スペクトラム拡散周波数変調によるEMIの低減
荷電粒子からのエネルギーとそれに伴う磁場は、回路の性能や信号の伝送に干渉を及ぼすおそれがあります。このことに関しては、いくつかの用語が用いられます。電磁放射(EMR:Electromagnetic Radiation)、電磁干渉(EMI:Electromagnetic Interference)、電磁両立性(EMC:Electromagnetic Compliance)といった用語です。無線通信の普及に伴い、通信機器の数は過剰なまでに増加しました。また、より多くの通信手段(セルラ式携帯電話、Wi-Fi、衛星通信、GPSなど)が開発されたことで、より多くの周波数帯が使用されるようになりました。しかも、一部の帯域は互いに重なり合って使用されていることから、EMIの問題を避けては通れない状態にあります。その影響を緩和するために、多くの政府機関や規制当局が、通信機器、各種装置、計測器に許される電磁放射の上限値を定めています。そのような規格の1つにCISPR 16-1-3があります。この規格では、無線に対する妨害の度合いや耐性を測定する方法、測定に使用する装置について定めています。
EMIは、伝導性のもの(電源を介して伝搬)と放射性のもの(空気中を伝搬)に分類することができます。スイッチング電源は、両方の干渉を引き起こします。アナログ・デバイセズは、伝導性/放射性の干渉を低減するための技術として、スペクトラム拡散周波数変調(SSFM:Spread Spectrum Frequency Modulation)を活用しています。SSFMは、広い帯域にノイズを拡散することによって、特定周波数におけるピーク・ノイズと平均ノイズを抑えるというものです。当社は、インダクタまたはキャパシタをベースとするスイッチング電源や、シリコン発振器、LEDドライバなどの製品で、この技術を採用しています。
SSFMを適用すれば、レシーバーに関連するいずれか1つの帯域に、放射性のエネルギーが長時間とどまることがなくなります。これは、EMIが改善されるということを意味します。SSFMの効果を左右する主要なパラメータとしては、周波数の拡散量と変調レートが挙げられます。スイッチング動作をベースとするアプリケーションの場合、一般に±10%の拡散が使用されます。一方、最適な変調レートについては、変調プロファイルに応じて決まります。SSFMでは、クロック周波数を正弦波または三角波で変調するなど、様々な周波数拡散方法が用いられます。
変調方式
通常、スイッチング・レギュレータは、周波数に依存するリップルを発生します。リップルの振幅は、周波数が低いほど大きく、周波数が高いほど小さくなります。そのため、スイッチング用のクロックに周波数変調をかけると、スイッチング・レギュレータのリップルには、振幅変調がかかることになります。クロックの変調信号が正弦波や三角波のような周期的なものであれば、リップルには周期的な変調がかかり、変調周波数において、特徴のあるスペクトル成分が見られるようになります(図1)。
図1. クロックに正弦波による周波数変調をかけた結果。スイッチング・レギュレータのリップルには図のような変化が現れます。
通常、変調周波数は、スイッチング・レギュレータのクロックよりもはるかに低い値に設定します。そのため、フィルタで除去するのは難しいことがあります。それが原因となって、下流の回路で電源ノイズのカップリングが生じたり、電源電圧変動除去比(PSRR)が抑制されたりすることがあります。結果として、可聴トーンや可視化が可能なアーティファクトの問題が生じることもあります。このような周期的なリップルは、疑似ランダム周波数変調を使用することにより防ぐことができます。疑似ランダム周波数変調を適用すると、クロックの周波数がある値から別の値へと疑似ランダム方式でシフトします。この場合、スイッチング・レギュレータの出力リップルに対しては、ノイズに似た信号によって振幅変調が施されることになります。その場合の出力は、変調がかかっていることすら判別しにくいものになります。そのため、下流のシステムへの影響も無視できます。
変調量
SSFMの周波数範囲を広げると、帯域内の周波数にとどまる時間の割合が低下します。図2において、変調後の周波数は、広帯域信号のようになっています。変調されていない1つの狭帯域の信号と比べると、ピーク値が20dB低くなっていることに注意してください。放射される信号がレシーバーの帯域内に含まれることがまれで、帯域内に含まれたとしても(応答時間と比べて)短い時間である場合には、EMIは著しく低下します。例えば、±10%の周波数変調を適用すれば、±2%の周波数変調を適用する場合よりも、はるかに高いEMIの低減効果が得られます。もちろん、スイッチング・レギュレータが適切に動作できる周波数範囲には限りがあります。それでも、ほとんどのスイッチング・レギュレータは、±10%の周波数変動には容易に耐えることができます。
図2. SSFMを適用した場合と適用しない場合の比較。SSFMを適用すると、クロックの周波数帯域が広くなり、ピークのエネルギーが小さくなります。
変調レート
変調量と同様に、周波数変調レート(ホップ・レート)を高めると、EMIがレシーバーの帯域内にとどまる時間が減少します。そのため、EMIが削減されます。但し、スイッチング・レギュレータがトラッキングできる周波数の変化のレート(dF/dt)には上限があります。したがって、スイッチング・レギュレータのレギュレーションに影響を及ぼさない範囲で、最も高い変調レートを見出す必要があります。
EMIの測定
EMIの一般的な測定方法としては、尖頭値検波、準尖頭値検波、平均値検波が挙げられます。いずれの検波方式を使う場合でも、テスト装置の帯域幅は、実際の検波帯域幅に合わせて適切に設定する必要があります。この設定がSSFMの効果を左右します。周波数変調を適用した場合、検波器の帯域内にわたるエミッション(放射信号)の掃引に伴って、検波器が応答します。検波器の帯域幅が変調レートに対して狭すぎる場合、検波器の有限応答時間に起因して、EMIの測定値が低下します。一方、検波器の応答時間は、固定周波数のエミッションには影響を与えません。そのため、EMIの低下は観測されません。尖頭値検波を行うと、SSFMの効果が減衰量に直接現れます。準尖頭値検波には、デューティ・サイクルの影響が及ぶので、EMIの値が更に改善します。具体的には、固定周波数のエミッションのデューティ・サイクルが100%であるのに対し、SSFMによるデューティ・サイクルは、エミッションが検波器の帯域内にあった時間の長さに応じて低下します。平均値検波では、最も顕著にEMIの値が改善されます。検出したピーク信号がローパス・フィルタによって除去された結果として、帯域内の平均エネルギーが得られるからです。固定周波数のエミッションでは、平均エネルギーとピーク・エネルギーは同じになります。それに対し、SSFMは検出されるピーク・エネルギーと帯域内にとどまる時間の両方を低減するので、平均検波の結果が低減されます。規制に対応する多くの試験では、準尖頭値検波と平均値検波の両方に合格することが求められます。
SSFMとレシーバーの帯域幅
SSFM機能がイネーブルであるか否かにかかわらず、スイッチング・レギュレータにおけるピークのエミッションは、任意の瞬間において同じように現れる可能性があります。なぜそのようなことが起きるのでしょうか。SSFMの効果は、レシーバーの帯域幅に一部依存します。ある瞬間のエミッションのスナップショットを取得するには、無限の帯域幅が必要になります。しかし、実際のシステムの帯域幅は有限です。レシーバーの帯域幅に対してクロック周波数の変化が速い場合、受ける干渉は顕著に低下します。
図3. スイッチング・レギュレータの出力のスペクトラム(分解能帯域幅は9kHz)。LTC6908のSSFM機能をイネーブル/ディスエーブルにして取得しました。
シリコン発振器のSSFM機能
「LTC6909」、「LTC6902」、「LTC6908」は、それぞれ8出力、4出力、2出力のマルチフェーズ・シリコン発振器です。いずれもSSFM機能を搭載しており、スイッチング電源のクロック源としてよく使用されます。マルチフェーズ動作を採用すると、実質的にシステムのスイッチング周波数が何種類も存在することになります(フェーズの存在がスイッチング周波数の種類の増加として現れるため)。また、SSFMにより、各ICは一連の範囲で周波数を切り替えて、伝導性のEMIを広範な周波数帯に拡散します。LTC6908は5kHz~10MHzの周波数範囲に対応し、2つの出力を供給します。2つの出力の位相が180°ずれた「LTC6908-1」と90°ずれた「LTC6908-2」の2つのバージョンがあります。前者は、シングル出力のスイッチング・レギュレータを2個使用し、それらの同期をとりたい場合に適しています。後者は、デュアル出力で2フェーズのスイッチング・レギュレータを2個使用し、それらの同期をとりたいケースにおいて有効に機能します。4出力のLTC6902は、5kHz~20MHzの周波数範囲に対応します。同ICは、2/3/4フェーズの出力を等間隔で供給するようにプログラムすることが可能です。LTC6909は、12kHz~6.67MHzの周波数範囲に対応し、最大8フェーズの出力を実現できます。
先述した周期的なリップルの問題に対処するために、これらのICは、疑似ランダム周波数変調を採用しています。つまり、スイッチング・レギュレータのクロックが、ある周波数から別の周波数へと疑似ランダム方式でシフトします。周波数がシフトするレート(ホップ・レート)が高いほど、スイッチング・レギュレータが1つの周波数で動作する時間が短くなります。その結果、EMIがレシーバーの帯域内に含まれる時間が短くなります。
但し、周波数ホッピングのレートには上限があります。仮に、スイッチング・レギュレータの帯域幅を超えるレートで周波数を切り替えたとすると、クロック周波数が遷移するエッジにスパイクが生じます。スイッチング・レギュレータの帯域幅が狭いほど、スパイクの発生は顕著になります。そこで、LTC6908とLTC6909は、当社独自のトラッキング・フィルタを搭載しています。このフィルタは、ホップ・レートをトラッキングし、すべての周波数と変調レートに対して最適な平滑化を実施します。つまり、ある周波数から次の周波数への遷移が滑らかになります。なお、LTC6902では、カットオフ周波数が25kHzの内蔵ローパス・フィルタを使用しています。
図4. 疑似ランダム変調にトラッキング・フィルタがもたらす効果。LTC6908/LTC6909は、このフィルタを内蔵しています。
LTC6908/LTC6909のトラッキング・フィルタを適用した変調信号は、多くのロジック・システムで使用できます。但し、サイクル間ジッタの問題については、慎重に検討しなければなりません。レギュレータの帯域幅が狭く、トラッキング・フィルタを適用してもなお、周波数変調の高いレートに対応できない場合があります。このように帯域幅が限られているケースに対応するために、LTC6908/LTC6909の周波数ホップ・レートは、公称周波数の1/16(デフォルト値)から1/32または1/64まで低下させられるようになっています。
SSFM機能を備えるシリコン発振器については、こちらをご覧ください。
電源のSSFM機能
スイッチング・レギュレータは、サイクル単位で出力に電力を伝送します。ほとんどの場合、動作周波数は固定であるか、出力負荷に対して一定です。この変換方法では、動作周波数(基本波)とその倍数の周波数(高調波)に、大きなノイズ成分が生じます。
以下では、SSFM機能を備える代表的なレギュレータ製品を紹介します。なお、SSFM機能を備える降圧レギュレータの一覧は、こちらからご覧になれます。
LTM4608A:µModule®ファミリのDC/DC降圧レギュレータ、2.7V~5.5V入力で8A出力
「LTM4608A」では、CLKINピンをSVIN(電力消費の少ない回路用の電源電圧ピン)に接続することにより、SSFM機能が働きます。その結果、スイッチング・ノイズを低減することができます。SSFMモードにおいて、LTM4608Aの内蔵発振器は、サイクルごとに周期がランダムに変化(公称周波数の70%~130%の範囲)するクロック・パルスを発生するように設計されています。それにより、広い周波数範囲にスイッチング・ノイズが拡散され、ピーク・ノイズが大幅に低減します。CLKINがグラウンドに接続されているか、外部の周波数同期信号によって駆動されている場合、SSFMはディスエーブルになります。図5は、SSFMモードを使用する場合の回路図です。0.01µFのコンデンサをPLLLPFピンとグラウンドの間に接続することで、SSFMで周波数を変化させる際のスルー・レートを制御しています。RSR、CSRの値は、以下の式に基づいて決定します。 RSR ≥ 1 / −(ln(1− 0.592/VIN)*500*CSR).
図5. LTM4608AでSSFMモードを使用する場合の回路例
LT8609:42V入力、2A出力の同期整流式降圧コンバータ
「LT8609」は、低消費電力の降圧コンバータです。2MHzという高いスイッチング周波数で93%という高い効率が得られるため、小型の外付け部品を使用することができます。SSFMモードはパルス・スキップ・モードと似ていますが、スイッチング周波数が3kHzの三角波によって高低に変調されるという点に違いがあります。変調範囲の下端は、RTピンに接続した抵抗によって決まるスイッチング周波数に設定されます。一方、上端は、RTピンによって設定される周波数よりも約20%高い値になります。SSFMモードをイネーブルにするには、SYNCピンをINTVCCに接続するか、3.2V~5Vの電圧を入力します。
LTC3251/LTC3252:チャージ・ポンプを応用した降圧レギュレータ
「LTC3251」と「LTC3252」は、2.7V~5.5Vの入力電圧で500mAの単一出力または250mAのデュアル出力を生成可能な降圧レギュレータです。チャージ・ポンプを応用している点を特徴とします。これらのICは、1MHz~1.6MHzの範囲でサイクルごとにランダムに変化するクロック・パルスを発生します。図6、図7は、それぞれLTC3251のSSFM機能をディスエーブル、イネーブルにした場合の結果を示したものです。SSFMを使用すれば、従来の降圧コンバータと比べて、ピークの高調波ノイズが大きく減衰するだけでなく、実質的にすべての高調波成分が除去されます。LT3251ではSSFM機能を使用するか否かを選択できますが、LTC3252では必ずイネーブルになります。
図6. LTC3251でSSFM機能をディスエーブルにした結果
図7. LTC3251でSSFM機能をイネーブルにした結果
LEDドライバのSSFM機能
LT3795:入力電圧が110Vでマルチトポロジに対応するLEDコントローラ
スイッチング・レギュレータをベースとするLEDドライバは、自動車やディスプレイ照明において、EMIに関連する面倒な問題を引き起こす可能性があります。「LT3795」は、入力電圧が110Vでマルチトポロジに対応するLEDコントローラであり、EMI性能を改善するためのSSFM機能を内蔵しています。RAMPピンにコンデンサが接続されている場合、信号の最大値、最小値がそれぞれ2V、1Vの三角波が生成されます。この信号が内蔵発振器に供給され、スイッチング周波数が基底周波数の70%から基底周波数までの範囲で変調されます。基底周波数は、RTピンに接続したクロック周波数の設定用抵抗によって決まります。変調周波数は、次の式によって設定されます。 12µA/(2 • 1V • CRAMP) 図8、図9は、従来型の昇圧スイッチング・コンバータ(LT3795のRAMPピンをグラウンドに接続した状態)と、SSFM機能をイネーブルにした昇圧スイッチング・コンバータ(RAMPピンに6.8nFのコンデンサを接続)のノイズ・スペクトラムを比較したものです。図8は平均伝導性EMI、図9はピーク伝導性EMIを表しています。EMIの測定結果は、RAMPピンとコンデンサで設定した周波数に依存して変動します。1kHzから始めてピーク値を最適化していくことが推奨されます。特定のシステムにおいて、全般的に最良のEMI性能を得るには、細かい調整が必要になるかもしれません。
図8. LT3795の平均伝導性EMI
図9. LT3795のピーク伝導性EMI
LT3952:42V入力、60V/4A出力でマルチトポロジに対応するLEDドライバ
「LT3952」は、定電流、定電圧での動作に対応するLEDドライバであり、60V/4Aの出力に耐えるパワー・スイッチを内蔵しています。マルチトポロジに対応しており、SSFM機能をオプションで搭載します。発振器の周波数は、公称周波数fSWから、それよりも31%高い周波数までの間で、疑似ランダム方式により1%刻みで変化します。この一方向の調整により、システムにおいて影響を受けやすい周波数帯(AMラジオ帯など)に対し、それよりも少しだけ高い値に公称周波数をプログラミングするだけで、問題を回避することができます。ステップ幅が1%刻みなので、ユーザは、EMIのテストのビン・サイズに適したクロック周波数(RTピンで設定)を簡単に決定できます。また、疑似ランダム方式を採用していることから、周波数の変化によって発生するトーンも抑制することが可能です(図10)。
疑似ランダム値は、発振器の周波数に比例してfSW/32のレートで更新されます。このレートであれば、標準的なEMIのテストにおけるドウェル時間内に全周波数群を複数回通過させることができます。
図10. LT3952の平均伝導性EMI
ここまでに紹介した以外にも、アナログ・デバイセズは、EMIを低減するための設計手法を有効に活用した数多くの製品を提供しています。本稿で紹介したSSFMは、そうした手法の1つです。他の手法としては、高速な内部クロックのエッジを低速化する方法や、内蔵フィルタを利用する方法などがあります。また、レイアウトを利用してEMIを効果的に低減するという新たな手法も存在します。この手法は、当社ではSilent Switcher®(サイレント・スイッチャ)という技術として製品に適用しています。例えば、「LT8640」では、そのSilent SwitcherとSSFMを組み合わせて活用しています。同ICは、低消費電力/同期整流方式の降圧スイッチング・レギュレータであり、42Vの入力に対応します。次期の設計プロジェクトにおいてEMIの問題に遭遇した場合には、規格に容易に準拠できるように、EMIの低減を可能にする当社製品をぜひご検討ください。
備考:
1. マイクロプロセッサやデータ・クロックは、大きな周波数の変化には耐えられません。そのため、一般的には± 2% のSSFM が適用されます。
2. 疑似ランダム・シーケンス全体の繰り返しレートは、20Hzを超えないことが保証されます。
著者について
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