EmStat Pico:小型のソフトウェア対応ポテンショスタット・システム・オン・モジュールによる電気化学機能の組み込み

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概要/はじめに

電気化学機能は小型化が進み、計測器も、ラックマウント型やデスクトップ型の装置からポイント・オブ・ケアや環境分析用のハンドヘルド型デバイスへとスケールダウンされてきました。次世代の計測器では、ウェアラブル、医療機器あるいはガス・モニターといった、更に小型のデバイスにポテンショスタットが組み込まれることが予想されています。EmStat Picoは、アナログ・デバイセズとPalmSens BVの協力による小型(30.5mm×18mm×2.6mm)のシステム・オン・モジュール(SOM)ポテンショスタットで、こうした小型化の流れを受けた製品です。このデバイスは、ADuCM355ADP166ADT7420AD8606などのアナログ・デバイセズの技術力を駆使して構築されています。

電気化学センサー・システムの開発には、ファームウェアやアナログおよびデジタル・エレクトロニクスの知識が求められ、電気化学にも精通している必要があります。このように様々な知識を併せ持つことが、技術部門において難しい場合がしばしばあります。しかしEmStat Picoモジュールを使用すれば、設計者はリニア・スイープ・ボルタンメトリ(LSV)、方形波ボルタンメトリ(SWV)、あるいは電気化学インピーダンス分光法(EIS)といった標準的な電気化学測定機能を最小限の開発時間と労力で容易に製品に組み込めるので、学習曲線のプロセスを省き、開発時間を短縮することが可能となります。電気化学センサーの市場における競争激化を考えると、このモジュールは、収益達成までに要する時間的側面から開発企業に大きな利点を提供します。

本稿では、このデバイスをシステムにいかに容易に組み込めるかを示すと共に、3つの異なる電気化学測定法(OCP(pH)、サイクリック・ボルタンメトリ、EIS)を詳述することで、ポテンショスタット・モジュールの応用範囲を明らかにします。

システムへの組み込み

EmStat Picoは、4本のワイヤ(5V、グラウンド、送信、受信)だけでマイクロコントローラベースのシステムに組み込むことができるように設計されています。図1にセットアップ例を示します。1つめの例はArduino(アルドゥイーノ)MKRをマスタ・コントローラとして使用し、2つめの例はUSB-UARTコンバータを使用してPCとのインターフェースを取っています。どちらのセットアップも、サイクリック・ボルタンメトリ(CV)などの一般的な電気化学測定用のスクリーン・プリント電極(SPE)を使ってEmStat Picoを接続しています。

図1 EmStat Picoシステムの組み込み - (a)Arduino MKRによる制御、(b)USB-UARTコンバータを介したPCからの直接制御

a.

図1 EmStat Picoシステムの組み込み - (a)Arduino MKRによる制御、(b)USB-UARTコンバータを介したPCからの直接制御

b.

図1 EmStat Picoシステムの組み込み - (a)Arduino MKRによる制御、(b)USB-UARTコンバータを介したPCからの直接制御

開発ボード

図2に示すEmStat Pico開発ボードは、SOMを接続できるようになっており、スタンドアロン動作用のバッテリ電源とSDカード、USBおよびBluetooth®通信オプション、タイムスタンピング用のリアルタイム・クロック(RTC)、キャリブレーション・データ保存用のEEPROM、Arduino MKR直接挿入用のヘッダを含む、様々な機能が追加されています。

図2 AEmStat Pico開発ボード

図2 AEmStat Pico開発ボード

ソフトウェアのインターフェース


実験室やテスト・ベンチに使用する場合は、PSTrace PCソフトウェアを使い、USB接続を介してEmStat Picoを操作することができます。

OEMアプリケーションの場合、通信はUART経由で行われます。マスタは、MethodSCRIPT EmStat Picoスクリプト言語を使ってEmStat Picoを制御できます。これは人間が解読可能なスクリプトで、EmStat Picoをプログラムして電気化学技術による機能を実行したり、ループ、SDへのデータ・ロギング、デジタルI/O、補助的な値の読出し(例えば温度)、スリープや休止といった他の機能を実行するために使用します。メソッド・スクリプト・コードは、PSTraceで生成するか、手動で記述することができます。

pH計測

0から14の範囲で示されるpH(酸性:0、中性:7、アルカリ性:14)は最も一般的な電気化学測定値の1つであり、環境化学から医療センサーまで、多くの分野で使用されます。通常、その測定は水素イオン専用のガラス製イオン選択電極(ISE)を使って行われますが、この電極は開路電位(OCP)とも呼ばれる電圧応答を生成します。OCPという言葉が示すように、この電極に電流は流れません。したがって、誤差のない測定を行うには高インピーダンスの入力が必要です。また、pH電極には最大30秒程度のセトリング時間が必要なものがあり、測定値は温度に大きく依存します1

代表的な測定パラメータ:


  • 電圧応答:–59.16mV/pH単位、25°C
  • 分解能:±0.02pH単位(したがって電圧分解能 < 1.18mV)
  • 温度依存性:0.2mV/pH単位/°C
  • 必要入力インピーダンス:> 100GΩ

セットアップ装置:


図3 EmStat Pico開発ボードのpH測定セットアップ
信号 開発ボードのピン pH電極
RE_0 CON4、ピン6 内側コア
WE_0 CON4、ピン7 外側シールド

図3 EmStat Pico開発ボードのpH測定セットアップ

pH電極はEmStat Pico開発ボードのRE_0入力に接続し、WE_0を基準としました。注記:この方向では反転した電圧応答が得られます。RE_0入力は、1TΩより大きい入力インピーダンスを実現するために、AD8606オペアンプによってバッファされます。電極を20秒ごとにpH 4とpH 7の緩衝液に交互に入れ替えながら、RE_0とWE_0の電位を2分間にわたって記録しました。ISEは、一方の緩衝液から抜き取った後に、脱イオン水ですすいでから他方の緩衝液に入れました。

図4 EmStat Pico開発ボードでのpH測定
pH基準 電位
4 –0.14 V
7 +0.03 V

図4 EmStat Pico開発ボードでのpH測定

pH 4とpH 7の電位差は0.17Vでした。これは、電位とpH間の直線的関係における勾配が、56.7mV/pHであることを意味します。理論値が25°Cにおいて59.16mV/pHであることを考慮すると、この値は十分な感度であることが分かります。

サイクリック・ボルタンメトリ


サイクリック・ボルタンメトリは、電極に流れる電流を測定しながら溶液内の電極に電圧ランプ(例えば–1Vから+1V)を加え、その後に+1Vから–1Vに戻す手法です。このサイクルによって、電極と溶液の界面部分における化学種の酸化と還元による陽極と陰極の電流を測定できます2。この手法は、電気活性種の検出と定量化のために日常的に使われており、例としてプルシアン・ブルー(一般的な染料)などの金属錯体が挙げられます。

代表的な測定パラメータ:


  • 印加電圧:–1V~+1V
  • ステップ・サイズ:10mV
  • 電流応答:±10nA~±1mA
  • ランプ・レート:100mV/s

セットアップ装置:


図5 EmStat Pico開発ボードのサイクリック・ボルタンメトリ・セットアップ
信号 開発ボードのピン SPE電極
RE_0 CON4、ピン6 RE
WE_0 CON4、ピン7 WE
CE_0 CON4、ピン8 CE

図5 EmStat Pico開発ボードのサイクリック・ボルタンメトリ・セットアップ

0.1mol/Lの塩化カリウムを支持電解質とし、蒸留水を使ってフェリシアン化カリウムK3[Fe(III)(CN)6]とフェロシアン化カリウムK4[Fe(II)(CN)6](共に5mmol/L)の溶液を1:1のモル比で作成しました。

[Fe(II)(CN)64–イオンを正電極の電位で酸化させて[Fe(III)(CN)63–とし、更に[Fe(III)(CN)63–を負電極の電位で還元させて[Fe(II)(CN)64–とすることができます。この可逆酸化還元反応が、この溶液をCV測定デモに適したものにしています。.

SPEコネクタは、EmStat Pico開発ボードのスクリュー端子(CON4)を使ってPSTAT_0チャンネルに配置しました。更にフェリシアン化カリウムを200µL滴下しました(フェロシアン化カリウム溶液をSPEの有効電極面に滴下)

PSTAT_0上でCVを実行するために、以下の測定パラメータでEmStat Picoをセットアップしました。印加電圧:–0.4V~+0.7V、ステップ・サイズ:10mV、ランプ・レート:100mV/s。また、データはPSTraceを使って記録しました。

結果


図6 5mMのフェリシアン化カリウムのサイクリック・ボルタンメトリ(EmStat PicoのPSTAT_0を使ってフェロシアン化カリウムをSPEに滴下)。
電位 電流
酸化 +340 mV +0.163 mA
還元 –80 mV –0.15 mA

図6 5mMのフェリシアン化カリウムのサイクリック・ボルタンメトリ(EmStat PicoのPSTAT_0を使ってフェロシアン化カリウムをSPEに滴下)。

図6のボルタモグラムは、[Fe(II)(CN)64–から[Fe(III)(CN)63–への酸化による電流値が、印加電位+340mVのときに+0.163mAのピーク値に達することを示しています。–80mVのときに生じる–0.15mAの負の電流ピーク値は、プロセス反転時の還元によるものです。電流の大きさは電気活性種の濃度に比例し、このことがこの手法を検出アプリケーションに適したものにしています。ピーク電位の平均(130mV)が式量電位で、これは還元反応と酸化反応のどちらが支配的になるかの境目になる電位です。

EIS

電気化学インピーダンス分光法(EIS)は、腐蝕界面やバッテリ電極など、表面における界面化学を調べるために広く使われています。これは通常、1Hz未満からMHzレベルまでの周波数で小さいサイン波状の電位を加え、その電流応答を測定することによって行われます3

電気化学界面は、電気回路要素の組み合わせによってモデル化できます。最も簡単なモデルは、2個の抵抗と1個のコンデンサで構成されるランドルス(Randles)回路です。拡散を表すワールブルク(Warburg)要素に相当する電気回路要素がないので、これは省略されています。PalmSensのダミー・セルには、図8cに示す公称値を持つランドルス・セルを含めて3つのテスト回路があります。ここで、Rsは溶液(電解液)の抵抗、Cdlは二重層(界面)の電気容量、Rctは電荷移動(界面)抵抗を表します。

EISデータは通常ナイキスト線図またはボーデ線図として示され、更に数学的な回路フィッティングにより等価回路内にある要素の値が決定されます。

代表的な測定パラメータ:


  • 励起電圧:10mVp-p、サイン波
  • DCオフセット電圧:100mV
  • 周波数範囲:0.1Hz~100kHz
  • 電流応答:±100nA~±1mA

セットアップ装置:


図7 EmStat Pico開発ボードの電気化学インピーダンス分光法(EIS)セットアップ
信号 開発ボードのピン 開発ボードのピンケーブルの色 SPE電極
RE_0 CON8、ピン1 RE
WE_0 コネクタ8、ピン5 WE_C
CE_0 コネクタ8、ピン3 CE

図7 EmStat Pico開発ボードの電気化学インピーダンス分光法(EIS)セットアップ

図7に示すように、EmStat Pico開発ボードのCON8にセンサー・ケーブルを挿入し、ランドルス・ダミー・セルにワニ口クリップを接続しました。

また、PSTAT_0上でEIS測定を実行するために、以下の測定パラメータでEmStat Picoをセットアップしました。DC電圧:+1V、サイン波:10mVp-p、周波数範囲:10Hz~200kHz。

回路内電気要素の値の計算には、レーベンバーグ・マーカート(Levenberg-Marquardt)アルゴリズムを使用したPSTrace等価回路フィッティングを使用しました。

結果

図8cに示すランドルス回路のボーデ線図を図8aに示します。低周波数ではコンデンサの影響が小さいので、10kΩの抵抗が支配的です。より高い周波数では、コンデンサがほとんど完全に短絡した状態になるので、インピーダンスは低下し、溶液の抵抗に一致します

図8bでは、データのナイキスト・プロットを青で示し、このデータにフィットさせた理論的モデルをオレンジで示しています。このモデルから計算した等価回路要素の値を図8dに示します。これらの値は、ダミー・セルの公称値に非常に近い値を示しています。注記:抵抗の許容誤差は0.1%、コンデンサの許容誤差は5%です。

図8 EmStat PicoでPalmSensのダミー・ランドルス回路を測定した場合のEISの結果 -(a)ボーデ線図、(b)ナイキスト・プロットとフィット・モデル、(c)ランドルス回路モデル、(d)フィット・モデルから計算した回路パラメータ

a.

図8 EmStat PicoでPalmSensのダミー・ランドルス回路を測定した場合のEISの結果 -(a)ボーデ線図、(b)ナイキスト・プロットとフィット・モデル、(c)ランドルス回路モデル、(d)フィット・モデルから計算した回路パラメータ

b.

図8 EmStat PicoでPalmSensのダミー・ランドルス回路を測定した場合のEISの結果 -(a)ボーデ線図、(b)ナイキスト・プロットとフィット・モデル、(c)ランドルス回路モデル、(d)フィット・モデルから計算した回路パラメータ

c.

回路パラメータ 公称値 計算値
Rs 560 Ω 560.5 Ω
Rp 10 kΩ 10.01 kΩ
CdI 33 nF 33 nF

図8 EmStat PicoでPalmSensのダミー・ランドルス回路を測定した場合のEISの結果 -(a)ボーデ線図、(b)ナイキスト・プロットとフィット・モデル、(c)ランドルス回路モデル、(d)フィット・モデルから計算した回路パラメータ

まとめ

EmStat Picoは、汎用性の高いユーザ設定可能なポテンショスタットで、一般的な電気化学測定のほとんどを行うことができます。このデバイスは、小型化されたセンシング・システムへの組み込みに適した小型のシステム・オン・モジュール・パッケージで提供されており、ADuCM355、AD8606、ADT7420、ADP166などのアナログ・デバイセズの技術力を駆使して構築されています。

著者について

Lutz Stratmann
2014年からPalmSensBVに勤務する電気化学技術者。2013年にルール大学ボーフムで免疫センサー開発の博士課程を修了。
Brendan Heery
2015年からPalmSens BVに勤務するハードウェア・エンジニア。2018年にダブリン・シティ大学で環境センサー開発の博士課程を修了。
Brian Coffey
1999年にリメリック大学を卒業。コンピュータ・エンジニアリングの工学士。半導体業界で20年以上の経験を有する。エンジニアリング、エンジニアリング管理、マーケティング管理などの役職を経て、現在はアイルランドのリメリックにあるアナログ・デバイセズ分子センサー・グループのプロダクト・マーケティング・マネージャ。2011年にリメリック大学にてMBAを取得。アナログ・デバイセズでの現職に加えて、MIDAS(アイルランド・マイクロエレクトロニクス協会...

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