TNJ-046:LTspice でサレン・キー型フィルタ(第3回)「因数分解された2 次式が1段の2次LPF に変換できるしくみを考える(前編)」
はじめに
何冊続くか分からない…、なんという、先の見えない(いいかげんな?)サレン・キー型LPF シリーズ技術ノートの3 冊目です(まあ、とはいえ適当な回数で止める予定ですが…)。
フィルタ・シリーズのここまで、TNJ-044 とTNJ-045 では、サレン・キー型LPF とRLC 型2 次LPF が等価であることを説明し、その伝達関数の𝑄値そして極について、また極が複素数になったときに複素数平面上でどのように表されるか、さらに昔に学校で習ったとか、教科書で見た、実回路とは到底結びつきそうにもない、「システム(回路)の伝達関数多項式」が現実の回路とどのようにつながるかについてご説明いたしました。
1 次RC フィルタと2 次RLCフィルタを、バッファを通して接続していく(もしくは等価なアクティブ・フィルタを利用する)ことによって、その伝達関数が「理解不能だった伝達関数多項式になるのだ」ということがご理解いただけたのではないかと思います。なお分母が多項式になる例だけしか示していませんが、分子が多項式になるものは「ゼロ(零)」という、「極」とは異なる振る舞いをするものです。このことについては、稿をあらためてご説明したいと思います。
さて、今回の技術ノートTNJ-046 では、𝑄 > 0.5の条件のときの分母多項式をイコール・ゼロとした解(これを「根」と呼びます)、つまり極が複素数のとき、それを複素数平面で表すとどうなるかをより深く考えていきます。そしてそれが、「フィルタ特性としてベクトルで考えられる」というあたりまでお話しします。次のTNJ-047 では、極とフィルタ特性がどのように関連づけられているかについて、ベクトルとグラフで具体的に検討してみます。
この技術ノートの目的は…
このTNJ-046 と次のTNJ-047 でご紹介する内容のゴールを最初に示しておきます。
- 任意のカーブをもつ分母多項式を因数分解していくと、1次式と2 次式に分解できる
- この2 次式 の部分は、RLC 型とバッファや、サレン・キー型の2 次LPF 1 段で、1 次式の部分はRC 型1 次LPF1 段で実現できる
- これらのフィルタをバッファを通してカスケード(従属)接続していけば、その任意のカーブの多項式の特性をもつフィルタが実現できる
- そこでこの技術ノートでは、2 次式の根である、「極」の複素数平面上での配置と、信号伝達特性がどのように関係しているかを知り
- 実際のLPF を構成するパラメータ𝑄とω0を、極からどうやって計算するかを知る(これを先に説明します)
- パラメータ𝑄とω0さえ分かれば、RLC 型やサレン・キー型の2 次LPF を設計できる(TNJ-044 で示した関係により。これはまたTNJ-048 で詳しく見てみます)
フィルタに関する書籍を写真でご紹介しようと思いましたが…
今回の最初の写真は、アクティブ・フィルタに関する書籍をご紹介しようと思っていました。それは参考文献[1]に挙げる絶版本なのですが、それではつまらないと思い、手持ちの写真からいろいろ探しておりました。このフィルタ・シリーズ技術ノート全体の底流を流れることが「1 次/2 次LPF の伝達関数をそれぞれ掛け算したものが、理解不能だった伝達関数多項式となるのだ…」であり、言い方を換えると「それで任意のフィルタ・カーブを実現できる」ということです。そこで図1 の写真を見てピピッときたのでした。

これは都内のどこかの飲み屋のトイレのドア(の内側)に張ってあった格言です。トイレに入ったときにあまりに印象的な格言だったので、撮影してしまいました(笑)。まさに「人生も伝達関数」という感じでしょうか(笑)。
これまでの ポイント をおさらい
これまでの技術ノートTNJ-044、TNJ-045のうち、TNJ-044のRLC型2次LPF回路(図2として再掲しました)において、
とすれば、その伝達関数は
で表せると説明しました。これをこの伝達関数𝐻(𝑠)の「極」𝑠𝑝+と𝑠𝑝−(あわせて𝑠𝑝±とも表します)で表すと
ここで𝑠𝑝+と𝑠𝑝−は
ここで𝑄>0.5だと、ルートの中がマイナスになりますので、ルートの項は「虚数」となります。そうすると𝑠𝑝+と𝑠𝑝−は共役複素数となるふたつの根(極)になります。このときが多岐な特性のアクティブ・フィルタを実現できる条件になります。この条件のことを以降で詳しくみてみましょう。
複素数平面での極配置を考える
式(5)から、極の大きさ|𝑠𝑝±|(絶対値|ノルム)を計算すると、
またこれも先の技術ノートTNJ-044の式(21)に示しましたが、この極を
として実数部と虚数部に分けて考えてみると
となります。
極が与えられたときに𝑸は
一方で式(5)の解の公式で極が与えられたときは、その実数部を
として𝑄を得ることもできます。


極の𝑸ごとによる複素数平面上の角度は
この𝑠𝑝±の位置を複素数平面上(実際はラプラス平面上)に表してみると、図3のように表記することができます。この図ではω0=1として、𝑄=1,2,4の3条件で作画してみました。
𝑠𝑝±の位置は、すべて「中心から半径ω0の位置(この図ではω0=1)」であり、また𝑄が大きくなってくると、縦軸に近づいてくることが分かります。
ちなみに、複素数平面の中心から極への、横軸をゼロとしたときの角度𝜃±は
となります。𝑎𝑟𝑔(𝑥)はカッコ内𝑥の位相角を意味します。また
なので
というオイラーの公式の考え方から、
という関係も得ることができます。
パラメータ ω𝟎と𝑸が得らればサレン・キー 2次 LPFを構成できる
ここまで分かればアクティブ・フィルタを設計できます。
- 任意の分母多項式によるカーブが与えられたとき
- それは因数分解することができ、1次式と2次式の乗算になる
- その2次式の部分をサレン・キー型などのアクティブ・フィルタで作りたい
とすれば、この2次式の部分は、解の公式で極𝑠𝑝±を得れば、
- ω𝟎を式(6)で、𝑸を式(10)で計算できる<
- パラメータω𝟎と𝑸が分かれば、その特性を有するRLC型2次LPFのRLC定数を式(1)と式(2)から計算できる
- ただし直流で伝達関数 = 1になるように2次式をω𝟎𝟐倍してゲインをスケーリングする必要あり(以降のTNJ-047に示す)
- そのRLC型2次LPFと等価なアクティブ・フィルタとして、サレン・キー型フィルタを構成すればよい
わけです。そして、それらをカスケード(従属)に接続(掛け算)していけば、任意の分母多項式で表されるカーブの特性を有するLPFを形成することができるわけですね。
この「等価なサレン・キー型フィルタ」の作り方は以降の技術ノートTNJ-048で詳しく考えていきます。
以上で今回の技術ノートはおしまいです…。あいや、まあ、ここまで分かればよいわけですが、さらに細かくこの2次式のようすをみてみましょう。
2次 LPFの振幅特性と位相を 「極」の視点 でより深く考えてみる (従属 接続となった ふたつ の 1次伝達関数の 次伝達関数の うちひとつを考える )
図2のLPFの伝達特性、もっと簡単な言い方をすると「振幅特性」と「位相特性」について考えてみたいと思います。
図2を式として表したものが式(3)であり、これを用いて直球勝負で振幅特性と位相特性を計算することもできます。当然ながらそれが一般的な解法ではあります…。
しかしここでは、これらの特性を「極」の視点で考えてみたいと思います。
伝達関数としてはふたつの1次伝達関数の従属接続
あらためて式(4)を再掲します。
ここまでこの式は、ふたつの共役複素数の極をもつRLC型LPF回路の伝達関数だと説明してきました。これをもう少し分解してみます。上記の式を
とすれば、ふたつの伝達関数𝐻+(𝑠)と𝐻−(𝑠) の積として
と表すことができます。さらにこれをブロック図として表すと、図4のように「ふたつの1次伝達関数の従属接続」だと表すことができます。なおこのそれぞれは、極が複素数になる2次LPFの一部ではありますが、現実の回路として作ることはできないものです。

極を「ベクトル」と考えてみる
𝑠𝑝+と𝑠𝑝−は共役複素数として表される式(4)の伝達関数の極でした。複素数であることから(大きさと位相があるから)、図5のようにこれらは「ベクトル」とも考えることができます。
なおこの図5では𝑄=1として極の位置をプロットしています。
ひとつの1次伝達関数に着目して振幅特性と位相特性を考えてみる
ここでさらに図4のひとつの1次伝達関数に着目して,この「ひとつの1次伝達関数」の振幅特性と位相特性を考えてみましょう。式(16)の2つめのカッコの中
だけを抜き出してみます。
あらためて𝑠=𝑗2𝜋𝑓=𝑗ωと考えてください。最初の技術ノートTNJ-044からここまで説明したように、ここでも「𝑗2𝜋𝑓と表すのが面倒なので𝑠としている」、「𝑠なんて使っているが、数学の普通の記号𝑥と同じだ(ちょっとこれは乱暴ですが)」というくらいにざっくり考えていただいてかまいません。
ここでは𝑠=𝑗2𝜋𝑓=𝑗ωとしたうえで、𝑠つまり周波数𝑓を変化させたときに、𝐻−(𝑠)がどのようになるかを考えます。これを図6に示します。
𝑠(つまり周波数𝑓の変化)は、図6のように虚数軸上を下から上に移動することになります。なぜなら𝑠=𝑗2𝜋𝑓で、周波数𝑓に対して虚数単位「𝑗」がついているからです。
いっぽう𝑠𝑝−は図6の左下の点、それも中心から距離(絶対値|ノルム)としてω0だけ離れた点にプロットされます。ω0=1なので距離1のところになります。またこの例では𝑄=1としています。


複素数平面上のベクトルと考える
ここで𝑠と𝑠𝑝−の(𝑠−𝑠𝑝−)を図6の青い矢印のように
ベクトル𝐷_(𝑠)だと考えます。図5で極𝑠𝑝+、𝑠𝑝−をベクトルで表しました。(𝑠−𝑠𝑝−)についても大きさと位相がありますから、ベクトルで表すことができます。ここで𝐷_(𝑠)の(𝑠)は𝑠の関数、つまり「縦軸を変化していく周波数𝑓ごとで考えている(𝑠=𝑗2𝜋𝑓だから)」という意味合いを示しています。こうするとこのベクトルの長さ|𝐷_(𝑠)|=|𝑠−𝑠𝑝−|が式(17)の分母の大きさとなり、伝達関数𝐻_(𝑠)の振幅伝達特性が
として得られることに気がつくと思います。また位相特性についても、𝐷_(𝑠)の実数軸からの角度として、
この式がイメージできないときは
「式(17)のイメージができない」いう方もいるでしょう。さきほど𝑠=𝑗2𝜋𝑓=𝑗ωと考えました、そうすれば式(17)は
として周波数𝑓の関数に書き換えることができます。こうすれば(少しは?)分かり易くなるのではないかと考えます。
この図6については、𝑠(角周波数ω|周波数𝑓)を変化させていくわけですから、図7のように𝑠𝑝−の位置をベクトルの基準として考えれば、より腑に落ちる感じが出てくるのではないでしょうか。

まとめ
伝達関数の周波数特性は極と観測角周波数との間のベクトルに関係して表される
今回の技術ノートでは、𝑄>0.5の条件のときの分母多項式の根、つまり極が複素数のとき、それを複素数平面で表すとどうなるかを説明しました。そしてそれぞれの極をベクトルとして考えていくと、「伝達関数/フィルタ特性もベクトルが変化していくようすとして考えられる」ということをお話ししました。つまりこれは、伝達関数の周波数特性が、極と観測角周波数との間のベクトルに関係して表されるということです。
次のTNJ-047では、極とフィルタの伝達特性がどのように関係しているかについて、具体的にグラフ上にプロットして検討してみます。
著者について
デジタル回路(FPGAやASIC)からアナログ、高周波回路まで多...
この記事に関して
{{modalTitle}}
{{modalDescription}}
{{dropdownTitle}}
- {{defaultSelectedText}} {{#each projectNames}}
- {{name}} {{/each}} {{#if newProjectText}}
-
{{newProjectText}}
{{/if}}
{{newProjectTitle}}
{{projectNameErrorText}}