノートにて…)。

 

電流帰還OPアンプでは逆効果だ!

ということで、この図12の回路を用いて、電流帰還OPアンプAD811で帰還容量𝐶𝐹を0pF, 1.25pF, 2.5pF, 5pF, 10pFとしたループ・ゲインのシミュレーション結果を図13に示します。ここではクロスオーバ周波数付近を拡大し、10MHzから1GHzのあたりでシミュレーションして表示させています。

この結果は驚異的です…。電圧帰還OPアンプとは全く異なっていますね!とくに𝐶𝐹が2.5pFを超えたあたりでは、同図(a)のようにループ・ゲインが再度持ち上がり、高い周波数にクロスオーバ周波数が移動していることが分かります。さらに厄介なのは、𝐶𝐹を大きくすると同図(b)のように、位相の回転が低い周波数に移動することも分かります。

入力寄生容量𝐶𝑃の場合と同じように、ここでも式計算を少しがんばってみると、式(22)を用いて

式26

ここで𝑍𝐹は𝑅2と𝐶𝐹の並列接続で

式27

です。式(26)に代入してみると、

式28

となり、ポールが一つ、ゼロが一つできることが分かります…。これらが図13の結果になっているわけなのですね…。

図12. AD811に電圧帰還OPアンプで用いられる帰還容量が付加されたときのループ・ゲインをシミュレーションする回路
図12. AD811に電圧帰還OPアンプで用いられる帰還容量が付加されたときのループ・ゲインをシミュレーションする回路
図13. 図12のシミュレーション結果
図14. 電圧帰還OPアンプAD8022の簡易等価回路[3](650μAというのは仮説値)
図14. 電圧帰還OPアンプAD8022の簡易等価回路[3](650μAというのは仮説値)
図15. 図14において入力に電位差が生じてQ2がオフしQ1に最大電流が流れた状態で容量𝐶𝐷P が充電される
図15. 図14において入力に電位差が生じてQ2がオフしQ1に最大電流が流れた状態で容量𝐶𝐷P が充電される

 

電流帰還OPアンプにおけるスルー・レート制限

電流帰還OPアンプでは高速なスルー・レートを実現できます。このことを説明して、この電流帰還OPアンプ・シリーズも終わりにしましょう。

 

まずは電圧帰還OPアンプでのスルー・レート制限を考える

図14は電圧帰還OPアンプAD8022の簡易等価回路[3]です。

差動増幅回路の下側の定電流回路(赤枠)は、一定のテイル電流𝐼𝑇 = 600μAを流すように動作しています。

差動増幅回路の上側のふたつの定電流回路には、同一の定電流𝐼1, 𝐼2 (𝐼1=𝐼2)が流れます。これを650μAと仮定しましょう。この電流それぞれの一部はQ1, Q2に流れ、のこりがQ3, Q4に流れます。差動増幅回路の非反転入力端子+IN、反転力端子-INの間が同じ電位だと、𝐼3=𝐼4(350μA)になります。

 

差動増幅回路の片側がオフになると補償容量は定電流で充放電される

つづいて図15のように、+INと-INの間に電位差が生じ、たとえば大きな電位差によりQ2がオフしたときを考えてみます。Q2に流れる電流がゼロになると、Q1に流れる電流量が増加し、Q1にテイル電流𝐼𝑇 の600μAが全て流れます。このとき𝐼3=50μA、𝐼4= 650μAになります。

Q5, Q6とQ7, Q8はカレント・ミラーと呼ばれる回路であり、ここを流れる電流𝐼5, 𝐼6は等しくなります。𝐼3=50μAであることから、𝐼3=𝐼5=𝐼6= 50μAとなり、𝐼4= 650μAと𝐼6= 50μAの差分(600μA)が、電圧帰還OPアンプの周波数特性(ドミナント・ポール)を決定する補償容量𝐶𝐷P[F]を充放電する電流𝐼𝐶として現れてきます。

この差分600μAは、いわゆる「回路が振り切った状態」での電流で、テイル電流と等しくなります。これが容量𝐶𝐷P を充電する最大電流となります。容量𝐶𝐷P はこの定電流で充電されることにより、この容量の端子電圧𝑉𝐶

式29

で時間𝑡に応じて、一定変化で上昇(下降)することになります。これがスルー・レートのしくみです。

つまり電圧帰還OPアンプのスルー・レートは、定電流回路(図14の赤枠)のテイル電流量から決まってくるのです。

 

電流帰還OPアンプではこの制限が存在しない

電流帰還OPアンプでは、図1に示したように、またこれまで長く説明してきたように、反転入力端子の電流を出力電圧量に変換するためのトランス・インピーダンス𝑇(𝑠)(𝑅𝑇 ,𝐶𝑇)がドミナント・ポールを決定します。しかし、この𝑇(𝑠)の容量𝐶𝑇 を充電するための(電圧帰還OPアンプで存在する)テイル電流に相当する制限はありません。反転入力端子の電流をカレント・ミラーでコピーした電流で、とくに制限なく、𝑇(𝑠)の容量𝐶𝑇 が充電されるからです。

これにより電流帰還OPアンプは、スルー・レートという点でも高速性能を実現できています。

 

まとめ

全体で4冊のノートとして説明してまいりました電流帰還OPアンプ。検討を始める前は謎な部分が多いなあと思っていましたが、いろいろ検討を進めていくと、基本的な回路理論を応用していけば、かなりのところまで解析ができるということが分かりました。

著者について

石井 聡
1963年千葉県生まれ。1985年第1級無線技術士合格。1986年東京農工大学電気工学科卒業、同年電子機器メーカ入社、長く電子回路設計業務に従事。1994年技術士(電気・電子部門)合格。2002年横浜国立大学大学院博士課程後期(電子情報工学専攻・社会人特別選抜)修了。博士(工学)。2009年アナログ・デバイセズ株式会社入社、現在に至る。2018年中小企業診断士登録。
デジタル回路(FPGAやASIC)からアナログ、高周波回路まで多...

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