
アプリケーション・ノート使用上の注意
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AN-880: 温度計測システム向けA/Dコンバータの条件
はじめに
温度の測定に使用できるセンサには、いくつかの種類があります。該当アプリケーションにふさわしいセンサは、測定する温度範囲と必要とする精度によって異なります。システム精度は、温度センサの精度とセンサ出力のデジタル化に使用するA/Dコンバータ(ADC)の性能によって決まります。通常、センサからの信号の大きさはきわめて小さいため、高分解能のADCが必要とされます。このようなシステムには、シグマ・デルタ(ΣΔ)ADCが最適です。なぜなら、ΣΔ ADCは高分解能デバイスであり、温度計測システムに必要な追加のオンチップ回路(励起電流など)も備えていることが多いためです。このアプリケーション・ノートでは、使用可能な温度センサ(熱電対、RTD、サーミスタ、サーマル・ダイオード)と、センサとADCとのインターフェースに必要な回路について説明します。またADCに要求される性能についても説明します。
熱電対
熱電対は、2つの異なる金属から構成されます。温度が零度を上回ると、2つの金属の接合部に電圧が発生します。電圧の大きさは、温度の零度からの偏差によって決まります。熱電対は、小さく頑丈で、比較的安価であり、広い温度範囲で動作します。熱電対は、過酷な環境におけるきわめて高い温度(最大2300℃)での温度計測に特に役立ちます。しかし数ミリボルトの出力しかないため、その後の処理には高精度の増幅を必要とします。感度は熱電対の種類によって異なりますが、一般には数マイクロボルト/℃しかありません。したがって、高精度の温度計測には高分解能で低ノイズのADCが必要となります。PCボード上の銅パターンに熱電対が接続されると、熱電対と銅との接続ポイントにおいて別の熱電対接合が発生します。これにより熱電対電圧とは逆極性の電圧が発生します。この逆電圧を補償するため、熱電対と銅の接合部に別の温度センサを置いて、この接合部での温度を測定します。これは冷接点と呼ばれます。
図1は、AD7792/AD7793 3チャンネル、16/24ビットΣΔ ADC(6チャンネルのAD7794/AD7795が使用されることもあります)を使用する熱電対システムを示します。熱電対の電圧は、オンチップ計装アンプによって増幅されてから、ADCによって変換されます。熱電対によって発生される電圧は、グラウンド近辺にバイアスされます。この電圧は、内部の励起電圧によってアンプの直線範囲内でバイアスされます。したがって、システムは単一電源から動作できます。低ノイズ、低ドリフトの内部バンド・ギャップ・リファレンスによってA/D変換の精度が保証され、温度計測システム全体の精度も保証されます。
冷接点での温度を測定するには、抵抗温度検出器(RTD)またはサーミスタ(図1はサーミスタRTを示します)を使用します。これら2つのデバイスの抵抗は、温度によって変化します。必要な励起電流は内部定電流源から供給されます。この測定にはレシオメトリック構成が使用されます。つまり、ADC用のリファレンスも、高精度の抵抗を使用して同じ励起電流から発生されます。レシオメトリック構成を使用すれば、冷接点温度の測定は、励起電流の変動による影響を受けなくなります。これは、励起電流の変動によってセンサと高精度の抵抗によって発生する電圧は同じ量だけ変更されるため、A/D変換に影響を与えなくなるからです。
RTD
RTDの抵抗は、温度により変化します。RTDに使用される代表的な成分はニッケル、銅、プラチナであり、100Ωと1000ΩのプラチナRTDが最も一般的です。RTDは、-200~+800℃の温度測定に便利であり、温度範囲の全域でほぼリニアな応答特性を持ちます。RTDは、3本または4本のワイヤから構成できます。図2は、3線式RTDとADCとの接続方法を示します。RL1、RL2、RL3は、RTDのリード線抵抗です。
3線式RTD構成を完全に最適化するには、2個の一致した電流源が必要です。この3線式構成では、ただ1個の電流源(IOUT1)を使用した場合は、リード線抵抗によって誤差が生じます。なぜなら、励起電流がRL1を流れて、AIN1(+)とAIN1(-)との間に電圧誤差を生じるからです。RL1を流れる励起電流による誤差を補償するために、2番目のRTD電流源(IOUT2)が使用されます。各電流源の絶対精度は重要ではありませんが、2個の電流源の一致は不可欠です。2番目のRTD電流はRL2を流れます。RL1とRL2は等しく(通常、リード線は同じ材質で同じ長さ)、IOUT1とIOUT2は一致すると想定すると、RL2の両端の誤差電圧によってRL1の両端の誤差電圧が相殺されるため、AIN1(+)とAIN1(-)との間に誤差電圧は発生しません。RL3の両端には2倍の電圧が発生しますが、これはコモンモード電圧であるため、誤差にはなりません。
ADCは差動アナログ入力を備えており、差動リファレンスを入力することができます。したがって、レシオメトリック構成が実現できます。図2では、一致した電流源を使用してADC用のリファレンス電圧も発生されます。このリファレンス電圧は、高精度の抵抗RREFの両端に発生し、ADCの差動リファレンス入力に印加されます。この方式では、アナログ入力電圧範囲がリファレンス電圧に比例することを保証します。RTD電流源の温度ドリフトに起因するアナログ入力電圧の誤差は、リファレンス電圧の変動によって補償されます。
サーミスタ
サーミスタの抵抗も温度によって変化しますが、RTDに比べて正確ではありません。一般に、1個のサーミスタには1個の電流源が使用されます。RTDと同様に、リファレンスに対して高精度の抵抗を使用し、電流源で高精度リファレンス抵抗とサーミスタを駆動することによって、レシオメトリック構成が実現されます。つまり、電流源の精度は重要ではありません。これは、電流源のドリフトがサーミスタとリファレンス抵抗の両方に影響を与えるため、その影響が相殺されるためです。通常、熱電対アプリケーションでの冷接点補償には、サーミスタが使用されます。通常、これらの公称抵抗は1000Ω以上です。
サーマル・ダイオード
温度計測にはサーマル・ダイオードも使用されます。このようなシステムで温度を計算するには、ダイオード接続されたトランジスタのベース-エミッタ間電圧を測定します。2つの異なる電流がダイオードを流れます。いずれの場合にも、ベース-エミッタ間電圧が測定されます。電流比が既知の場合は、温度を正しく計算するには2つの電流においてベース-エミッタ間電圧の差異を測定します。
図3では、AD7792/AD7793の励起電流は10μAと210μAに設定されます(他のオプションも使用できます)。まず、210μAの励起電流がダイオードを流れます。トランジスタのベース-エミッタ間電圧は、ADCによって測定されます。その後、10μAの電流を使用して測定が繰り返されます。つまり、電流は1/21に減少します。測定には電流の絶対値は重要ではなく、一定の比が必要になります。
電流源はチップ上に集積されているため、AD7792/AD7793では、十分に一致した電流源と安定した電流比が保証されます。温度計測に影響を与える寄生誤差を除去するには、一定の電流比が要求されます。2つのベース-エミッタ間電圧の測定値はマイクロコントローラに送信されて、温度が計算されます。

ここで、
n = 理論係数=測定値、
K = ボルツマン定数、
N = IC2とIC1の比、
Q = 電子の電荷、
ΔVBEはADCによって測定されます。
ADCの条件
アーキテクチャ
一般に、温度システムでの測定は低速です(最大で100サンプル/秒)。したがって、狭い帯域幅のADCが適しています。ただし、ADCは高い分解能を持つ必要があります。このようなアプリケーションには、狭い帯域幅と高分解能を特長とするΣΔ ADCが最適です。
このアーキテクチャでは、アナログ入力はスイッチド・キャパシタ・フロントエンドによって連続的にサンプリングされます。その際のサンプリング周波数は、対象となる帯域幅に比べてかなり高くなります(図4を参照)。たとえば、AD7793は64kHzクロックを内蔵しています。測定されるアナログ信号はDCに近いですが、K倍(KfS)のオーバーサンプリングが行われて、ベースバンドの量子化ノイズが減少します。量子化ノイズは、DCからサンプリング周波数の1/2(KfS/2)まで分散しています。したがって、高いサンプリング周波数を使用すると、量子化ノイズが分散する範囲が増大して、対象帯域でのノイズが減少します。
サンプリングされた入力信号は、ΣΔ変調器によってデジタル・パルス列に変換されます。このパルス列の「1」の密度にデジタル情報が含まれています。ΣΔ変調器は、ノイズ・シェーピングも行います。ノイズ・シェーピングにより、対象帯域内のノイズは使用しない周波数範囲に押し出されます。変調器の次数が高いほど、対象帯域で行われるノイズ・シェーピングは強力になりまが、高次の変調器は不安定になりがちです。したがって、変調器の次数と安定性の間でバランスをとる必要があります。狭い帯域幅のΣΔ ADCでは、通常、2次または3次の変調器が使用されるため、デバイスは安定しています。
変調器出力に対しては、変調器の後に続くデジタル・フィルタによってデシメーションが行われて、有効なデータ変換結果が得られます。このフィルタでは帯域外ノイズも除去します。このフィルタのイメージは、マスター・クロックの複数倍で出現します。したがって、ΣΔアーキテクチャを使用することで、必要な唯一の外付け部品は、マスター・クロック周波数の複数倍で出現するデジタル・フィルタのイメージを除去するための簡単なRCフィルタとなります。ΣΔアーキテクチャを使用すれば、最大20.5ビットのピークtoピーク分解能を持つ24ビットADCを開発できます(20.5の安定ビットまたはフリッカフリー・ビット)。
ゲイン
一般に、温度センサからの信号はきわめて小さいため、温度が数℃変化したとき、熱電対やRTDなどの温度センサによって発生するアナログ電圧の変化は、大きくても数百マイクロボルトにとどまります。この結果、代表的なフルスケール・アナログ出力電圧はミリボルト範囲に限定されます。ゲイン段が存在しない場合、ADCのフルスケール・レンジは通常±VREFです。ADCの性能を最適化するには、そのアナログ入力範囲の大部分を使用するようにすべきです。したがって、このようなセンサを使用して温度を測定する際には、ゲインが重要となります。ゲインなしでは、ADCのフルスケール・レンジのごく一部しか使用しないため分解能が低下します。
計装アンプを使用すれば、低ノイズ、低ドリフトのゲイン段を開発できます。温度の変化に起因する電圧変化が、計装アンプに起因するノイズよりも大きくなるには、低ノイズと低ドリフトが欠かせません。AD7793でのゲインは、1、2、4、8、16、32、64、128のいずれかに設定できます。128の最大ゲイン設定と内部で発生された電圧リファレンスを使用すれば、AD7793のフルスケール・レンジは、±1.17/128mVまたは約±10mVです。これにより、外付けアンプ部品を必要とすることなく、ADCの高分解能機能をフルに活用できます。
50/60Hzの除去
ΣΔ ADCのデジタル・フィルタは、帯域外量子化ノイズと共に他のノイズ源の除去にも役立ちます。1つのノイズ源は、メイン電源から発生する周波数成分です。デバイスがメイン電源から電力の供給を受けるとき、電源で発生する周波数は、欧州では50Hzとその倍数に、米国では60Hzとその倍数に、それぞれなります。狭い帯域幅のADCでは、主にsincフィルタを使用します。AD7793には4つのフィルタ・オプションがあり、使用するフィルタのタイプは、更新レートに応じてADCが自動的に選択します。更新レートが16.6Hzのときには、sinc3フィルタが使用されます。図5に示すように、sinc3フィルタでは周波数スペクトル内にノッチがあります。16.6Hzの出力ワードレートでは、これらのノッチを使用して50/60Hzの同時除去が可能です。
チョッピング
温度計測システムをはじめとするシステム内には、オフセットやその他の低周波数誤差など、望ましくないものが常に存在します。チョッピングは、AD7793ならではの機能であり、このような望ましくないものの除去に使用されます。チョッピングでは、ADCへの入力マルチプレクサにおいて交互に反転(つまりチョッピング)を繰り返します。その後、チョップの位相(正の位相と負の位相)ごとにADC変換が行われます。続いて、これら2つの変換は、デジタル・フィルタ段によって平均されます。この結果、ADC内で発生するオフセット誤差は実質的に解消され、さらに重要なことは、温度によるオフセット・ドリフトが最小限に抑えられます。
低消費電力
多くの温度システムは、メイン電源で駆動されません。工場内の温度監視など、いくつかの工業用アプリケーションでは、センサ(ADC)とマイクロコントローラを含む温度システム全体が、4~20mAのループから電力供給を受けるスタンドアロン・ボード上に格納されています。したがって、スタンドアロン・ボードの許容電流は4mA(max)です。鉱山で使われる携帯型ガス分析計などの携帯機器では、ガスの存在とともに温度も測定する必要があります。これらのシステムはバッテリで動作するため、バッテリの寿命を最大限に延ばす必要があります。このようなアプリケーションでは、低消費電力が不可欠ですが、高性能も要求されます。AD7793では、消費電流が500μA(max)であるため、温度システムの高性能仕様を満たしながら、消費電流を比較的低く抑えることができます。
結論
温度計測システム向けのADCとシステムの条件は、きわめて過酷です。必要な部品は温度センサのタイプごとに異なりますが、これらのセンサによって発生されるアナログ信号は、常にきわめて小さい信号です。したがって、これらのアナログ信号は、アンプ・ノイズがセンサからの信号を圧倒しないようにノイズを抑えたゲイン段によって増幅する必要があります。センサからの低レベル信号をデジタル情報に変換できるように、アンプの後には、高分解能のADCが必要です。このようなアプリケーションには、ΣΔアーキテクチャを使用するADCが適しています。なぜなら、これらの回路を使用して、高分解能、高精度のADCが開発できるためです。ADCやゲイン段とともに、温度システムには励起電流や電圧リファレンスなどの要素も必要です。この場合も、システム精度を低下させないように、低ドリフト、低ノイズの部品が要求されます。オフセットなどの初期誤差は、キャリブレーションによってシステムから除去できますが、誤差の発生を防止するには、部品の温度ドリフトが小さい必要があります。どんなポータブル・アプリケーションでも消費電力は関心事ですが、これまでメイン電源から供給を受けてきた多くのシステムが、スタンドアロン・ボード用として開発されるようになったため、消費電力の問題はますます重要になっています。