最新のオーディオ・デジタル信号処理技術を使用したGamechanger AudioのBigsbyピッチシフト・ペダル

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要約

Gamechanger Audioは、ギタリストが最高の音楽エクスペリエンスを提供することにのみ集中できるほどの現実感にあふれ、ユニークなリアルタイム・ピッチベンド・アルゴリズムを作成するという課題に、真っ向から取り組みました。このように極めて大きな計算量が要求されるアルゴリズムを実装するには、低レイテンシと決定論的動作が確保された、高速アクセス・メモリを備えるリアルタイム・デジタル信号処理能力が必要です。

本稿では、Bigsby® Pedalのシステム要件、実装の詳細、設計課題について詳述し、これらに対してアナログ・デバイセズのADSP-21569 SHARC+®オーディオ・プロセッサの包括的な機能セットがどう対処したかを説明します。

最新のエレクトリック・ギターのセットアップにBigsby Tremoloを導入

Gamechanger Audioは、音楽の創造を推し進める斬新で他に例を見ない技術的ソリューションを開発することに特に焦点を合わせ、音響効果ユニットや楽器を製造しています。画期的製品を設計する際には、これまで聞いたことのないサウンドや、楽器と相互に影響しあうための新たな手段をミュージシャンに提供することを目的としています。

業界で尊敬されるイノベータとして大きな評判を持つこの企業は、著名なモジュラー・シンセサイザ・メーカーであるErica Synths、ジャック・ホワイトのような高い評価を受けているミュージシャン、輝かしい歴史を持つFender Musical Instruments Corporation(Bigsby)などとのコラボレーションを通じて広く認知されるようになりました。

Bigsby Pedal(図1)は、楽器用のポリフォニック・ピッチシフト効果ユニットで、Bigsby Tremoloシステムの感覚や伝統的な音を再現するよう設計されたものです。Bigsby Tremoloは、1951年にエンジニアのPaul Bigsbyにより設計された、最初の機械式ストリング・ベンディング・メカニズムです。ギタリストが弦の張力を緩やかに高めたり弱めたりできるようスプリングが装着された手動式レバーであり、これによってエレクトリック・ギターの新しい演奏技術で構成された全く新しいカテゴリが切り拓かれました。

図1 Gamechanger AudioのBigsby Pedal

図1 Gamechanger AudioのBigsby Pedal

それ以来、エレクトリック・ギターでは、様々な種類の機械式ビブラート・システムが用いられてきました。これには、Stratocasterの「ワーミー・バー」(ジミ・ヘンドリックスやジェフ・ベックなどのミュージシャンが使用)やエディー・ヴァン・ヘイレンの「フロイド・ローズ」システムなど、多くの基本的なストリング・ベンディング・メカニズムが含まれます。

Bigsby Pedalのリアルタイム・ピッチベンド・アルゴリズムは、様々な音源で現実感のあるサウンドを創出します。これは、ベース・ギターや、バンジョー、マンドリン、バイオリンなどのアコースティック楽器の他、ボーカル、シンセサイザ、吹奏楽器などでも用いることができます。

物理的な制限要因のない創造性を可能に

機械式ビブラートはエレクトリック・ギター・サウンドの重要な要素の1つであるとはいえ、ギターのサステインを短くし、ギターのチューニングの安定性を減らし、演奏中に弦が切れるリスクを増加させる、厄介な機構です。

したがって、チューニングの問題や機械的な障害を懸念することなく、あらゆるタイプの伝統的なストリング・ベンディング・サウンドやビブラート・サウンドを提供する、デジタル・ソリューションを開発することが目的となります。

この目標を達成するためには、ギター奏者が楽器のトーン特性や演奏のダイナミクスを失うことなく演奏に集中できるよう、ひときわ正確なリアルタイム・ピッチベンド・アルゴリズムを実装することが必要です。そのような数学的要求度の高いアルゴリズムでは、高品質のサウンドと感覚を最小限のレイテンシで生成できる、極めて高い計算能力と高速メモリ・アクセスが必要です。

図2に示すように、アナログ・デバイセズのADSP-21569 SHARC+デジタル・シグナル・プロセッサ(DSP)は、そのアーキテクチャ、高性能浮動小数点コア、オーディオ指向のペリフェラル・セット、外部メモリを不要にする大容量オンチップ・スタティック・ランダム・アクセス・メモリ(SRAM)により、理想的なソリューションとなっています。更に、最新の専用ハードウェア機能と、ますます重要性を増しているセキュリティ機能も備えています。

図2 ADSP-2156x SHARC+ DSPシリーズ

図2 ADSP-2156x SHARC+ DSPシリーズ

1GHz SHARC+コアをベースとするADSP-215xxファミリDSP

DSPのADSP-2156xシリーズ(ADSP-21562/ADSP-21563/ADSP-21565/ADSP-21566/ADSP-21567/ADSP-21569)は、オートモーティブ・アプリケーションやコンスーマ/プロオーディオ・アプリケーションでの没入型音響体験を提供できるよう設計されています。ADSP-215xxプロセッサ・ファミリは、最大1GHzのクロック周波数で動作するSHARC+単一命令マルチデータ(SIMD)コアをベースとしています。

これら32ビット/40ビット/64ビット浮動小数点プロセッサは、図3のブロック図に示すように、大容量オンチップSRAM、入出力(I/O)ボトルネックを解消する複数の内部バス、機能豊富なオーディオ・ペリフェラル・セット、多様な制御および接続オプションを備えており、高性能オーディオ/浮動小数点アプリケーションに最適です。

図3 ADSP-21569フル機能モデル・プロセッサのブロック図

図3 ADSP-21569フル機能モデル・プロセッサのブロック図

ハードウェア機能を利用したシステム性能の最大化

アナログ・トレモロ・システムの感覚とサウンドを維持するためには、レイテンシを最小限に抑え、デジタル・アーティファクトあるいは合成サウンドのトーンがあってはなりません。最終目標は、初期のビブラート・システムの特性をエミュレートするよう、卓越した音質保存とピッチシフト係数間の滑らかな遷移が可能な、リアルタイム・ポリフォニック・ピッチシフトを実行できるようになることです。弦の張りが緩むと、様々な太さの弦の音程が様々な量だけ下がり、その結果わずかに調子の外れた響きを持つコードとなります。

SHARC+ DSPアーキテクチャにより、ユーザは、リアルタイム・ポリフォニック・ピッチシフトに必要な複雑な計算を実行できます。1GHzのコア周波数と640KBのオンチップ・レベル1(L1)および1024KBのオンチップ・レベル2(L2)のSRAMで、大きな計算能力と極めて効率的なデータ・アクセスが可能になります。ADSP-2156xプロセッサの最適化された有限インパルス応答(FIR)アクセラレータおよび無限インパルス応答(IIR)アクセラレータが、専用のファブリックを用いてSHARC+コアと整然と結合し、コア速度で動作します。この集積化により、FIR/IIRアクセラレータ・ポートが低レイテンシでプロセッサのL1メモリに直接アクセスできます。これらのアクセスはメインのシステム・ファブリックを通過しないためです。SHARC+コアの高速フーリエ変換(FFT)機能のための内蔵サーキュラ・バッファは、極めて高速かつ効率的で、ユーザは、多重解像度解析を行いレイテンシを最小限に抑えることができます。

完全なオーディオ接続性とセキュリティ

ADSP-2156x DSPは、技術的に高度で革新的なデジタル・オーディオ・インターフェースも備えています。これには、時分割多重(TDM)およびIC間サウンド(I2S)に対応した8個のシリアル・ポート(SPORT)や、楽器用デジタル・インターフェース(MIDI®)通信が含まれ、デジタル・オーディオ・ワークベンチ(DAW)や様々な標準的MIDIコントローラを通じて、ペダルを完全に制御可能かつプログラマブルなものにします(図4)。

図4 Bigsby Pedalのオーディオ・インターフェース

図4 Bigsby Pedalのオーディオ・インターフェース

また、このオーディオ指向のプロセッサは、2つのSony/Philipsデジタル・インターフェース(S/PDIF)、8個の非同期サンプル・レート・コンバータ(ASRC)ペア、4個の高精度クロック・ジェネレータ(PCG)、24個のオーディオ・バッファもサポートしており、これら全てを組み合わせた場合、高効率のオーディオ通信リンクが可能になります。

更に、ADSP-2156xシリーズは、規格ベースのハードウェアアクセラレーションされた暗号化、復号、認証、真の乱数発生、セキュア・ブートに対応する暗号化エンジンも備えており、知的財産(IP)保護を可能にします。IPセキュリティは、今日のコンスーマおよびプロオーディオ・マーケットにおいてかつてない関心を集めていますが、アナログ・デバイセズでは、Gamechanger Audioがそのユニークで革新的なアルゴリズム・ソリューションを保護できるようにしています。

柔軟な機能と直感的なユーザ・インターフェース

Bigsby Pedalのフットペダル形式は、伝統的なストリング・ベンディング手法に対するユニークな新機軸です。ギター本体からスプリング装着機構を外し、それを床に置くことで(図5)、演奏者の両手が自由になってリズミカルで複雑なパターンや込み入ったソロの即興を演奏し続けられると同時に、フットコントローラが全てのピッチ・ベンドを実行します。これにより、新たな種類の演奏ツールが生まれます。つまり、これによって、ギター奏者やマルチプレーヤーは新しい演奏手法を編み出し、また、機械式ビブラート・システムや基本的なピッチシフト効果ユニットでは不可能な編曲を創出することができるようになります。

図5 Bigsby Pedalの最終製品

図5 Bigsby Pedalの最終製品

高性能SHARC+コアによって可能となったBigsby Pedalは、2オクターブの範囲にわたって現実感のあるリアルタイム・ピッチシフトを生み出します。また、その範囲は深度ノブで調整可能です。ピッチシフトされた信号のトーン・パラメータおよびデチューン・パラメータも調整できます。特にデチューン・パラメータは、初期のビブラート・システムの特徴である「調子外れ」効果を徹底的に正確に再現します。レート・ノブを用いると、Bigsby Pedalのピッチベンド・アルゴリズムを自動化でき、様々な速さのビブラート効果やコーラス効果を作り出すことができます。これらは全て、SHARC+コアの浮動小数点機能と低レイテンシおよび大容量オンチップ・メモリ能力がなくては不可能です。

Bigsby Pedal—最終製品

Gamechanger AudioがBigsby Pedalをはじめてギター奏者たちに提示したとき、よく言われたコメントの1つは、すごくいいけど、簡単に気付きそうなもんだな、なぜ何年も前に誰も考えつかなかったんだ?というものでした。

答えは簡単です。ピッチシフト・アルゴリズムが比類のない結果を生み出すまでは、Bigsby Pedalは想像することもできないものだったからです。デジタル・アーティファクトあるいは合成サウンドのトーンが少しでもあれば、製品全体の目的を台無しにしてしまうだけです。最終的なアルゴリズムは、極めて複雑で、考えられないほどの計算能力を必要とします。しかし、アナログ・デバイセズのSHARC+ファミリのハイ・エンド・スケーラブル・オーディオDSPと、リアルタイム・オーディオ信号処理に合うよう特別に調整され最適化されたアーキテクチャにより、Gamechanger Audioなどのビルダは大きな目標を持ち、Bigsbyのようなペダルを現実のものにすることができます。

参考資料

Bigsby Pedal。Gamechanger Audio、2024年。

Fender Musical Instruments Corporation、2024年。

ADSP-2156x SHARC製品ファミリ。アナログ・デバイセズ、2024年。

著者について

Maikel Kokaly-Bannourah
Maikel Kokaly-Bannourahは、ハートフォードシャー大学(英国)で電気および電子工学の工学士(優等)の学位を取得し、ラス・パルマス(スペイン)のMBAビジネス・スクールでMBAの学位を取得後、2000年にアナログ・デバイセズに入社しました。現在は、オーディオ処理および接続性ソリューションにおいて20年以上の経験を持つ主席フィールド・アプリケーション・エンジニアであり、特にADI SHARC DSPに焦点を強く合わせています...
Martin Swahn
Martin Swahnは、スウェーデンのストックホルムにある王立工科大学(KTH)で電気工学の理学修士号を取得しています。半導体業界で20年の経験を有しており、アナログ・デバイセズには2015年に入社し、技術および営業の両方において様々な職務を経験しています。現在は、スウェーデンにおいて主席アカウント・マネージャとして広範な顧客を支援しています。

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