イーサネットや産業用システムを雷サージから保護する方法

質問:

イーサネットが落雷の影響を受けないようにするにはどうすればよいのでしょう。何か簡単な対策方法はありますか?

RAQ Issue 217: Best Methods for Protecting Against Surge Events in Ethernet and Industrial Applications

回答:

まず、磁気学と回路に関する理論を押さえる必要があります。その上で、適切なグラウンディング方法とシールディング方法について深く理解すれば、適切な解決策を導き出せます。

概要

落雷は、イーサネットに接続されたデバイスが故障する原因になり得ます。この問題を回避するにはどうすればよいのでしょうか。実は、適切な対策を講じれば、雷による被害を防ぐことは可能です。具体的な手段としては、従来から保護用コンポーネントを適用する方法が広く使われてきました。但し、その対策方法だけでは十分な効果が得られないことがあります。確実な保護を実現するためには、もう1つの抑止策を併用し、対策を強化しなければなりません。そして、その抑止策を活用するには、雷のエネルギーが、イーサネットのケーブルとそれに接続されるデバイスに伝わるメカニズムについて深く理解しておく必要があります。本稿では、雷からイーサネットや産業用システムを保護する手法について詳細に解説します。

はじめに

落雷などによって生じるサージは、様々な機器/装置に障害を発生させる可能性があります。ネットワーク管理者をはじめ、有線のイーサネットについて責任を負うすべての人にとって、この問題は極めて重要なものです。雷サージは、イーサネットだけに影響を及ぼすわけではありません。物理的な規模が大きい任意の電子システムや電源システムにとっても、サージは大きな問題になります。例えば、電気的な測定結果を遠隔から送信するシステムや、給電システム、産業用オートメーション・システムなどに被害が及ぶ可能性があるということです。この問題を回避するための従来のソリューションは、次のような原理に基づいていました。すなわち、保護の対象となる領域周辺に加わったエネルギーを吸収または抑止することにより、物理層のコンポーネントを保護するというものです。ただ、この方法にはいくつかの問題があります。1つは、印加されたエネルギーが完全に除去されるわけではないというものです。また、それに起因する電流も除去されるわけではありません。その過渡的な電流が誘導性のパスに流れると、障害の原因となり得る高い電圧が必ず生成されます。従来の手法を導入する際には、どのようなレベルの保護が必要なのか、その保護機構を実装するにはどれだけの時間/労力/リソースが必要になるのかといったことを明らかにする必要があります。また、適用する保護機構は、サージに耐えられるだけでなく、サージが生じても正常な動作を維持できるものでなければなりません。落雷は、想像をはるかに超えるエネルギーを生成する可能性があります。機器の動作の信頼性を高めつつ安全性を確保するためには、こうした課題に対応可能な堅牢性の高い保護機構を適用しなければなりません。

様々な大きさのエネルギー

イーサネットをベースとするシステムには、エネルギーの大きさが何桁も異なるサージに耐えられるように保護機構を適用する必要があります。数千m離れた場所の落雷によって生じるエネルギー/サージの大きさは、扉のすぐ外の落雷によるエネルギーと比べて5桁ほど小さい可能性があります。様々な大きさのエネルギーに対してどれだけ適切に対応できるかということには、イーサネット・ベースのシステムのサイズも関連します。例えば、ループの向きを変えるだけで、システムのサージ耐性を3桁高くできる可能性もあります。

落雷によって生じるエネルギー

サージが引き起こす被害は、その事象のエネルギー、サージが発生した場所、その事象が発生したときにシステムが保持できるエネルギーの量に依存します。被害を回避するための適切なソリューションを見いだすには、これらの要因について理解しなければなりません。

落雷によるエネルギーは、雷が落ちた場所の周辺領域に蓄積されます(ここでは、議論を円滑に進めるために直撃雷の可能性は除外します)。落雷に伴う最大の懸念は、エネルギーが近接場に蓄積されることにあります。その低インピーダンスの発生源にとっては、磁場が最も重要な要素となります。磁場におけるエネルギーの総量を算出する際には、落雷の長さを使用してインダクタンスの総量を求めます。そうすれば、E = 1/2Li2という式を使用することでエネルギーの概算値を得ることができます。落雷に伴う電流値はまちまちです。場合によっては、50000Aにも達する可能性があります。物理的に離れた位置にある遠方場では、建物に設置された無線受信機を扱う場合などを除けば、そのエネルギーについて配慮する必要はほぼありません。

太陽は、1秒あたり3.846×1026Wの電力を生成します。そのうち、太陽から約1億5000万キロ(約9300万マイル)離れた地球に到達する電力は、1m2あたり1000Wです。太陽の表面からの距離とは関係なく、太陽を取り囲む球体全体で積分すれば3.846×1026Wの放射電力が常に存在することになります。1m2という面積は、1億5000万km離れた位置にある球体の表面積のごく一部です。ここで、電力をエネルギーに置き換えて考えます。1秒間の曝露が生じたとすると、1000Jのエネルギーを受け取ることになります(1Wは1J/秒)。そのエネルギー量は、光が1秒間に進む距離である3×108mに1m2を乗じた値であり、エネルギーの総量は3×108m3になります。

本稿の内容を理解するには、放射エネルギーと静止エネルギー(磁気エネルギーBxHと静電エネルギーExD)はいずれも空間に蓄積されるという概念を受け入れる必要があります。ポインティングの定理は、エネルギーの動き、移動、伝達を表します。エネルギーの移動には、必ず磁場と電場の両方が関連します。導体の内部には電場がないので、エネルギーが蓄積されることはありません。近接と遠方の両方の(放射)エネルギーは、単純に落雷場所の周辺の空間に蓄積されます。この概念(エネルギーは空間に蓄積される)から、以下で説明するサージの問題への対処策が導かれます。つまり、このエネルギーへのアクセスを遮断すれば、サージの問題は生じないということです。

このエネルギーにアクセスするには、導体のジオメトリ(イーサネット・ケーブル)が、エネルギーの動きを含む空間にアクセスできる状態になければなりません。先ほどの放射の例と同様に、近接場が存在する場合にも時間が関与します。イーサネット・ケーブルには、大きなループ領域は存在しません。そのため、周辺の空間から大きなエネルギーが結合する可能性は小さいはずです。それに対し、イーサネット・ケーブルと接地システムの間の領域は、これには当てはまりません。

サージは、シャーシ接地システムにおいて高周波のループ電流として現れます。そして、シャーシ接地システムは、すべての回路にとって必要なものです。ただ、このことが重要な意味を持つのは大規模な回路の場合だけです。図1は、シャーシ接地システムは必ず存在し、システムが大きい場合ほどその重要性が増すことを表しています。また、この図は、アース・グラウンドはこの問題とは特に関係せず、寄生導体であれば何でもよいことも示しています。以下では、サージ電流の非常に一般的な発生源を2つ紹介することにします。

グラウンド・ループのエネルギー

グラウンド・ループの問題は、任意の2つの場所におけるグラウンド電位が同一であるとは限らないことに起因して生じます。先ほど示した図1は、すべての回路には寄生グラウンド・ループという意図せぬ回路が存在することを表しています。グラウンド・ループと設計した回路が導体を共有することから、グラウンド・ループは共通インピーダンス結合とも呼ばれています1。図1、図2は、これについて詳しく説明した例です。通常、2つ目のシャーシ接地回路はそれほど大きくはありません。但し、必ず存在します。一般に、電子システムがカバーする距離が長いほど、それらのグラウンドの間の電位差は大きくなります。また、その間のインダクタンスと抵抗の値も大きくなります。

Figure 1. Even a system as small as a handheld device could technically be affected by the outside world. In this example, the ground loop is very small, and any interference current will flow in the shield rather than the radio ground. 図1. システムの構成例。携帯型の端末のような小さなシステムでも、厳密に言えば外界からの影響を受ける可能性があります。この例では、グラウンド・ループが非常に小さく、干渉電流は無線グラウンドと比べてシールドにより多く流れ込みます。
図1. システムの構成例。携帯型の端末のような小さなシステムでも、厳密に言えば外界からの影響を受ける可能性があります。この例では、グラウンド・ループが非常に小さく、干渉電流は無線グラウンドと比べてシールドにより多く流れ込みます。
Figure 2. A line-powered instrument is shown above with a ground loop voltage between Chassis Ground 1 and Chassis Ground 2. This loop is also large enough for magnetically coupled interference to be significant. Also, note that the interference loop shares a common conductor with the instrument ground. 図2. ライン電源に接続された計測器を含むシステム。シャーシ・グラウンド1とシャーシ・グラウンド2の間にはグラウンド・ループの電圧が生じます。このループはかなり大きく、磁気結合をベースとする干渉が生じる可能性があります。干渉が生じるループが、計測器のグラウンドと同じ導体を共有していることに注意してください。
図2. ライン電源に接続された計測器を含むシステム。シャーシ・グラウンド1とシャーシ・グラウンド2の間にはグラウンド・ループの電圧が生じます。このループはかなり大きく、磁気結合をベースとする干渉が生じる可能性があります。干渉が生じるループが、計測器のグラウンドと同じ導体を共有していることに注意してください。

グラウンドに対して落雷が生じると、全方向に電流が拡散します。それらの電流がグラウンドの抵抗とインダクタンスに流れると、大きな電圧降下が生じます。有線のイーサネットの実装方法によっては、その電位差がイーサネット・ケーブルの全体(先端から先端まで)に広がり、多くの電流が流れる可能性があります。この現象が、正にグラウンド・ループの問題として認識されるものです。グラウンド・ループは、計測器や電気機械を発生源とする電流によっても形成されます。適切に接地された建物では、ユーティリティ・エントランスにおける単一のグラウンド導体が基準になります。そのため、落雷によって誘起されるグラウンド・ループは、単一の建物内で機器の損傷を引き起こす最大の原因とはなりません。但し、このことは、建物の外側や建物の間に敷設されたイーサネットには当てはまらないことは明らかです。

発生源に関わらず、またイーサネット・ケーブルに長い部分やループ領域が存在するか否かにかかわらず、そのケーブルにはグラウンドの電圧が原因で電流が流れる可能性があります。関係するのは、2つのグラウンドの間の電位差、立ち上がり時間、そして2点間のシャーシ・システムのインダクタンスです。

落雷による磁場

落雷は、ファラデーの法則に基づく磁気結合の電圧が任意のループ領域に生成される原因になり得ます。その場合、建物内に敷設されたイーサネットに影響が及ぶことになります。これは恐らく最も懸念される問題だと言えるでしょう。

落雷に伴い、グラウンド・ループに起因して生じるサージは、磁気結合(ファラデーの法則)によって生じる事象とは異なります。以下では、それぞれに対して適用できると考えられるソリューションを示すことにします。参考までに、本稿のどのソリューションも適用されていないイーサネット接続の概要を図3に示しました。この例では、回路と(回路の一部でもある)グラウンド基準のプレーンを通る電流パスが、(グラウンド・ループまたはファラデーの法則に起因する)サージ電流がたどれる唯一の経路になります。従来のソリューションでは、その電流をコンポーネントから隔離するということを試みます。しかし、その電流パスではV = Ldi/dtで表される危険な事象が発生する可能性があります。

Figure 3. An Ethernet example that is susceptible to surge damage. 図3. サージによる被害を受けやすいイーサネット・システムの例
図3. サージによる被害を受けやすいイーサネット・システムの例

標準的なソリューション

グラウンド・ループと磁気エネルギーの両方の問題を解決するためにはどうすればよいでしょうか。実は、そのために標準的に使われているソリューションが存在します。ただ、そのソリューションにはガーディング(guarding)が必要になります。ガーディングは、アプリケーション全体をシールドで囲むことによって実現します。そのガードには、アプリケーションに伴うガード以外のすべてのものに対する容量を最小化する効果があります。図4は、イーサネットは使用していない回路の例を簡略化して示したものです。これを見ると、グラウンド・ループのすべての電流または磁気的に誘起された電流が、ガードの金属をたどってコンデンサC5の絶縁バリアをまたぐことがわかります。グラウンド・ループの電流が、ガードで囲まれたアプリケーション領域に流れ込むことはありません。この場合、干渉場は完全にアプリケーションのコンポーネントの外側に存在することになります。この標準的なソリューションは、すべての静電結合ノイズを除去するだけでなく、両方の干渉源に関する問題も排除します。C5の値が最小限であっても機能するという点で、非常に優れたソリューションだと言えるでしょう。なお、厳密に言えば短絡巻線(shorted turn)は必要ありません。

Figure 4. An instrumentation example showing the use of guards to eliminate energy resulting in less surge current in application circuits. 図4. 計測器の構成例。ガードを使用することによってエネルギーを排除し、アプリケーション回路におけるサージ電流を低減します。
図4. 計測器の構成例。ガードを使用することによってエネルギーを排除し、アプリケーション回路におけるサージ電流を低減します。

このソリューションは、グラウンド・ループと磁気結合場のエネルギーの両方に対して有効に機能する唯一の方法です。ただ、一般的なイーサネット・アプリケーションに対しては過剰なものなので、以下に説明するように、ある程度簡素化することができます。それにより、イーサネット用の実用的なソリューションとなります。

短絡巻線を活用する

障害を引き起こすエネルギーは、落雷によって生成された磁場によってもたらされます。イーサネットの敷設領域からそのエネルギーを排除するには、磁場を除去しなければなりません。そのためには、落雷を1次側、イーサネットのグラウンド・ループを2次側とするトランスに短絡巻線を適用します。その場合、まずはイーサネット・ケーブルの中のガードを使用して、絶縁された短絡巻線を形成します。続いて、グラウンドに接続されたアプリケーション回路内のプレーンによって、短絡巻線を閉じる最終導体を提供できるようにします。そうすれば、エネルギーを除去できるはずです。また、このようにして短絡巻線を実装すると、外付けのシャント型保護用コンポーネントを追加するのがはるかに容易になります。

システムにおいて、その左半分と右半分を完全に囲むことを諦めれば、簡素化を図ることができます。図5に示したのは、そのようにして簡素化を図った結果です(また、イーサネットの構成を図6に示します)。この簡素化された構成が有効に機能するには、2つの条件を満たす必要があります。1つは、ガードの回路が短絡巻線として機能することが可能であることです。もう1つは、コンデンサC3とC4の値の比率を最小にすることです。このようにすることで、サージを除去する方法を簡素化することができます。この方法は、絶縁パスに匹敵する短絡巻線を構築できる場合だけ有効に機能します。

Figure 5. A simplified instrumentation example using shields to guide surge energy away from application circuits. 図5. 簡素化した計測器の例。シールドを使用し、サージのエネルギーをアプリケーション回路から遠ざけるように導きます。
図5. 簡素化した計測器の例。シールドを使用し、サージのエネルギーをアプリケーション回路から遠ざけるように導きます。
Figure 6. An Ethernet example using shields to guide surge energy away from application circuits, with C3 < C4. 図6. イーサネットの構成例。C3 < C4とした上で、シールドを使用し、サージのエネルギーをアプリケーション回路から遠ざけるように導きます。
図6. イーサネットの構成例。C3 < C4とした上で、シールドを使用し、サージのエネルギーをアプリケーション回路から遠ざけるように導きます。

イーサネットのループから見て、この短絡巻線はエネルギーをどのようにして除去するのでしょうか。これについて明らかにするには、トランスになぞらえた構造についてより深く理解する必要があります。現実のトランスは、エネルギーの蓄積ではなく移動を目的として設計されます。これについては、空芯トランスでも、磁気コアを使用するトランスでも違いはありません。空芯トランスでは、エネルギーがほとんど蓄積されないようにするために、巻線を密に巻きます。それにより、巻線の間にエネルギーが蓄積される隙間ができないようにします。磁気コアを使用するトランスの場合、巻線が密着していなくても、(ヒステリシス損と渦電流損を発生させつつ)巻線から巻線へとエネルギーを移動させます。その場合も、巻線とコアの間にはほとんど隙間がないようにし、エネルギーがほとんど蓄積されないようにします。コアを使用する場合、透磁率µrが大きいことの直接的な結果としてインダクタンスが高くなります。そのため、磁化電流が少なくなるという追加のメリットが得られます。コアを使用する場合も使用しない場合も、1次側に印加される電圧によって、V = Ldi/dtの関係で表される電流が生じます。それによって、2次側にはV = [ループの面積]dB/dtで決まる電圧が生成されます。磁性材料が存在しても、1次側のLdi/dtや2次側のdB/dtの値は変わりません。言い換えると、トランスの電圧は変わらないということです。1次側では、透磁率µr(定数)によってインダクタンスが(µr倍に)増加します。ただ、di/dtが低下することからその影響は相殺されます。2次側では、µrが大きいと(1次側のdi/dtが低くなるため)、dB/dtは小さくなりますが、それと同じ定数倍だけBも増加します。透磁率が高いと、1次側のインダクタンスが増加するので磁化電流が減少します。

トランスにエネルギーが蓄積されないことから、2次側の負荷が大きい場合、低インピーダンスの電圧源によって駆動される1次側では、より多くの電流が必要になります。結果として、エネルギーを供給するために1次側の電流が増加することになります。

一方、落雷が生じると、大量のエネルギーが非常に大きな空間に蓄積されます。自然界では、保存されるエネルギーが最小限になるよう常に調整が行われます。これが、トランスの内部で、そして電流が1次側の電流とは逆に流れる2次側の巻線とのインターフェースで正に行われていることです。それら互いに逆向きに流れる電流により、外部磁場(蓄積されるエネルギー)が実質的に存在しないことが保証されます。これは、最も高次のレベルでは最小作用の原理と呼ばれるものですが、この文脈においてはレンツの法則と呼ばれます。これが、イーサネット・ケーブルとシャーシのグラウンド・リターン周辺の空間で起きている現象です。イーサネットのループまたは上述した方法を選択した場合の短絡巻線は、このエネルギーを移動または消散させる手段を提供します。どちらも、蓄積されるエネルギーの量を減らすための手段を提供するものだということです。先ほどのトランスの例と同様に、2次側の電圧はやはりV = [ループ面積]dB/dtに従って生成されます。ただ、1次側(落雷)と2次側(イーサネットのループ)の間には密な結合は存在しません。その弱い結合によって、無尽蔵のエネルギー源から保護の対象となる領域が切り離されます。短絡巻線は、落雷によってこの空間に蓄積されたエネルギーを除去/消散させる電流を生成します。この短絡巻線が組み込まれた状態で1次側のインダクタンスを測定することができれば、より低い値が得られるはずです。そのことは、蓄積されるエネルギーが少ないことを表します。失われたエネルギーの一部は、短絡巻線の中で消散しています。言い換えると、2次側の負荷に起因する磁場により、落雷が原因で生じた磁場が打ち消され、イーサネットのループに蓄積されるエネルギーの量が低減されるということです。

ちなみに、これは正に2次側の巻線の1つを短絡した場合にトランスで生じる現象です。但し、両者には1つ重要な違いがあります。実際のトランスは、密に結合されているので、短絡巻線によって1次側に存在するすべてのエネルギーが消散します。それに対し、落雷の場合、イーサネットのループの空間に存在したエネルギーだけが消散します。

1つ具体的な例を示すことにしましょう。落雷によって発生する磁場HがI/2πRであるとします。そして、落雷した場所がイーサネット・ケーブルから1マイル(1600m)離れた位置であり、落雷に伴う電流量が50000Aであったとすると、磁場の強度は4.97A/mとなります。

磁場Bは、B = µH = (4π×10E-7)×4.97 = 6.25E-6〔T〕となります。

(1マイル離れた場所の)イーサネットのループ面積は、1m×150m = 150m2となります。

落雷に伴う電流の立ち上がり時間は1マイクロ秒、立下がり時間は約100マイクロ秒といった値になります。そのため、このループに生成される電圧は、V = A([ループ面積]×dB/dt) = 150×(6.25E-6)/1〔マイクロ秒〕 = 937Vと概算できます。

正確な値を確認するために、シミュレーションを実施することにしました。図7に示したように、立ち上がり時間が1マイクロ秒、立下がり時間100マイクロ秒、電流量が50kAの落雷を例にとります。

Figure 7. A 50 kA lightning strike with a 1 μs rise time and a 100 μs fall time. 図7. 落雷の例。立ち上がり時間が1マイクロ秒、立下がり時間100マイクロ秒、電流量が50kAの場合を想定しています。
図7. 落雷の例。立ち上がり時間が1マイクロ秒、立下がり時間100マイクロ秒、電流量が50kAの場合を想定しています。

ファラデーの法則に基づき、この電流によって図8に示すような形で電圧V1が生成されます。図中のE1は、保護されていないイーサネットのループ内のサージ電圧を表しています。また、459μHのインダクタは、イーサネットのループ領域(シャーシを含む)のインダクタンスを表しています。500pFのコンデンサは、イーサネットに接続されるPSE(Power Sourcing Equipment)側/PD(Powered Device)側の両グラウンドまでの直列容量を表しています。抵抗R2は、この回路の直列抵抗です。このシミュレーションにおいて、R2の値を変えてもピーク電流の値は変わりません。ただ、波形の包絡線はより急速な減衰を示します。このような望ましいL/R時定数により、サージのエネルギーは、この分布抵抗全体によって生じる熱として急速に消散します。

Figure 8. A SPICE simulation model illustrating how surge current can be reduced by using a second shorted turn tightly coupled to the Ethernet loop. 図8. SPICEシミュレーション用のモデル。イーサネットのループに密に結合された2つ目の短絡巻線によってサージ電流が減少する状況を再現します。
図8. SPICEシミュレーション用のモデル。イーサネットのループに密に結合された2つ目の短絡巻線によってサージ電流が減少する状況を再現します。

このシミュレーションの結果を図9に示しました。サージ電流I(L2)のプロットを見ると、落雷したのが1マイル離れた場所であっても、保護されていないループには、ピークtoピークで1.6Aのサージ電流が生じることがわかります。落雷がそれよりもはるかに近い場所で生じた場合、どれだけ多くのループ電流が流れるのか想像してみてください。その電流だけによっても、非常に大きな被害が生じることは明らかです。

Figure 9. Surge currents for the example simulation in Figure 8. 図9. 図8の回路のシミュレーション結果。サージ電流をプロットしています。
図9. 図8の回路のシミュレーション結果。サージ電流をプロットしています。

次は、回路図の右半分にある保護されたイーサネットのループ(ここでは内側のイーサネットのループ)に流れるサージ電流について考えます。そのサージ電流は、シールドのループのインピーダンスを下げる(C3とC4の値を大きくする)ことで、イーサネットのループへの適切な磁気結合を維持しつつ、更に低減することができます。

絶縁がもたらす効果

サージ電流を除去する方法はもう1つ存在します。それは、ケーブルの一端または両端を絶縁するというものです。そのような形でアプリケーションの絶縁を実現する場合、理想的にはすべての周波数に対応するオープン・サーキットが必要です。これは絶縁トランスによって一般的に行われていることです。イーサネットの場合、データとパワー・トランス(POEアプリケーション)の両方が対象になります。トランスはDC成分の遮断に長けています。しかし、周波数が高くなると、1次側から2次側への容量が短絡して周波数の高いサージ電流が発生します。無視できるほど容量が小さいトランスを使用できるのであれば、そもそもサージの問題は生じません。つまり、それは解決策にはなりません。とはいえ、絶縁容量の値を下げれば、落雷によって生じる電流の量は低減されます。本稿で提案した方法であれば、絶縁バリアをまたぐ容量の値が大きかったとしても、より高い周波数においてもより良い絶縁が実現されたシステムを構築できます。容量にはdv/dtの影響は及ばないので、容量の値は全く問題になりません。

本稿で紹介したソリューションの問題点

本稿で紹介した方法にも問題はあります。なぜなら、回路の周囲に完璧なガードを構築する、短絡巻線で磁場を完全に除去する、容量を持たないトランスを設計するのは不可能だからです。では、それ以外にどのようなことができるのでしょうか。本稿で紹介したソリューションを補強するためには、恐らく、残存するサージ電流を迂回させられるように設計された保護用のコンポーネントを更に追加しなければならないでしょう。短絡巻線を流れる電流は増える可能性がありますが、銅とコンデンサだけを使って構成されているのでほとんど問題にはなりません。

Figure 10. The common-mode choke, CH1, provides a low impedance to differential mode currents and an increasing impedance to common mode currents. 図10. 適用可能な改善策。コモンモード・チョークCM1は、差動モードの電流に対して低いインピーダンスを提供します。コモン・モードの電流に対しては、インピーダンスが増大します。
図10. 適用可能な改善策。コモンモード・チョークCM1は、差動モードの電流に対して低いインピーダンスを提供します。コモン・モードの電流に対しては、インピーダンスが増大します。

考えられる最後の改善策を図10に示しました。ご覧のように、イーサネットのリンク全体の周囲にフェライトを追加するというものです。本稿で提案した短絡巻線を使用しない場合にも、このフェライトによる効果は期待できます。これによって、高い周波数の電流に対応可能なオープン・サーキットが提供されるからです。言い換えれば、DCと低い周波数における絶縁トランスの開放部の効果を補うことができるということです。短絡巻線とフェライトを併用すれば、非常に優れた結果が得られます。その場合、フェライトによってグラウンド・ループ周辺の電流に対して開放部が提供され、C3/C4の比率は更に低下します。

まとめ

長いケーブルを必要とするすべてのアプリケーションは、落雷に起因する被害を受ける可能性があります。その被害の具体的な原因としては、2つの事象が考えられます。1つは、ファラデーの法則に従って電圧が生じることです(磁気結合)。もう1つは、落雷に伴って大電流が流れることで、グラウンドのインピーダンスによる電圧降下が生じることです(グラウンド・ループ)。アプリケーションによっては、保護用のコンポーネントを適用するだけでは、被害を引き起こす電流の問題を解決できない可能性があります。その場合、低インピーダンスの短絡巻線をイーサネット・ケーブルと回路に沿って直接配置(密に結合)するとよいでしょう。それにより、サージに伴う電流の量を大きく低減することができます。この方法では、銅とコンデンサしか使用しません。そのため、この短絡巻線によって生じる可能性のある大電流は問題になりません。イーサネット・ケーブルにコモンモード・チョークを追加するのも、サージに伴う電流を安全に減少させる有効な手段になります。

参考資料

1 Alan Rich「Shielding and Guarding. How to Exclude Interference-Type Noise. What to Do and Why to Do It - A Rational Approach(シールディングとガーディング 干渉型ノイズの除去方法 合理的な方法:何をすべきか、なぜそうするのか)」Analog Devices、1983年

Karl-Heinz Niemann「Engineering Guideline Ethernet-APL(Ethernet-APLに関するエンジニアリング・ガイドライン)」Version 1.14 19. 、2022年9月

Richard P. Feynman、Robert B. Leighton、Matthew Sands「The Feynman Lectures on Physics, Vol. II: The New Millennium Edition: Mainly Electromagnetism and Matter(ファインマン物理学 Vol.II ニュー・ミレニアム・エディション - 主に電磁気学と物質について)」Basic Books、2011年

Ralph Morrison「Grounding and Shielding Techniques, Fourth Edition(グラウンディングとシールディングの方法 第4版)」John Wiley & Sons Publications、1998年.

著者

James Niemann

James Niemann

James Niemann joined Analog Devices in March 2020 and is currently a field applications engineer in Cleveland, Ohio. James has 36 years of combined experience designing test and measurement equipment and working as an FAE at ADI. James has 14 patents.