質問:
スイッチング電源から、FM帯域の厄介な伝導性EMI(電磁干渉)が生じています。効果的な抑制方法があれば教えてください。
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回答:
EMIの対策方法として最も一般的なのは、EMIシールドやフェライト・クリップを適用するというものでしょう。ただ、そうした方法には、システムのコストが上昇し、サイズが大きくなるという問題があります。しかも、十分な効果が得られるとは限りません。FM帯域のEMIについては、ノイズ源を特定し、その部分でノイズを抑制するための回路を適用したり、プリント回路基板の設計を改善したりする方法が有効です。
車載システムのようなノイズに敏感な回路では、電源回路のEMI性能が非常に重要な意味を持ちます。特に、スイッチング方式のレギュレータを使用する場合には注意が必要です。伝導性のエミッション(CE:Conducted Emission)や放射性のエミッション(RE:Radiated Emission)を低減するためには、かなりの時間が必要になる可能性があります。なかでも、FM帯域(76MHz~約108MHz)は、CEの試験に合格するのが最も難しい領域かもしれません。FM帯域のCEを抑制するのは、なぜそれほどまでに難しいのでしょうか。
AM帯域のような低い周波数帯において、CEは主にディファレンシャルモード(DM:Differential-mode)のノイズとして現れます。一方、FM帯域のような高い周波数帯では、CEは主にコモンモード(CM:Common-mode)のノイズとして生じます1。プリント基板上において、コモンモードのノイズ電流は電圧が変化するノードによって生成されます。このノイズ電流は、寄生容量(浮遊容量)を介してリファレンス・グラウンドにリークし、正と負の入力ケーブルに戻ります(図1)。ここで問題になるのは、プリント基板周辺の寄生容量は非常に複雑に分布するということです。このことから、寄生容量をモデル化してFM帯域のEMIを見積もるというのは実用的な方法にはなりません。EMI性能を確認するには、EMIチャンバを使って実際にプリント基板の試験を行う方法が最も効果的だと言えます。
では、FM帯域のEMIを効果的に低減するにはどうすればよいのでしょうか。これについては、実験によって実証済みの方法が数多く存在します。例えば、スイッチング周波数や、スイッチング制御に使用する信号のスルー・レート、スイッチング・ノードのレイアウト、ホット・ループのレイアウト、インダクタなどを変更するといったものです。あるいは、入力ケーブルや負荷の位置を変更するという方法もあります。それぞれの方法によってどれだけの効果が得られるかは、基板ごとに異なるはずです。
本稿では、FM帯域の伝導性EMIを基板上で低減する方法をいくつか紹介します。それらの方法では、EMIシールドやフェライト・クリップは使用しません。そうではなく、複雑さとコストを抑えられる方法を取り上げます。改善の対象とする具体的な例としては、図2に示す電源回路を使用することにします。これは、車載HUD(Head-Up Display)用のLEDドライバ回路であり、ドライバICとして「LT3922-1」を使用しています。この回路を実装した基板を対象とし、認証を取得したEMIチャンバ内で電流プローブを用いたCEの試験を実施します。そのようにして得られた結果の検証を行うことにします。
EMIの試験は、図3に示した測定環境で実施しました。この環境はCISPR 25に準拠しており、同規格で定められた電流プローブ法によってCEを測定します。CEの試験は、電流プローブ法だけでなく電圧法でも実施できます。これら2つの方法を比較すると、電流プローブ法の方がより厳しいと考えられています。電流プローブ法では、LISN(Line Impedance Stabilization Network)からの電圧出力を測定するわけではありません。そうではなく、広帯域幅の電流プローブを使って、電源コードやハーネス上を伝わるCMのノイズを、DUTから離れた位置(50mmと750mm)で測定します。掃引時にCEのピーク値と平均値のデータを収集し、規格で定められた上限値と比較します。
CISPR 25のクラス5では、電流プローブ法を使用してFM帯域のCEの平均値を計測する方法を定めています。その上限値は-16dBμAです。以下では、電流プローブ法によるCEの試験において、FM帯域の測定結果を改善する方法を紹介します。なお、それらのうちいくつかは、電圧法によるCEの試験結果を改善するためにも活用できます。
以下に示す試 験は、いず れもLT3922-1のSSFM(Spread Spectrum Frequency Modulation:スペクトラム拡散周波数変調)を有効にして実施しました。SSFMを使用すると、スイッチング周波数とその高調波におけるスパイクを抑えることができます。
CMチョークを追加する
先ほども触れましたが、スイッチングに伴って生成されるCMのノイズ電流は、寄生容量を介してリファレンス・グラウンドにリークし、入力電源を経由して元の電流経路に同じ向きで戻ってきます。CMチョーク・コイルによってこのループのCMインピーダンスを高めれば、CMノイズを抑制することができます。
図4に示したグラフによって、CMチョークの効果を確認しましょう。これらは、50mmと750mmの距離において、電流プローブ法を使ってCEを測定した結果です。測定の対象にしたのは、図2のLEDドライバ回路を実装した基板と、その前段にCMチョークを挿入した基板です。図4には、それぞれの試験で取得したノイズの平均値をプロットしています。また、参考のために、周辺環境のノイズ・フロアもプロットしてあります。CMチョークを追加すると、FM帯域のCEを8dBμA以上削減できることがわかります。
品番 | UPIMFS0603-220M(3L Electronic製) | 74437346220(Würth Elektronik製) | XEL5050-223(Coilcraft製) |
磁気シールド | あり | あり | あり |
露出パッド | あり | あり | なし |
コアの材料 | 金属ダスト | 鉄粉 | コンポジット |
インダクタを別の製品に変更する
急速に変化する電圧や電流を印加すると、インダクタは電磁アンテナとして振る舞います。そのため、電源回路で使用するインダクタは、FM帯域のCEが発生する原因になる可能性があります。このことから、EMIの試験結果の改善方法にはインダクタに関連するものが数多く存在します。例えば、インダクタを実装する向きを変更すると、測定結果が改善することがあります2。また、シールド付きのインダクタを使えば、シールドのないインダクタを使う場合と比べてEMIを低減できます。更に、コア材料の違いによってHフィールドとEフィールドの放射を抑えられるケースもあります。例えば、鉄粉や合金粉を材料とするインダクタの場合、1MHz以上の周波数におけるEフィールドのシールド効果が低くなります。また、MnZnやNiZnを材料とするインダクタは、高いスイッチング周波数における性能が高くなります2、3。更に、露出パッド付きのインダクタは、露出パッドのないインダクタよりも性能が低くなります。dV/dtの値が大きいノード(スイッチング・ノード)に、内側コイル巻線の長いリード線を接続したとします。その場合、Eフィールドの放射が著しく増加する可能性があります。
ここで、インダクタに関する試験結果を示します。表1に3種類のインダクタの仕様をまとめました。いずれも、22μHのシールド付きインダクタです。これらを使って、EMIの試験を実施しました。いずれの試験にも、CMチョークを追加していない基板を使用しています。インダクタについては、それぞれ最も高い性能が得られる向きに実装しました。図5に示した測定結果をご覧ください。FM帯域において最も高い性能が得られたのは、Coilcraft製のインダクタを使用した場合でした。FM帯域のCEは、3L Electronic製のインダクタを使用する場合と比べて5.1dB低く抑えられています。
スイッチング周波数を下げる
スイッチング周波数を下げると、高い周波数(特定の周波数)における放射エネルギーが低減されます。図6は、スイッチング周波数が200kHz、300kHz、400kHzの場合のCEを測定した結果です。CMチョークを付加していない基板を使用し、電流プローブ法による計測を行いました。LT3922-1のRTピンに接続する抵抗の値以外はすべて同一です。FM帯域のCEは、スイッチング周波数が200kHzの場合に最も低くなります。同400kHzの場合と比べて、3.2dB抑制されています。
スイッチング・ノードの面積を削減する
dV/dtの値が大きいスイッチング・ノードはノイズ源になります。容量性の結合が形成され、CE(CMのノイズ)が増大します。また、このノードがアンテナとして機能して電磁ノイズが空間に放射されるので、REにも影響が及びます。このような理由から、基板においてスイッチング・ノードの面積が縮小するようにレイアウトすれば、EMI性能が向上します。
この効果を確認するために、プリント基板上の一部の銅を取り除きました(図7)。また、インダクタをICの近くに移動させることで、スイッチング・ノードの面積を縮小しています。図8に、このような変更を行う前後の計測結果を示しました。
まず、50mmの距離でCEを測定した結果をご覧ください。変更後の基板では、105MHzにおけるCEが1dB低下しています。しかし、750mmにおける測定値を見ると、明らかな改善は得られていません。このアプリケーションの場合、スイッチング・ノードの面積はFM帯域のEMIに大きく関与してはいないということです。それでも、EMIの低減が必要な場合、スイッチング・ノードの面積をできるだけ縮小してみる価値はあります。
まとめ
電源回路のEMI性能を最も大きく左右するのは、電源ICの性能です。しかし、高性能のICを採用したとしても、適切なコンポーネントを選定し、適切な基板レイアウトを実施するよう注意を払わなければなりません。そうした配慮を怠ると、電源回路のEMI性能が低下してしまう可能性があります。本稿では、LT3922-1を使用して構成した車載HUD用のLEDドライバ回路を例にとりました。その回路を実装した基板を使用し、FM帯域のCEを抑制するためのいくつかの方法について検証を実施しました。
CMチョークを正と負の入力ラインに挿入すると、CMノイズの電流ループにおけるインピーダンスが増大します。また、EMI性能は、インダクタのコアの材料、コアの構造、コイルの構造に応じて変化します。仕様だけを見てどのインダクタを選択すればよいのか判断するのは容易ではありません。実際にEMIを計測して比較するのが適切な方法です。
プリント基板にインダクタを実装する向きも重要です。また、スイッチング周波数を下げる方法や、スイッチング・ノードの面積を縮小する方法も、FM帯域のCEを抑制することにつながります。多くの場合、スイッチング・レギュレータ回路はコントローラICと外付けのMOSFETを使用して構成することになるでしょう。その場合、スイッチング制御に使用する信号のスルー・レートを下げたり、ホット・ループの面積を最小限に抑えたりすることで、FM帯域のEMIを更に低減することができます。
参考資料
1 Ling Jiang、Frank Wang、Keith Szolusha、Kurk Mathews「伝導性エミッションの実用的なテスト手法、コモンモード・ノイズとディファレンシャルモード・ノイズを分離する」Analog Dialogue、Vol. 55、No. 1、2021年1月
2 Keith Szolusha、Gengyao Li「Does the Assembly Orientation of an SMPS Inductor Affect Emissions?(インダクタを実装する向きは、SMPSのエミッションに影響を及ぼすのか?)」emiTime、2020年8月
3 Ranjith Bramanpalli「ANP047: The Behavior of Electro-Magnetic Radiation of Power Inductors in Power Management(パワー・マネージメント・システムにおいてインダクタから放出される電磁波の振る舞い)」Würth Elektronik、2018年3月