高速/低ノイズのADCにより、飛行時間型質量分析計の性能を高める

2023年08月14日

要約

飛行時間型質量分析計(TOF MS:Time of Flight Mass Spectrometry)は、試料に含まれる分子の種類を特定するために使われる装置です。特に、臨床微生物検査の分野では、細菌の種類を同定するための装置として極めて重要な役割を果たしています。多くの場合、TOF MSでは高速/低ノイズのA/Dコンバータ(ADC)が心臓部として機能することになります。本稿では、まずTOF MSの重要なパラメータに注目しながら、その基本を押さえます。続いて、TOF MSのパラメータとADCの仕様の関係について詳しく解説します。更に、TOF MSに最適なMxFE®(ミックスド・シグナル・フロント・エンド)製品を紹介します。高速/低ノイズのADCを内蔵するMxFE製品を利用すれば、質量精度、質量分解能、感度など、TOF MSの性能を大幅に高めることができます。

TOF MSの基本

質量分析法(MS:Mass Spectrometry)とは、分子量(分子の質量)に基づいて試料に含まれる既知/未知の分子を特定する手法のことです。質量分析法では、まずフラグメンテーション(開裂)の有無にかかわらず、試料内の元素や分子をイオン化します。得られた気体状のイオンを質量分析器で分離し、質量電荷比(m/z比)と相対存在量に基づいて元素や分子の特性を明らかにします。より具体的な表現で説明すると、質量スペクトルに現れるパルスの位置とパルスの振幅を算出することによって、分子の種類や量を特定するということになります。

質量分析計は、大きく分けて3つのコンポーネントから成ります。1つ目は、測定の対象となる試料から気体状のイオンを生成するイオン源です。2つ目は、m/z比によってイオンを分離する質量分析器です。そして3つ目が、イオンと各イオン種の相対存在量を検出するイオン検出器です。イオン検出器の出力に対してはコンディショニングの処理とA/D変換の処理が適用されます。それによって得られたデジタル・データを基にして質量スペクトルが生成されます。実際の質量分析器には、様々な種類があります。m/z比の値が異なるイオンを分離するための方式に違いがあるからです1。図1に、質量分析計の実現形態の例を2つ示しました。上側に示したのは四重極型の質量分析計です。そして下側に示したのが本稿のテーマであるTOF MSです。

TOF MSにおけるイオン化は短時間で行われます。生成されたイオンは静電場によって加速されます。各イオンはm/z比の値に関わらず同じ量の運動エネルギーを持ちますが、速度に違いが現れます。加速されたイオンは電場のないドリフト・パスを通過し、それぞれに異なる飛行時間でイオン検出器に到達します。つまり、軽いイオンは重いイオンよりも先に到達するといった具合です(図2)。実際には、m/z比が同じイオンの集合の飛行時間は、パルスを形成する形で分散/分布します。そのパルスの幅は、加速領域における初期の空間分布とエネルギー(または速度)の違いによって、数百ピコ秒程度になることがあります。各パルスは、複数の独立したイオンの到達というイベントに対応する信号の総和に相当します。多くの場合、それらのパルスは半値全幅(FWHM:Full Width at Half Maximum)というパラメータによって特徴づけられます。

Figure 1. Major blocks of quadruple and TOF MS. 図1. 四重極型、TOF型の質量分析器
図1. 四重極型、TOF型の質量分析器
Figure 2. An illustration of time of flight mass analyzer. 図2. TOF MSの原理
図2. TOF MSの原理

マイクロチャネル・プレート(MCP:MicroChannel Plate)検出器などの場合、入射イオンを検出してパルス電流を生成します。その電流の値は、時間‐デジタル変換器(TDC:Time-to-Digital Converter)または高速ADCによって記録されます。TDCを使えば、数ピコ秒のレベルの極めて高速な処理を実現できます。一方で、パルスの振幅を記録するためのダイナミック・レンジが限られています。それに対し、高速ADCであれば、10ビット、12ビット、あるいはそれ以上の分解能と2GSPS以上の変換レートを実現できます。そして、パルスのタイミングと振幅の両方を正確に記録することが可能です。つまり、多くのTOF MSでは、ADCがシステムの性能を決定づける重要な要素になります。

TOF MSの特徴

TOF MSは、1990年代以降に大きな関心を集めるようになりました。その契機となったのは、マトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI:Matrix-assisted Laser Desorption and Ionization)技術が発明/商用化されたことです2。MALDI技術は、数百ピコ秒から数ナノ秒の紫外線レーザ・パルスによって、マトリックス分子(通常は有機酸)をイオン化すると同時に、試料の分子を気化させるというものです。気相において、マトリックス分子はプロトン(陽子)を試料の分子に対して送出し、試料の分子にプロトンを付加してイオン化します。マトリックスはレーザ・エネルギーのほとんどを吸収するので、試料中の分子はフラグメント化したり、分解されたりすることなくその完全性を維持します。このような理由から、MALDI技術は、生体高分子の分析で使用するイオン化の手法として最も有力なものとなりました。しかも、MALDIとTOF MSを結び付けるのは難しくありません。TOF MSは、質量の範囲に制限がなく、高感度、高スループットです。そのため、高分子を分析の対象とすることが多い生物医学の研究、創薬、臨床応用などに不可欠なツールとなっています。

MALDI技術を採用したTOF MS(以下、MALDI-TOF MS)では、分析時間をわずか4時間に抑えられます。それに対し、従来の技術や他の新技術を使用した場合、分析時間は72時間以上にも達します。つまり、MALDI-TOF MSを採用すれば明白なメリットが得られるということです。そのため、MALDI-TOF MSは、臨床分野で細菌の同定に使用する装置として不可欠なものになっています3。検査にかかる時間の長短は、細菌による感染症に苦しむ患者の治療と予後に対して非常に大きな影響を及ぼします。MALDI-TOF MSの長所はそれだけではありません。例えば、試料の作成が容易であること、運用コストを抑えられること、希少な細菌を同定できる可能性があることなど、様々なメリットを享受することができます。抗菌薬に対する耐性は、世界中の人々の健康に対する大きな脅威になります。そのため、ポイント・オブ・ケア向けの装置としてMALDI-TOF MSを活用することが1つのトレンドになっています4

TOF MSの主要なパラメータ

ここまでに説明したように、TOF MSを使用すれば、試料中に存在する様々な分子を定量化することができます。その能力は、多くの要因によって左右されます。例えば、試料をイオン化する方法や、システムの構成、イオンを加速して検出器へ導く電場のタイミング性能、検出器の効率、信号のデジタル化を担うデバイスなどに依存することになります。TOF MSには様々な仕様項目があります。それらのうち、本稿では信号のデジタル化に関連する仕様に注目することにします。具体的には、質量範囲、質量精度、質量分解能、繰り返しレート(repetition rate)、感度などを取り上げることにします。

質量範囲とは、試料に含まれる分子の分子量の範囲のことです。これは、加速電圧、フライト・チューブの長さ、サンプリング・レート、繰り返しレートなど、いくつかの要因に関連します。質量範囲の要件は、アプリケーションによって異なります。例えば、MALDI-TOF MSによって細菌を同定する場合、2000Da(ダルトン)~2万Daの質量範囲でリボソーム・マーカの測定を実施します。

TOF MSでは、飛行時間に基づいて質量を計算します。そのため、TOF MSにおける質量精度は、主としてパルスの時間の測定精度によって決まります。実際には、各パルスの到達時間は、パルスをガウス関数にフィッティングし、ピークを見つけることによって算出します。個々のパルスのサンプル数は、ADCのサンプリング・レートに依存します。従って、ADCのサンプリング・レートはパルスのフィッティングにおいて非常に重要な仕様になります。

質量分解能とは、スペクトル上の隣接する2つのパルスを識別するために必要な最小間隔のことです。多くの場合、イオンの質量とそれに対応するパルスの幅の比として定義されます。また、一般的にはパルスの幅はFWHMによって定義されます。パルスの幅が狭くなるほど質量分解能は高くなります。つまり、分子量の近い2つのイオンの集合をより的確に区別できるようになるということです。質量分解能は、直交加速とリフレクトロンによって大幅に高めることができます。また、この重要な仕様には、ADCのサンプリング・レートとノイズ性能も影響を及ぼします。

TOF MSにおいて、質量スペクトルは多くの繰り返し処理で得られた信号の総和として取得します。つまり、イオン化、加速、ドリフト、イオンの検出、デジタル化のプロセスを1つしか含まない単一のトランジェントによって取得するわけではありません。分子量と濃度が異なる複数の分子を含む試料を扱う場合、単一のイオン化を行っただけでは、対象とする全分子のイオンの情報も、その濃度に比例した比率も得られない可能性があります。そうしたサンプリング誤差を低減し、S/N比(Signal to Noise Ratio)を向上させるためには、加算処理が効果的かつ実用的なアプローチとなります。従って、繰り返しレートは、TOF MSのS/N比とスループットに関連する重要かつ実用的な仕様として扱われます。最新のTOF MSでは、1kHz以上でスキャンを実施することができます。つまり、各トランジェントの時間は1ミリ秒以下ということになります。ADCのサンプリング・レートが高ければ、各トランジェントの持続時間が短くなり、繰り返しレートを高めることが可能になります。

TOF MSの感度とは、試料中の最低濃度の分子を検出する能力のことです。この能力は、多くの要因によって総合的に決まります。要因の例としては、化学的なバックグラウンド・ノイズ、対象とするすべての分子の濃度範囲、検出器とADCのノイズ指数とダイナミック・レンジ、最終的な質量スペクトルを得るために加算されるトランジェントの数などが挙げられます。システムの感度は、ボトルネックとなる要因を特定したり、上記の要因のバランスをとったりすることで最適化することができます。

TOF MSにはどのようなADCが必要なのか?

TOF MSの性能を高めるためには、低ノイズ、高速のADCを採用することが非常に重要です。先述したように、TOF MSにおいては、時間の測定精度とシステムのノイズ・レベルが重要な仕様になります。システムのノイズ・レベルについては、繰り返しによって得た測定値を加算するということが対処策になります。しかし、時間の測定精度はADCのサンプリング・レートとアパーチャ・ジッタによって決まります。直交加速とリフレクトロンを採用したTOF MSでは、パルスが数百ピコ秒程度に狭くなる可能性があります。その場合、サンプリング・レートが5GSPSであったとしても、個々のパルスに対応するサンプルの数はわずか数個にしかなりません。サンプルをガウス関数にフィッティングさせる場合、パルスのピークを求めるためにはそれぞれのサンプルが非常に重要な意味を持ちます。したがって、ADCについてはサンプリング・レートとアパーチャ・ジッタが重要な仕様になります。

TOF MSの感度は、システムのノイズ・レベルによって決まります。これについては、繰り返し測定の結果を加算することで改善できます。但し、繰り返しの回数は装置のスループットを制限する要因になります。より少ない繰り返しによって目標とする感度を達成するためには、ADCのノイズ性能が重要です。ただ、ADCの仕様については注意すべき点があります。例えば、ADCのS/N比はその分解能に比例すると理解している方は少なくないでしょう。サンプリング・レートが1GSPS以上のADCは、パイプライン型のアーキテクチャを採用して実現されていることが多いはずです。そうしたADCには、有効ビット数(ENOB)やノイズ密度、ノイズ指数、S/N比といった仕様が存在します。パイプライン型は広く採用されていますが、そうすれば分解能(ビット数)に基づく理想的な性能が得られるというわけではありません。パイプライン型のADCには、ノイズの原因となるいくつかの欠点が存在します。例えば、誤差を低減するためには、ゲインが高く、帯域幅の広いオペアンプが必要になります。また、コンデンサのミスマッチや、フロント・エンドのサンプル&ホールド回路やオペアンプ回路の消費電力なども誤差源になる可能性があります5。ENOBは、入力周波数とサンプリング・レートに依存し、信号/ノイズ + 歪み(SINAD)を基にして計算します。例えば、MxFE製品である「AD9081」は、分解能が12ビットのADCを内蔵しています。そのENOBは、入力周波数が4500MHz、サンプリング・レートが4GSPSの場合、8ビットのレベルになります。ここで注意が必要なのは、ENOBは、ADCのノイズ性能を表すための適切な指標ではないということです。それに対し、ノイズ密度を指標とすれば、実際のノイズ・レベルをより適切に判断することができます。実際、ガウス・パルスを使用した評価を行えば、ADCのノイズ性能を的確に把握することが可能になります。その結果、TOF MSの感度について、どのような性能が得られるのかを適切に推定/判断できるようになります。

低ノイズで高速なADCの評価

アナログ・デバイセズのMxFEは、RF対応のADCとDAC(D/Aコンバータ)、デジタル信号処理用の回路、マルチチップの同期を実現するためのクロック回路/フェーズ・ロック・ループ(PLL)回路などを統合した高性能の製品です。MxFE製品の中には、高速ADCだけを内蔵したものもあります。以下では、ADCとDACの両方を内蔵する「AD9082」の評価結果を示します(図3)。その評価では、同ICが内蔵するDACを使用して、ガウス・パルス列を生成することにしました。具体的には、同ICが内蔵するデジタル・スケーリング機能と外付けのアッテネータを組み合わせて振幅を制御し、FWHMが0.5ナノ秒という狭いパルスを実現します。一般に、ADCの特性評価にはシングルトーンの信号が使用されます。そうした信号と比べれば、ガウス・パルスは質量スペクトルの信号にはるかに近いものだと言えます。信号のデジタル化を行うために、AD9082が内蔵する2つのADCのチャンネルを次のように設定しました。まず、チャンネル1(CH1)については、外付けアッテネータの設定を変化させることによって、飽和または減衰させた様々な振幅が得られるようにしました。一方、チャンネル2(CH2)は、飽和させることなくフルスケール(FS)の90%を超える信号強度が得られるように設定しました。このチャンネルはリファレンスとして使用します。サンプリング・レートは、各パルスに対して十分な数のサンプルを得るために6GSPSに設定しました。

Figure 3. A block diagram for high speed ADC test with the AD9082. 図3. AD9082のブロック図。同ICが内蔵する高速ADCを評価するための構成を示しました。
図3. AD9082のブロック図。同ICが内蔵する高速ADCを評価するための構成を示しました。

本稿では、以下の3種類の評価を実施しました。

  • 減衰と飽和のテスト:リファレンスとして使用する CH2 は、7dB に固定したアッテネータのペアと組み合わせる。CH1 は、減衰を実現するために、8dB、9dB、10dB のアッテネータのペアを適用する。また、CH1 については、飽和を実現するために 3dB、1dB のアッテネータのペアも適用する
  • 最大20dBの減衰による微弱信号の測定:CH2には-16dBFSC のスケーリングを施し、リファレンスとして DACの出力に直接接続する。CH1 は、FS の 32% 未満の信号を実現するために 10dB のアッテネータのペアを適用する。また、CH1 は FS の 10% 未満の信号を実現するために 20dB のアッテネータのペアも適用する
  • ノイズの測定:CH2 はリファレンスとして使用するために、7dB に固定したアッテネータのペアを適用する。CH1 には50Ω の終端抵抗を適用する

それぞれの評価では、10マイクロ秒以上にわたってデータを取得しました。また、再現性を確認するためにデータ収集を10回繰り返しました。データのプロットと解析にはMATLAB®を使用しました。10回の繰り返しについては、テスト・ケースごとに位置合わせをしてプロットを行いました。図4に示したのは、CH1をCH2より3dB低く設定し、単一のパルスを使用した場合の測定結果です。両チャンネルにおいて、10回の繰り返しを行った結果はきれいに重なっており、データ収集において高い再現性が得られていることがわかります。

 

Figure 4. Overlap of the 10 repeats demonstrated high reproducibility of the data acquisition. 図4. 10回の繰り返しの結果。各プロットが重なっていることから、データ収集において高い再現性が得られていることがわかります。
図4. 10回の繰り返しの結果。各プロットが重なっていることから、データ収集において高い再現性が得られていることがわかります。

AD9082のADCは、過負荷に対する保護回路を備えています。その機能は、入力信号の振幅が上限を超えると作動します。そうすると、パルスの立下がり部に回復テール(recovery tail)が生じることが多くなります。つまり、FSでクリップしたピークと回復テールが現れることになります。回復テールを短くするのは、TOF MSにより正確な時間測定(つまりは質量の測定)を行う上で重要なことです。図5に示したのは、飽和(最大6dB)または減衰が生じる5つのケースに対応したプロットです。6dBの飽和という条件において、回復テールは0.4ナノ秒未満に抑えられています。つまり、保護回路が作動した場合でも、回復テールの広がりは最小限に抑えられるということが示唆されています。

図6は、微弱な入力信号に対するADCの性能を示したものです。ご覧のように、10dB、20dBの減衰を施した場合の信号を取得しています。FSの10%、つまり20dBの減衰を施した場合でも、信号のきれいなトレースが確認できます。このことは、ADCに起因するノイズが最小限に抑えられていることを示唆しています。

図7に示したのは、ADCのノイズ・フロアを測定した結果です。CH1は50Ωの終端抵抗に接続し、CH2はFSの90%よりも高い値に維持しました。

図8は、ノイズのデータを分析した結果です。ご覧のように、ヒストグラムをプロットし、その標準偏差(SD:Standard Deviation)を計算しました。このケースのSDは0.0025であり、FSにおけるS/N比が52dBであることが示唆されています。

Figure 5. Overlap of five test cases with either saturation or over attenuation. 図5. 飽和/過剰な減衰に対応する5種のテスト結果
図5. 飽和/過剰な減衰に対応する5種のテスト結果
Figure 6. Test cases with input attenuated by 10 dB and 20 dB. 図6. 入力に10dBと20dBの減衰を適用した場合の結果
図6. 入力に10dBと20dBの減衰を適用した場合の結果
Figure 7. Noise floor measurement with CH1 connected with 50 Ω terminator. 図7. CH1に50Ωの終端抵抗を接続した場合のノイズ・フロア
図7. CH1に50Ωの終端抵抗を接続した場合のノイズ・フロア
Figure 8. Histograms of noise floor (CH1, left) and FS signal (CH2, right) measurement. 図8. ノイズ・フロア(CH1)のヒストグラム(左)とFS信号(CH2)の測定値のヒストグラム(右)
図8. ノイズ・フロア(CH1)のヒストグラム(左)とFS信号(CH2)の測定値のヒストグラム(右)

続いて、時間の測定精度とノイズ性能を更に定量化することを試みました。それに向けて、30ナノ秒のウィンドウの中央にピークが現れるよう各パルスを分割しました。その後、各パルスをガウス・モデルにフィッティングし、そのFWHMを測定しました。ノイズの計算を行う際のベースラインとしては、30ナノ秒のウィンドウの両側に位置する12ナノ秒のデータを使用しました。つまり、合計で24ナノ秒のデータを使用したということです。

図9(左)は、FSの10%の信号を入力して取得したデータ全体のプロットです。一方、同(右)は、ガウス・フィッティングと、分割したベースラインを適用して取得した単一のパルスの拡大図です。表1は、FWHMの測定値(平均値とSD)、S/N比の計算値(平均値とSD)についてまとめたものです。

Figure 9. Pulse and baseline segmentation for FWHM and SNR measurement for the test case of input at 10% FS. 図9. FSの10%の信号を入力して取得したデータ全体のプロット(左)と、ガウス・フィッティングと分割したベースラインを適用して取得した単一のパルスの拡大図(右)
図9. FSの10%の信号を入力して取得したデータ全体のプロット(左)と、ガウス・フィッティングと分割したベースラインを適用して取得した単一のパルスの拡大図(右)
表1. FSの10%の信号を入力した場合のFWHMとS/N比
CH番号 FWHM〔ナノ秒〕 S/N比〔dB〕
平均 SD 平均 SD
CH1 (20 dB) 0.6722 0.0141 32.07 0.468
CH2 (0 dB) 0.6657 0.0056 40.98 0.203

続いて、入力を1dBから20dBまで減衰させ、全テスト・ケースのFWHMとS/N比の値を測定/計算しました。表2に示した結果は、様々な入力振幅にわたり、FWHMの一貫性を保ちつつ正確な時間測定を実施できることを示唆しています。

表2. FWHMとS/N比の測定/計算結果
テスト・ケース FWHM〔ナノ秒〕、CH1/CH2 S/N比〔dB〕、CH1/CH2
平均 SD 平均 SD
CH1=8 dB,
CH2=7 dB
0.6543/0.6531 0.0050/0.0028 46.21/47.28 0.275/0.363
CH1=9 dB,
CH2=7 dB
0.6656/0.6532 0.0037/0.0024 46.24/47.22 0.408/0.439
CH1=10 dB,
CH2=7 dB
0.6549/0.6520 0.0028/0.0024 47.44/47.05 0.587/0.273
CH1=10 dB,
CH2=0 dB
0.6708/0.6652 0.0075/0.0044 41.72/41.02 0.556/0.248
CH1=20 dB,
CH2=0 dB
0.6722/0.6657 0.0141/0.0056 32.07/40.98 0.468/0.203

まとめ

MALDI-TOF MSは、臨床微生物の検査室において標準的な装置として活用されています。一方で、パーソナライズされた医療の確立に向け、プロテオミクスに対する関心が高まっています。このような状況にあることから、細菌の同定を可能にするTOF MSは、今後数十年間にわたり、ヘルスケア分野で急速な成長を続けると予想されています。TOF MSを使用すれば、広範な分子量を対象として完全な分子を測定することができます。そのため、生物医学、創薬、食の安全、環境の監視といった分野の用途でも幅広く活用されています。本稿で例にとったように、最新のADC製品は、優れたノイズ性能と高速なサンプリング・レートを達成しています。サンプリング・レートについて言えば、現世代のTOF MSで使われているADCと比べて3倍から6倍も高速です。そのため、低ノイズで高速の最新ADCは、次世代の高性能TOF MSにとって重要な要素になります。サンプリング・レートが高ければ、フライト・チューブを短縮し、真空システムの負担を軽減することができます。その結果、性能を犠牲にすることなくTOF MSの設置面積を削減することが可能になります。設置面積を抑えられるというのは、ポイント・オブ・ケアをはじめとする様々な分野の用途にとって重要なことです。

本稿では、AD9082の評価結果を紹介しました。ただ、このような評価には限界があります。例えば、振幅の小さい入力信号(FSの1%、40dBの減衰など)を使用したい場合には外付けのアッテネータが必要になります。ただ、その入手可能性はある程度限られています。また、インピーダンス・ミスマッチが原因となり、データには反射の影響が及びます。加えて、本稿で紹介した評価は、電磁干渉を避けるためのシールドを使用することなく、開放された空間で実施しました。各テストで得られたS/N比の値は、実際の値よりも低くなっています。ノイズの計算において、インピーダンス・ミスマッチが原因で生じるベースラインへの反射の影響を除去できなかったからです。アナログ・デバイセズは、AD9082の評価に向けて「AD9082評価用ボード」や「分析 │ 制御 │ 評価用(ACE)ソフトウェア」も提供しています。これらを使用すれば、より集中的なテストを実施することができます。また、ライブ・デモによる詳細な説明をご覧いただけば、評価システムのセット・アップも容易に行えるはずです。MxFEのサンプルを使用してプロトタイピングを実施する際には、経験豊富なアプリケーション・チームからのサポートを得ることが可能です。

本稿で紹介したFWHMとS/N比の値は、MxFEのADCを使用することにより、優れた時間精度とノイズ性能が得られることを実証しています。MxFE製品としては、最大10GSPSのサンプリング・レートを実現するものが提供されています。それを採用すれば、より優れた質量精度、質量分解能、感度を備える次世代のTOF MSを、設置面積を抑えた形で設計することができます。しかも、設計に対しては高い柔軟性がもたらされます。MxFEのADCは、電源IC、クロック生成IC、ドライバICといった製品群によってサポートされています。それらも活用すれば、シームレスなシステム統合と最適化を実現できます。

著者について

Guixue (Glen) Bu
Guixue (Glen) Buは、アナログ・デバイセズの分子センシング・グループに所属するアプリケーション・エンジニアです。2018年9月に入社しました。主に、医用生体計測の技術/アプリケーションに関する研究開発に携わっています。中国の清華大学で医用生体工学の学士号を取得。パデュー大学で同分野の修士号と博士号を取得しています。

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