RF 対応の ADC/DAC により、マルチバンドの基地局を効率的に実現

2018年02月01日
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概要

ワイヤレス機器でやりとり可能なデータ量に対する需要は高まる一方です。そのようなニーズに応えるために、現在の無線基地局は、キャリア・アグリゲーション技術や複数の E-UTRA(LTE)帯をサポートするように設計されています。そうしたマルチバンド対応の無線システムでは、GSPS(ギガサンプル/秒)クラスの次世代 A/D コンバータ(ADC)や D/A コンバータ(DAC)が採用されます。そうした RF 対応の ADC/DAC(データ・コンバータ)を使用すれば、サンプリング処理はもちろんのこと、周波数アジャイル、RF 信号のダイレクト・シンセシスといったニーズにも対応できます。散在する RF スペクトルに対しては、高性能の DSP を使用して、RF 信号と返送されてくるデータ・ビットを効率的に処理する手法が有効です。本稿では、マルチバンドのアプリケーションに対応するためのダイレクト RF トランスミッタについて説明します。また、DSP の構成(コンフィギュレーション)と消費電力、帯域幅のトレード・オフについても考察します。

10 年で、バンド数は 10 倍、データ・レートは100 倍に

Apple が最初の「iPhone®」をリリースしたのは 2007 年のことです。つまり、スマートフォンの革命が始まってから 10 年が経過したことになります。その間にワイヤレス規格は 2 世代先に進み、多くのことが変化しました。無線アクセス・ネットワーク(RAN: Radio Access Network)のインフラである LTE 基地局(eNodeB)は、スマートフォンに代表されるユーザー端末(UE)ほど華やかな存在ではありません。しかし、eNodeBは、数えきれないほどの端末がネットワークに頻繁につながる現在の世界を実現した立役者です。それによってデータの氾濫が生じていることも事実ですが、eNodeB 自体も進化を続けています。携帯電話のバンド(周波数帯)の数は 10 倍に増え、データ・コンバータのサンプル・レートは 100 倍になりました。こうしたことによって、私たちに何が起きるのでしょうか。

図 1. スペクトルの散在。不連続スペクトルを対象とするキャリア・アグリゲーションが、その問題を強調しています。赤色はライセンスを受けているバンド、緑色はバンド間のスペーシングを表しています。

マルチバンド対応の無線とスペクトルの有効活用

2G(第 2 世代携帯電話システム)の GSM から 4G の LTE に至るまで、携帯電話のバンド数は 10 倍以上(4 から 40 以上)に激増しました。LTE のネットワークが登場したことによって、基地局のサプライヤ自身も無線が多様化していく経過を目にすることになりました。LTE-Advanced では、キャリア・アグリゲーションが加わったことでマルチバンド対応に関する要件が拡大されました。ただ、キャリア・アグリゲーションが導入されたことにより、同じバンド内、さらには異なるバンド内の不連続な周波数スペクトルを、1つのストリームとしてベースバンド・モデムにおいて統合できるようになりました。これは大きな成果です。

問題なのは、RF スペクトルが隙間だらけであることです。図 1は、スペクトルの散在という問題を強調するために、キャリア・アグリゲートの対象となるバンドの組み合わせを示したものです。緑色はバンド間のスペーシング(間隔)を表しており、赤色は対象となるバンドを表しています。情報理論に基づけば、システムは不要な周波数スペクトルの変換に電力を浪費するべきではありません。そこで、アナログ領域とデジタル領域の間に散在するスペクトルを変換するための効率的な方法を備えた、マルチバンド対応の無線が必要になります。

ダイレクト RF 型に進化する基地局のトランスミッタ

LTEのネットワークにおけるデータ量の増加に対応するために、無線アーキテクチャでは広域対応の基地局がより進化しました。スーパーヘテロダインでミキサーを備えた狭帯域対応の IF サンプリング無線とシングルチャンネルのデータ・コンバータは、複素 IF(CIF)やゼロ IF(ZIF)といった帯域幅を 2 倍に増やす I/Q ベースのアーキテクチャに置き換えられました。CIF/ZIF に対応するトランシーバには、デュアルチャンネルまたはクワッドチャンネルのデータ・コンバータを備えたアナログI/Q 変調器/復調器が必要になります。しかし、帯域幅の広いCIF/ZIF 対応のトランシーバも、補正を必要とする LO(局部発振器)リークや直交誤差イメージの問題に悩まされています。

図 2. ワイヤレス無線アーキテクチャの進化。帯域幅の拡張に対するニーズに応えるために進化してきました。ソフトウェア無線を利用することで、より周波数アジャイルなシステムを実現できます。

 

幸い、データ・コンバータのサンプリング・レートも、2007年の 100 MSPS から 2017 年の 10 GSPS 以上へと高速化しました。この 10 年間に 30 ~ 100 倍に達したということです。その結果、帯域幅が非常に広い GSPS レベルの RF コンバータが採用されるようになりました。周波数アジャイルなソフトウェア無線がついに現実のものになったのです。

 

図 3. ダイレクト RF トランスミッタ。AD9172 のような RF 対応の DACは、パラレルの DUP をベースとするチャネライザを備えた高性能の DSP を内蔵します。それにより、効率的なマルチバンド伝送が可能になります。

 

おそらく、6 GHz 以下で使用される無線基地局の場合、アーキテクチャについての大きな目標は、RF 信号のダイレクト・サンプリングとダイレクト・シンセシスを実現することとなります。このダイレクト RF のアーキテクチャでは、多くの不要なスプリアス信号の発生源となるミキサーや I/Q 変調器、I/Q 復調器が不要になります。その代わり、データ・コンバータは直接 RF周波数の信号を扱うことになります。一方で、すべてのミキシング処理は、集積化されたデジタル・アップ・コンバータ(DUC)、デジタル・ダウン・コンバータ(DDC)によってデジタル領域で実行できます。

アナログ・デバイセズは、RF 対応のデータ・コンバータ製品を提供しています。マルチバンドにおける効率の向上は、それらの製品が内蔵する高性能の DSP によって得られます。DSP を使えば、所望の周波数バンドのみをデジタル領域でチャネライゼーションすることができます。それと同時に、RF 帯域幅の全体を対象とした各種処理の手段が得られます。

インターポレーション/デシメーション、アップ・サンプラー/ダウン・サンプラー、ハーフバンド・フィルタ、数値制御型発振器(NCO)を組み込んだパラレルの DUC/DDC を使用することで、デジタル領域からアナログ領域への変換を実施する前に、バンドに対する構成/分解の処理をデジタル領域で行うことが可能です。

パラレルの DUC/DDC を使用するアーキテクチャにより、(図1 の赤色で示した)所望のスペクトルの複数のバンドをチャネライズすることができます。そのため、(図 1 の緑色で示した)バンド間の未使用のスペクトルを変換して貴重なサイクルを無駄にしてしまうことがありません。マルチバンドに対応するための効率的なチャネライゼーションにより、データ・コンバータに求められるサンプル・レートを低く抑えることができます。また、JESD204Bのデータ・バスを使用した転送に必要なシリアル・レーンの数を削減できるという効果もあります。システムのサンプル・レートを低減すれば、ベースバンド・プロセッサのコスト、消費電力、熱管理に関する要件が緩和されます。また、基地局システム全体のCAPEX(設備投資)とOPEX(運用コスト)も削減されます。ASIC 向けの最適化された CMOS プロセスによって、チャネライゼーションに使用するDSP を製造した場合、サイズが小さい汎用 FPGA で同じ機能を実装する場合と比較したとしても、はるかに消費電力の効率が高いことは間違いありません。

DPD 対応のレシーバを内蔵したダイレクト RFトランスミッタ

マルチバンドに対応する次世代の基地局では、IF に対応する DAC を RF に対応する DAC に置き換えることができます。図 3は、3 並列(パラレル)の DUC を搭載し、トライバンドのチャネライゼーションをサポートする「AD9172」を使用したダイレクト RF トランスミッタの例です。AD9172 は分解能が 16 ビット、サンプル・レートが 12 GSPS の DAC です。このトランスミッタでは、1200 MHz の帯域幅においてサブキャリアを柔軟に置き換えることができます。RF 対応の DAC に接続された「ADL5335」は、送信用の可変ゲイン・アンプ(VGA)です。同 IC は、最高 4 GHz までの範囲で 12 dB のゲインと 31.5 dB のアッテネーションに対応します。このダイレクト RF トランスミッタの出力は、eNodeB の出力パワーの要件に従って選択したパワー・アンプを駆動します。

図 4 に示したバンド 3 とバンド 7 のシナリオについて考えてみます。データ・ストリームを直接 RF 信号に変換する方法としては、2 つのアプローチが考えられます。1つは、広帯域幅のアプローチと呼ぶことができます。これは、チャネライゼーションを利用することなく、帯域に対応する合成(シンセシス)を実施するというものであり、この例の場合、1228.8 MHz のデータ・レートが必要になります。この帯域幅の 80 %(983.04 MHz)は、DPD(デジタル・プリディストーション)の処理を施した帯域幅になります。2 つのバンドと 740 MHz のバンド間のスペーシングの伝送にはこれで十分です。このアプローチでは、DPD システムに関するメリットが得られます。個々のキャリアのバンド内 IMD(混変調歪み)だけでなく、所望のバンド間の不要な非線形エミッションに対するプリディストーションも可能になります。

図 4. デュアルバンドのシナリオ。バンド 3(1805 MHz ~1880 MHz)とバンド 7(2620 MHz ~ 2690 MHz)を例にとっています。

Tもう 1 つのアプローチは、2 つのバンドのチャネライズ版に対してシンセシスを実施するというものです。各バンドはそれぞれわずか 60 MHz と 70 MHzです。また、通信事業者はこの帯域幅の一部のライセンスしか所有していません。そのため、高いデータ・レートを使用してすべての伝送を行う必要はありません。そこで、より適切な 153.6 MHz という低いデータ・レートを採用します。このうちの 80 %(122.88 MHz)は、DPD の対象となります。例えば、ある通信事業者が各バンドにおいて20 MHz 分のライセンスを所有しているとします。その場合、各バンド内の IMD に対して 5 次補正をかけるに十分な DPD の帯域幅が存在することになります。このモードでは、DAC において、1 つ目の広帯域アプローチよりも最大で 250 mW の電力を節約することができます。また、ベースバンド・プロセッサにおいてさらに電力/熱を抑えられるほか、シリアル・レーンの数も削減できるため、小型で低コストの FPGA/ASIC を使用できます。

 

図 5. LTE のバンド 3 とバンド 7 における伝送。RF 対応の DAC である AD9172 を使用したダイレクト RF トランスミッタによって実現しています。

 

DPD 向けのオブザベーション・レシーバも、ダイレクト RF のアーキテクチャに対応するよう進化しました。分解能が 14 ビット、データ・レートが 3 GSPS の RF 対応 ADC「AD9208」も、パラレルの DDC によるマルチバンドのチャネライゼーションをサポートしています。トランスミッタの DPD 用サブシステムにおいて RF 対応の DAC と ADC を組み合せることにより、クロックの共有、相関のある位相ノイズのキャンセル、システムの簡略化といった多くのメリットが得られます。このような簡略化が行える理由の 1 つは、RF 対応の DAC である AD9172 が PLLを内蔵していることにあります。その PLL を使用することにより、低い周波数のリファレンス信号から最高 12 GHz のクロック信号までを生成することができます。そのため、無線システムの基板上で、高い周波数のクロック配線を引き回す必要がなくなります。また、AD9172 は、フィードバック側の ADC 向けに、位相のそろった分周クロックを出力することができます。マルチバンド向けに最適化されたトランスミッタのチップセットを用意すれば、システムのそうした機能によって、確実に基地局の DPD システムを強化することが可能になります。

図6. DPDに使用されるダイレクト RF 対応のオブザベーション・レシーバ。
AD9208 のような RF 対応の ADC を使用すれば、
5 GHz 以下にある複数のバンドに対して効率的に A/D 変換を実施することができます。

 

まとめ

スマートフォンによる革命から 10 年が経ち、携帯電話の事業においてはデータのスループットがすべてだとも言える状況になりました。シングルバンドの無線では、もはや消費者が求める通信容量を実現することはできません。データのスループットを高めるためには、マルチバンドに対応するキャリア・アグリゲーションを利用し、より広い周波数帯域幅を実現できるようにする必要があります。RF 対応のデータ・コンバータであれば、携帯電話に使われる 6 GHz 以下の周波数範囲をカバーできます。さまざまなバンドを組み合わせて即座に再構成することができるので、ソフトウェア無線が現実のものになります。また、周波数アジャイルなダイレクト RF のアーキテクチャは、コスト、サイズ、重量、電力の削減に有効です。このことから、RF 対応の DAC を使用したトランスミッタと、RF 対応のADC を使用した DPD 対応レシーバは、6 GHz 以下の周波数を使用するマルチバンドの基地局アーキテクチャにおける最適な構成要素として位置づけることができます。

著者について

John Oates
John Oatesは、2008 年にアナログ・デバイセズに入社したシステム・エンジニアです。通信システム・グループで無線基地局のアーキテクチャを担当しています。現在は、ダイレクト RF トランスミッタとオブザベーションに使用する RF 対応のデータ・コンバータに注力しています。ノースカロライナ州立大学でコンピュータ工学の学士号を取得しています。

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