質問:
高い降圧比を実現できるコンパクトなDC/DCコンバータを構成したいと考えています。どのような回路方式を採用すればよいでしょう?

回答:
多くの場合、高い降圧比を得ようとすると、重要な課題に直面することになります。そうした課題に対応しつつ、小型化を実現するためには、何らかの工夫が必要になります。本稿では、3種類のソリューションを紹介することにします。
はじめに
アプリケーションによっては、高い入力電圧を基に非常に低い出力電圧を生成すると共に、多くの出力電流を供給しなければならないことがあります。このような要件に、非絶縁型/降圧型の一般的なDC/DCコンバータによって対応しようとすると、大きな課題に直面してしまうかもしれません。例えば、60Vの入力電圧を基に3.3V/3.5Aの出力を得たいといった場合には大きな課題に直面します。
実際、高い効率、小型のフォーム・ファクタ、シンプルな設計によって、高い降圧比(入力電圧に対する出力電圧の比)を得るのは容易ではありません。高い降圧比を実現しつつ、多くの出力電流が得られるようにするには、どうすればよいのでしょうか。そうした場合、リニア・レギュレータは即座に候補から外れます。なぜなら、電力損失が過大になるからです。つまり、そうした条件下ではスイッチング方式のレギュレータを選択せざるを得ません。スイッチング方式を選択したとしても、実装スペースが限られるアプリケーション向けに、十分にコンパクトな設計を実現するのは容易ではないと言えます。
降圧コンバータを利用する際に直面する課題
高い降圧比を実現したい場合、スイッチング方式で非絶縁型のDC/DCコンバータが最も有力な選択肢として思い浮かぶはずです。その種のコンバータは、高い降圧比、高い効率を実現しつつ、多くの出力電流を得たい場合に適しています。例えば、12Vの入力電圧VINを基に3.3Vの出力電圧VOUTを生成できるようにしつつ、小型化も図りたいといった場合には有力な候補になるはずです。しかし、上記のような条件を満たす降圧コンバータ回路を構築するのは容易ではありません。おそらく、出力電圧のレギュレーションを維持するためには、大きな課題を解消しなければならなくなるでしょう。そのためには、連続導通モード(CCM:Continuous Conduction Mode)の動作について理解しておく必要があります。同モードで動作する降圧コンバータの降圧比は、以下に示すようにスイッチング動作のデューティ・サイクルDによって決まります。
別の見方をすると、デューティ・サイクルは、次式に示すようにスイッチング周波数fSWにも依存します。
ここで、tONは、スイッチング周期Tのうち制御用のMOSFETがオンになっている期間(オン時間)のことを指します。式(1)と式(2)を組み合わせると次式が得られます。
この式から、tONは降圧比とfSWに依存することがわかります。例えば、より高い降圧比やより高いスイッチング周波数を選択すると、オン時間が短くなることがわかります。つまり、CCMで高い降圧比を得るには、降圧コンバータが非常に短いオン時間で動作しなければならないということです。fSWが高ければ、この条件を満たすのはより難しくなります。
最大入力電圧VIN(MAX)が60V、出力電圧VOUTが3.3V、最大出力電流IOUT(MAX)が3.5Aのアプリケーションについて考えてみましょう。本稿では、降圧コンバータICとして「LT8641」を使用するケースを例にとります。以下、必要に応じて同ICのデータシートに記載されている値を使用することにします。式(3)からわかるように、実現しなければならない最小オン時間tON(MIN)は最大入力電圧VIN(MAX)に依存します。ここでは、tON(MIN)について詳しく検討するために、式(3)をより正確に書き直すことにしましょう。降圧コンバータでは2つのパワーMOSFETを使用します。それぞれで生じる電圧降下をVSW(BOT)、VSW(TOP)とし、VINをVIN(MAX)で置き換えると、次式が得られます。
VSW(BOT)とVSW(TOP)については、LT8641のデータシートに記載されているRDS(ON)(BOT)とRDS(ON)(TOP)の値を利用します。すなわち、VSW(BOT) = RDS(ON)(BOT)×IOUT(MAX)、VSW(TOP) = RDS(ON)(TOP)×IOUT(MAX)として値を求めることができます。VIN(MAX)を60V、fSWを1MHzとすると、式(4)からtON(MIN)の値は61ナノ秒になります。
ところが、61ナノ秒のtON(MIN)を保証している降圧コンバータICはほとんど存在しません。したがって、スイッチング方式で非絶縁型の一般的な降圧コンバータICを使用するのではなく、別のトポロジの選択を検討する必要があります。
3種のコンパクトなソリューション
ここでは、VIN(MAX)が60V、VOUTが3.3V、IOUT(MAX)が3.5Aという要件を満たしたいケースを考えます。以下、この要件に対応できるコンパクトなソリューションを3つ紹介します。
【ソリューション1】光アイソレータが不要なフライバック・コントローラ「LT3748」を使用する
最初の選択肢は、絶縁型のトポロジを採用することです。この方法では、巻線比がN:1のトランスが降圧処理のほとんどを担います。アナログ・デバイセズは、トランスの3次巻線や光アイソレータが不要なフライバック・コントローラ「LT3748」などの製品を提供しています。この種の製品を利用すれば、シンプルかつコンパクトな設計を実現できます(図1)。
LT3748をベースとするソリューションを採用すれば、一般的なフライバック・コンバータと比べて設計がシンプルになります。また、実装スペースも節約できます。しかし、トランスが必要になる点が問題になるかもしれません。入力側と出力側の間に絶縁を施す必要がない場合には、トランスを使用しないことが望ましいと言えます。トランスを使用するということは、複雑さが増すということを意味します。また、非絶縁型のソリューションと比べてフォーム・ファクタが大きくなります。
【ソリューション2】「LTM8073」と「LTM4624」の両µModuleデバイスを使用する
トランスを使用しないソリューションとしては、降圧処理を2つのステップで実施する手法が考えられます。例えば、図2に示すように、2つのµModule®デバイスと8つの外付け部品によって回路を構成するということです。つまり、わずか10個の部品で要件を満たすことができます。「LTM8073」と「LTM4624」は、いずれもパワー・インダクタを内蔵しています。そのため、インダクタの値に関連する複雑な設計作業が発生しません。また、いずれもBGAパッケージを採用しており、外径寸法(L×W×H)はそれぞれ9mm×6.25mm×3.32mm、6.25mm×6.25mm×5.01mmです。したがって、小さなフォーム・ファクタを実現可能です。
この条件下で、LTM4624は89%の効率を達成します。また、LTM8073がLTM4624の入力に供給する電流量は最大でも1.1Aです。実際には、LTM8073は最大3Aの出力電流を供給する能力を備えています。したがって、同ICからはLTM4624と並行して他の回路に給電することも可能です。そのような使い方も想定し、図2の回路では中間電圧VINTの値として12Vを選択しています。
【ソリューション3】降圧コンバータ「LT8641」を使用する
ソリューション2であれば、トランスを使用する必要はありません。とはいえ、他の回路に給電するための中間電圧は必要ないのであれば、降圧コンバータICを2つ使用するのは避けたいはずです。結果として、単一の降圧コンバータICで要件を満たせることが最も望ましいということになります。システムの効率、小型のフットプリント、設計のシンプルさを併せ持つ最適なソリューションが得られるからです。しかし、先述したとおり、多くの降圧コンバータICでは高い降圧比と高いスイッチング周波数を両立することはできません。では、どうすれば単一の降圧コンバータICによって要件を満たすことができるのでしょうか。
実は、降圧コンバータICの中には例外的な製品も存在します。つまり、高い降圧比と高いスイッチング周波数を両立できる製品を選択すればよいのです。LT8641は、そうした例外的な製品の例です。同ICは、全動作温度範囲にわたり、35ナノ秒(公称値)という非常に短い最小オン時間を実現します(最大値は50ナノ秒)。つまり、本稿の前半に算出した61ナノ秒という最小オン時間を十分に下回っています。そのため、同ICを使用すれば、図3に示すようなシンプルかつコンパクトなソリューションを実現できます。
また、LT8641を使用したソリューションでは、ソリューション1、ソリューション2と比べてより高い効率が得られます。この点も注目に値します。図3の回路よりも更に高い効率が得られるようにしなければならない場合には、スイッチング周波数をやや下げて、少しサイズ(値)の大きいインダクタを選択することで対応できます。
ソリューション2でもスイッチング周波数を下げられる可能性はあります。但し、パワー・インダクタを内蔵した製品を使用しているので、効率を最適化するための柔軟性は高くありません。また、2つの降圧段によって回路を構成していることから、効率の面では不利になります。
ソリューション1は、バウンダリ・モードの動作と、光アイソレータなどの部品が不要な帰還系によって実現されています。そのため、フライバック・コンバータとしては非常に高い効率が得られます。しかし、効率の観点から高度な最適化を図ることはできません。なぜなら、選択肢となるトランスの種類が限られるからです。それとは対照的に、ソリューション3では多様なインダクタ製品が選択肢になり得ます。
スイッチング周波数の許容値を確認する方法
ほとんどのアプリケーションでは、式(4)の中で調整可能なパラメータはスイッチング周波数だけになります。そこで、LT8641が許容可能なfSW の最大値を評価できるように、式(4)を書き換えてみます(以下参照)。これと同等の式は、LT8641のデータシートの16ページにも記載されています。
ここで、VINが48V、VOUTが3.3V、IOUT(MAX)が1.5A、fSWが2MHzというアプリケーションについて考えてみます。入力電圧が48Vという条件は、車載アプリケーションや産業用アプリケーションでは一般的なものです。これらの値を式(5)に代入すると、次式のような結果が得られます。
つまり、この条件において、LT8641は最高2.12MHzのスイッチング周波数で問題なく動作するということです。以上で、LT8641はこのアプリケーションに適用可能な製品であるということが確認できました。
まとめ
本稿では、コンパクトな設計によって高い降圧比を実現できる3つのソリューションを紹介しました。LT3748をベースとするフライバックのソリューションでは、かさばる光アイソレータを使用する必要がありません。入力側と出力側の間に絶縁を施す必要がある場合にはお勧めのソリューションです。2つ目のソリューションでは、µModuleデバイスであるLTM8073とLTM4624を使用します。この場合、インダクタの値に関連する複雑な作業は必要ありません。また、このソリューションは、中間電圧を別の回路への給電に利用したいケースでは特に有用です。3つ目のソリューションはLT8641を使用するというものです。大きな降圧比を得ることが重要な要件である場合、最もシンプルでコンパクトな回路によって対応できます。