MCUのSPIを使用し、非標準的なSPIを備えるADCにアクセスする

質問:

任意のMCUが備えるSPIを使用し、非標準的なSPIを備えるA/Dコンバータにアクセスすることは可能でしょうか。

RAQ Issue: 172

回答:

可能です。但し、少し工夫が必要になるでしょう。

はじめに

多くの場合、高い精度を誇る最新型のA/Dコンバータ(ADC)であれば、SPI(Serial Peripheral Interface)など、何らかのシリアル・インターフェースを備えているでしょう。その目的は、MCU(マイクロコントローラ・ユニット)、DSP(デジタル・シグナル・プロセッサ)、FPGA(フィールド・プログラマブル・ゲート・アレイ)などのコントローラとの間で通信が行えるようにすることです。それにより、各コントローラから、ADCの内部レジスタに対する読み書きや、A/D変換後のコードの読み出しを行うことが可能になります。SPIを採用すれば、プリント回路基板の配線を簡素化することができます。また、SPIは、パラレル・インターフェースよりもクロック・レートが高いこともあり、より広範な用途で使用されるようになっています。加えて、標準的なSPIを使えば、ADCとコントローラの間の接続も容易に行えます。

最新型のADCの中には、標準的なSPIを備えているものがあります。しかし、スループットを高めるために、ノードとして機能する非標準的な3線/4線式のSPIを備えているものも少なくありません。例えば、アナログ・デバイセズが提供するADCベースの製品ファミリ「AD7616」、「AD7606」、「AD7606B」は、シリアル・モードにおけるスループットを高めるために、2本または4本のSDOラインを備えています。一方、「AD7768」、「AD7779」、「AD7134」の各製品ファミリは、複数のSDOラインを備えており、SPIのメインとして機能します。ただ、ADCの構成とコードの読み出しを行うためにMCUのSPIを設計する作業を難しく感じる人は少なくないようです。

図1. AD7768の使用例。2つのデータ出力ピンを備えるSPIのメインとして構成しています(14001-193)。
図1. AD7768の使用例。2つのデータ出力ピンを備えるSPIのメインとして構成しています(14001-193)。

MCUとADCを標準的なSPIで接続する

SPIは、同期式/全二重のメイン‐ノード型インターフェースです。メインまたはノードからのデータの同期は、クロックの立上がりエッジまたは立下がりエッジによって実現します。また、メインとノードは、同時にデータを送信することが可能です。図2に、MCUが備える一般的な4線式SPIを使ってADCと接続する例を示しました。

図2. MCUの標準的なSPIを使ってADCと接続する方法。ADCをノードとして使用する場合の例です。
図2. MCUの標準的なSPIを使ってADCと接続する方法。ADCをノードとして使用する場合の例です。

SPIによる通信を開始するには、コントローラからクロック信号を送信し、CS信号をイネーブルにすることによってADCを選択する必要があります。通常、CS信号はアクティブ・ローです。SPIは全二重インターフェースなので、コントローラとADCはそれぞれMOSI/DINラインとMISO/DOUTラインを使って同時にデータを送信することができます。ユーザは、コントローラのSPIにおいてクロックの立上がりエッジと立下がりエッジのうちどちらでデータをサンプリング/シフトするかを自由に選択することが可能です。メインとノードの間で信頼性の高いデジタル・インターフェースを実現するには、MCUのタイミング仕様とADCのタイミング仕様の両方に従う必要があります(図3)。

図3 . S P I におけるデータ・クロックのタイミング仕様の例
図3 . S P I におけるデータ・クロックのタイミング仕様の例

MCUのSPIとADCのシリアル・インターフェースに標準的なSPIのタイミング・モードが用意されていれば、プリント基板配線の設計やファームウェアの開発は難しくありません。しかし、新型のADCの中には、標準的なSPIのタイミング仕様に従わないシリアル・インターフェース・ポートを備えているものがあります。例えば、AD7768は、非標準的なタイミング仕様に即したSPIポート(シリアル・ポート)を備えています(図4)。このようなポートを介して、MCUやDSPからデータを読み出すのは、不可能であるように感じられます。

図4 . AD7768のFORMATxピンを1 x として設定した場合のタイミング・チャート。DOUT0だけにデータが出力されます。
図4 . AD7768のFORMATxピンを1 x として設定した場合のタイミング・チャート。DOUT0だけにデータが出力されます。

本稿では、MCUの標準的なSPIを使用し、非標準的なSPIポートを備えるADCとのインターフェースを確立する方法について解説します。

具体的には、シリアル・インターフェースによってADCの出力コードを読み出す方法として、以下の4つのソリューションを紹介します。

  • ソリューション1:MCUをSPIのノード、ADCをSPIのメインとし、1本のDOUTラインによって接続する
  • ソリューション2:MCUをSPIのノード、ADCをSPIのメインとし、2本のDOUTラインによって接続する
  • ソリューション3:MCUをSPIのノード、ADCをSPIのメインとし、DMAを介して接続する
  • ソリューション4:MCUをSPIのメイン兼ノードとし、2本のDOUTライン上のデータを読み出す

1つのDOUTラインを使用し、STM32F429のSPIによってAD7768の出力コードを読み出す

図4に示すように、AD7768のFORMATxピンを1 x または10に設定した場合、チャンネル0 ~ 7 からのデータは、DOUT0だけに出力されます。標準モードにおいて、AD7768や「AD7768-4」はメインとして動作し、MCU/DSP/FPGAに対してデータを出力します。AD7768/AD7768-4は、データ、データ・クロック(DCLK)、立下がりエッジを使用するフレーミング信号(DRDY)をノードとなるデバイスに供給します。

STMicroelectronicsのMCU製品ファミリ「STM32Fxxx」は、広範なアプリケーションで使用されています。同ファミリの製品は、複数のSPIポートを備えており、標準的なSPIのタイミング・モードでそれらをメインまたはノードとして機能させることができます。以下のセクションで紹介する方法は、8/16/32ビット・フレームに対応する他のMCUにも適用できます。

AD7768とAD7768-4は、それぞれ8チャンネル/4チャンネルの同時サンプリングが可能なシグマ・デルタ(ΣΔ)型ADCです。チャンネルごとにΣΔ変調器とデジタル・フィルタを備えており、AC信号とDC信号の同期サンプリングを実現できます。標準的な性能として、±2ppmの積分非直線性(INL)、±50μVのオフセット誤差、±30ppmのゲイン誤差を達成し、110.8kHzの最大入力帯域幅で108dBのダイナミック・レンジを得ることが可能です。AD7768/AD7768-4では、入力帯域幅、出力データ・レート、消費電力のうちいずれかを優先することができます。3つのパワー・モードのうち1つを選択し、目標とするノイズと消費電力を達成できるよう最適化を図ることが可能です。このような柔軟性を備えていることから、AD7768/AD7768-4は、低消費電力のDC測定モジュールまたは高性能なAC測定モジュール向けの再利用が可能なプラットフォームとして使用することができます。しかし、残念ながら、AD7768は標準的なSPIのタイミング・モードに対応しておらず、シリアル・インターフェースのメインとして動作します。そのため、一般的には、コントローラとしてFPGA/CPLDを使用する必要があります。

ここで、STMicroelectronics のMCU「STM32F429」用のディスカバリ・キット「32F429IDISCOVERY 」と、AD7768の評価用ボード「EVAL-AD7768FMCZ」を接続する例を示します。両者のインターフェースは、図5に示すような接続で実現します。この構成では、AD7768の全8チャンネルからDOUT0だけにデータが出力されます。

図5. 32F429IDISCOVERYとEVAL-AD7768FMCZ を接続する例。AD7768はDOUT0だけにデータを出力します。DOUT0は、STM32F429のS P I に接続します。
図5. 32F429IDISCOVERYとEVAL-AD7768FMCZ を接続する例。AD7768はDOUT0だけにデータを出力します。DOUT0は、STM32F429のSPI に接続します。

この場合、解決すべき問題として、以下の事柄が挙げられます。

  • AD7768はSPIのメインとして動作するので、STM32F429IのSPIはノードとして構成しなければなりません。
  • DRDYは、標準的なCSとは異なり、DCLKの1サイクル分しかハイになりません。
  • DCLKは連続的に出力され、DRDYは全チャンネルのデータ出力が完了したときにローになります。
図6. AD7768におけるデータ・ビットの読み出しタイミング
図6. AD7768におけるデータ・ビットの読み出しタイミング

ソリューション1:MCUをSPIのノード、ADCをSPIのメインとし、1本のDOUTラインによって接続する

以下、先述した4つのソリューションについて順に説明します。まず、ソリューション1 は、以下のようなものになります。

  • STM32F429の1つのSPIポート(例えばSPI4)を、DCLKを使ってMOSIのデータ・ビットを受信するノードとして構成します。
  • AD7768のDRDYをSTM32F429のEXTI0(外部割込み入力) ピンとNSS( SPIのCS)ピンに接続します。DRDYの立上がりエッジでEXTI0のハンドラ・ルーチンがトリガされ、SPIのノードがイネーブルになります。そして、DRDYがローになって最初のDCLKの立下がりエッジから、データの受信が始まります( 図6) 。このタイミング設計は非常に重要です。
  • チャンネル0~7のすべてのデータを受信したら、余分なデータ( 無効データ)の読み出しを防ぐために、SPIをディスエーブルにする必要があります。DRDYによってSPIのノードのCSはローになり、DCLKは継続的にトグルしているからです。

MCUのファームウェアを開発する際の注意点

図7. SPI4のペリフェラルの構成
図7. SPI4のペリフェラルの構成

割込みモードにおいてソフトウェアを使用することにより、DCLKは最大4MHzで動作し、8kSPSの出力データ・レート(ODR)を得ることができます(図7)。ソフトウェアでは、割込みハンドラを呼び出し、DCLKの1.5サイクル(375ナノ秒)以内にSPIを起動する必要があります。MCUがDCLKの立上がりエッジでデータを読み出すことができれば、更にDCLKの半サイクル分の余裕が生まれます。そのため、ソフトウェアによる割込みルーチンの呼び出しは、より容易になります。しかし、DCLKの立上がりエッジのt5では、DOUTxが最小で-3ナノ秒無効なので(IOVDDが1.8Vの場合は-4ナノ秒)、DOUTxの伝搬遅延(> |t5| +[MCUのホールド時間])を、プリント基板の配線またはバッファによって追加する必要があります。

ソリューション2:MCUをSPIのノード、ADCをSPIのメインとし、2本のDOUTラインによって接続する

ソリューション1では、8チャンネルすべてのデータをDOUT0だけに出力していました。そのため、データの読み出しが制約となり、ADCのスループットは8kSPSに抑えられていました。図1に示したように、チャンネル0~3をDOUT0に出力し、チャンネル4~7をDOUT1に出力すれば、データの転送時間を短縮することができます。その場合、シリアル・インターフェースの各配線は図8のように接続します。このような改良を施すことで、4MHzのDCLKにより、ODRを最大で16kSPSまで容易に高めることができます。

図8. ソリューション2 を適用する場合の接続。AD7768はDOUT0とDOUT1にデータを出力します。DOUT0とDOUT1はSTM32F429のSPIに接続します。
図8. ソリューション2 を適用する場合の接続。AD7768はDOUT0とDOUT1にデータを出力します。DOUT0とDOUT1はSTM32F429のSPIに接続します。

ファームウェアにおいては、割込みモードではなくポーリング・モードを使用します(図9)。それにより、トリガとなるDRDYの立上がりエッジから、SPIがイネーブルになってデータが受信されるまでの遅延時間を短縮することができます。その結果、8MHzのDCLKによって、32kSPSのODRを達成できます。

図9. ファームウェアの例。ポーリング・モードのEXTI0とSPI4/SPI5を使用して、AD7768のDOUT0/DOUT1から出力されるデータを受信します。
図9. ファームウェアの例。ポーリング・モードのEXTI0とSPI4/SPI5を使用して、AD7768のDOUT0/DOUT1から出力されるデータを受信します。

ソリューション3:MCUをSPIのノード、ADCをSPIのメインとし、DMAを介して接続する

DMA(Direct Memory Access)は、ペリフェラルとメモリの間、またはメモリとメモリの間のデータ転送を高速化したい場合に用いられます。MCUの本体部分を動作させることなく、迅速にデータを転送できます。それにより、MCUのリソースを継続的に他の処理に振り分けることが可能になります。MCUのSPIをノードとして動作させ、DMAを介してデータを受信する方法については、デザイン・ノートをご覧ください。ファームウェアの例を図10に示しておきます。

図10. DMAを使用する場合のファームウェアのコード例。ポーリング・モードのEXTI0とSPI4のDMAを使用して、AD7768のDOUT0から出力されるデータを受信します。
図10. DMAを使用する場合のファームウェアのコード例。ポーリング・モードのEXTI0とSPI4のDMAを使用して、AD7768のDOUT0から出力されるデータを受信します。

ソリューション4:MCUをSPIのメイン兼ノードとし、2本のDOUTライン上のデータを読み出す

高い精度を実現する最新ADCの中には、高いスループットが得られたり、マルチチャンネルに対応したりすることを特徴とするものがあります。そうした製品は、シリアル・モードにおけるコードの読み出しを高速化するために、2/4/8本のSDOラインを持つSPIポートを備えています。複数のSPIポートを備えるMCUであれば、それらのSPIポートを同時に使用してデータを高速に読み出すことができます(図11)。

図12は、32F429IDISCOVERYのSPI4をSPIのメイン、SPI5をSPIのノードとして使用し、AD7606Bの評価用ボード「EVAL-AD7606B-FMCZ」上にあるDOUTA/DOUTBからデータを受信する場合のコード例です。

AD7606Bは、分解能が16ビットで8チャンネルの同時サンプリングが可能なデータ・アクイジション・システム製品です。各チャンネルは、アナログ入力のクランプ保護機能、PGA(プログラマブル・ゲイン・アンプ)、ローパス・フィルタ、16ビットの逐次比較型(SAR) ADCを備えています。また、柔軟性の高いデジタル・フィルタ、2 . 5V/低ドリフトの高精度リファレンス、ADCを駆動するためのリファレンス・バッファ、柔軟性の高いパラレル/シリアル・インターフェースも内蔵しています。5Vの単電源で動作し、±10V、±5V、±2.5Vの真のバイポーラ入力範囲に対応します。そして、各チャンネルでは800kSPSのスループットを実現できます。

図11. EVAL-AD7606B-FMCZとSTM32F429I-DISCOの接続。MCUのSPIをメイン・モード/ノード・モードで使用し、DOUTAとDOUTBからのデータを受信します。
図11. EVAL-AD7606B-FMCZとSTM32F429I-DISCOの接続。MCUのSPIをメイン・モード/ノード・モードで使用し、DOUTAとDOUTBからのデータを受信します。
図12. SPI4をマスタ、SPI5をスレーブとして構成する場合のコード例
図12. SPI4をメイン、SPI5をノードとして構成する場合のコード例

図13は、240kSPSで動作するAD7606Bの各信号をモニタした結果です。デジタル・インターフェースのうち、BUSY、SCLK、DOUTA、DOUTBをキャプチャしています。

図13. AD7606Bの各信号。BUSY、SCLK、DOUTA、DOUTBのデータをオシロスコープでキャプチャしました。
図13. AD7606Bの各信号。BUSY、SCLK、DOUTA、DOUTBのデータをオシロスコープでキャプチャしました。

まとめ

本稿では、MCUのSPIを使用して、非標準的なSPIを備えるADCにアクセスする方法を紹介しました。本稿で説明した内容をそのまま適用するか、多少の調整を加えることにより、SPIのメインとして動作するADCや、スループットを高めるために複数のDOUTラインを備えるADCのSPIを制御することができます。

謝辞

STM32F429IDISCOVERYキットの立ち上げやファームウェアのデバッグについて助言してくれたMika Jiang、Yao Zhaoの両アプリケーション・エンジニアに感謝します。

参考資料

Piyu Dhaker「SPIの基本を学ぶ」Analog Dialogue 52-09、2018年9月

RM0090 Reference Manual : STM32F405 / 415,STM32F407/417, STM32F427/437 and STM32F429/439A dvanced A R M ®- Based 32-Bit MCUs( RM0090 リファレンス・マニュアル:A R M ®ベースの高度な32 ビットMCU「STM32F405/415」、「STM32F407/417」、「STM32F427/437」、「STM32F429/439」) 」 STMicroelectronics、2019年2月

STM32F427xx Data Sheet(STM32F427xx データシート)」STMicroelectronics、2018年1月

UM1670 User Manual: Discovery Kit with STM32F429ZIMCU(UM1670 ユーザー・マニュアル:STM32F429ZI用のディスカバリ・キット) 」STMicroelectronics、2017年9月

Miguel Usach「AN-1248 アプリケーション・ノート:SPIインターフェース)」Analog Devices、2015年9月

著者

Steven Xie

Steven Xie

Steven Xieは、2011年3月からADI北京支社の中国デザイン・センターでアプリケーション・エンジニアとして業務を行っています。中国全土を対象とし、SAR ADC製品の技術サポートを担当しています。それ以前は、Ericsson社のCDMAチームで4年間ハードウェア設計を担当していました。2007年に北京航空航天大学で通信/情報システムに関する修士号を取得しています。