TNJ-055:本格的なMIDDLEBROOK 法によるループ・ゲインの測定(後編)Middlebrook 法の適用とその検証
はじめに
前回と今回の技術ノートでは、帰還増幅回路のループ・ゲインを測定する方法である「Middlebrook 法[1]」について、その本格的な活用方法を説明しています。
前回の技術ノートではそのうち、基本的な測定方法、そして電圧注入法の考え方としくみをご説明しました。つづいて「𝑍𝑂𝑈𝑇 ≪ 𝑍𝐹𝐵」という関係になっていない系でのOP アンプ増幅回路で、電圧注入法だけの測定では誤差が生じるようだという課題(疑問)を提示いたしました。今回の技術ノートではこの点について深く考えてみたいと思います。
電流注入法を併用する本格的なループ・ゲイン測定方法「Middlebrook 法」
「𝑍𝑂𝑈𝑇 ≪ 𝑍𝐹𝐵」という関係になっていないケース、つまり𝑍𝑂𝑈𝑇と𝑍𝐹𝐵が近接した系においては、「電圧注入法」と以下に示す「電流注入法」を併用することで、正しいループ・ゲインを求めることができます。
図1 はMiddlebrook 法の一部として用いる「電流注入法」です。この電流注入法は本来、「𝑍𝑂𝑈𝑇 ≫ 𝑍𝐹𝐵」という関係の系に適用できるものです。
電流注入法のシミュレーション結果からループ・ゲインを得るには、図中のV1,V2 を流れる電流の比
には、図中のV1,V2 を流れる電流の比
I(V1)/I(V2)
を計算します。ここでV1, V2 の電流検出極性、つまりV1, V2 がつながっている極性に注意が必要です。
電圧注入法で得られたループ・ゲインを𝑇𝑉、電流注入法で得られたループ・ゲインを𝑇𝐶とすれば、𝑍𝑂𝑈𝑇と𝑍𝐹𝐵が近接した系における本来のループ・ゲイン 𝑇は
で計算できます(参考文献[1, 2])。ここでの計算は
とマイナスの符号を用いて、それぞれ答えを得ることになっており、
とすることで、ループ・ゲインの位相は0°からスタートして、180°位相に遅れていくようになります。こうなると(マイナスの符号が用いられることで)180°位相からの位相戻り量が位相余裕になりますので、注意してください。ここで示した符号(極性)の説明は参考文献[1, 2]には詳しい記載がなく、また参考文献[1]はよく読むと電圧・電流の検出極性が逆になっていて、混乱を生じるものでありました…。この技術ノートで説明しているものは、最終的には参考文献[3]の説明から実際にシミュレーションで実験して確認できたものです。


負荷容量のついたZOUT とZFB が近接したLT1128 の帰還増幅回路での正しいループ・ゲインが得られた
それではここで示した電流注入法(図1)と前回の技術ノートの図11(電圧注入法。あらためて図2 に再掲しました)を一つのシミュレーション回路図にして、上記の式をグラフ機能で計算させてみます。得られた結果を図3 に示します。位相余裕は15°ある(180-165 = 15)ことがわかりました。この結果は、ひとつ前の技術ノート(TNJ-054)の図14 に示した、AC 解析でのシミュレーション結果の「ゲイン・ピークが11dB もあり、位相余裕は15°程度と考えられます。」ということと整合が取れることがわかります。
このように電圧注入法と電流注入法を併用したMiddlebrook 法を適用することで、𝑍𝑂𝑈𝑇と𝑍𝐹𝐵が近接した系においても正しいループ・ゲインを求めることができます。これは重要なノウハウと言えることです。
申し上げたいことは、LTspice では、TNJ-054 で「シミュレーション実行後にループ・ゲインを表示させるには」て示したように、極性(符号)を考えて、LTspice でのグラフ画面でAdd Trace でExpression(s) to Add で式を設定するということです。


図3 電圧注入法と電流注入法を併用してループ・ゲインを計算した
電流注入法を併用せず実現する等価的な方法
実際の回路では図1 のように電流測定をすることは難しいといえるでしょう。電流測定だけであれば電流プローブを用いれば実現は可能でしょうが、「さて電流源をどうする?」となるとちょっと大変かもしれません(Middlebrook の論文[1]ではFigure 13 に電流源の内部インピーダンスは有限でも影響がないと説明されていますが)。それでも電流源回路としては、たとえばHowland 回路が考えられ、アナログ・デバイセズでも
LT6375 同相電圧範囲が±270V の差電圧アンプ
https://www.analog.com/jp/LT6375
【概要】
LT6375 は単位利得の差電圧アンプで、優れたDC 精度、非常に高い入力同相電圧範囲、および広い電源電圧範囲を兼ね備えています。このデバイスは、高精度オペアンプと高整合の薄膜抵抗回路網を内蔵しています。このデバイスの特長は、優れたCMRR、非常に低い利得誤差、および非常に低い利得ドリフトです。
LT6375 は同相電圧範囲の高い既存の差電圧アンプと比較して、抵抗分割器の比を選択できるので、特定の入力同相電圧範囲で最大のSNR 精度、および速度を実現可能にすることにより、優れたシステム性能を発揮します。
を使って、±5mA Howland Current Source というものが紹介されています[4]。また技術資料としては、[5]が電流源のコレクションとして参考になるものでしょう。
電流源を使わずになんとかしたい
電流源を使わない代替え方法として、[6]で説明されている方法があります。これはループ途中にバッファを挿入して、「𝑍𝑂𝑈𝑇 ≪ 𝑍𝐹𝐵」という条件を実現するものです。これを図1 や図2 のLT1128 の回路に適用したものを図4 に示します。
ここで注意すべきことは、OP アンプの出力でループを切った(バッファを挿入した)としても、OP アンプ出力(バッファ入力)に、もともとのOP アンプの負荷となる帰還抵抗(図1 ではR1, R2 に相当)や負荷容量(図1 ではC1 に相当)、補償容量(図1 ではC2 に相当)を接続しておくことです。これはOP アンプ出力が駆動する回路部分はきちんとモデル化しておかないといけない、ということです。ちなみに厳密にはLT1128 の入力容量も!…でしょうが、ここではそこまで示していません。
図5 にシミュレーション結果を示します。図3 に示した、電圧注入法と電流注入法を併用してループ・ゲインを計算させたMiddlebrook 法の結果とほぼ一致していることが分かります。なおこのシミュレーション結果では
-1*V(VOUT)/V(VFB)
でグラフ描画設定をしており、位相関係を-180°を基準として、図3 と同じにしてあります。


実機で測定するには
より詳細かつ本格的に、実際の機器のループ・ゲインや位相余裕の測定をしたい場合は、参考文献[7]の測定器「周波数特性分析器」Frequency Response Analyzer; FRA を用いるとよいでしょう。これは業界標準ともいえる有名な測定器です。この場合でもここまで示した誤差要因は同じようにあり、𝑍𝑂𝑈𝑇と𝑍𝐹𝐵が近接した系においては、前節の等価方法を使う必要があるようです。
なお、それでも実測とSPICE モデルによるシミュレーション結果が異なる場合もままありますので(モデルの正確性)、注意してください。
このMiddlebrook 法の正しさを検証
ここまでLT1128 を用いてMiddlebrook 法の適用方法について説明してきました。その正しさはひとつ前のTNJ-054 の図14 と、本技術ノートの図3 の結果から確認はできたところですが、実物のOPアンプ・モデルを使わずに理論的モデルを使って、もう少し厳密に正しさを検証してみましょう。
図6 はここで考える理論的モデルです。OP アンプに相当するモデルはLaplace モデル
laplace(100000000/(s+1))
として、DC 増幅率 = 108倍(160dB)かつ-3dB 周波数(ドミナント・ポール)= 0.159Hz にしてあります。理論的モデルということで出力インピーダンスはゼロです(ということで「𝑍𝑂𝑈𝑇 ≪ 𝑍𝐹𝐵」という条件を実現しています)。そこに出力抵抗RO と負荷容量C1 が接続されています。
ダミーの信号源V1 がありますが、これは基本的な増幅回路の構成を示したかったために接続してあり、AC 0 と見えるとおり、ループ・ゲインのシミュレーションとしては影響を与えるものではありません。
この図では電圧注入法でループ・ゲインを求めています。そのシミュレーション結果を図7 に示します。DC 増幅率160dB かつ帰還率が-20dB なのでループ・ゲインは140dB、また-3dB 周波数(ドミナント・ポール)は設定どおり 0.159 Hz になっています。
位相余裕は39°となっています。


理論的モデルに出力抵抗を付加して電圧源を不適切な位置に挿入してみる
図8 は出力抵抗と帰還抵抗の一部をOP アンプ出力側にもっていき、「𝑍𝑂𝑈𝑇 ≪ 𝑍𝐹𝐵」という関係を満足しないように修正してみた回路です。出力抵抗ROと、負荷抵抗C1、もともとR2 としていた帰還抵抗1.8kΩの一部の500Ω(R3 としました)をループ・ゲイン測定電圧注入信号源のOPアンプ出力側にもっていきました。
このシミュレーション結果を図9 に示します。図7 では位相余裕は39°でしたが、ここでは位相余裕は49°と求まり、異なる結果になっています。これまでみてきたとおり(誤差が生じる)だということが分かります。
出力抵抗を付加した理論的モデルにMiddlebrook 法を適用してみる
図10 に電圧注入法と電流注入法を併用したMiddlebrook 法のシミュレーション回路を示します。無関係な電圧源は削除してあります。
この位相余裕は図7 で得られた答えと、なんと…「ぴったり同じ」になっています。これでMiddlebrook 法の適正さがご理解いただけたものかと考えます。




Middlebrook の論文での表現
「𝑍𝑂𝑈𝑇 ≪ 𝑍𝐹𝐵」という関係を満足しない条件で、電圧注入法で誤差が出ることについて、Middlebrookは図12(a)のようなブロックで表現をしています[1]。電流注入法のみでの誤差も一緒に、図(b)に記載してみました。このブロック図はこれまで説明してきたOPアンプ回路の構成からすれば、少し違和感を感じるブロック図といえるのではないでしょうか。
同図(a)からは電圧注入法から得られる(誤差を含んだ)ループ・ゲイン𝑇𝑉として
ここで𝐺𝑚は増幅系のトランス・コンダクタンス、𝑇は真のループ・ゲインです。


同図(b)からは電流注入法から得られる(誤差を含んだ)ループ・ゲイン𝑇𝐶として
等価変換してみる
電圧や電流を注入する部分は良しとしても、「トランス・コンダクタンス𝐺𝑚」がOP アンプ回路とつながらないと感じるひとも多いでしょう。
この回路を(ある一例として)OP アンプの回路に変換してみると、以下のように考えることができます。テブナンの定理とノートンの定理を比較して考えてみると、Middlebrook の示した図12 の左側の電流源𝐼は、図13 の赤の部分のように
として等価変換できます。ここで𝐴はOP アンプのオープン・ループ・ゲインです。𝑅2はOP アンプの出力インピーダンスなどです。これからMiddlebrook の示した「トランス・コンダクタンス𝐺𝑚」は
なお図13 では電圧注入法や電流注入法で信号注入するポイントをInject という矢印で示しています。このように一般的な電圧帰還型OP アンプも、Middlebrook の示した図12 の構成に収容できるわけですね。
R. D. Middlebrook って頭いいのね…
しかし、思うわけですよ。「Dr. R. D. Middlebrook [8]って、頭いいのね…」と。このループ・ゲインの測定方法もそうですが、他にもいろいろと業績があるようですね。スイッチング電源の解析で多数の業績があるようです。Middlebrook の業績で最近ネットで見つけたのが「Extra element theorem [9]」(「余剰素子の定理」とでも訳せるでしょうか)というもので、回路網の計算を単純化できる手法だそうです。なお[9]のWikipediaのページは日本語がないのですね(残念!)。
江崎博士を前にして(つづき)
ひとつまえのTNJ-054 で、江崎玲於奈博士の講演に参加したとお話ししました。それはだいぶ昔の話しで、30 歳代後半のことでした。そしてその内容は、「巨人の方の上に乗り、遠くを眺める」という話しと、「知識を富に変換する」という含蓄のあるお言葉、そして「セレンディピティ(serendipity)」というお言葉でした。
「巨人の方の上に乗り、遠くを眺める」というお話しについては、拙書[10]のColumn 5 でも紹介した話題でしたが、これをここでも少しご紹介しておきたいと思います。
その講演で江崎博士が「巨人の方の上に乗り、遠くを眺める」という話題を提示される前に、「ユニークさ」という振りネタをお話しされていました。「ユニークなものを考える/作り出すというのは、自分の頭のなかだけで(他人からのインプットなしに)行っていても限界がある。そこに必要なものは先人(先達:せんだつ)の知恵であり、その知恵に立脚したうえで、幾ばくかでも自分のユニークさをそのうえに積み上げるというプロセスが必要」というお話しでした。
この「巨人の…」というのはアイザック・ニュートンの言葉だそうです。ニュートンは古典数学や古典物理学に関する多数の業績がありますが、この業績も先達の知恵・知見、つまりその「従来の業績」を全て理解したうえで、その「従来の業績」の上に立ち「遠くを眺めた」、つまり自分の業績を打ち立てたとのことだそうです。この「巨人の肩の上」はなんとWikipeda にも当該記事があります[11]。Wikipedia によると、原典はニュートン(1676 年の書簡)ではなく、12 世紀のフランスの哲学者の言葉のようです…。
「ニュートンのいう『巨人』とは誰のことかな」と調べていました。サーチしてもよくわかりませんが、天文学分野ではニコラウス・コペルニクス(Nicolaus Copernicus, 1473 年-1543 年)、ガリレオ・ガリレイ(Galileo Galilei, 1564 年-1642 年)、ヨハネス・ケプラー(Johannes Kepler, 1571 年-1630 年)あたりのようですね。当然ながら他の「巨人(先達)」もいたことでしょう…([12]によると、恩師のアイザック・バローという大恩人もいたようです)。
それから時は経ち…
それから時は経ち…。2015 年の春、電気・電子とは全く別の分野(といっても理系)の大学教授の方とお話しする機会がありました(K 先生、この記事を読まれることは絶対にないと思いますが、その節は大変お世話になりました。心からお礼申し上げます)。その先生はおっしゃいました。「世の中の仕事や研究の9 割はつまらない作業である」と。「残り1 割で自分の色を出したり、興味が持てるとか、成果の出せる仕事や研究をするのだ」と。
この先生は現在ではその大学での副学長になっていらっしゃる方で、お会いした当時は学科長でしたが、私も「深みのあることを言う先生だな」と、そのお話しを伺っていました。
アイザック・ニュートン、江崎博士とこの先生は、広義においては実は同じことを言っています(と、私は感じます)。
著者について
デジタル回路(FPGAやASIC)からアナログ、高周波回路まで多...
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