AN-2583: フライバック・コンバータにおける境界導通モードと不連続導通モードの比較
要約
このアプリケーション・ノートでは、フライバック・コンバータにおける臨界導通モード(BCM)と不連続導通モード(DCM)について詳しく説明します。更にこのアプリケーション・ノートでは、これらのモードの違いについて大きな視点で解説すると同時に、それぞれからメリットを得ることができるアプリケーションを浮き彫りにします。理論的コンセプトは、LT8301(BCM)およびMAX17691(DCM)フライバック・コンバータを使用したベンチ検証で効率、出力リップル、温度管理、EMI 動作を比較することで実証できます。本稿の目的は、様々なアプリケーションでBCM およびDCM を活用するための見識を提供することです。
はじめに
フライバック・コンバータは、コスト効率とガルバニック絶縁機能により、広範囲の低消費電力アプリケーションにおいて必須のコンポーネントとなっています。スイッチング・コンバータのポートフォリオには臨界導通モード(BCM)、不連続導通モード(DCM)、連続導通モード(CCM)の3 つの主要モードがあります。本稿の考察ではBCM とDCM の複雑さに焦点を合わせ、この2 つのモードの比較分析を行い、理論的基盤を実際のベンチ検証に展開します。
まずは、フライバック動作の概要から、MOSFET やダイオードで補完されたトランス、コントローラ、更にはキャパシタなどの重要な要素について検討します。図1 は、動作全体を見通せるよう見やすく表した基本的なフライバック・コンバータです。トランスはエネルギー・ハブとして機能し、エネルギー貯蔵、絶縁、電圧変換を含む様々な役割を担います。スイッチは、コントローラのコマンドにより指揮されて、1 次巻線への電流を制御します。スイッチが開いている場合、エネルギーはトランスの1 次巻線に流入します。スイッチが閉じると、エネルギーは2 次出力巻線に転送され、その結果生じる出力をキャパシタがフィルタ処理します。その結果、入力からの絶縁を維持しながら電圧を変化させます。
図1. 基本的なフライバック・コンバータの回路図
CCM は、トランスの2 次巻線を通る電流が決してゼロにならない動作モードです。これは、2 次側には常に電流が流れていることを意味します。反対にDCMは、スイッチング・サイクルごとに一定の時間、電流がゼロまで低下するモードです。図2 および図3 は、トランスの1 次側と2 次側の電流波形とMOSFET のドレイン・ソース間電圧の電圧波形を示したものです。図2 はDCM、図3 はCCM の波形です。
図2. DCM の電流および電圧波形
図3. CCM の電流および電圧波形
CCM動作とDCM動作、ならびにフライバック・コンバータ用のトランス選択方法の詳細については、Coilcraft の記事、A Guide to Flyback Transformers を参照してください。
理論上の相違点
フライバック・コンバータが定義され、DCM の動作方法について分かったところで、次にBCM を検討する際の主な相違点について考えてみます。どのような機能があり、アプリケーションにどのような利点をもたらすのでしょうか?大まかに言うと、BCM とDCM はほぼ同じように動作します。DCM の場合、2 次巻線の電流はゼロまで低下しますが、同じことがBCM でも発生するのでしょうか?答えはイエスです。BCM でも2 次側電流はゼロに低下します。ただし、2 次巻線が無電流に低下すると直ちにコントローラがMOSFET をオンにするため、スイッチング・サイクルのデッドタイムがない点が異なります。そのため、コンバータは可変周波数で動作できます。つまり、BCM は、負荷の変化に伴ってスイッチング周波数をアクティブに調整するという意味において、「スマート」です。BCM は、CCM とDCM の境界で動作するので、両方のモードから利点を得られます。BCM、およびこのモードを使用するコンバータの設計方法についての詳細は、LT3748 に関するアプリケーション・ノートIsolated Power Supplies Made Easy を参照してください。BCM 動作の理想的な電流波形とMOSFET の電圧波形を図4 に示します。
図4. BCM の電流および電圧波形
LT8301 およびMAX17691 の詳細
フライバック・コンバータにおける臨界導通モード(BCM)と不連続導通モード(DCM)の相違点を理解するために、LT8301 およびMAX17691 のIC について確認します。これらのIC はそれぞれBCM とDCM を代表するものです。公正な比較を確保する方法を探るため、それぞれの評価用(EV)ボードを詳しく調べ、テスト手法を見つけ出します。
動作モードが異なるにも関わらず、どちらのEV ボードも構造要素は同様であるため、構造上のバイアスがかからない比較が可能です。比較の公正さを更に強固にするために、実験に対して1 つの調整を行いました。LT8301 の40μH のトランスを両方のボードに使用し、MAX17691 の22μH のトランスを除去して無視します。MAX17691 のデータシートを基に計算すると、22μH の代わりに40μH のトランスを使用するのが適切だと確認できます。この変更により、それぞれの性能の属性をより正確に評価および比較できます。
テストには様々なシナリオが包含されており、EV ボードは18V、24V、28V、32V と様々な電圧でテストされました。更に、テストは、無負荷から全負荷(0A~1A)にわたる様々な負荷レベルで行われました。LT8301 およびMAX17691 のEV ボードは、わずかに異なる入力範囲に設計されています。そのため、テストはどちらのボードも実現できる共用の値で行われました。LT8301 は10V~32V の入力で動作するのに対し、MAX17691 は18V~36V で機能します。効率を計算するために、入力と出力の電圧および電流を測定しました。出力リップルも測定しています。この包括的なテスト手法により、広範な動作条件におけるそれぞれの性能を洞察できます。これらのテストから得たデータにより、効率や出力リップル、温度特性の分析が容易になります。
コンバータの効率
効率は、フライバック・コンバータにおける極めて重要な検討事項の1 つであり、特定のアプリケーションに対する適正を判断する上で中心的な役割を果たします。単なる数値以上に、効率はシステム全体の環境に対する全般的な持続可能性に影響します。効率が高ければ電力損失が減少し、エネルギー消費を低減できます。更に、フライバック・コンバータは多くの場合、絶縁バリアの反対側にある多くの負荷に給電するため、効率はシステムの大部分に影響します。LT8301 およびMAX17691 について調べる際、これらのIC の電力最適化能力の影響を明らかにします。ボードを選択し、コンポーネントの入れ替えを終えたので、次に、取得した効率のグラフ(図5)を調べます。LT8301 およびMAX17691 のEV ボードの調査に際しては、 18V、24V、28V、32V の4 通りの入力電圧での様々な負荷条件に対する効率プロファイルを分析しました。その結果、これらのデバイスの性能とそれらを最適に用いることができるアプリケーションに関する洞察が得られました。
図5. LT8301 およびMAX17691 の効率測定の折れ線グラフ
LT8301 は、0A~1A にわたり、平均してばらつきのより少ない効率を示しました。その効率は最小80%から最大85%の範囲にあります。グラフに示されているとおり、負荷の増加に伴い、内部で周波数が変化します。そして、約0.3A~0.5A で効率が低下し始めると自己補正が行われます。つまり、効率ができるだけ安定するよう、BCM はしきりに機能します。この傾向は、負荷が動的に変化するアプリケーションに対し、BCMが極めて適していることを示しています。例えば電気自動車(EV)では、高電圧(HV)バッテリから低電圧(LV)バッテリへ電力を効率的に供給する必要があり、HV 降圧コンバータからフライバックへ電力を供給し、アイソレーションする必要がありますが、BCM はこの動作に適しています。自動車においては、車室内で負荷が大きく変動します。スピーカやAC ファンの速度など、給電が必要な電子機器は全て、オフになることもあればフル・パワーに設定されることもあります。広い範囲の負荷に対し高い効率を維持できるフライバック・コンバータの能力は、電力需要が劇的に変動するような状況では極めて重要です。機械が様々な速度や動作で動く産業用オートメーションの分野でも、BCM はその性能を発揮します。産業用オートメーションには、ロボティクス、コンベヤ・システム、モーション・コントロール・システムなど、精度と同期が重要な役割を担う幅広いアプリケーションがあります。このような環境では、機械はノンストップで動作の実行、停止、調整を行わねばなりません。BCM フライバック・コンバータはこのような状況に最適の選択肢です。
対称的に、MAX17691 は0A~1A での効率プロファイルはより広い範囲にわたり、最小値約73%から最大値87%まで広がっています。また、電流増加と共に増加する傾向を示しています。この特性によりDCM は、産業用オートメーションやプロセス制御とは異なり、大きな変動のない、全負荷で動作するアプリケーションに適しています。クロックを中心にほぼ最大の負荷容量を作動させる苛酷なプロセスを含む環境では、DCMは重負荷時に一貫して高効率を提供できるため、理想的な選択肢となります。BCMとDCMの両方の効率特性を理解することで、特定のアプリケーション・ニーズに最適なコンバータを選択することが容易になります。
コンバータの出力リップル
LT8301 およびMAX17691 の出力電圧リップルを分析することで、それらの性能における注目すべき特徴が明らかになり、多様な産業にわたる応用可能性が一層明確になります。図6 に、前述の効率テストと同じ条件における負荷と電圧が増加した場合の出力リップルを示します。特に、MAX17691 は、入力電圧と負荷条件の広い範囲にわたり優れた出力リップル特性を示しており、安定性と精度が重要となるアプリケーションの強力な候補となります。
図6. LT8301 およびMAX17691 の出力リップルの折れ線グラフ
精度と安定性が不可欠な医療機器の分野では、DCMの極めて優れた出力リップル特性が重要となります。医療機器の微調整と安定性は、安定した電源に強く依拠しています。DCMは低い出力電圧リップルを維持できるため、繊細な医療用計測器においても要求される精度で動作することが可能です。診断用機器、イメージング・デバイス、あるいは救命モニタリング・システムなどのどれであろうと、ノイズのない電源を供給するDCM の信頼性は、医療分野の厳しい要件に最適です。
堅牢な信号の完全性は、最新の通信システムにおいて何よりも重要です。電源供給になんらかの揺らぎがあれば、重要な通信インフラストラクチャの性能を低下させる可能性があります。ここでは、DCM の出力リップル特性が、中断のない高品質のデータ伝送を確保します。通信ネットワークでは、データが中断なく連続して流れるため、クリーンで安定した電力を供給できるDCM の能力は、信号が劣化したり途切れたりするリスクを低減します。この順応性により、通信システムの信頼性を支える最適な選択肢となります。BCM とDCMのどちらを選択するかは、最終的にはアプリケーションの特定の要件によって決まります。
コンバータの熱画像
要求の厳しいアプリケーションでのコンバータの熱特性を理解しておくことは、その適合性と信頼性を評価する上で役に立ちます。この調査では、幅広い条件にわたるLT8301 およびMAX17691 の熱特性について調べました。その結果は、これらのデバイスの熱プロファイルを明らかにするだけでなく、産業用オートメーションという要求事項の多いランドスケープにおいて、DCM の動作温度が1 つの利点となることも示します。
18V で1A の負荷を加えた場合、BCM はトランスで40.35ºC、チップで43.37ºC のピーク温度を示しました。対称的に、同じテスト条件下で、DCM はトランスで35.15ºC、チップで33.42ºC の温度を示しました。同様の傾向は32V、1A の負荷の場合でも見られ、BCMはトランスで37.8ºC、チップで38.18ºC のピーク温度を記録したのに対し、DCM はトランスで35.5ºC、チップで33.67ºC と、大幅に低い温度を維持しました。温度差は、極端な場合は18V のチップで10ºC の差があり、少ない場合ではBCM とDCM の32V のトランスで約2ºC の差があります。これらの知見を裏付ける熱画像を、Fluke Ti401P サーマル・カメラを用いて取得しました。テスト手順では、画像をキャプチャする前の安定化期間として20 分間コンバータを動作させました。コンバータには、18V および32V で全負荷(1A)のテストを実施しました。これらの熱画像を図7 および図8 に示します。
図7. 18V 1A 負荷でのLT8301(上図)とMAX17691(下図)のEV ボードの熱画像
図8. 32V 1A 負荷でのLT8301(上図)とMAX17691(下図)のEV ボードの熱画像
これらの知見は、高温で冷却機構が制限された環境(産業用オートメーションの分野では頻繁に生じる状態)におけるDCM の能力を明確に示しています。産業用機械はファンがないことが多く、動作中にかなりの熱が発生します。この状況でDCM の熱性能はいくつかの利点をもたらします。DCMの熱性能は、これらの機械における効果的な熱管理に寄与するだけでなく、全体的な動作の信頼性も向上します。高温環境において高い信頼性と効率で機能できるDCM の能力は、中断のない稼働が不可欠な産業分野において重要で、産業用オートメーションのアプリケーションに最適な選択肢です。
更に重要なことですが、BCM とDCM はどちらも、それぞれメリットがあり産業用オートメーションの分野に最適なアプリケーションを見出すことができることを強調しておく必要があります。BCM の堅牢な性能を見落とすわけにはいきません。特定の負荷や効率に対する要件がその使用を要求するような状況では特に、BCM は依然として実現性のある選択肢です。最終的に、2 つのコンバータのどちらを選択するかは、アプリケーション固有のニーズによって決まります。本稿の目標は、エンジニアが情報に基づく選択を行うための知見を提供し、BCM とDCM の両方が産業オートメーションの分野で積極的に活用され、それぞれが特定の需要を満たせるようにすることです。
まとめ
このアプリケーション・ノートでは、フライバック・コンバータという大きな分野における、不連続導通モード(DCM)と臨界導通モード(BCM)間の微妙な差異を明らかにしました。しかし、これらはトポロジを選択する際の唯一のモードではないことを強調しておく必要があります。フライバック・コンバータの世界は、多様な広がりを持った動作モードを提供し、それぞれが特定のアプリケーションに最適なものとなっています。
本稿の解説で明らかにされた1 つの重要な側面は、DCM とBCM のどちらも必要とするトランスがCCM に比べて小さい、という固有の利点です。この特性によって、スペースの制約が重要なアプリケーションにおいてこれらのモードが盛んに使用されます。更に、フライバック・コンバータが優れている基本的な理由を忘れてはいけません。ガルバニック絶縁を可能にし、複数の出力を処理し、効率を提供することはフライバック・コンバータの特質であり、それによって産業の広い範囲にわたりこのコンバータが不可欠なものになっています。
LT8301(BCM)は上述のように、オートモーティブ産業やモーション・コントロール産業のオートメーションの領域でその強みを発揮します。低負荷から高負荷まで広い範囲の負荷条件にわたる安定した効率により、適応性が重要となる状況で信頼できる選択肢となります。
対称的に、MAX17691(DCM)は、プロセス制御の産業用オートメーション、通信インフラストラクチャ、医療などのアプリケーションにおいて性能を示します。その出力リップル特性と熱性能により、このデバイスは高温および厳しい信号の完全性要件を特徴とする環境において、強みを発揮します。
最後に、BCM とDCM のどちらを選択するかという問題は、どちらがより優れているかということではなく、使用するアプリケーション固有のニーズを理解することに本質があります。エンジニアは決定する際に、効率、出力リップル、熱特性などのファクタを比較考慮し、どちらのコンバータも優れた性能を持っていると確認することを推奨します。どちらのコンバータも、それぞれ独自の長所と能力であらゆるニーズに対応する準備ができており、アプリケーション固有の要件でその機能を発揮できるのを待っています。