オープンイヤー・オーディオ:AR/VRアプリケーション向けに拡張された高品質ソリューション
要約
ARやVRが広く用いられるようになるのに伴い、オーディオ再生の新たなソリューションとしてオープンイヤー・オーディオが設計者の注目を集めています。本稿では、この新たなフォーム・ファクタの使用事例と利点、および関連する課題について解説します。また、これらの製品のオーディオ性能を強化する技術にもスポットを当てます。
はじめに
今日、私たちの生活の多くの局面でイヤフォンやヘッドフォンが用いられているのを目にすることは、珍しくありません。ウォーキング、ランニング、仕事、電話などの最中にもイヤフォンやヘッドフォンを装着している人たちがいます。イヤフォンやヘッドフォンは、音楽、ポッドキャスト、オーディオブック、通話などを楽しむのには便利な手段ですが、周囲の環境から隔離されてしまうことで、車が接近していることや誰かが呼び掛けていることに気が付かない、というような問題が生じることもあります。こうしたことが背景にある上に、拡張現実(AR)メガネや仮想現実(VR)メガネに対する需要が高まっていることから、オープンイヤー・オーディオが多くの関心を集めています。
図1 テンプル・アームにスピーカを組み込んだスマート・グラス
オープンイヤー・オーディオとは?
オープンイヤー・オーディオ・デバイスは、一般的に、耳をふさいだり覆ったりしないパーソナル・オーディオ再生製品と見なされています。これらのデバイスは、外部の騒音を通すようにすることで、ユーザは周囲の音が聞こえ、状況を把握していられるようになっています。スマート・サングラス、度付きメガネ、各種ARおよびVRヘッドセットでは、既にこの技術が組み込まれています。標準的なアプリケーションでは、メガネのテンプル・アームまたはヘッドセットのストラップにマイクロ・スピーカが装着され、上方から耳に向けて音が送られます。
オープンイヤー・リスニングには数多くの利点があります。例えば、サイクリストが自転車に乗っている間に他の交通の音を聞くことができるため、事故のリスクを減らせます。また、長時間イヤフォンやヘッドフォンを用いることで生じる熱や痛みによる不快さがなくなるので、肉体的な疲労も防止できます。正しく装着すれば、オープンイヤー・オーディオは、優れた音楽品質をリスナーに提供すると同時に、近くにいる人に漏れる音を最小限に抑えられます。更に、他の人と会話する際にヘッドフォンやイヤフォンを外す必要がないため、円滑なコミュニケーションが容易にできます。耳や自分の声をブロックする障壁がないため、電話を受けることがより自然なものになります。従来のイヤフォンやヘッドフォンでは、マイクロフォンを使ってユーザの声をスピーカに戻しており(サイドトーンとも呼ばれる)、ユーザがその声を聞いて、声が不自然に聞こえたり小さすぎたりしないように調整できるようにしています。ご自分の耳を指でふさいで話してみてください。自分の声を認識するのが難しくなり、音は完全にこもって聞こえます。これを解決するのは、最高のイヤフォン設計をもってしても困難です。しかし、オープンイヤー・デバイスではこれは不要です。耳をふさがないからです。
オープンイヤー・オーディオは、VRヘッドセット、拡張/複合現実(VR/MR)メガネ、オーディオ/ビデオ・グラスの3つの主な使用事例において、ますます多く用いられるようになっています(図2)。VR空間では、既に多くのメーカーがオープンイヤー・ソリューションを採用し、ヘッドマウント・ディスプレイ(HMD)のサイズ、重量、複雑さを軽減しています。この統合により、外部ヘッドフォンが不要になります。Appleが最近発売したVisionProは、精巧なオープンイヤー・オーディオ・システム、空間オーディオの統合、3Dイヤーマッピングといった特徴を備え、この分野における技術進歩の範例となっています。カメラを用いて外界を見ることのできる現在のVRヘッドセットでは、周囲の音が聞こえることが重要となるため、オープンイヤー・オーディオが採用頻度の高いソリューションになると予想されます(図3)。
ARメガネの場合では、オープンイヤー・オーディオがエクスペリエンス全体の重要な要素となります。没入型複合現実での映像は、音響効果がなくては不完全なものとなります。空間オーディオがヘッドトラッキング機能で更に進化すれば、これらのエクスペリエンスの信ぴょう性が高まります。更に、企業内や産業用での使用事例には、多くの場合、製造工場や自動車修理工場など、騒音が多く音響的に厳しい環境で動作するという、特有のオーディオ要件があります。このような環境では、状況を認識しながら情報を明確に伝達することが極めて重要です。
近い将来において最も広く適用できる使用事例の1つは、マイクとスピーカを組み込んだメガネでしょう。このフォーム・ファクタにより、ボイス・アシスタント、円滑な通話、音楽再生などをすぐに利用できるようになります。ビデオ録画可能なメガネが人気を集めるならば、オープンイヤー・オーディオの再生機能もそこに含まれるでしょう。オーディオ・グラスがどこでも見られるようになる未来を想像することは難しくなく、今後10年間に広く普及することもあり得るでしょう。
図2 多くの視覚機能およびオーディオ機能を統合した未来のスマート・グラス
オープンイヤー・オーディオ技術には数多くの利点が備わっていますが、同時に大きな課題もいくつかあります。頭部に装着するデバイスは軽量でなくてはならず、長時間使用するにはバッテリ寿命が長いことが必要です。オーディオ信号パスでは効率が重要となり、これは、ビデオ録画や画像表示装置のような電力消費量の大きい機能が含まれる場合には特にあてはまります。また、これらのデバイスは、人前で装着するのであればファッショナブルで人を引きつけるものであることが必要です。充電は、度付きメガネの場合は特に、不便さを感じさせるものであってはなりません。更に、イヤフォンによってオーディオ性能に高い基準が設定されたように、現在では消費者は高品質のサウンドを期待するようになっています。
オープンイヤー・オーディオを実装する際の音響上の課題は、明確ではありますが容易に解決できるものではありません。ヘッドフォンやイヤフォンとは異なり、スピーカは囲まれてはおらず、耳から遠い位置に置かれる場合もあるため、自由空間で低音のエネルギーを失う可能性があります。更に、これらは標準的なヘッドフォン・アンプより多くの電力を必要とし、オーディオ・アンプとは別のラインを使用しなくてはなりません。工業デザイン上の考慮も重要です。スピーカを離れた位置に置くことで、近くにいる人に音が聞こえるおそれがあるためです。
図3 優れたオーディオにより没入型VRのエクスペリエンスに違いが生まれる
アナログ・デバイセズは、これらの制約事項の多くを満たすための適切な仕様と機能を備えたオーディオ・アンプのポートフォリオを提供しています。また、アナログ・デバイセズでは、音声アルゴリズム1、バッテリ管理(バッテリ・マネージメント)、製品の充電機能2など、これらのユニークな課題に対処できる、オープンイヤー・オーディオ向けのシステム・ソリューションも提供しています。オーディオ性能を最大限に高めるには、優れた効率と高い電力をコンパクトなパッケージに収めたスピーカ・アンプが必須です。スピーカを通る電圧と電流を追跡できる電流および電圧(IV)帰還機能を備えることは、より小型のスピーカの性能を最適化するもう1つの方法です。アナログ・デバイセズが特許を保有するスピーカ保護アルゴリズムは、このスピーカのIVデータを利用して、これらのシステムで用いられるマイクロ・スピーカの性能を一層向上させます。
2つのアプローチ:デジタル・プラグ・アンド・プレイ・アンプとスマート・アンプ
アナログ・デバイセズのプラグ・アンド・プレイD級アンプであるMAX98361を用いることで、製品設計において、I²Cのプログラミングを必要とせずに、高品質オーディオ・ソリューションを手早く作成できます。これは、アナログ・アンプの簡潔さと、デジタル入力アンプの性能および効率を組み合わせたものです。このアンプは、オーディオ設計が主な焦点にはならないスマート・グラスを企画する場合に、優れた選択肢となります。必要とされる専門的知識が最小限で済むためです。また、このデバイスは本質的にマルチチャンネルTDMオーディオに対応するものであるため、複数のスピーカ3を各側面に配置して制御性と没入感を向上できます。
それ以外に、D級およびD/G級のスマート・アンプで構成されるソリューションがあります。これらのアンプは、チップ内蔵のIV帰還ADCを利用して、マイクロ・スピーカの熱的制限値とエクスカーション制限値を正確に決定します。これを知ることで、損傷の懸念なくスピーカの定格仕様を超える動作ができます。また、アナログ・デバイセズは、Dynamic Speaker Management™(DSM)ソリューションと包括的に呼ばれる、IVデータに基づいてスピーカ性能を最適化できる一連のアルゴリズムを提供しています。DSMは、既に広く用いられている各種SoCに組み込まれています。
これらのアンプの1つであるMAX98390は、これらのアルゴリズムをアンプ自体に直接組み込んだデジタル・シグナル・プロセッサを内蔵しています。この集積化により、ホスト・プロセッサのMIPS負荷が軽減されます。このアンプは、相補的でわかりやすいソフトウェアであるDSM Sound Studioを用いてプログラムされており、手早く調整して特長を実証できます。
アプリケーションに応じて、MAX98390は最大2オクターブまで低音部を下げ、またラウドネスを最大2.5倍まで増加できます(図4)。更に、ブースト内蔵D/G級アンプ用に業界最高レベルの消費電力仕様4も実現しています。知覚的電力低減(PPR)機能は、オーディオの忠実度を損なうことなく、効率を最大25%高めます。MAX98390は、効率を最大化するエンベロープ・トラッキング機能を備えたプログラマブル昇圧コンバータを内蔵しているため、柔軟なシステム設計が可能です。
図4 DSMを用いた周波数応答とラウドネスの向上を説明する図
また、最近、アナログ・デバイセズは、AR/VRアプリケーションおよびスマート・グラス・アプリケーション専用に設計された新しいD級アンプ、MAX98388を発売しました。このアンプは、スマート・アンプ機能向けのIV帰還機能を内蔵し、最大90%の効率を特長としています。
まとめ
スピーカを内蔵して他に類を見ないオーディオ・エクスペリエンスをユーザに提供するメガネを開発するか、あるいは、困難な環境で大音量の再生を必要とする産業用複合現実グラスを設計するかを問わず、最適化されたソリューションがますます多く市場に登場するようになっています。IV帰還機能とスピーカ・マネージメント・アルゴリズムを備えたスマート・オーディオ・アンプは、こうした困難なフォーム・ファクタにおいて性能を最大限に高める優れた手段です。並列バッテリ管理IC5や、音声処理用の低レイテンシ・オーディオ・デジタル・シグナル・プロセッサ6など、その他の新技術も、VR/ARやその他のオープンイヤー・オーディオ・フォーム・ファクタが広い範囲で採用されるのを促進します。これらのソリューションは、稼働時間を増加しダウンタイムを最小限に抑えるのに役立ち、ユーザがすぐに音楽を楽しむことができるようにします。オーディオの未来はすぐそこにあります。聞こえる音はきっとお気に召すことでしょう。
参考資料
1 「ヒアラブルおよびウェアラブル向けのオーディオソリューション」アナログ・デバイセズ。
2 Kyle Johnson、「USB Type-Cによる並列バッテリ充電、この手法は消費者に何をもたらすのか?」アナログ・デバイセズ、2023年8月。
3 「Enhance Your Augmented/Virtual Reality Experience with Nearfield Surround Sound」アナログ・デバイセズ、2021年6月4
4 「Dynamic Speaker Management」アナログ・デバイセズ、2019年。
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