電子工学の分野では、学ぶべきことがたくさんあります。電子工学に必要な最も基本的な能力の1つは、回路図を作成したり読み解いたりすることです。オームの法則や重ね合わせの定理、Δ - Y変換について学習を始める前に、回路図の基本的な読み方(と描き方)を理解しておく必要があります。
ウィキペディアの英語版には、回路図(Schematic)の定義として以下のような意味のことが書かれています。 『回路図とは、システムを構成する要素を、写実的な絵ではなく、抽象的な図形(シンボル)を用いて表現したものである。通常、回路図では、それによって伝達したい情報とは無関係の細部は省略される。その一方で、理解の助けとなる非現実的な要素が追加される場合もある。……(略)……電子回路の回路図の場合、各シンボルの配置は、実際の回路のレイアウトとは一致しない可能性がある』
上記の定義は、非常に適切な表現だと思います。実際、回路図を作成する際には、適切な抽象度で描画することが重要です。例えば、ハイレベルな概念を伝えたいだけなら、ペーパー・ナプキンになぐり書きしたような回路図で十分かもしれません。一方、シミュレーション用の回路図を作成する場合には、電源、信号源、部品の定数などを詳細に示す必要があります。落とし穴というのは細部に潜むものだからです。あるいは、公開用の論文で使用する回路図を作成したい場合には、詳細な表現と抽象的な表現を適切なバランスで使い分けた図が必要になるでしょう。
説明用の回路図
筆者は、これまでにさまざまな目的で回路図を作成してきました。その際には、回路図を描く目的に応じて異なるツールを使い分けていました。例えば、レポートや記事、ブログなどで使用する回路図を描く場合に重視するのは、きれいな仕上がりの外観です。シミュレーションや実装に必要な細部まで描くわけではありません。このような用途に適したツールの1つがDigi-Key社の「Scheme-It」です。電子工学に特化した回路図作成用のツールなので、これを使えば迅速かつ容易に回路図を完成させることができます。部品のラベルを簡単に追加/省略できるだけでなく、図の詳細レベルに応じたシンボルを簡単に探し出すことが可能です。例えば、コンデンサを検索すると、19種類ものシンボルを見つけることができました。

Scheme-Itでは、思ったとおりの回路図を作成できないケースもあり得ます。その場合、同ツールで作成した図をSVG(Scalable Vector Graphics)データとしてエクスポートし、「Inkscape」や「Adobe Illustrator」などのツールを使って手作業で編集するとよいでしょう。それにより、細かい調整を行うことが可能になります。例えば、筆者はScheme - I tを使っていて、希望どおりの配線や端子を見つけられなかったことがありました。そこで、Inks capeを使って体裁を整え、完成した図をPNG(Portable Network Graphics)データとしてエクスポートするという方法を取りました。
なお、SVGの構文について学びたい場合には、http://www.w3schools.com/graphics/svg_intro.asp が出発点として最適です。Inkscape では、SVGのデータをXML(Extensible Markup Language)データとして直接編集することができます。SVGデータの編集が必要になった場合には、SVGとXMLの関係について理解しておくと、作業を進めやすいはずです。
回路図の作成に適したもう1つのツールが「Microsoft Visio」です。Visioは、より汎用的な作図ツールなので、電気/電子関連のコンポーネントを探し出すのに少し手間がかかります。筆者の場合、検索機能をうまく使うことによって必要なコンポーネントを見つけるようにしています。Visioでは、よりきめ細かく回路図を描くことができます。線幅や色などを変更することも可能です。筆者の場合、Visioを使っていて、他のツールで回路図を手直ししなければならない状況には一度も遭遇したことがありません。ただし、Visioは有償のツールです。また、習得には時間がかかります。レポートや記事に掲載する回路図の描画に最初に使用するツールとしては、Scheme-ItやInkscapeが適している(コストも低い)と言えるでしょう。

シミュレーション用の回路図
シミュレーション用に回路図を作成したい場合には、回路図からネットリストを生成できるツールが必要です。例えば、SPICEシミュレータで使用するネットリストのファイルには、回路図に関する情報だけでなく、通常はモデリングやシミュレーションに関する情報も含まれます。一般に、シミュレーションを行う際には、回路に関するより具体的な情報が必要になります。例えば、オペアンプの汎用的なシンボルを配置しただけではシミュレーションは行えず、より詳細な情報を指定しなければなりません。電源ピンには何Vの電圧を供給するのか、シミュレーションに使用するオペアンプは具体的にはどのような種類のものなのかといった情報です。また、設計に組み込んだ場合の影響を観測するためには、作成した回路の出力先(接続先)の情報が必要になることもあるでしょう。
SPICEシミュレーションによく使われるツールとしては「LTspice」が挙げられます。このツールの使用方法に関する情報は数多く提供されています。最初に参照する資料としては、「LTspice IV Getting Started Guide」などが適しているでしょう。ただし、上述したように、シミュレーションを行うには回路の非常に細かい部分まで指定しなければなりません。したがって、入力信号、電源、シミュレーションの種類といった事柄はあらかじめ決定しておいてください。なお、SPICE用のツールはアナログ回路の描画やシミュレーションには非常に便利ですが、ミックスドシグナル回路やデジタル回路の描画にはあまり適していません。

構築のための回路図
ブレッドボードやプリント回路基板を構築(Building)しなければならない場合、回路図を実際のレイアウトにリンクできるツールが便利です。その種のツールとしては「Fritzing」が挙げられます。同ツールは、シンプルなプリント回路基板とブレッドボードのレイアウトに対応しています。また、習得が非常に容易です。同ツールのチュートリアルはウェブ上にたくさん公開されていますが、まずはhttp://fritzing.org/learning/を参照するとよいでしょう。
通常、筆者は回路図の作成から作業を始めます。回路図を組み上げてから、パズルの要領でブレッドボードを構成していきます。Fritzingでは、配線を整えたり取り除いたりする前に、ブレッドボードのレイアウトを即座に確認することができます。筆者がこのツールを気に入っている理由の1つがここにあります。
回路を構築するための回路図をFritzingで作成する場合、各デバイスの全てのピンへの考慮が必要になります。図4に示したFritzingのスクリーンショットに、未接続のピン(赤色)がいくつか表示されているのはそのためです。Fritzingを使う場合の最終的な目的は、ブレッドボード(またはプリント回路基板)を作成することです。そのため、どこにも接続しないピンも含めて、実在するすべてのピンがシンボルとして表示されます。

Fritzingを使用する場合、多くの物理レイアウト用ツールと同様に、回路図上のデバイスや接続とレイアウトのビュー(外観表示)の同期をとることができます。回路図を組み上げていくと、ブレッドボード(またはプリント回路基板)のビューにも、配線が必要な接続を表す薄い点線が表示されます。


ここまで、回路図に関する便利なツールをいくつか紹介してきましたが、もちろん他にも数多くのツールが存在します。少し調べてみるだけで、本稿で紹介したものよりも自分のプロジェクトに適したツールが見つかるかもしれません。便利なツールが見つかったら、ぜひ情報をお寄せください。
最後に、回路に関するクイズを紹介します。
あなたの思考を刺激するというこれまでの流れに従って、今月お届けするクイズは以下のようなものです。

同じテブナン等価回路について2つの実験を行い、それぞれの電流iを測定します。この回路のテブナン等価電圧と抵抗値を求めなさい。
答えは頭の中で計算できると思います。正解を知りたい方は、EngineerZone®内にあるStudentZoneのフォーラムをご覧ください。