UHFを使用する部分放電オンライン監視システムに最適なフロント・エンドの設計

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概要

本稿では、UHF(Ultra High Frequency)を使用する部分放電オンライン監視システム向けのRFフロント・エンドの設計について説明します。そのフロント・エンドのシグナル・チェーンは、アナログ・デバイセズの製品を使用して構成します。それにより、感度が低く、ダイナミック・レンジが高いという特徴が得られます。結果として、中国のエンタープライズ規格であるQ/GDW 11059.8-2013のTechnical Specification for Energized Test Device of Electrical Equipment Part 8: Technical Specifications for an Ultrahigh Frequency Partial Discharge Detector(電気装置の通電テスト・デバイスに関する技術仕様 Part 8:超高周波の部分放電検出器に関する技術仕様)で定められた国家電網の要件を、かなりの余裕を持って満たせるようになります。

はじめに

部分放電(PD:Partial Discharge)について、IEC 60270規格では「2つの導電電極間に存在する絶縁体の局所的な領域において、空隙を完全に埋めることなく生じる電気放電」と定義しています。PDは、電力網の構成要素である電気機器に生じる絶縁の劣化を最も適切に表すものです。そのため、早期に警告を発するための指標として広く認知されています。

PDが生じると、広い周波数範囲にわたって信号が生成されます。それを検出するためには、対象とする周波数範囲が異なる以下の4つの手法が使われています。

  • 超音波検出手法:20kHz ~約 200kHz
  • 高周波電流トランス(HFCT:High Frequency Current Transformer)検出手法:3MHz ~約 30MHz
  • 過渡接地電圧(TEV:Transient Earth Voltage)検出手法:3MHz ~約 100MHz
  • UHF 検出手法:300MHz ~約 1500MHz

これらのうち、UHF検出手法では特に高い検出感度が得られます。そのため、UHFを使用するPDオンライン監視システム(以下、UHF PDシステム)は広く使われています。監視の対象物としては、ガス絶縁開閉装置(GIS:Gas-insulated Switchgear)、変圧器、リング・メイン・ユニット(RMU:Ring Main Unit)などが挙げられます。

PDによって生じる信号の解析

Q/GDW 11282-2014規格のOnsite Inspection Specification for Partial Discharge UHF Coupler of Gas Insulated Metal -Enclosed Switchgear(ガス絶縁閉鎖型配電装置の部分放電UHFカプラのオンサイト検査仕様)を見ると、セクション7.1に次のようなことが記載されています。すなわち、標準的なPD信号発生器は、立上がり時間が300ピコ秒以下、パルス幅が10ナノ秒~500ナノ秒のパルス信号を生成できなければならないというものです。この情報に基づき、まずはPDのパルス信号について確認してみましょう。ここでは、Pythonで記述したプログラムによってシミュレーション用のパルス信号を生成してみます。立上がり時間は300ピコ秒、立下がり時間は10ナノ秒、ピーク振幅は100mV、ピークtoピークのノイズは10mVに設定することにしましょう。また、サンプリング・レートは10GSPSで、サンプリング時間は10マイクロ秒に設定します。サンプリング時間の中央の位置でパルスを印加し、立上がり/立下がりの波形を線形フィットさせることにします。

図1、図2は、シミュレーション用の信号をそれぞれ時間領域、周波数領域で示したものです。図2を見ると、1GHz未満の周波数範囲に最も大きなエネルギーが存在することがわかります。パルスの立上がり時間を300ピコ秒より更に短く設定すると、より多くのエネルギーがより高い周波数領域に生成されることになります。

図1. 時間領域で示したPDの解析用の信号

図1. 時間領域で示したPDの解析用の信号

図2. 周波数領域で示したPDの解析用の信号

図2. 周波数領域で示したPDの解析用の信号

現在の複雑な電磁環境には、多くの無線干渉信号が存在します。UHF PDシステムが対象とする300MHz~1500MHzの周波数範囲にも、多くの干渉成分が生成されます。通常、そうした干渉を抑えるためには、300MHz~1500MHzに含まれるサブバンドを選択し、PDのパルス信号をキャプチャするということが行われます。一般的には、900MHz付近に存在するGSM(Global System for Mobile Communication)の無線通信信号が最大の干渉要因になります。この問題に対する解決策の1つは、800MHz~1000MHzの信号を減衰させるバンド除去フィルタ(BRF:Band Rejection Filter)を実装するというものになります。一般に、上記のサブバンドは表1のように分類されます。使用するサブバンドは自由に選択することができ、実際の電磁環境に応じて調整することが可能です。

表1. UHF PDシステムで使用されるサブバンド
サブバンド 周波数範囲
フル帯域 300MHz~約1500MHz
ローパス帯域 300MHz~約800MHz
ハイパス帯域 1000MHz~約1500MHz
バンド除去帯域 300MHz~約1500MHzで、800MHz~約1000MHzの帯域は除去

図2に示したPD信号について、表1の分類に該当する周波数成分だけを対象とした場合、どのような波形が得られるのか確認することにしました。必要な作業は、PD信号の逆高速フーリエ変換(IFFT:Inverse Fast Fourier Transform)を実行し、各フィルタを適用した後の時間領域の波形をプロットすることです。そうすると、図3に示すように、フィルタを適用した後はPDのパルスのピーク値は低下することがわかります。またフィルタの適用後には、PDのパルスの立上がり時間が長くなり、立下がり時間は短くなります。フィルタ通過後の波形においては、フル帯域の場合のピーク値が最も大きくなります。バンド除去帯域、ローパス帯域の場合のピーク値がそれに続きます。そして、ハイパス帯域ではピーク値が最も小さくなります。いずれにせよ、PDのパルスはキャプチャできる状態にあります。

図3. フィルタ通過後のPDの信号。時間領域の波形を示しています。

図3. フィルタ通過後のPDの信号。時間領域の波形を示しています。

アナログ・デバイセズの製品を使用して、RFフロント・エンドを構成

ここでは、アナログ・デバイセズの製品を使って、UHF PDシステムのRFフロント・エンドを構成する例を示します。図4に示したのは、4チャンネルのRFフロント・エンドのブロック図です。図5には、このフロント・エンドを実装したボードを示しました。

図4. UHF PDシステムのRFフロント・エンド

図4. UHF PDシステムのRFフロント・エンド

図5. 図4の回路を実装したボード

図5. 図4の回路を実装したボード

このフロント・エンドの初段には、RFゲイン・ブロックである「ADL5611」を配置しています。同製品は、低いノイズ指数(2.1dB)と高いP1dB(21dBm)を特徴とし、広いダイナミック・レンジを提供します。ゲインは22dB、ゲインのリップルは0.4dB未満です。このような性能を備えていることから、UHF PDシステムに非常に適しています。実際、UHF PDシステムが対象とする300MHz~1500MHzの全域で、かなり平坦なゲイン特性が得られます。

2段目には、300MHz~1500MHzの通過帯域を備えるバンドパス・フィルタ(BPF)を配置しています。インダクタとコンデンサによって構成したフィルタであり、帯域外の干渉を除去するために使用します。

3段目の回路は、SP4T(単極4投)のRFスイッチ「HMC7992」を2つ使用して構成しています。この回路は、周波数帯域を選択できるようにするためのものです。1つ目のHMC7992によって、以下に示す4つの経路のうち1つが選択されます。

  • DC ~ 800MHz のローパス・フィルタ
  • 1GHz のハイパス・フィルタ
  • 800MHz ~ 1GHz のバンド除去フィルタ
  • フィルタの適用なし(直接通過)

その結果、いずれかの周波数帯域を選択し、干渉を除去(最小限に抑制)しつつ、帯域内のPDのパルスをキャプチャすることが可能になります。なお、HMC7992は、挿入損失が小さく(0.6dB)、アイソレーション性能が高く(45dB)、P0.1dBが高い(33dBm)という特徴を備えています。

4段目は、通過帯域が300MHz~1500MHzのBPFです。2段目で使用しているのと同じものであり、帯域外の干渉を更に除去する役割を果たします。

最後の段には、RFログ検出器「ADL5513」を配置しています。これにより、PDの信号を、周波数の低い信号(数十MHz)に変換します。その結果、サンプル・レートが40MSPS~65MSPS程度のA/Dコンバータを使用して、PDのアナログ信号をデジタル信号に変換することが可能になります。RF検出器の特性の中で特に重要なのは、応答時間とダイナミック・レンジです。ADL5513は、応答時間が短く(20ナノ秒)、ダイナミック・レンジが広い(80dB)という特徴を備えています。そのため、PDの検出に非常に適しています。PDの検出に適した他のRFログ検出器としては「AD8318」が挙げられます。この製品は、ADL5513よりも更に短い応答時間を達成していますが、ダイナミック・レンジはやや狭くなります。

テストの結果

図5のボードを使用し、主要な性能のテストを実施しました。図6~図8に示したのが、その結果です。

図6は、フィルタを適用しないで最終段のADL5513まで到達した場合のSパラメータを表しています。300MHz~1500MHzの帯域全体で、ゲインは約14dB、ゲインの平坦性は2dB未満、入力リターン損失は-8dB未満であることがわかります。

図6. フィルタを適用しないで最終段まで到達した場合のSパラメータ

図6. フィルタを適用しないで最終段まで到達した場合のSパラメータ

図7は、入力電力と出力電圧の関係を示したものです。入力としては、中間周波数(900MHz)の連続波信号を印加し、2つのチャンネルで計測を行いました。この結果から、-75dBm~-5dBmの入力電力範囲において、シグナル・チェーン全体が線形の応答を示すことがわかります。チャンネル間の性能にも一貫性があります。

図7. 入力電力と出力電圧の関係

図7. 入力電力と出力電圧の関係

図8は、900MHzの連続パルス信号を入力した場合の出力信号の測定結果です。入力信号の電力は-75dBm、パルスの幅は5マイクロ秒、パルスの周期は10マイクロ秒です。信号の電力が-75dBmと小さい場合でも、出力信号ではかなり高いS/N比が得られることがわかります。

図8. -75dBmの連続パルス信号を入力した場合の出力応答

図8. -75dBmの連続パルス信号を入力した場合の出力応答

まとめ

本稿では、アナログ・デバイセズのシグナル・チェーン製品を使用して、UHF PDシステムのRFフロント・エンドを構築した例を紹介しました。このリファレンス設計では、複雑な電磁環境における干渉を抑制するために、異なる周波数帯域を選択することができます。このような柔軟性が得られる点が特徴の1つです。また、中国のQ/GDW 11059.8-2013規格を満たすことも可能です。

著者について

Van Yang
Van Yang は、アナログ・デバイセズの中国上海支社に所属するフィールド・アプリケーション・エンジニア(FAE)です。2015年に入社し、医療分野や産業分野に携わる中国の顧客をサポートしています。アナログ・デバイセズに入社する前は、Texas Instruments社のFAEとして4年間勤務していました。2011年に武漢にある華中科技大学で通信および情報システムに関する修士号を取得しています。バスケットボールの大ファンで、余暇にはハイキ...
Meng Wang
Meng Wang は、アナログ・デバイセズ(北京)のプロダクト・アプリケーション・エンジニアです。2014年に入社しました。現在は、産業分野のテスト技術やIoT、3Dカメラ・システムに関する設計サポートを担当。約10年にわたり、アプリケーション、ハードウェア、組み込みシステムの開発に携わっていました。北京科技大学を2011年に卒業。機械設計/理論に関する理学学士号と修士号を取得しています。
Lance Wu
Lance Wu は、アナログ・デバイセズ(上海)のフィールド・アプリケーション・エンジニアです。中国の通信分野のお客様をサポートするフィールド・アプリケーション・エンジニアとして2018年に入社。それ以前は、RF技術者としてLattice Semiconductorに所属していました。2016年に、中国科学院上海微系統与信息技術研究所でマイクロエレクトロニクスに関する修士号を取得しています。
Aaron He
Aaron Heは、アナログ・デバイセズ(上海)のシステム・アプリケーション・エンジニアです。2017年に入社しました。その前は、シニアRFエンジニアとしてEricssonに勤務。10年以上にわたり、無線通信基地局の設計、統合、製品用のテスト・システムの開発に従事しました。2001年に西安交通大学で通信工学の学士号、2006年に華中科技大学でマイクロ波工学の修士号を取得しています。

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